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マインドコントロールパネル  作者: 小沢 健三
第1章 “入手”
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第1章“入手” -10 鎌倉デート

クルミンと食事をした日から8日が経っていた。


さすが売れっ子だけあって、毎日分刻みで仕事があるらしく、なかなか会う時間を取る事は出来ない。

夜中であれば会う時間もあったのだが、さすがに夜中に誘うのは気が引けるし、急ぎ過ぎて重荷に思われるのも嫌で誘っていない。


ただ、毎日の様に電話では話しているし、メールも毎日10往復位はしている。

早くもカップルの様だ。


そして、ようやく今日、2人の休みを合わせる事が出来て、朝からデートする事になっているのだ。


人気女優という事で、なるべくなら人が多くないところが良いだろうと色々考えた結果、今日は鎌倉に行くという事になっている。


レンタカーを借りて鎌倉まで行き、海と植物園に行く予定だ。

鎌倉駅や鶴岡八幡宮など、人の多そうな所へは行かない。

若い二人のデートには地味すぎる様な気もするが、繁華街にはなるべく行きたくない。


海水浴シーズンにはまだ早いし、植物園もかなり広い様なので問題ないだろう。


という事で、アラタは5時に起きてレンタカーを借り、一度クルミンの住んでいる代々木公園付近まで迎えに行くことになっている。


と言っても待ち合わせは9時。5時では幾らなんでも早すぎるが、なんとなく気持ちが焦ってしまい、借りられるもっとも早い時間に設定したのだ。


クルミンが長津田付近まで来ると言ったが、どうやらクルミンは聞く限りでは完全なペーパードライバーの様だったし、電車で来てもらうわけにもいかないとアラタが言って迎えに行くことにしたのだ。


こんなにワクワクして早起きするのは小学校の遠足とか、修学旅行とか、それ以来かも知れない。

前の晩はなかなか寝付けなかったが、跳ね起きる様にしてレンタカー屋に走った。


だが、平日の朝、都内に向かう道はどこも混んでいる。5時半に長津田を出たというのに、代々木公園に着いたのは7時半を回っていた。


とはいえ、待ち合わせは9時だ。

明らかに早すぎた。そもそも9時というのがデートの待ち合わせにはかなり早いと思ったのだが、さらに1時間半も前に着いてしまっている。


“どんだけ楽しみにしてるんだよ、俺…。”


と笑い、近くのコンビニでコーヒーを買い、どうやって時間を潰そうかと悩んでいるところ、携帯が振動した。


「おはよう!」

アラタ君はそろそろ家を出た位かな?私はなんだか今日が楽しみで仕方無くて、早く目が覚めちゃったので、どこか、拾って貰いやすいところまで行こうかと思っています。道がよく分からないので教えてくれればそこまで行くけど、どこならいい?


おっと!同じことを考えて繋がっている感じがものすごく嬉しい。


「Re:おはよう!」

えっと…、実は俺も楽しみ過ぎて早起きして、もう代々木公園の近くにいます…。」



「Re:Re:おはよう!」

本当www!?なら急いで行きます。しばしお待ち下さいませ。」



「Re:Re:Re:おはよう!」

コンビニの前にいます。ゆっくりでも良いからね!


数分後、クルミンが駆けて来るのが見えてアラタは車を降り、手を振る。


「おはよう!」


「おはよう!アラタ君。」


天使はやはり天使だった。

天使はやっぱり天使だった。


今日も帽子をかぶり、メガネをかけているが、その美しさは全く色褪せない。


アラタが助手席のドアを開け、手を差し出すと、クルミンが微笑みながらその手を取り、促されるまま助手席に座る。

外を回ってアラタは運転席に座る。


「俺ら、なんだか2人とも小学生みたいだよね。楽しみ過ぎて待ち合わせの1時間半も前に集まるとか!ハハ。」


「ふふ。そうだね。でも、アラタ君も同じように思ってくれてたみたいで嬉しい。」


「それはこっちのセリフだよ。1時間半、どうやって時間を潰そうかって考えてたんだから!」


サイドブレーキを下ろし、車を出す。


いい天気だ。


雲一つない、とまではいかないが、梅雨の時期にこの天気なら上等だろう。

世界が2人を祝福しているかのような、そんな幸福感に包まれた。



----



最初の目的地である材木座海岸までは、1時間半ほどで着いた。

横浜あたりで少し渋滞があったが、後は比較的スムーズだった。


車中は楽しかった。

映画の話や音楽の話、意外に観ている映画や聴いている音楽が共通していて、それぞれの良さを話しているうちにあっという間に目的地に着いた。


人は殆どいない。犬を散歩させている人や、サーファーが少しいるだけだ。

何をするわけでもなく2人で海岸を歩く。クルミンを見る。


“やっぱり細いな。というか、前にあった時よりも更に痩せたかな?”


車に乗っている時は気づかなかったが、よく見ると目の下に隈があり、それをファンデーションで隠している様に見える。

気にしてみてみると、見間違えではなく前回会った時よりも痩せている。


「少し痩せた?」


「え?うん…。ちょっとね。」


そういうと、目を逸らしてしまった。


ちょっとどころではない様に思う。

元々細かったし、仕事柄太るわけにはいかないのだろうが、それにしても細すぎる様に思う。

ちょっと病的な細さだ。


かおりを思い出す。

そういえば彼女はマインドコントロールパネルでコントロールされていたのは3日だけだったが、その間は眠れないし食べられないという状況だった。

ひょっとしたらクルミンもそうなのだろうか。


とはいえ、その話を振ったらすぐに目を反らしてしまったあたり、あまり触れて欲しくないのだろうと思い、話を変えた。



1時間ほど海岸にいると、アラタはお腹がすいてきた。そういえば今朝は5時に起きたがそれから何も食べていない。

今は10時を少し過ぎた位。

12時にレストランを予約しているので、何か食べてしまうのは早い気がする。


「クルミン、朝は食べたの?お腹減らない?」


「そういえばちょっとお腹減ったかも…。」


「そっか、今日は12時にビーフシチューが美味しいっていうお店を予約してるんだけど、時間を早められないか聞いてみるね。」


と言って携帯を取り出し、電話をかける。

予約時間の変更はOKの様だ。今から向かうと10時半にはついてしまうだろうが、そこに向かう事にする。



時間を潰す為に途中コンビニに寄ってコーヒーを買い、景色の良いところを選んで車を止める。

少し標高の高いその場所から海の方を見ていると、幹線道路脇のビルの屋上にクルミンが出演している飲料のポスターが貼ってあるのが見えた。


朝焼けか夕焼けか、少し暗いオレンジ色の空の前で白いシャツを着て飲料を持っているクルミンのその写真は、文句のつけようがないほど美しかった。


そう言うと、「もうっ!言い過ぎ!」と言って天使は恥ずかしそうに目を逸らした。



予約していたレストランの前で10分弱待ち、11時少し前に入る事が出来た。

ビーフシチューのセットとタンシチューのセットを頼む。飲み物も含めて2人前で3,800円。普段のアラタの食生活では考えられない位高いが、その分確かに美味しい。

じっくり煮込んだであろうそのシチューは、肉が口の中でとろける様だ。


クルミンがタンシチューも食べてみたいと言ったので、クルミンのビーフシチューと少しずつ交換して食べる。


「はしたなくってごめんね。でも美味しくって!」


「良かったよ、喜んでもらえて。」


これもまたカップルみたいで嬉しい。


食欲がないのかと思っていたが、クルミンも全て食べる事が出来たようだった。


今日、アラタの中では夕食を食べた後に告白しよう、と思っている。

藍澤くるみが彼女になるのだ。

藍澤くるみが!彼女に!



そう言えば前にかおりと付き合った時にはなんとなくなし崩し的に付き合ったと言う感じで告白はしなかったので、告白だなんていつ以来か…、と緊張するが、それが礼儀と言うか、最も彼女の思いに応える方法だろう、と思っている。

それにもちろん、アラタ自身の望みでもあるのだ。



その後に向かった植物園も、人は少なく、気持ちのいい空間だった。

思い切ってアラタから手を繋いでみると、クルミンははにかんだ顔で笑い、それを受け入れてくれた。


俺は!今!クルミンと手を繋いでデートしている!

それからは、殆どの時間手を繋いで歩いた。


夜は都内に戻って夕食を食べた。

世田谷の環八通り沿いにあるイタリアンレストランを予約していたのだ。

2名でも入れる個室があり、お値段も手ごろ。

当然このお店も口コミサイトからの情報だが、5段階中3.5近い評価で、駐車場もあるという事でここに決めたのだ。

車なので飲めないのは残念だったが、料理はとても満足のいくものだった。


ここでも、クルミンは残さずに食べた。

かおりの様に食べられないのではないかと思ったのはどうやら杞憂だったらしい。


「美味しかったね。」


「うん!すごく美味しかった。アラタ君は色んな美味しいお店を知ってるんだね。」


「いやいや、ここには初めて来たんだよ。口コミサイトで検索して!」


今回は嘘をつかなかった。下らない見栄を張らなくても良い程度には、知り合ってから今日まででやり取りを重ねたのだ。


「そうだったんだ。でも、ありがと。色々計画してくれて。」


「そりゃそうでしょ。せっかくの初デートだもん。楽しんでもらわなきゃね!」


「ふふふ。初デートか。ありがと。」



この後だ。

アラタは切り出さなければならない。彼女になってくれと、付き合ってくれと。


マインドコントロールパネルの力があるので、断られることはないだろうが、それでも緊張する。



「あのさ、クルミン…。」


「ん?どうしたの?」


「もしよかったらなんだけど…。」


「……。」


何かを察したらしく、クルミンは俯いてしまった。


「……。」


「……。」


「……。」


「あの、もしよかったらなんだけど…。」


「うん…。」


「……。」


「……。」


「俺の…、その…。えっと…。」


「……。」


「…俺と!付き合って下さい!」


そう言ってお辞儀して右手を差し出す。

だが!その手が水の入ったグラスを倒してしまった。


「あっ!」


慌ててクルミンは鞄からティッシュを取り出す。

アラタも慌てて何かないかポケットをまさぐるが、何もない。気づいたらしい店員さんがやってきてテーブルと床を拭く。

クルミンのスカートも拭こうかとしていたところを、クルミンが大丈夫です私は少しかかっただけですから、と制している。

「ごめん!ごめん!」アラタは何度もそう口にしたが、どうしていいのかアタフタしているだけだった。


「新しいお水をご用意致しますね。」


と言って店員が去っていく。


「ごめんね。」と改めて言うアラタ。


「ううん。大丈夫。」


というと、クルミンはまた俯いてしまった。


「お待たせいたしました。」そう言って店員が新しい水を持ってきた。


少しじっくりとクルミンの方を見たような気がする。

クルミンは俯いたままだ。

先ほどのやり取りで、藍澤くるみだという事に気づいたのではないだろうか。


「あ、すみません。あとお勘定をお願いします。」

店員の目をクルミンから逸らすようにアラタが言う。


「はい、畏まりました。」


店員は再び去っていく。


「付き合って下さい!」という声も聞こえていただろうか。

それで来てみたら言われていたのが藍澤くるみだったのだ。

店員は40代ほどの女性だったが、仮に彼女がワイドショー好きなら堪らないだろう。

いや、40代くらいの女性でそういう浮いた話が嫌いな人などいるんだろうか。

「ちょっとちょっと!個室のお客さん!藍澤くるみよ!しかも一緒の人に付き合って下さいって告白されてたのよ〜!」なんて仕事仲間で話している様子が目に浮かぶ。



「…こちらこそ、宜しくお願いします。」

そんなことを思っていると、クルミンが言った。


「え?」


「あ、その、さっきの話…。付き合ってっていう…。」


「あ!あぁ…、良いの?」


「あの、アラタ君さえ良かったら…。」


「いや、そりゃもちろん、俺から言った事なんだし…。」


「うん…。」


そう言うと、俯き加減だった顔を上げる。

「じゃあ、これから宜しくお願いしますね!」


そういうと天使はニコッと笑った。


「お待たせいたしました。お会計、こちらとなります。」

見計らった様なタイミングで店員が入ってきた。

カードを渡したが、今度は笑みを浮かべてアラタの方をジッと見ている。


“コイツが藍澤くるみの彼氏になった男か。意外と大したことねぇな。”


そんな思いが店員の目に浮かんでいた様な気がした。


悪かったな。

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