第3話 騎士志望の軟弱男子
おまたせいたしました。ようやく主人公が登場いたします。
「お前って、本当に女みたいな顔してんな」
友人からそう冷やかされているのは、フォンマイヤー家の長男、エリシュである。
「う、うるさいっ! 俺は立派な騎士になるんだ」
「どうしてお前が国を守る騎士になれるんだよ? アハハハハハ」
「何だとぉ! どういう意味だよっ!」
「ハハハ、悪ぃ悪ぃ。別に嫌味で言った訳じゃないんだぜ。いやさぁ、騎士って言ったら、筋骨隆々で運動神経抜群、剣も槍も弓も自在に使いこなす戦いのエリートなんだぜ?」
「そっ、それがどうした? 俺だって……」
と言いかけて、エリシュは自分の細い腕を見て落胆した。
「そうそう、お前はさ、頭は良いよ。俺達の中でもずば抜けてる。きっと国の軍師にだって負けはしない」
「あ、ありがとう……」
「だけどさ、女みたいにナヨナヨした体で筋肉はない、剣を振るったら自分の足を斬って怪我をする運動神経。……どう考えても騎士の才能ないでしょ?」
友人は両肩をすぼめ、掌を上に向け、呆れた顔をしていた。
「ぐ、ぐ、ぐ……でも俺は騎士にならなきゃならないんだ」
「どうしてそこまで拘るんだよ?」
「フォンマイヤー家は代々騎士の家系。その長男が騎士にならずしてどうする!」
「でもなぁ……物事には”適材適所”ってのがあるんだぜ?」
「わ、わかってる。俺だって自分に体力も運動神経も無いことぐらい自覚してるよ」
「うん、”無い”っていうか……お前の場合、むしろ”マイナス”だよな。アハハハ」
「ちっくしょー! お前に俺の辛さがわかってたまるかぁー!」
エリシュは怒って友人に殴りかかった。だが拳は大振り。スピードもない。今年で20歳になる成人男子のパンチとはとても思えない。小学生以下のパンチだ。
「おっとぉー!」
友人は笑いながら、エリシュの拳をひょいとかわす。
「まぁでもいいじゃないか。お前ん家には、もう立派な騎士様がいるじゃないか」
エリシュは、フォンマイヤー家の長男ではあるが、4歳年上の姉がいた。姉はエリシュとは対照的だった。生まれつき体格もよく、体力に恵まれ、幼い頃から抜群の運動神経を発揮していた。そしてメキメキと頭角を現し、18歳にして最年少騎士として登用された異例の逸材である。
そのせいでエリシュは、「お前の体力と運動神経は、すべて姉のゼリスが持っていったんだろうなぁ」と親から毎晩愚痴を言われる立場だった。そういう劣等感に苛まれながら育ったのである。
「もういい。確かにうちの姉貴が特別なのは認めるよ。でもな、俺だって騎士になってみせるよ」
「先生も認めてただろ、お前の頭の良さ、軍略や政略の優秀さを。アイディアや着想だったら、誰にも負けないだろうって……だから軍師の方が絶対に向いてると思うぜ」
エリシュ達は軍の養成学校に通っている。養成学校と言っても、貧国のロキシアである。教師が1人、生徒が50人程度の小さな学校だ。教師は引退した元軍師で既に齢90近いが、昔は国一番の逸材と評判だった人物である。エリシュはそこでトップの成績を修めていた。ただし、格闘訓練など体を使う教科は、すべて最下位であった。いわゆる、”頭でっかち”の典型のような生徒だったのだ。
そして、養成学校も今日で卒業である。小さな塾のような校舎なので、特に卒業式のようなセレモニーはない。
さらに言うなら、卒業したからといって、兵士や騎士、軍師などへの採用が保証されている訳ではない。本来なら卒業生をすべて登用するのが筋だが、何しろロキシアは貧乏なのだ。雇うだけの財力がない。卒業すれば、一応予備兵としての資格を得ることはできるが、よっぽど成績優秀で評判の者でなければ、城からのオファーは来ない。
ちなみにエリシュの姉のゼリスは、格闘訓練で目立った成績を修めた。何しろ、訓練教官として訪れていた現役の騎士を、17歳で片っ端から殴り倒してしまったのだ。その噂は城まで届き、即採用となった訳である。
「それで、お前はどうするんだよ、ギル」
エリシュは、何かと自分の将来を心配してくれる友人の行く末が気になっていた。養成学校を卒業した者は、ほとんどが家を継ぐことになる。だがそれは、長男もしくは長女だけだ。それ以外は、小作人や商家の下働き、しがない下請け職人で一生を終える。心意気のある者は、他国の軍隊へ士官することもある。基本的に家を継がなければ、貧しく地味な人生が待っているのだ。貧国のロキシアでは、これが常識だった。
ギルは次男だ。既に彼の兄が家を継いでいる。このまま家に居候という訳にはいかない。兄から田畑を借りて小作人となるか、商家へ住み込みで働きに出るか、おそらくこの2択が無難なところだ。
評判になるほどではなかったが、ギルは格闘術や剣の扱いにおいて、かなり優秀な成績を修めていた。軍略や政略の教科も平均以上だった。だからもし、ロキシアが豊かな国で士官の口があれば、彼は期待される騎士として登用されていただろう。
しかし現在、騎士の士官募集はされていない。応募したところで、門前払いが関の山である。
「……俺は他国へ出ようと思う」
ギルは、意気揚々と胸を張って答えた。眼は遥か上空を向いている。きっとまだ見ぬ異国の軍隊で、活躍することを想像しているのだろう。
「そうかギル……。じゃあ、もうお別れなんだな」
「俺には野良仕事や金勘定は無理だ。お前のような頭もないしな。せいぜい裕福な国で騎士として名を馳せてやることにするよ」
「もう気持ちは固まってるんだな?」
「もちろんだ。国を捨てる覚悟はしてる」
「でも本当にいいのか? ギルが他国の騎士になったら、この国に攻め込むことだってあるかもしれないんだぞ。その手で、親兄弟を殺すことになるかもしれない……」
「ああ、茨の道だってことは十分わかってるよ」
「じゃあ、その時は友人である俺も殺すのか?」
エリシュは真剣な顔でギルを見つめ、問い質した。友人の覚悟を知りたかったのだ。ここで躊躇するようなら、覚悟が足りない。騎士になる前に、野たれ死んでしまうだろう。
そうは言いながらも、どんな答えが返ってくるかエリシュは怖かった。ギルが「友人でも殺す」と答える事を期待してはいるが、それはそれで悲しいことだ。幼い頃から、ギルとは仲良くやってきたのだ。幼馴染というより、もはや兄弟のような存在だ。
だから「友人は殺せない」という返事も、実は少し期待していた。だがその場合、彼の志はまだまだ甘いことになる。他国の騎士として成功するのは難しいだろう。戦いでは、非情にならなければならない。それは、養成学校でも散々教わった基本的な心構えだ。
どちらの答えが返ってきても、エリシュには辛い内容である。
――― お互いに1分も見つめあっただろうか。
「プッ、……プハハハハハッ」
ギルは突然、顔を赤らめて笑い出した。
「な、何だよ! 人が真面目に聞いてるのに!」
「いやいや、悪い悪い。お前の顔をこんなに近くでマジマジと見たのって、初めてだったからさ」
「だ、だから何だよ?!」
「お前ってホント、美人だよなー……男だけど」
途端にエリシュの顔が真っ赤になった。
「んなっ、なっ、何を言うのかと思ったらぁ! こらー、真面目に答えろーっ!」
「アハハハハ、大丈夫だ。俺が他国の騎士としてこの国に攻め込んでも、お前は絶対に殺さないよ」
「ギル……そんな甘い事じゃ騎士になれないぞ。なれたとしても、直ぐに討ち死にだぞ」
「違う違う、そういう意味じゃないよ、アハハハハ」
ギルは笑い過ぎて涙ぐんでいた。
「じゃあどういう意味だよ?」
「お前さ、もしも俺が攻め込んだら女装しとけ」
「はぁ? ……何言ってんの?」
「お前は女装すれば、どこからどう見ても女だ。騎士は相手が剣を向けてこない限り、女子供は殺さない。騎士道に反するからな」
エリシュはさっきより顔を赤くして叫んだ。
「ばっ、馬鹿野郎ーっ! やっぱり真面目に考えてないだろっ!」
「いやいや、大真面目だって。お前だって俺に殺されたい訳じゃないだろう?」
「そういうことを言ってるんじゃない、俺はギルの覚悟を聞いてるんだよ!」
「じゃあ、答えよう。お前は殺さず降伏させる。他の連中は知らんがな、アハハハ」
「……ったく、しょうがないヤツだな、ギルは」
エリシュは、態度こそ怒ってみせたが、内心ではホッとしてた。国を裏切る覚悟が決まってしまった大親友。でも彼は、やっぱりどこまでも親友だったのだ。
「それよりさ、ひとつ頼みがあるんだ」
「何だよ、改まって」
「俺、明日にでもこの国を出るつもりなんだ」
「明日……そんなに急なのか?」
「善は急げって言うし、同じような事を考えている奴らに、先を越されたくないしな」
突然、大親友との永遠かもしれない別れがやってきて、エリシュは少なからず動揺していた。もっと先でもいいじゃないか。時間が経てば、ロキシア国内で士官の道もあるかもしれないじゃないか。喉まで台詞が出かけていた。
「……だからって明日かよ」
「まぁ、本当の事を言うと、親父と兄貴に”明日から農夫になれ”って言われててな。正直うるさくてかなわないんだよ、ハハハ」
ギルは乾いた笑いをみせた。だが、悲壮感はない。自分の可能性を試したいと思って希望に満ちた目をしている。エリシュはそれを見て、彼の決心を鈍らせてはいけないと思い、本音の台詞をグッと飲みこんだ。ここは笑って送り出してやるのが、親友なんだろうと思った。
「それで頼みっていうのは?」
「俺の事を女装して送り出してくれっ!」
「ギル、まだそんなこと言ってるのかよ、冗談もいい加減に……」
「……冗談なんかじゃない。明日は俺がこの国で過ごす最後の日になるんだ。次にこの地を踏む時は、敵かもしれないんだ。だから最後にネタで笑って送り出してくれよ」
「ギ、ギル……」
「きっと俺はこれから辛い目にあう。でもな、そのたびにお前の女装した姿を思い出せば、爆笑できるからさ」
言葉とは裏腹に、ギルの眼尻には悲しみの涙が浮いていた。エリシュはそれを見てしまった。やっぱり彼も自分と同じように寂しいのだ。そう感じて、恥ずかしさをおして決心した。
「わかったよ、ったく……。最後にこのエリシュ様の女装ネタ、しかと目に焼き付けて爆笑して出て行きやがれ!」
「おう、ありがとうな」
◇ ◇ ◇
エリシュはギルと最後の夕食を取り、自宅に帰ると、さてどう女装して笑いのネタを作ろうかと思案を始めた。思い切り厚化粧の上にケバケバしい服を着て、実に男らしい女になるのもいい。かなり恥ずかしいが、普通に笑いが取れるだろう。
……だが、もしかしたら明日が今生の別れになるかもしれない。普通の笑いでは駄目だ。もっとインパクトが欲しい。ギルの脳裏に一生焼き付いて離れないような、壮絶なネタを仕込まなければ。エリシュはそう考えていた。
とりあえず、女物の服や化粧道具は、姉から借りればよいだろう。
……と、ここで大きな誤算があることに気が付いた。姉が女物の服を着たり、化粧をしているところを見たことがない! あの男勝りの肉体派、洗練された筋肉の塊のような姉だ。男物の服しか持っていないではないか。
「し、しまった……どうしよう」
しかし、約束してしまった以上、もう後には引けない。女装といって直ぐに思いつくのは、街の美容師のお世話になることだ。
付き合っている彼女でもいれば、問題は直ぐに解決する。理由を話して、服や化粧道具を借りることができる。だが、生憎エリシュに彼女はいなかった。というか、その容姿と振る舞いのせいで、これまでの人生で女性と付き合ったことすらなかった。
16歳の頃だろうか、エリシュは好きだった娘に一度だけ告白したことがあった。相手は街の雑貨屋の娘である。同い年のその娘は、大層可愛らしく活発な娘だった。
『君の事が好きなんだ……付き合ってくれ!』
『……えっ?! エリシュって女の子でしょ? ごめんね……私、さすがに女の子とは付き合えないな』
と目も当てられない顛末だった。エリシュは、女からも男からも完全に女性だと思われていたのだ。この告白に懲りてから、エリシュは恋愛から遠ざかってしまっていた。あれこれ相談ができる親密な女友達すらいないのである。
「しょうがない、親友の頼みだ、明日の朝一番で美容師のところへ相談に行ってみるか。こうなったら、誰だか分からないくらい徹底的に女装しまくってやるぜ! 見てろよ、ギル……」
エリシュは、覚悟を新たにして眠りについた。