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マインドコントロールパネル  作者: 小沢 健三
第2章 “人脈”
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第2章“人脈” -1 沼津 耕一郎

クルミンとのデートから4日。


アラタの姿は、恵比寿にあるランドマーク的なビル、その隣のイベントスペースにあった。

300人ほどが入れるそのスペースで行われるのは、最近売出し中のカリスマ的な投資コンサルタント、沼津 耕一郎のセミナーだ。


参加費20,000円もするこのセミナーに参加した理由は1つ。

セミナー終了後に懇親会が予定されていて、沼津氏とも短い時間ではあるが話すことが出来る、と言うところにあった。

更に、2万円もするセミナーなので、他にもVIPが集まるのではないか、という期待もあった。


開場とともにアラタは場内へ入る。

まだ人はまばらだ。せっかくなので、勇気を出して声をかけ、名刺交換をして回る。


「失礼いたします。もし宜しければ、名刺交換をさせていただけませんか?」


そう声をかけて回ると、意外にも断る人はいなかった。


投資の話や仕事の話など、数分話をして、他の人に声をかける。

これを8人ほど繰り返した。


“ふぅ。なかなか度胸が鍛えられるな…。”


26歳のアラタは、このセミナーに来ている中では圧倒的に若い。

多くは40代~50代、と言った感じで、話しかけると“若いのに色々考えていて偉い”という様な事をほぼ全員に言われた。


だが、将来の事を考えて投資をしようという気は全くない。

…と言うかその原資がない。


マインドコントロールパネルを手に入れていなければ、2万円もするセミナーには参加しようとすら思わなかったろう。

アラタにとって2万円という金額は決して安くはない。その分、必死だ。


初めて会う人に声をかけて名刺交換をするなんて、そんな事はこれまでにしたこともなかった。


だが、残念ながらここまでのところ、アラタの望むような人とは会えていない。

とは言っても、上場企業の部長であったり、聞いた事はないが企業の取締役だったり、そこそこの立場にある人たちではある。

ただ、アラタの求めている“顧客”は、もっと上。


マインドコントロールパネルに人数制限があると分かった以上は、無駄撃ちはしたくない、と思っていた。


“とりあえず、狙いは沼津 耕一郎だ。それ以外は万が一いい人がいればって言う程度だから、まぁここで焦る必要はないだろう。”


そろそろ開演も近づき、場内はだいぶ人が増えてきた。全体の3分の2位は埋まっているだろうか。


“300人だとして、20,000円とれば600万か…。やっぱり名のある人は違うよなぁ。”


よく見ると、着ているスーツもみんな高級感がある。

アラタの2パンツで19,800円のスーツとはえらい違いだ。


どうやら参加者達の多くには見知った顔がいる様で、あちこちで談笑の輪が出来ている。


持つものと持たざるもの、なんてフレーズが頭に浮かんだが、実際この会場の中にいる人たちは“持つもの”なのだろう。


疎外感を感じ気後れするが、アラタにはマインドコントロールパネルという、誰も持ちえない強い武器がある。


そう思って気力をふるい起こさせ、もう一人に話しかけたところで、沼津氏が登壇し、会場は拍手に包まれた。


「皆様、本日はお忙しい中お集まりいただきまして誠にありがとうございます。皆様の貴重なお時間を無駄にした、とお思いになられないよう、私の投資哲学を具体的な実績と共にご紹介させていただければと思っております。セミナーの後には懇親会も予定されておりますので、どうか最後までお付き合い下さいますよう、お願い致します。」


そういうと、再び会場は拍手に包まれた。

どうやら既に満員になっている様だ。




沼津 耕一郎。42歳。


東大卒業後、渡米してMBAを取得、その後米国の投資銀行で5年勤務した後に独立。

1,000万円の資本を5億円にまで増やしたという事でこの1~2年急激に成長した投資家で、現在は自らの会社でファンドを設立して運用したり、投資のコンサルティングを行っている。

テレビにも多数出演しているカリスマ投資コンサルタント。


…だという事らしいが、アラタが沼津の事を知ったのはわずか3日前の事だ。


VIPと知り合ってマインドコントロールする為の方法を幾つか思案し、どうすればそう言った人たちと会えるか、会っても話を聞くだけではなく、自分という存在を知らしめなければならない。そこで出てきたのが、この懇親会も併せて行われるというセミナーだったのだ。


だから、沼津 耕一郎という人が実際にどういう人なのかは良く知らない。

投資コンサルタントという位だからお金持ちの知り合いは沢山いるんだろうし、つながりを作っておけばそこから広げられる筈、という考えからだった。


1時間強に及んだセミナーは、殆ど意味が分からなかった。

南米や東南アジア、アフリカ、そう言った国の債権リスクについてらしいが、専門用語が多くて話が分からない。

後半は、宇宙科学関連事業への投資が今後拡大するらしく、沼津氏の会社でもそれ専門のファンドを立ち上げ、8%の利回りを見込んでいる、と言うと会場が“おぉ…。”という声に包まれた。


「ご興味をお持ちの方はこの後の懇親会で是非お声掛け下さい。」


と言うと、会場が拍手に包まれ、沼津氏はいったん退場した。


宇宙科学関連事業はよく分からないが、利回り8%と言う数字は分かる。

定期預金は目を覆いたくなるような利率しかつかないわけだから、確かに会場にいる人たちが声をあげるのも分かる。

とはいえ、アラタには投資するだけの金はないが。


しばらくすると、沼津氏が戻ってきて、乾杯の音頭を取る。

アラタは最前列にまで進むと、乾杯の直後に沼津氏に声をかけた。


「初めまして、深見アラタと申します。本日のセミナー、大変勉強させていただきました。」


沼津はにこやかな表情で名刺を渡し、アラタが渡した名刺に目を落とす。


「…これは、個人の名刺ですか?」


「はい。今は小さなイベント会社に勤めているのですが、いずれ投資の道に進むことも考えておりまして、今日お話を聞かせていただきました。」


「なかなか、ユニークな名刺ですね。」


アラタが渡した名刺には、白地にデカデカと「深見 新」、横に小さく「フカミ アラタ」とだけ書いてある。

裏に住所と電話番号が申し訳程度に書いてあるものだ。

この日の為にわざわざ作ったもので、自宅のプリンターで出力したものだ。


ただ、沼津の方からそれ以上の話はない様だ。

アラタの出で立ちを見て、恐らく金にならない、と判断したのだろう。


既にアラタの後ろには何人かの人が名刺交換の為の列を作っていて、そちらの方を見て“すみません、少々お待ち下さいね”とばかりに目で合図している。

次の人が待っているのだから察しろよ、というアピールだろう。


「深見アラタです。本日はありがとうございました。」


と言って沼津の前から離れると、アラタの方を見ることなく次の人と話し始めた。


すこしむかつく態度だったが、目的は達せられた。


アラタはトイレに駆け込むと、個室でマインドコントロールパネルを立ち上げる。


「被操作者を入力して下さい。」


いつもの画面だ。


沼津 耕一郎。


と入力する。


「対象を入力して下さい。」


深見新、と入力する。


今回は、一度も使っていない「友情」にしようと思っている。

「主従」でも良いのだろうが、「主従」と「友情」の違いを知る、という意味もある。


+100%に設定し、登録ボタンを押す。


変わったことと言えば、登録ボタンがグレーになったぐらいだが、押せたという事は、コントロール出来た、という事だ。


マインドコントロールパネルをかばんに戻して会場へと戻る。


沼津の前には長い列が出来ている。

全員がこの列に並ぶのかどうかは分からないが、300人も来ているのだ。

全員と挨拶を終えるまでにはかなりの時間がかかるだろう。


“とりあえず、飯でも食っとくかな。2万円も出したんだ。良いもの食わなきゃ勿体ない。”


そう思うと、ビュッフェ形式のフードコーナーに並び、高級そうなものを選んで皿に盛ると、ウェイターからビールを受け取り、会場の端の方に陣取って食べ始めた。


“うん。美味い。”


金持ちを集めるのには食事も重要だ。

立食のビュッフェ形式とはいえ、素材には拘っているのを感じる。

このビュッフェだけで、普通に食べたら4~5,000円はするのではないだろうか。

いや。もっとか。


どれも普段のアラタの生活ではお目にかかれないものだ。

盛ったお皿はアッと言う間に空になってしまった。


“せっかくだしもっと食べておくかな…。”


そう思ってまたフードコーナーへ進みかけた時、「深見君!」と呼び止められた。

振り返ると、沼津耕一郎がこちらに向かって小走りでやってくる。


「ごめん、食事中のところ悪いんだけど、ちょっと来てもらっていいかな?紹介したい人がいるんだ。」


沼津がいた場所には相変わらずけっこうな数の人が並んでいるが、それを待たせてアラタのところへ来たようだ。


「あっ!はい、もちろんです!」


そういうと、沼津に誘導されてその人物のところへ歩いて行った。


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