第19話 モリスの矜持
「ロザリア様、お客様がいらしてます。イエスタデーランドのモリス様です」
「来たわね。宰相と軍師も呼んでちょうだい。それとメイ、珈琲をお願い。食後の濃いのをね」
「はい、かしこまりました」
エリシュは、シルリアが着せてくれた動きやすい服のまま応接の間へ移動した。やはりパンツにブーツは動きやすい。ヒールにスカートはもう勘弁して欲しいと思った。店長には、もっとパンツスタイルの服のコーディネートを頼もう。できれば毎日パンツスタイルでいたいエリシュだった。
応接間には、すでに店長モリスが控えていた。そして、傍らにはいつぞやの女性店員の姿も見える。そう、すべては彼女の勘違いから始まったのだ。
「久しぶりね、店長」
「お目にかかれて光栄でございます。いつぞやは……」
「ええ、世話になったわね。あの時は本当に助かったわ」
「いえいえ、ロザリア様のお役に立てれば、何よりの幸せでございます」
雑談をしていると、程なくして宰相とレームリアが応接間に到着した。
店長は簡単に挨拶を交わすと、早速本題に切り込んできた。店長からすれば、宰相や軍師に用事はない。彼らは、政治的には重要なポジションで、権力もあるのかもしれない。だが社交界では、ただの庶民と何ら変わりがない。カタブツな政治家でしかない文官は、ファッションやブランドの上では、何の価値もないのである。
「ロザリア様、今日のお召し物は乗馬服でございますかな?」
「ええ。といっても乗馬する時だけでなく、普段もこういう服を着たいわ」
「でしたら、早速パンツスタイルの流行をご用意いたします」
「そうね。スカートやドレスもいいけど、最近はこっちの方が気に入っているの。モリス、あなたのセンスに大いに期待しているわ」
「ありがとうございます。このモリス、ロザリア様に似合う最高のファッションをデザインしてみせましょうぞ」
モリスは満面の笑みを浮かべていた。ロザリアは、説得するまでもなく洋服をオーダーしてくれたのだ。王女その人から、直接注文を受けることができたのは大きい。しかも社交界では珍しいパンツスタイルのデザインだ。アクセサリー含め、斬新なものになるだろう。珍しさに加えて、この傾国の美女が着て社交界デビューをする。話題騒然、大いに注目を浴びること間違いなしだ。モリスの名声も一気に上るというものである。
エリシュは頼みごとをする前に、モリスの心のハードルを下げるべく先手を打った。彼の望む展開に持って行ったのである。商売はギブ・アンド・テイク。お互いにうまみがなければ、成り立たないからだ。平たくいえば、相手の要求を受け入れ、一つ貸しを作ったことになる。
「ところでモリス、一つお願いがあるのだけれど」
「はい、何でしょうか?」
上機嫌のモリスは、エリシュの採寸をするための巻尺を手にしていた。先ほどからずっと特上の笑顔である。
「……融資のお願いよ。国を挙げて、街道沿いに温泉宿を出そうと思っているの。でもご覧のとおり、ロキシア家はさほど裕福じゃないわ。あなたにお金を貸して欲しいの。もちろん、売上は国が保証するわ。もし最悪の事になっても、元本割れはないわ。悪い話ではないと思うの……どうかしら?」
国が元本保証の上、王女その人が約束してくれるのだ。しかも、売上げから得られる利益も配分されるのである。悪い話ではない。不安な点は、ロキシア家自体が潰れてしまうかもしれないところだが、そこは駆け引きと交渉しかない。
「温泉宿に融資……ですか」
「そうよ。あなたにとって、悪い商売ではないと思うの」
「お断りします」
モリスは間髪入れずに融資を断ってきた。その返事を聞いた宰相は、思わずガタリと椅子を鳴らして、立ち上がってしまった。少々リスクはあるが、誰がどう聞いても損のない話だ。だが、融資を断るということは、モリスがロキシア家を信用していないということだ。宰相はモリスが自分の利益優先の、愛国心のない人間だと判断した。
「貴様あぁ、一商人風情がロキシア王女の頼みを聞けぬのか!?」
「宰相様、お言葉を返すようですが、出来ないものはできません」
いきり立つ宰相と頑として態度を変えないモリスに、エリシュはやんわりと声を掛けた。
「なぜかしら? 理由を聞かせてくださる?」
「私は利益を求める商人ではありますが、それ以前に芸術家であり、美を愛する人間です。温泉宿への投資は、私の芸術家としての趣旨に沿っておりません」
エリシュは、自分の想定が間違っていた事に気が付いた。モリスの価値観は、商売ではない。商売はオマケだ。自分の持っている美的センスを活かして、儲けないと気が済まない人種なのだ。利益だけを節操なく追い求めるその辺の商売人とは違うのである。
(そうか……店長は根っからの芸術肌なのか。だったら軌道修正はできる)
一方、宰相とレームリアは、融資が断られたことで、気が気ではなかった。国の命運がかかる温泉宿。その融資がダメとなれば、ロザリアを身売りするしかないのである。しかも、国ごと身売りするようなものだ。だから、何としてもロザリアの策を成功させなくてはならないのだ。
「……私はあなたを見くびっていたようね。謝るわ」
「いえ、滅相もございません。お分かりいただけて光栄です」
「じゃあ、こういう話はどうかしら? 温泉宿にあなたの作品を展示するショースペースを作る。で、気に入ったデザインの服があれば、宿泊客はオーダーすることができる……」
モリスは考えを巡らせていた。温泉宿の位置付けがわからないのである。街行く旅人や行商人相手では、正直自分がデザインする服は高すぎる。基本は貴族や富裕層向けの品だからだ。庶民が欲しいと思っても、とても手が出るものではない。ショースペースといっても、単に服を展示するだけでは、店舗で売っているのと変わらない。多少、目にする人間は増えるかもしれないが、今と大差はない。融資する価値は見いだせない
渋い顔をしているモリスを見て、エリシュはまだ押しが足りないことを察していた。モリスは目先の利益よりも、自分のデザイナーとしての誇りを取る。誇りに報いるだけの「何か」を考えて提案しなければ、彼の首を縦に振らせることはできないのだ。
「それと……温泉宿でファッション・ショーをするわ!」
「ファ、ファッション・ショー、ですか?」
「新しい服のお披露目会をするのよ。社交界の婦人たちをモデルにして、モリス、あなたの服を着てもらうのよ。もちろん私も着るわ。つまり、イエスタデーランドの歩く広告塔ってわけね」
「なるほど。それは少々興味をそそられますね……」
モリスは、温泉宿でのファッション・ショーという新しい見せ方に、これまでにない可能性を感じていた。服をお披露目するのは社交界のパーティ会場。そういう固定概念しかなかったからだ。だが、モデルが居るならば、お披露目の場を他に移してもいいのではないか? しかも、あの傾国の美女であるロザリア王女が、自らモデルとして協力すると言っているのだ。それだけでも十分話題性がある。
「しかし、観客が一般の旅人や行商人だけでは、ちょっと……」
そう、モリスは何より社交界で王侯貴族に評価されることが、栄誉だと思っているのである。
呟いているモリスを見て、エリシュはさらにもうひと押しが必要だと思った。彼のプライドと商売欲を刺激する強力な一言が必要だ。
「王侯貴族の服も確かにいいわね……でもそれって、あなたのデザインはその程度の幅しかないってことじゃないかしら?」
「……どういう意味ですかな?」
モリスの表情が豹変した。デザイナーとしてのプライドを刺激され、怒りにも等しい強い眼差しをエリシュに向けている。宰相とレームリアは、一体この場がどうなってしまうのかと、ハラハラしていた。
「所詮あなたの服は、ほんの一握りの人にしか認められてないってことよ。確かに王侯貴族は、服を見る目も肥えているし、美的センスも優れていわ。でも彼らは人口の僅か1パーセント未満なのよ? 残り99パーセント以上の人間は、あなたの服を認めてないってことじゃないかしら?」
エリシュの言い分は、完全にただの屁理屈である。一見、もっともらしく聞こえる。言っていることは間違ってはいない。だが、それは商売のやり方の違いをしゃべっているだけだ。モリスは富裕層に売込み、それに憧れた庶民へも自然に売れる商売をしてきた。庶民へ直接売り込むのは、効率が悪いと踏んでいたからである。
しかし、モリスはそれをわかった上で、改めてロザリアの言葉を考えていた。そう、確かに庶民へ直接売り込むのは、非効率的である。だが、このロザリアが広告塔であればどうだろうか? 王女自らがファッションリーダーとして、温泉宿でショーをするのだ。庶民にも手の届くところに、憧れのファッションがあるのだ。これほど効率的な宣伝はない。価格も庶民が少し無理すれば届くようにすればいい。利益は低いかもしれないが、数が出ることで売上を伸ばせるだろう。
モリスも王侯貴族専用の服だけで満足するはさらさらない。庶民を含め、国民すべてから認められる服を作りたいという野望はある。王侯貴族だけに売込むスタイルも、いつかは頭打ちになる。だから、エリシュの屁理屈も納得できるものだったのである。
「それに温泉宿は、交易の十字路。国外からの宿泊客がメインになるわ。周辺国にあなたの服をアピールすることにもつながると思うの」
エリシュは屁理屈の手札を全部使い切った。これでダメなら別の手立てを考えるしかない。そう思っていた。
「……ロザリア様、おっしゃるとおりです。わかりました、融資いたしましょう」
「よし、やったっ!」
宰相が小声でガッツポーズをしていた。
「それで、いかほどご入用でしょうか? 直ぐにお貸しできるのは、金貨9000万枚程度しかございません」
「十分よ。ありがとう、モリス。あなたの決断は、この国を大きく変えることになると思うわ」
エリシュは跪くモリスに近づき、がっちりと握手をした。宰相とレームリアはそれを見て、ホッと胸をなで下ろしていた。しかし、大変なのはこれからである。結納金と合わせた金貨は大金だが、運用するまでの時間がないのである。何しろエリシュがロザリア王女でいられるのは、僅かにあと5日。その間に、金の使い方を決め、細かいスケジュールや人員の割振り、事業計画まで立てなければならないのだ。どう考えても不可能だ。
エリシュの頭の中には、この温泉宿計画の青写真があった。だからなるべく細かく具体的な指示をレームリアと宰相に残しておくことに努める。宰相はともかく、まだ頭の柔らかいレームリアならば、自分の策や計画を遂行することができる。自分が途中で本物のロザリアと入れ替わっても、後は何とかしてくれるだろうと計算していた。
――― しかし……そのエリシュの計画をぶち壊す話が突如舞い込んできた。
モリス達がエリシュの採寸を追えて帰った直後、ロキシア城に早馬が到着した。使者はお見合い予定の貴族からだった。
「我が主からロザリア様へご伝言です!」
馬から降り、拝謁した使者は息を切らせながらエリシュの前に跪き、大声で話を始めた。
「お役目ご苦労さま。で、伝言って何かしら?」
「5日後のお見合いですが、明日に変更となります。会場はこのロキシア城となります。以上です」
「……えっ!? あ、あの~どういうことかしら?」
「それがしに尋ねられてもお答えできません。それでは失礼いたしますっ!」
早馬の使者は、突然やってきて用件を伝えただけで、嵐のような勢いで去って行った。5日間の猶予があると思っていたのに、お見合いは明日になってしまったのである。婆やも不在だ。温泉宿計画も資金の確保以外はまだ何もできていない。
(……どうすればいいんだろう。フォローしてくれるはずの婆やが居ないとなると、もう当たって砕けろ作戦しかないよな。はぁ、王女の権限を利用して国を変えるのもやっぱり無理なのかな)
落ち込むエリシュに心配そうに話しかけてきたのは、宰相だった。
「ロ、ロザリア王女。申し訳ございません。お相手の貴族を焚き付け、やる気にさせてしまったのは私です」
「どういうことかしら?」
「昨年撮影されたロザリア王女のお写真を、うっかり国王陛下に渡してしまったのです。おそらく国王陛下は、ロザリア王女の写真を、クレリア国内で見せて回ったものかと……」
エリシュには宰相が言っている意味がわからなかった。自分、ではないにせよ、女装した自分とそっくりのロザリア王女の写真を見せて回ったことが、どうしてお見合いスケジュールの繰り上げに繋がるのだろうか?
「……意味がわからないわね。お願い、わかるように説明して」
なぜか一同口を噤んだまま微動だにしていなかった。むしろ「どうしてそんな当たり前の事を話す必要があるんだ」という空気が流れている。エリシュは自分が王女として致命的なミスを犯してしまったのかと、冷や汗をかいていた。
「ゴ、ゴホン。そ、それでは失礼して私が申し上げます」
言いにくそうにレームリアが一歩前へ出て話を始めた。
「あー、えー、ロザリア王女はこの国はもちろん、周辺諸国を含めても傾国の美女と噂されるほどのお姿であります。であるからしましてぇ~、あー……」
言葉に詰まるレームリアをフォローしたのは、メイド長のメイだった。
「要するに写真を見たお相手の貴族は、ロザリア様にメロメロになった、ってことでしょ?」
「ず、ずばり言えばそうなります」
ここまで聞いて、エリシュは初めて自分が何を配下に言わせようとしていたかを理解し、恥ずかしさで顔から火が出そうになった。そう、エリシュはロザリア王女と同じ顔を持つだけあって、自分の美貌をまったく理解できていなかったのである。いくら美形の美人でも、姉や妹に恋心を抱くことはないようなものだ。
「なるほどね……写真を見て早目に動いた訳ね」
エリシュは日程が早まった事で気落ちしていたが、内心は安心していた。見た目だけで女を判断するような男が相手なのだ。きっと騙すのも簡単だ。甘い言葉をチラつかせてロザリアの、つまりロキシア国の有利な方へ持って行く。今の自分にできるのはそれだけだと思った。




