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夢紡ぎ師の物語  作者: 藍川
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2/7

 ぼくが何も言えないでいると、男の子は床にぺたんと座って、トランクを開け始めた。

 その大きなトランクの中には、糸がたくさん入っていた。

 毛糸玉のように丸くして、小さく仕切った木のトレイに入っているもの。

 木の棒にくるくると巻き付けてあるもの。

 ただ結んであるものもあった。

 けれど、一番変わっているのは、その糸だった。

 糸と言うよりは、毛糸と言ったほうがいいかもしれない。

 ぼうっとして、境界がないように見える。

 どのくらいの太さか、はっきり分からない。

 そして、少しだけ光っている。例えて言うならば、三日月の夜の空だ。

「どの、夢がいいですか?」

 男の子は、トランクから毛糸玉がいっぱい入っているビンを取り出しながら、呟くように言った。ひとりごとのようにも、聞こえた。

「ぼくが紡いだ、できたての夢、なのです。初めて、ひとりで紡いだ、夢」

 そう言いながら、男の子はビンから薄い紫の糸を出し、無邪気に笑った。

「紡いだ、夢?」

 たしかに、彼はそう言った。もしかしたら、気のせいかもしれない。

 だって、夢は作るものではなく、見るものだから。

「そう、なのです。ぼくは、『夢紡ぎ師』だから」

「ユメツムギ、シ?」

「そう、です。夢を、紡ぐ、とかいて、ユメツムギ、と読むのです」

 そして、その男の子は、こてんと小首をかしげてから、また少しんだ。

「まだ、見習いだけど。だれかが、ぼくの紡いだ夢で、幸せになれたら、見習いじゃ、なくなるのです」

 そう言って男の子は、さっきの薄紫の糸を手に持った。

「〈大切な人に会える夢〉、これが、ぼくの作った夢、です」

 言われて、ぼくははっとした。

 大切な人に会える。

 つまり、死んだ、母さんにも。

 会ったことのない、父さんにも。

 引っ越しして会えなくなった、親友にも。

 みんなに会える。

「いりません、か?」

 その声を聞いてすぐ、ぼくは答えた。考えるより先に、言葉が口をついた。

「ほしい……です」

 


 ぼくがそう言うのが分かっていたように、男の子は目を細めて笑った。




                 ☆



 男の子はぼくが答えると、またあのトランクからいろいろなものを出した。

 上からのぞくと、どうやらトランクの中のトレイに乗っているものらしかった。

 黄ばんだような色の紙に、小さなインクビン、そのビンにぴったりな小さなペン。

 さっきの薄紫の糸と、ろうそく。

 マッチの箱。

 それらのすべてを出すと、男の子はさっき出していた糸を全部しまい、トランクをぱたんと閉めるときっちりベルトを掛けた。

 ぼくはただ、彼のしていることをぼんやりと見ていることしかできなかった。

 すべてが終わったように感じたのは、ろうそくに火が灯り、紙に読めない言葉を書き連ねていた男の子が手を止めて、顔を上げたときだった。

「名前は、何と、いうのですか?」

「……え?」

「あなたの、名前、なのです。訊いて、いなかった」

 そう訊かれて一瞬、言いたくない、と思った。同情の目で見られたくなかった。

 でも、すぐに考えを変えた。

 だって、言ったところで、この男の子には分からないだろうから。

藤川ふじかわ とき、でも今は、中村なかむら

 男の子の表情は、分からない。たぶん、ぼくが気にしてたことには、気付いていない。

 苗字が変わるときは、嬉しいことがあったときか、悲しいことがあったとき。

 ぼくは、後者だ。

ときさん、で、いいのですか?」

 やっぱり、気付いてない。そう考えながら頷こうとしてぼくは、はっとした。

 目の前にある、真っ青なひとみ

 自分を「夢紡ぎ師」だと名乗った彼の目には、深い哀しみの色が浮かんでいた。

 同情する目ではなく。

 まるで、すべてが分かっているように。

 彼も、同じ経験があるかのように。

 けれど、男の子が瞬きをすると、その色は無かったかのように消えてなくなった。

「季さん?……あれ、違いました、か?」

「あ……えっと、季、で合ってます」

「分かりました、季さん。ぼくの、名前は、ルディ。ルディ=トラウム、です」

 ルディ=トラウム。

 口の中で、呟いてみた。昔から知っていたかのように、しっくりと馴染んだ。

 その名前は、まるで彼、ルディのためにあるように感じた。それくらいに、その名前が合っていた。

「では、契約を、結びます。契約は、季さんの夢、が、ぼくの作ったもの、ということを、証明する、ものと思って、ください」

 そう言いながら、ルディは何かの言葉を書いていた紙をこちらに向けた。

 下のほうに線が二本引いてあって、一つの線の上にはもう何かが書いてあった。ルディ=トラウム、と書いてあるのかもしれない。

「ここには、『夢紡ぎ師』は契約者に、危害を、加えないこと、契約者の意見に、従うこと、と書かれて、います。また、契約者、は、『夢紡ぎ師』の、存在を、だれにも言わない、こと、とも書かれています」

「存在を、だれにも言わない? なぜ?」

「『夢紡ぎ師』は、選ばれたもの、のところにしか、行かないから、です」

「そう、なんだ」

「はい。サイン、をお願い、します。好きなほうの、名前で」

 ここです、とルディは何も書かれていない線を指さした。

 迷うことなんか、無かった。

 ぼくは、線の上に名前を書いた。ルディが言ったように、好きなほうの名前で。

 藤川 季。



 『夢紡ぎ師』と契約者の名前が、契約書に並んだ。



続きは、明後日の予定です。

この話は、書き溜めていたものを一気に出していますが、もうすぐ書き尽くしそうです……。

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