5上
目を開くと、そこはいつもの部屋。
朝、早起きしたみたいな、すっきりとした気持ちだった。
「ルディ、さん」
返事があるわけが無いけれど、なんとなく彼を読んでみた。
「季さん?」
「!?」
独り言のつもりで言ったのに、返事が帰ってきて、ぼくは思わず叫んでしまった。
「ど……どうして、ここに?」
「そのこと、なのですけれど……」
ルディは、そこで言葉を切った。
嫌な予感が、した。
「ごめん、なさい。記憶を、消します。お母様に会えたことは、良かったと、思います。でも。決まって、いるのです」
最初、何を言っているのか、分からなかった。
でも、ルディのその眼は、真剣だった。
「……え?」
本当は言いたいことがたくさんあるのに、口を突いて出てきた言葉は、たったそれだけ。
「ぼくは、季さんのこと、が、考えられなかった、です。合格だけを、見てた、だから」
ルディは、そこで言葉を切った。
そして、少し考えるように視線を巡らせた。
「本当は、いけないこと、です。でも、カミサマにも、許可がもらえ、ました。ユメツムギのせい、だから」
「……待って。止めて」
「え?」
「記憶を、消さないで、ください」
「でも」
ルディは、まるで焦っているようだった。
「このままじゃ、季さんは、ずっと、辛いまま、で……」
「それでも、いいです。ぼくは、君のことを、忘れたくない、から」
一つ一つ、言葉を区切るように。
ぼくは、君のことを、忘れたくない。
だって、ルディに会わなかったら、知らなかったから。
伯母さんの思っていたこと。
父さんの優しさのこと。
母さんが、幸せだってこと。
そして、「夢紡ぎ師」という存在のこと。
思い返してみると、ルディに会って、知ったことばかりだった。
だから、お願い。
どうか、記憶を消さないで。
「……分かり、ました」
「あ、ありがとう、ございます」
「カミサマに聞いて、きます。もしかしたら、ダメだ、と、言うかも、しれません」
ルディは、顔をあげて、こちらを見た。
その眼は、本当にいいのか、と問いかけてくるようだった。
「……夢に囚われた、ニンゲン、は、普通、今すぐにでも、記憶を、消してほしい、と言う、そうです」
「そう、なんですか」
「ぼくは、季さんも、そう言うか、と思いました。なぜ、季さんは、そうではない、のですか?」
なぜ、と問われても、分からない、としか言えない。
だって、本当に分からないのだから。
なんとなく、ルディに不思議な運命を感じていたから、だろうか。
そう伝えると、ルディはいよいよ困った顔をした。
分からない、そう言っているようだった。
でも、ぼくだって分からないんだ。
「季さん」
「はい?」
「カミサマに、もう一つ、訊くことが、できました。なので、今日、は、もう、帰ります」
「帰る? どこへですか?」
ルディは消えると思っていたので、まさか、帰るなんて言うとは考えなかった。
でも、よく考えると、ルディ達は人間……違う。
「夢紡ぎ師」は、人間じゃ無いのかもしれない。
ルディは、「ニンゲン」という言葉を使っていた。
そう思うと、彼等は「夢紡ぎ師」であって、「人間」じゃないとも考えられる。
「ルディ、さん。……君たち、『夢紡ぎ師』は、何者、ですか?」
「……『紡ぎ師』の先祖は、元ニンゲン、です。今の『紡ぎ師』は、『紡ぎ師』から、生まれて、います」
ルディの眼は、なぜか悲しそうだった。
そう、あの、名前を言った時みたいだな、って、思ってしまった。
「ただ、ぼくは、例外、です。ぼくは、ニンゲンでした。人間の時、は、ルーデウス・ユーベルヴェーグ、という、ヨーロッパの、ある国に住んでいた、子供、でした」
☆
ある時、事件が、起きました。
ルーデウスの家が、火事に、なったのです。
ルーデウスは、間一髪で、助けられましたが、ずっと、目を覚まさないまま、でした。
母上と、父上と、兄上は、犠牲に、なりました。
ルーデウスは、ベッドの横で、大人たちが、そう、話しているのを聞いて、起きたくないと、思いました。
ある日、ルーデウスは、「喚ばれ」ました。
喚んだのは、カミサマと、心紡ぎさま、でした。
心紡ぎさま、というのは、三つの「紡ぎ師」の上に立つ、とても、偉いかた、です。
「ルーデウス・ユーベルヴェーグ。其方は、死を望むか?」
カミサマは、そう、問われ、ました。
「ぼくは、生きたい、です。でも、母上と、父上と、兄上が、居ない所、は、嫌、です」
ルーデウスは、はっきりと、答えました。
カミサマは、驚いたよう、でした。
「……では、『夢紡ぎ師』になることは、望むか?」
「ゆめ、つむぎ、し……」
母上が、読んでくださった本に、そのような話が、ありました。
でも、何をしたらいいのか、分からない、と、ルーデウスは、言いました。
「『夢紡ぎ師』は、生きることはできない。しかし、生きているニンゲンの、手助けをするのだ」
カミサマは、あたたかい声で、そう、仰いました。
ルーデウスは、生きたい、と思っていました。
けれど、カミサマの話を、聞いて、『夢紡ぎ師』になりたい、と思うように、なりました。
「下」は、来週です。