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どのくらい時間が経ったのか、分からない。
でも、どんなに時間が経ったって、ぼくのショックは変わらないんだ。
伯母さんが、ぼくの来たことを嫌がっているなんて、知らなかった。
朝起きて、伯母さんに、「ぼくが来たの、嫌だった?」そう、訊いたとしても、伯母さんはぼくを抱きしめて、こう言うんだ。
「まさか。私は、とっても嬉しいわ」
誰の言うことも、信じられない。
信じたくない。
もう、何も考えたくない。
ぼくは、布団を顔まで上げた。そうしないと、「ぼく」さえもいなくなってしまう気がしたから。
布団の中で、ダンゴムシみたいに丸くなっていると、腕の糸が目に入った。
糸の優しい光は、ぼくの固くなった心を溶かして。
気付くと、ぼくは泣いていた。
心の中の、一人ぼっちの恐怖、疑心暗鬼を、全部、涙と一緒に流してしまいたい。
そして、明日には夢だった、って思いたい。
夢。
その言葉に、聞き覚えがあった。
ルディ=トラウム。夢紡ぎ師。
そうだ。
ルディは、この糸のことを、「夢」と呼んでいなかったか?
そして、その「夢」は、〈大切な人に会える夢〉……そう、言っていなかったか?
夢を見たい。
ぼくは、布団の中でぎゅっと目を閉じた。
瞼は、涙で濡れて、あたたかった。
☆
「季、季。ときっ!」
懐かしい声が聞こえた。
「ほら早く。お茶が冷めちゃうわ」
ここは、変に気取った伯母さんの家ではない。
ずっとずっと、帰りたかった、我が家。
そして、そこにいるのは、
「……母さん?」
髪を緩く結び、いつものお気に入りのエプロンを付けた、母さんだった。
「そうよ、どうしたの?変なカオして。あぁ、そうそう」
そう言いながら、母さんは後ろの方を手で示した。
「……父、さん」
居たのは、写真で何度も見た、父。
そうだ、背が高くて、髪は短かった。髭は剃ってて、メガネを掛けてる。
会いたかった。
「季。大きく、なったな」
「……父さん。母さん……!」
ぼくは、父さんと母さんに飛びついた。
「昔から、こうしてみたかったんだ。二人の間で、ぎゅーってしてもらいたかった」
その恰好のまま、ぼくは色々なことを話した。
伯母さんの家のこと、部屋のこと。そして、ルディという、「夢紡ぎ師」のこと。
伯母さんが言ったことは、怖くて言えなかった。心配させたくなかったから。
横には、二人の温もり。
幸せだった。
でも、もうすぐ夢は終わりだ、って感じて。
ぼくは、口を開いた。
「……あのさ」
「え?」
「どうしたの?」
「父さん、母さん、大好き。ずーっと、ずっと」
そう言ったあと、ぼくの世界は暗転した。
だから、父さんと母さんが何て言ったか、どんな顔をしたか、ぼくは知らない。
☆
ふっと目が覚めた。
父さんと母さんの夢を見た。
二人は、笑っていた。幸せそうだった。
いつもの家。
いつものリビング。
母さんが髪を留めているピンも、「いつも」だった。
今、ぐるりと周りを見回すと、そこは、慣れないベッド。
さっきまで微笑んでいた母さんは、いない。
楽しそうに笑っていた父さんも、いない。
大好きだったあの家も、行けない。
ついさっき、手が届いていた夢は、もう、見えないほど遠くなった。
ずっと先で、陽炎のように揺らいでいる。
もう一度寝たら、「いつも」は戻ってくるかもしれない。
でも、起きたら、終わり。
そんなの、嫌だ!
起きたくない。
現実なんか、無くなっちゃえ。ぼくは、夢の方が幸せだ……!
「季くん? 季くん?」
伯母さんの声が聞こえる。きっと、もう朝だ。
でも、今、目を覚ましたら、母さんと父さんとは、会えない。
そんな気がした。
「……季……ん……?」
声が、遠くなる。
あぁ、また二人に会えるんだ。
そんなことを考えていたから、ぼくは気付かなかった。
腕の糸が、怪しく、暗く光っていることに。
やっと、ここまで来ました。
次は、多分、一週間後です。