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マインドコントロールパネル  作者: 小沢 健三
第2章 “人脈”
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第2章“人脈” -5 自首

沼津から逃避行の相談を受けた2日後、アラタは深い溜息をついていた。


山手線五反田駅から徒歩7〜8分でこの場所にやって来た。


何となく、五反田と言えば風俗、みたいな印象を持っていたアラタだったが、喧騒けんそうを抜けてしばらく歩くと、突如として高級住宅街が現れる。


目の前にあるのは、武家屋敷を彷彿ほうふつとさせる巨大な門。

周囲で少なくとも6〜7人の強面こわもてのニイちゃん達がアラタに対して今にも殴り掛からんばかりににらんでいる。


門の右手にはゴツゴツしい文字で書かれた朝熊あさまの表札。


日本を代表する暴力団、朝熊あさま組。

その組長宅前に、深見アラタはいるのだ。


“なんでこんな事になっちゃったのかなぁ…。”


----


昨夜遅く、アラタは沼津の自宅を訪ねた。


六本木と広尾の間にある日赤医療センターと言う巨大な病院の裏手。

見るからに高級なマンション。


1階ロビーのインターフォンで来訪を告げる。


「ちょっと待って。」


数分後、沼津が1階まで降りてきた。


「すみません。自宅にまでうかがってしまって。」


「いや、良いんだ。それより、場所を変えよう。」


いつものスーツ姿とは異なり、ジーパンにポロシャツ、スニーカーと言うラフな服装。

どちらかと言えばダサい部類に入るだろう。

私服にこだわりがあるタイプではないらしい。


沼津の姿はひどく貧相に見えた。


無言で100m程歩き、タクシーを捕まえると、行き先は西麻布。

島田との接待に使った会員制のラウンジ“PROM”に入る。


ヒロエママは、相変わらずの美貌びぼうで「沼津様、ようこそお越しくださいました。」と挨拶あいさつするが、「すまん、今日は女の子は要らない。部屋に案内してくれるか。」とだけ沼津は返した。


かしこまりました。」

と言うと、アラタに軽く会釈えしゃくをし、先日来た時とは別な個室に案内された。

4人も座ればいっぱいになる様な個室。

用途に合わせて部屋を用意出来る様になっているのだろうか。


「悪かったね。本当は自宅で話を聞いても良かったんだが、部屋にはどうやら盗聴器があるらしくてね。迂闊うかつな事は話せないので、ここまで来てもらった。」


「いえ、全然構いません。」


「…それで?深見君、今日は良い話だと思って良いのかな?」


「…いえ。誠に申し訳ありませんが、僕は沼津さんとインドネシアへはご一緒出来ません。」


沼津の目がにらむ様な目に変わる。


「深見君、君はきっと分かっていないんだ。自分がどれだけ危険な立場にあるのかを。…もっとも、その立場にさせてしまった張本人の僕が言うのもおこがましいんだが…。」


「はい。その事についても色々考えました。…それで、僕なりに出した結論としては、沼津さん、貴方は自首して下さい。朝熊あさま組は…、僕がおさえます。」


「なっ!」


アラタの言葉に、沼津の目が見開かれる。


「待ってくれ。ますます君が状況を理解出来ていないとしか思えない。良いかい?相手は!朝熊あさま組だ。君だって名前くらい聴いたことあるだろう?日本の裏の世界を牛耳ぎゅうじっていると言っても良いッ。そして相手は朝熊あさま善治郎ぜんじろう。組長だ。裏の世界のトップだ。私や君を合法・非合法問わず消し去ることなんて簡単な事だ。君の申し出には感謝するが…、とても正気とは思えないッ。」


沼津は、ここに来る前に既に飲んでいたのだろうか。

普段の冷静な彼からは想像できない程、語気ごきは強く、言葉を選んでいる感じもない。


「それでもです。沼津さん、貴方は自首して下さい。朝熊あさま組は僕がおさえます。」


沼津の呼吸が粗い。


「深見君…。僕は君に出逢えた事を本当に感謝しているんだ。経済的な事だけではない。君に出逢えた事で、私は今、今までの事を悔い改めてやり直そうと思っているんだ!貧しい環境からでも良い!ギャンブルだってもうしない!君は…、僕にそう思わせてくれた!その君を!」


「大丈夫!…なんですよ、沼津さん。」


アラタの語気を強めた言葉が、沼津の言葉をさえぎる。


「沼津さん。貴方は自首して下さい。僕も一緒に警察に行きます。そして、朝熊あさま組は僕が抑えます。」


アラタを見つめる沼津の顔には涙が浮かび、何かを言おうとしているのかピクピクと動かす口元からはよだれれている。


「だが…どうやって?策はあるのか⁉︎」


「大丈夫です。沼津さん先日、おっしゃったじゃないですか。僕にはとてつもない力があると。実績がそれを証明していると。…その力を使うんですよ。」


「……。だが!そんな力が…本当に…?」


その質問に、アラタは答えない。

ただ、沼津の目を見てニコリと笑って続けた。


「明日、行きます。沼津さんは、何らか理由をつけて、朝熊あさま組長と僕が会える様に話をつけて下さい。」


沼津はアラタの目を強く見つめたまま、歯を食いしばる。

その口元からは相変わらずよだれれているが、本人は気にした様子はない。


「その後、一緒に警察に行きましょう。」


顔中のシワを寄せられるだけ寄せた、と言う表情。

1分程度だろうか、それとも5分程度だろうか、しばらくの沈黙の後…。


「分がったッ…。君に…、まがせる!」



----




“とは言ってみたものの…。”


威圧いあつ的な門と、周囲の強面こわもてのニイちゃん達と。


針のむしろに立たされる様な思い、心臓をつかまれる様な思いの中、アラタは、“朝熊”《あさま》と書かれた表札の下にあるインターフォンを、震える指で押した。

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