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マインドコントロールパネル  作者: 小沢 健三
第2章 “人脈”
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第2章“人脈” -3 1億円

アラタが沼津耕一郎と知り合ってから2週間が経った。


この2週間でアラタがマインドコントロールパネルを使って沼津が設立した宇宙科学関連ファンドへの出資を引き出したのは、最初の島田裕三とは別にもう5人。

合計金額は8,000万円になっている。

アラタがインセンティブとして受け取る金額は400万円で、うちの200万円は既に入金されている。今週中にはもう200万円も振り込まれるだろう。


先週からアラタは、中村を使ってサンプリング用商品のアッセンブリを行う仕事の担当にしてもらった。サンプリングするキャンディを小さなパンフレットと一緒に袋詰めしていく作業だ。

夏に向けて、熱中症を予防する効果のあるキャンディとのことだが、だいたい1日に700袋ほどをサンプリング出来る状態にする、というのが仕事だ。


誰にでもできる単純労働。


この担当にしてもらったのは、沼津の案件があった時に業務時間中でも向かえる様にする為だ。

つまり、いつでも自由に抜けられる仕事。


そういう仕事がないかと中村に聞き、その作業を担当出来る様に手を回してもらったのだ。

当然の事ながら、会社的には好きな時間に抜けるというのはNGだが、その辺りは中村が上手くなってくれている。


アラタの他にもアルバイトで延々《えんえん》とアッセンブリを続けるスタッフがいて、アラタはそのディレクションをする、という事になっている。

なので、チームとして日に3,000個のアッセンブリが出来れば、アラタ自身がその作業を行わなくても問題はない。


そして、アラタがいなくても日に3,000個を下回る事はまずあり得ない体制を作っている。

結果、アラタはいつでも沼津の呼び出しに応じる事が出来るのだ。


もちろん、沼津だけでなくクルミンとも、彼女の仕事が空いたわずかな時間でも会う事が出来る様に、という狙いもある。



そしてアラタは、既に今の会社を退職する意思を固めている。

当然だろう。この2週間で得た収入は、アラタの年収を上回っているのだ。

沼津の手伝いをしていれば、いや、もはや沼津の力を借りなくても、十分に収益を上げられる力をつけた、とアラタは感じている。

もちろんそれはマインドコントロールパネルありき、なのだが。


沼津のアラタに対する評価もうなぎ登りだ。

なにしろ、アラタを連れて行けばここまで100%出資を引き出せているのだ。関係性としても、最初は師弟の様な接し方だったのが、少しずつ対等なパートナーという感じに変わってきている。


島田裕三氏の様なVIPとのアポイントの時、沼津は必ずアラタに声をかけた。

アラタにとってもそれは願ったり叶ったりだ。沼津の案件でなくとも、今後自分がビジネスを立ち上げるにあたり必要となるであろう人たちをコントロールする事が出来るのだから。


そして今日も沼津と共に、あるVIPとの打ち合わせが予定されている。


今日の打ち合わせで、アラタは初めて、トイレに立たずにその場でマインドコントロールパネルを操作してみようと思っている。

そもそも打合せの際にタブレットを取り出すという事は珍しくないし、まさか自分の意志をコントロールされているとは思わないだろう。


今日のアポイントの相手は、株式会社重松興産の重松 豊社長との事だ。

重松興産は全国に500を超えるガソリンスタンドを経営しているグループで、非上場の同族企業。

その社長が重松 豊氏で、現会長である父の後を継いで8年前に社長に就任、そこから落ち込んでいた業績を大きく伸ばし、重松興産の中興ちゅうこう、と呼ばれている人物だ。

経済紙にもよくインタビュー記事が掲載されている。


アラタは元々、経済紙などを読むことは全くと言っていいほどなかったが、この2週間は意識的に目を通している。その中で重松社長は、是非会ってみたいと思った何人かのうちの一人だった。



重松興産の本社ビルは目白にある。

大きなビルではないが、デザインは非常に洗練されているし、何より綺麗だ。建てるのにも維持するのにも、かなりお金がかかっているのだろうと想像出来る。


沼津が受付で名前を告げ社長室に通されると、ぜいを尽くした、という表現が的確な、部屋全体が光輝いて見える様な部屋だった。決して華美かびではないが、恐らく置かれている置物や調度品は目が飛び出る位の価格なのだろう。


“ドラマでこんな部屋を見たことがある気がするな…。”


重松豊は、身長は170cmほどで中肉中背。

特別目立つような容姿というわけではないが、如何にも育ちが良い、という感じのたたずまいだ。

だがそれでいて所謂いわゆる“お坊ちゃま”という感じではなく、自身で考え、困難を乗り切って会社を再建したという記事を幾つも読んだので相当優秀なのだろう、と思うし、実際に向き合ってみると、アラタはその印象を更に強くした。


現在、沼津が重松社長に対して例の宇宙科学関連ファンドの説明をしている。

アラタにしてみれば、何度も聞いているのでほぼ暗記している内容だ。



鞄からマインドコントロールパネルを取り出す。例によって、アラタが使おうとすると自動で立ち上がり、“Mind Control Panel”文字が浮かびあがる。

沼津も重松も、気にかけている様子はない。何かメモでも取るのか、それともプレゼン資料を出すのか、その程度にしか思わないだろう。


「被操作者を入力して下さい。」


重松 豊。


と入力する。


「対象を入力して下さい。」


深見 新、と入力する。


今回も「友情」を選択した。


+100%に設定し、登録ボタンを押す。


その瞬間、重松の驚いた様な目がアラタに向けられた。

数秒間、目を逸らす事なくアラタを見つめている。


「重松社長?どうかなさいましたか?」


沼津の声がかかる。


「あ、いえ、何でもありません。失礼いたしました。どうぞ、続きをお話になって下さい。」


沼津は、重松社長とアラタの表情を交互に見た後、説明に戻った。


“バレたか!?”と一瞬不安になったが、重松社長はその後一瞬だけアラタの方を向いて笑みを浮かべた後、話を続けている沼津の方へ向き直ったので安心した。


“今のがマインドコントロールされた瞬間か。初めて見たな。やたらと親近感は感じるが自分の感情が理解できない、っていう感じだったな…。”



「深見さんも、今回のこのファンドをお勧めなさる、という事で宜しいのでしょうか?」


沼津の言葉が途切れると、重松が口を開いた。

またか、という表情で沼津がアラタを見る。

言葉こそ違えど、沼津がアラタをともなって商談をした時には必ずこういった確認があるのだ。


アラタももはや慣れている。


「えぇ。今回のファンドには大変夢があります。人類の宇宙への憧れを具現化する商品として、いわゆる利回り以上の価値があるでしょう。」


「そうですか。…分かりました。2口…、いえ3口ほどお付き合い致しましょう。」


「「ありがとうございます!」」


アラタと沼津が口を揃えるのもいつものパターンだ。


その後、幾つかの雑談をして社長室を辞する。

初めての時ほどの感慨はなくなっているが、今のこの数十分の話し合いで3,000万円もの金額が動いたのだ。


そして、これでアラタが付き添って決まった金額が1億円を超えた。

アラタの中での目標としていた金額だったので、達成できて安心したと同時に、退職の意志も固まった。



重松興産のビルを後にすると、沼津が口を開いた。


「深見君、この後まだ時間はあるかな?」


普段であれば、沼津はタクシー、アラタは電車でそれぞれの場所へ帰っていくのだが、今回はどうやらそうではない様だ。何か話があるらしい。


「えぇ、大丈夫ですよ。」


「では、少し相談があるので僕の事務所に寄ってくれないか。」


「はい。分かりました。」


そう言うと、沼津はタクシーを止め、沼津の事務所がある六本木へと向かった。


沼津の事務所を訪れるのは2度目だ。

重松興産ビルほどの高級感はないが、十分に洗練を感じるビルの最上階。恐らく50㎡ほどはあるだろうが、いるのは沼津と秘書らしき女性のみ。

そして今日はその秘書らしき女性もいなかった。


「実は秘書には暇を出してね。コーヒーも出せず申し訳ない。」


「いえいえ、お気になさらないで下さい。」


「……。」


沼津が何かを言おうとしているのだが、言いよどんでいる。

自信に満ちあふれた沼津のこういった対応は珍しい。


「それで、相談と言うのは…?」


「あぁ…。深見君のおかげで、今回の宇宙科学関連ファンドは目標としていた15億円を集める事が出来た。ありがとう。」


「15億!そんなに集まったんですね!おめでとうございます。」


「あぁ。それで…、相談なんだが、僕は来週インドネシアに発つ。出来れば深見君も同行して欲しいんだ。」


「インドネシアですか…。どなたかに対してファンドの説明をなさるんですか?」


「いや。そうじゃない。つまり、その…。」


「……?」


言いにくそうにしている沼津。アラタは急に胸が騒ぎ始めるのを感じた。




「逃げるんだよ。深見君にも一緒に逃げて欲しいんだ。」


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