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第6話 親友の勘違い(1) / 悪戯心

 まだ陽は高い。暑さが少し厳しいが、あと1週間もすれば秋の気配が近づいてくる。秋桜が咲き、紅葉が始まり、食べ物も美味しくなる。だけど今年の秋からはギルが居なくなる。エリシュは、ほんのり湧き上がってくる寂しい気持ちを振り払い、力強く足を前へ進めた。


 やがて繁華街に差し掛かり、人通りも多くなると、エリシュは周囲の様子がいつもと少し違うことに気が付いた。街の様子が変わった訳ではない。歩き慣れたいつもの街路である。建物も店舗も幼い頃からずっと見てきたものだ。変わっていたのは、自分とすれ違う往来の人々の反応だった。


 すれ違うたびに、やたらジロジロと見られている。そんな気がするのだ。正面から歩いて来る人が、驚いたように道を譲ってくれたりする。老若男女、自分を見るたびにヒソヒソ話をしているように思える。


 エリシュは内心おどおどし、冷や汗をかいていた。自分の女装がバレてしまったのではないだろうか? 男が女の格好をして歩いている。それだけで不審者として通報されてしまう。下手をすれば、あらぬ疑いを掛けられ監獄行きだ。今は大事な登用試験の前。監獄行きだけは絶対に勘弁して欲しいところだ。


 だが、事実は違っていた。エリシュには聞こえていなかったが、街の人々のヒソヒソ話はこんな感じだった。


「誰? あの美人なお嬢様。この街じゃ見たことがないわね」

「あの人、どこかで見たことがあるような……」

「ほら、アレよアレ! ロキシアの王女様にそっくり」

「まさか! ロザリア王女?」

「でも王女様が、こんなところを1人で歩いている訳がないわね」

「うひょーあの女、超美人じゃん、まぶいぜ」


 大体こんな話がされていた。


 エリシュの女装は、バレるどころか誰も女装と気が付いていなかった。反対に女性としての注目を浴びていた。特に過剰反応していたのは街行く若い男達だった。


 あと少しで中央広場に辿り着こうというその時、突然3人の男達がエリシュの前を塞いだ。全員長身の優男である。街で流行のファッションに身を包み、ヘラヘラしながらエリシュを取り囲んだ。見るからに性質の悪いチンピラだ。その服装と髪型から、ナンパを目的にしているのは明らかだった。


「お嬢ちゃ~ん、1人でどこ行くの?」

「人と待ち合わせしていますので、そこをどいてください」

「それより俺達とお茶しな~い?」

「いえ、結構です」

「”結構”なの? あっそう。じゃあいいってことね」

「”ダメ”という意味です。曲解しないでください」

「まぁまぁいいじゃないの。俺達と楽しいことしようぜぇ」


 男の1人がエリシュの腕を強引に掴んできた。


 反射的にその腕を振り払う。だが、その行為はナンパ師どもを逆上させるきっかけになってしまった。


「このアマ、人が下手に出ればいい気になりやがって。ちょっとカワイイ顔してるからって舐めてんじゃねぇぞ、コラァ!」

「……はぁ、ったく、どうしようもないな。騎士道の風上にも置けない奴らだ」

「騎士道だぁ? 馬鹿じゃねぇのか。そんなもん俺達には関係ねぇ!」


 騒ぎを感じとった周囲の通行人が、何人か立ち止まり始め、エリシュ達を遠巻きに小さな群衆が出来ていた。


「この国の男達は志まで貧しくなったのか。貧すれば鈍するとはこの事だな。嘆かわしい。ひもじい思いや不平不満ってのは大いにあるのかもしれない……だけど精神が愚鈍になればおしまいだ、恥じを知れっ!」


 エリシュがそう叫ぶと、ナンパ師の1人が蹴りを放った。大きな前蹴りだ。運動神経ゼロ、格闘訓練の成績ワースト1位のエリシュでは、当然この蹴りをかわすことはできなかった。男の爪先がまともに腹に突き刺さり、エリシュは、衝撃と共に自分の体がふわりと宙に浮くのを感じた。にべもなく、地面に叩きつけられると、腹部に猛烈な痛みを感じていた。


「ざまぁみやがれ。顔だけは勘弁しておいてやるよ。お楽しみがなくなっちまうからな、ハハハハ」


 暴力沙汰になったのをきっかけに、群衆が一気に増えた。周囲は多くの野次馬で溢れかえっていた。しかし、エリシュを助ける者はいない。他人の喧嘩は見たいが、自分が関わるのは嫌だと言う人間ばかりだ。


「ほらほら、立てよお嬢ちゃ~ん。もう一発蹴ってあげるからさぁ」

「おい、その辺で止めとけよ、クズども」


 群衆の中から1人の若者が現れた。ギルだった。彼は地面に這いつくばっているエリシュとナンパ男の間に立つと、両腕を大きく広げた。エリシュを守る体勢である。


「何だぁ、てめえは? ……おいおい、まさかヒーロー様の登場か? アハハハ」

「ヒーロー? そんなんじゃないぜ。ただの通りすがりだよ」

「じゃあ黙って見てろよ、他の奴らみたいにな!」

「そういう訳にはいかない。一応騎士を目指しているんでな。無抵抗の女子供に手を出す奴は騎士道に反する。だから俺は、この女性を守らなきゃいけない」

「おめぇも騎士道かよ、ケッ。そんなもんが何の役に立つんだよ。一銭の得にもなんねぇぜ!」

「騎士道は損得じゃない。人の生きる道だ」


 逆上したナンパ師3人は、両腕を大きく広げたままのギルに、殴る蹴るの暴行を始めた。しかし、ギルは微動だにしない。抵抗せず、殴られるままになっていた。彼の体術なら、男達の攻撃など簡単にかわせるはずだ。腰に帯刀している剣を抜けば、それだけで追い払うこともできる。しかし、ギルはそれをしない。


 しばらくするとギルは膝を突き、地面に這いつくばってしまった。一切ガードもせずに殴られるままにしていれば、さすがに鍛えた体でも堪える。だが、その頃には手を出していた方の男達が、殴り疲れていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……ちっ、今日はここまでにしておいてやるよ。次に見かけたらタダじゃおかねぇからな!」


 お決まりの捨て台詞を吐いて、ナンパ師たちは苦虫を噛み潰したような顔で去って行った。周囲の群衆も面倒に巻き込まれるのを嫌がって、ギルやエリシュと目を合わせないようそそくさと散っていった。


 エリシュの前には、ナンパ師たちに殴られ、気を失っているギルが残された。


「おい、ギル! 大丈夫か、ギル!」


 肩をゆすって声をかけてみるが、反応がない。呼吸はあるが意識を完全に失っているようだった。いくら鍛えているとはいえ、3人の男達から無防備の状態で数多く殴られたのだ。無事では済まないはずだ。


 エリシュはギルを背負うと、なんとか中央広場まで移動した。筋力のないエリシュにとって、自分より大きく重いギルを運ぶのは大仕事だった。


 中央広場の真ん中には、大きな噴水がある。近くにギルを寝かせると、顔にできた傷口に水で濡らしたハンカチを当てた。傷が染みるのか、ギルは頭を動かし始めた。下は荒く削られた石畳みだ。頭や顔に擦り傷がついてしまう。エリシュは、咄嗟にギルの頭部を自分の膝の上に乗せてみた。これでいくら動いても傷はつかないだろう。


 顔の傷や汚れを濡らしたハンカチで丁寧に吹く。擦り傷や切り傷は残るものの、汚れは綺麗に拭うことができた。


「ううっ……あ痛たたた」


 ギルが目を覚まし、瞼を開いてみると、そこには金髪縦ロールの美女の顔があった。もちろんその正体はエリシュなのだが、身内すら騙すほどの化けっぷりである。ギルが気が付くはずもなかった。


「う、う、うあぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」


 自分が助けた美女に膝枕されている事を認識したギルは、大声をあげてその膝から飛び退いていた。当然、その膝はエリシュの膝なのだが、そんな事は夢にも思っていない。


「ああ、気が付いてよかった」

「も、もしかして貴女が私の怪我の手当を?」

「そうだけど……」

「あ、ありがとうございます」


 ギルは思い切り緊張した面持ちで、お辞儀をしていた。


「それにしてもお前、どうして反撃しなかったんだ? 剣を抜けば直ぐにケリはついたのに……」


 エリシュは不思議に思って尋ねた。ギルがナンパ師どもにわざわざ殴られたのは、なぜだろうか。


「俺、いえ、私は騎士を志す者です。無手の相手に剣を抜く訳にはいきません。それに、殴り倒してしまうことも簡単でしたが、それでは弱い者虐めになってしまいます。それは騎士道に反します」

「プッ……プハハハハ、いいね。その心意気があれば、お前はどこでも騎士として誇り高く生きていけるよ」


 くったくなく笑う目の前の美女に、ギルは思わず顔を赤くしていた。もちろん、弱い者を助けるために間に入ったのは本当だ。だが、これほどの美女であることに、いつも以上にやる気を出してしまったのもまた本音だった。ギルのような真面目な人間も、やはり男子である。美女に弱いのは仕方がない。と言っても、その美女はエリシュなのだが……。


「でも助けてくれて本当にありがとう」


 エリシュはギルを真っ直ぐに見つめて、御礼を言った。


「い、いえ。私は男として当然の事をしたまでですっ!」


 エリシュはギルの言葉遣いと態度が、いつもと違うことに気が付いた。さっきからやけに丁寧語を使う。そして他人行儀である。


(うん? もしかしてギルのヤツ、俺の正体に気が付いていないのか? まぁ姉さんも騙せたくらいだしな、無理もないか)


 ここでエリシュの悪戯心に火が点いた。このまま女のフリをして、いつギルが気が付くか試してみよう。もし最後まで気が付かなかったら、それはそれで一生大笑いできるネタになる。忘れられない思い出ができる。将来再会できることがあったら、酒を酌み交わしながら、この話をつまみに大爆笑できるだろう。


 エリシュは決心した。このまま芝居を続行することを。


「あ、えっと、すみません。私はこれから友人と約束があるので、ここで失礼致します」

「その友人というのは、”エリシュ”という方ですか?」

「え……はい、そうですけど、どうしてその名前を?」


(本当に気が付いてないのか、ギル……。これは、一世一代の面白い芝居になりそうだな)


「お前、いえ……貴男が気を失っている間に、エリシュという方が来て伝言を残していきました」

「エリシュのヤツが……」

「はい。”夕方、国境まで見送りに行くので、そこで待つように”と」


 もちろんこれは、エリシュが咄嗟に考えた嘘である。ギルを騙したまま、最後まで気が付かなかったら、別れの挨拶をする寸前の国境付近で種明かしをする。もしその前にバレてしまったら、それはそれで笑い話になる。結局、ギルと行動を共にしているので、どちらにしても約束は守られる。完璧な計画のはずだ。


「そうですか、わかりました。わざわざ伝言まで、ありがとうございます」

「それより助けてくれた御礼をさせてください。少し遅いですが、一緒に昼食でもいかがでしょう?」

「あ、いえ、あの、その……ご、ご一緒させていただきますっ!」


 ギルの緊張っぷりがおかしくて、思わずにやけてしまうエリシュだった。しかしギルには、絶世の美女が光の中で緩やかに微笑んでいるようにしか見えていなかった。


 女装エリシュは、ギルを連れ立って中央広場近くの繁華街まで移動した。エリシュがギルの手を掴んで引っ張り回す。その様子は、周囲からはカップルにしか見えていなかった。


「あっ、あの、手を繋いだりして大丈夫ですか?」

「何がですか?」

「いえ、だって見たところ貴女は庶民ではありませんよね? どこかの貴族の御令嬢ではありませんか? 見知らぬ男と手を繋いで街を歩くなど……」


 エリシュはキツネに抓まれたような顔をしていた。一瞬、ギルが何を言っているのか理解できなかった。だが、今の自分が女装だと気が付いてハッとした。遊びとはいえ、出来るだけ真に迫った女を演じなければならない。ここまで来たら、中途半端はかえってバツが悪くなる。エリシュはそう考えた。


「す、すみません、私ったら出過ぎた真似を……」

「いえ……」


 ギルが顔を真っ赤にしている。目線も伏せがちで、女装エリシュの方をまともに見ることができていない。それを見て、エリシュはちょっと罪悪感に駆られ始めた。


(やり過ぎるのもよくないな。ちょっと可哀想だ。早く写真を撮って、種明かしをして笑い合おう)


 女装エリシュとギルは、繁華街のレストランに入り、ウエイターに案内されテーブルに着いた。ギルは、ずっと無言で真っ赤な顔のままだった。


 エリシュは外見の頼りなさに加え、勘違いされるほどの女顔がコンプレックスとなり、恋愛恐怖症となっていた。しかし、ギルもまたこれまで付き合った彼女などいなかった。


 ギルは騎士を目指し、ひたすらストイックに訓練に打ち込むだけの人生だったのだ。それほどまでに、ギルにとって騎士になることは大きな目標であり、すべてだった。そういう訳で、ギルの女耐性もまたゼロだったのである。


 直ぐに食事が運ばれてきたが、食べる間もまるで無言だった。2人ともお通夜のようだった。これではまずいと思った女装エリシュは、自分から話を振ることにした。だが、深い話をすれば、自分が男だとバレてしまうかもしれない。そこで、ギルに質問する形で話題を引き出すことにした。


「……ギルさんは、どうして騎士になろうと思ったのですか?」

「ゴホッ、ゴホッ……」


 急な話の振りに思わず咳込むギル。ギルはギルで、この無言のギクシャクした空気を何とか打開しようと考えていた。しかし、今時の若い貴族の令嬢に合う話題など持ち合わせていない。完全に思考が停止していた。だから、女装エリシュからの質問は渡りに船だったのである。


「わ、私が騎士になる理由は、純粋な憧れもありますが、国を守りたいという一心です。自分の大切な人を守りたい、愛する家族や友人を守りたい、ただそれだけです」


 エリシュは、ギルのあまりに真っ直ぐな動機に少し驚いていた。純粋なギルに比べ、エリシュが騎士になりたいと思った動機は、姉や父に対する反発からだった。劣等感を払拭したい、幼いころから何でもでき、天才の名を欲しいままにした姉を見返してやりたい。そんな後ろ向きな理由だった。単なる意地でしかなかったのだ。


 だが、ギルは違った。純粋で一途に国を思う心から騎士を志していた。これまでギルとは仲良く過ごしてきたが、騎士になりたい理由をここまで真面目に聞いたのは初めてだった。その気持ちを、まさか彼が国を出る当日に聞くとは思わなかった。


 熱く一途な思いを持ったギルが、国を捨てなければならない。一方で自分のような不純な動機の人間が、軍師の試験を受けることができる。この不条理に、少なからずエリシュの心はかき乱された。


 ……理不尽だ。これもすべて国が弱いせいだ。いや、正確には財政が傾いているせいだ。エリシュは強くそう思った。


「おっと、御令嬢にこんな話はツマラナイですよね」

「いえ、つまらなくなんかないです。貴男は立派だと思います」

「しかし、この国では騎士になれません。貴女のような貴族にはお分かりにならないかもしれませんが、この国はとても厳しい財政状況です。騎士を登用する余裕がないのです」

「……そうですか。それで、貴男はどうされるのですか?」

「他国へ出て士官の道を探します。今日、これから直ぐに発つ予定です」

「でもそれでは、貴男の大切な人達を守ることができないのでは?」

「その通りです。しかし私には大きな目標……いえ、夢があります」


 エリシュは、こんなに饒舌に自身のことを語るギルを見たことがなかった。それにしても、他国へ出て騎士になるという話は知っていたが、さらに具体的な目標があることは、これまで一度たりとも聞かされていない。果たしてギルの言う”夢”とはなんだろうか。

 

 エリシュは思わず身を乗り出していた。


「目標? なんですか、それは?」

「はい、他国で騎士になり、このロキシアへ攻め入ります」

「それは……貴男の動機と真逆ではないのですか?」

「いえ、攻め入っても戦いを最小限に、そしてロキシア王家を私の支配下において、この国を平和に……豊かにしてみせます」


 ギルの目標は、単に騎士として身を立てるだけではなかったのだ。騎士の頂点に立ち、その上でこの国の君主となる。そして自らロキシア国を統治することで、今の無能な王を廃位させ、国を立て直すということなのだ。


 見ず知らずの他国で騎士になるだけでも、困難極まりないというのに、このあまりに大胆で大きな目標にエリシュは面喰っていた。自分は軍師になるという大きな目標ができて目線が随分高くなり、志しも純粋になったと思い込んでいた。だが、ギルのそれはエリシュを遥かに大きく上回っていた。


 エリシュは、軍師の登用試験の件で浮かれていたことが、恥ずかしくなった。目の前には、国の力など借りなくてもゼロから己の身一つで、国全体の将来を考える男が居るのだ。自分の不安や心配が、実にちっぽけなものに思えてきた。


「ハハハ、まぁ、くだらないホラ話ですから、冗談半分で聞いておいてくださいよ」


 そういっておどけて見せるギル。しかし、その眼はまったく笑っていなかった。強い意志の力を放つ、鋭い目付きのままだった。


「……いえ、やっぱり男子はそのくらいでなくては。ではギルさんは将来の国王ですね」

「いやぁ~、ハハハハ。まぁ、そういう冗談で収めておきましょう」


 ギルも正面を切って追及されると照れていた。誰にも話したことのない、自分の大それた夢。それを、ついさっき出会った見ず知らずの女性に話してしまったのだ。実際には竹馬の友、エリシュなのだが……。


「では、1つお願いがあります」

「はい、なんでしょう? 私で叶えられるようなものであれば喜んで」

「私と一緒に写真を撮ってください」

「し、写真?! どうしてですか?」

「だって貴男は、将来この国の王になるのでしょう? そんな有名人になるかもしれない方と写真を撮っておかないと損ですもの。記念です」


 エリシュは、思い切り悪戯っぽい笑みを浮かべた。だがギルには、それが大層魅力的な笑顔に見えていた。この女装エリシュの顔は、ハッキリ言ってギルの好みそのものだったのだ。


「アハハハ、ま、まぁ、国王の件は夢物語として……。本当に写真に写るだけでよろしいなら、ご一緒しますよ」

「ありがとうございます。実はもう、写真撮影の準備はお願いしてあるんです」

「えっ!? そうなんですか……」


 ギルは目の前の令嬢の、あまりの手際のよさに少し不審を抱いたが、それを追及する事はしなかった。きっと、やんごとなき令嬢には何か深い事情があるのだろう。名前も名乗らず、素性を明かさないものそのせいだと勝手に考えていた。


 そんなギルの奥ゆかしさが、ますますエリシュの女装を暴くチャンスを減らしていった。もし仮にここでギルが厳しく質問していれば、少し罪悪感を覚え始めていたエリシュは、素直に告白していただろう。


「では参りましょう。ここの支払いは私にお任せください。助けて頂いたささやかな御礼です」

「心遣いありがとうございます、御令嬢」


 エリシュは2人分の支払いを済ませると、ギルと一緒にこの女装を仕立ててくれた美容院へ向かった。そこではあの思い込みの激しい美容師が、手ぐすね引いて待っているはずである。


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