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第18話 朝食は雑談が大切です

活動報告、更新しております。

 幸せの余韻に浸るニヤケ顔のシルリアを引き連れ、エリシュは食堂へと向かった。食堂は本来、王族専用である。今ではロザリアの父である国王は、面倒くさがって使ってはいないが、ロザリアはたまに使うことがあった。だが、それは寂しい食事の風景だった。だだっ広い会議室のようなホールに、100人は座れるであろう長いテーブルがある。その広さの中、ただの独りで食事を取るのである。


 もちろん婆やが居れば、2人並んで食べることもあった。だが、どんなに多くても2人なのだ。メイド達は誰もテーブルに着くことはなかった。本物のロザリアは、食事というときっと寂しい絵を思い浮かべていたに違いない。


 エリシュは、食事は大勢であればあるほど美味しいと考えていた。それにメイド達の生の声を聞くには、同じ釜の飯を食った方がいい。彼女達の考え方や習性、習慣を把握するためには、重要な機会であると思っていた。


 食堂に着くと、メイド達が勢揃いしてテーブルの周りに立っていた。まだ誰一人として椅子に座ってはいない。食事もエリシュの分だけが用意されている。


「さぁ、頂きましょう」


 エリシュが椅子に座ると、メイド達も恐る恐る席に着き始めた。各自で自分の食べる分の朝食を持っている。朝食と言っても、パンとスープ、そして少々の野菜だけだ。質素なものである。エリシュに用意された食事も内容は同じだ。


 メイド達が着席すると、大きな食事テーブルは壮観な光景になっていた。100人分の席が埋まっているのである。王侯貴族の催すパーティやフェスティバルでもない限り、こんな光景は見られないだろう。エリシュは言い出しっぺながら、場をどう持って行っていいかわからなかった。普通に「いただきます」でいいのだろうか。それとも何か声を掛けて挨拶をし、祈りの言葉でも言った方がいいのだろうか。


「ロザリア様、城内のメイド、全員揃いました」


 メイド長のメイが、わざわざ報告してきた。おそらく、出席者漏れがないことを告げることで、リストラ対象のメイドは居ないことを言いたかったのだろう。よく見れば、メイド達は顔が強張っている。緊張がありありと伝わってくる。とてもリラックスして共に食事を取るような雰囲気ではない。これではダメだ。さすがのエリシュも、メイド達と同じ釜の飯を食い、仲良くなるのは厳しいと思った。気軽に街で友人を作るのとは訳が違うのである。


 メイド達は、この朝食は試験であるとしか思っていなかった。テーブルマナーで粗相をした者が、解雇されるのだ。些細なミスが命運を分けるのである。一滴でもスープを溢そうものなら、即座にその場で解雇を言い渡されるのではないか。そんな噂まで立っていた。


 エリシュとしても、言い出したものを直ぐに引っ込める訳にはいかない。いくら気まぐれのロザリア王女でも、昨日の今日で自ら作った風習を変えるのは、さすがに不自然過ぎるだろう。今さら止める訳にはいかない。ひとまず、この凍りつくような硬直した空気を和らげる策を巡らせていた。


「ま、まぁ、とりあえず食べましょう。いただきます……」


 パクリと野菜に喰いつく。スープを飲む。パンをちぎって口に運ぶ。エリシュの一挙手一投足を、100人のメイドがじっと見ている。そしてメイド達もそれに合わせてゆっくりと食事をするのである。誰一人として喋らない。ほんの微かにスプーンと皿が擦れ合う音だけがする。ある種、異様な光景だった。団欒とは程遠い。まるで厳粛な儀式でもやっているかのようだ。


(これは完全に逆効果だったかな。簡単にメイド達と距離を近づける方法はないものかなぁ。一緒に酒でも飲めば……いや、ダメだろうな。きっと彼女達は、酔うのを恐れて飲もうとしないよな。はぁ)


 その時だった。エリシュの隣に座っていたメイドが、うっかり肘をスープの皿に当ててしまった。皿はテーブルから床へ落下し、激しい音を立てて割れた。スープの中身は派手にぶちまけられて跳ね上がり、運悪くエリシュの顔へかかってしまったのである。


 メイド達は全員が動きを止めた。時間が凍ったかのようだった。食堂内には、ただならぬ緊張感が満ちている。エリシュ以外の全員の顔に、死相が出ているのではないか。そんな状況だった。粗相をしたメイドは、自分がしでかした事の大きさに慄いていた。


「も、申し訳ございません! 私が悪うございました。どんな罰でも受けます。どうか死罪だけは、死罪だけはご勘弁を……」


 メイドは大粒の涙を流しながら、スープまみれになったエリシュに土下座していた。解雇どころか死罪すら覚悟していたのである。周囲のメイドも、ロザリアからどんな恐ろしい沙汰が下されるのか、固唾を飲んで見守るしかなかった。


 本来ならば、婆やかメイド長が直ぐにロザリアのフォローに回る。だが今日は恐怖のあまり、誰も動くことができなかったのである。メイド長でさえ、解雇の対象になり得るのだ。しかも一番のフォロー役である婆やは休暇中だ。


 以前ロザリアに粗相をした食事担当のメイドが解雇された逸話があった。粗相といっても、単にロザリアの嫌いな野菜を食べさせようと、すりおろしてスープに入れただけである。もちろん味はすこぶる良く、婆やにも好評だった。当のロザリアもご機嫌で飲んでいたのである。


 しかし、使っている材料を聞いてロザリアは大激怒した。まるで騙し討ち、ロザリアは勝手にそんな風に受け取っていたのである。その話がメイド達の頭にはこびりついていた。スープのネタは禁句でもあり、最もやってはいけない粗相の一つだったのである。


 一方のエリシュは、突然飛来したスープを早く拭いたいと思っているだけであった。このスープは、ただのスープではない。メイド達が贅沢な素材を使い、手間暇かけて作ったものである。いつも自分が作る泥のような味気ないスープとは次元が違う。それをこんなにこぼしては勿体無い。許されるなら、顔についたスープも舐めとりたいと思ったほどである。だがこのただならぬ雰囲気……。エリシュ自身もどう動いていいのか、測りかねていた。


 スープまみれの無言のロザリア。メイド達にとって、これほど恐ろしい光景はなかった。下手をすれば癇癪を起し、メイド全員が解雇されることだってあり得る。


「あなた……怪我はない?」


 エリシュは土下座するメイドに向かって、しゃがんで目線を合わせた。そして手を取って怪我がないことを確かめた。


「うん、大丈夫ね。お皿の破片が刺さったりしたら大変だもの。さぁ、もう一皿スープを用意してちょうだい。あと私の顔を拭くタオルもね」


 ニッコリと笑みを浮かべながら、エリシュはすすり泣く粗相メイドを席に掛けさせた。


 メイド達は、呆気に取られてポカンと口を開けていた。まさかあのワガママヒステリーのロザリアが、こんな温情溢れる対応をしてくれるなど、誰も想像していなかったのである。


 自分にかかったスープなど気にも止めず、第一にメイドの怪我を心配したのである。粗相メイドは、感動のあまり大声で泣き出していた。


「う、ヴァアアアアアアアーーーン ロザ、ロザ、ロザリアざま~、本当に本当に申し訳ございませんでじだぁ」


 もはや何を言っているのはわからない。安堵に包まれた途端、一気に緊張と恐怖から解放されたのだろう。泣き止む気配がない。さすがにこれにはエリシュも困ってしまった。団欒であるはずの朝食の場が、一気に号泣の場へと変わってしまったのだ。早く泣き止んで欲しい。


「よしよし、怖かったね。もう大丈夫……大丈夫だから安心して」


 エリシュは思わず小さな子供をあやすように、メイドの頭に手を乗せ撫でていた。子供だましのフォローが通用するとも思えない。しかしこのシンプルで場違いとも思える対応が、メイド達には絶大な効果を発揮したのだった。周囲のメイド達は、何とも言えない温かな心に包まれていた。


 エリシュの対応は実に普通である。スープ皿を落として割ってしまうなど、どの家庭でもよくある話しだ。しかし、普段のロザリアの行いがあまりにヒステリックだったため、その落差にメイド達はいたく感動していたのである。ましてや、解雇がチラついている状況だったのだ。誰だって恐ろしい。恐ろしかった分、普通の対応が感動的な対応に見えたという、エリシュにはかなりお得な展開になっていた。


「失礼いたしますロザリア様、お顔を拭きます」


 メイド長がタオルでエリシュの顔を拭いている間に、もう一皿スープが運ばれてきた。コンソメのいい匂いが鼻腔に入り込み、食欲が刺激される。


「さ、みんな、食事を続けましょう」

「「「はい!」」」


 一斉に返事をするメイド達。共通の危機を乗り越え、妙に結束力が高まっていた。もちろん、エリシュの対応が影響していることは言うまでもない。


「あのね……みんな、ちょっといいかしら。食事は楽しくが私のモットーよ。マナーなんて気にしなくていいから、朝食くらいざっくばらんに楽しくやりましょう。雑談もどんどんしてちょうだい。それと他に食べたい物があれば、私に合わせる必要もないわ。食べ終わったら好きに席を立ってもいいし、朝食時間に遅れて入って来ても構わないわよ」


 エリシュは自分の思い描いている朝食像を、本音でストレートに伝えた。目的は親交を深めることである。堅苦しいマナーや上下関係は、邪魔な壁にしかならない。壁を取り払う必要があるのだ。


「で、ですが……そんな事をしたら、乳母様に叱られます」


 まだ緊張した面持ちのメイド長が答える。


「婆やは関係ないわ。私が決めたことなの。大丈夫よ、もし婆やに何か言われたら私が釘を刺しておくから」


 これまたメイド長には驚きの発言だった。身の回りのことは、采配をすべて婆やに任せていたのである。婆やに反抗してワガママを言ったり、癇癪を起したことはしばしばあったが、彼女に正面から釘を刺すなどということはなかった。婆やの采配は、ロザリアにとって信頼しきった実の母同然。それを制するなど、あり得ない発言だった。


「ロザリア様、大人になられたのですね……」


 メイド長はそう思ったらしい。エリシュは、徐々にズレて行くロザリア像に少し危険を感じていたが、それもどうせあと僅かな日数。逃げ切りで何とかなるだろうと考えていた。しかしその楽観的な考えが、後々エリシュの人生を左右する事になるとは、今は知る由もなかった……。


「ねぇ、あなた名前は?」


 エリシュは粗相をしたメイドにあえて話しかけた。どんなミスをしても、決してペナルティは与えない。ペナルティで委縮してしまっては、実力は発揮できない。意見を自由闊達に言うこともできない。彼女達が安心して働ける空気に持って行かねばならない。他のメイド達にも、そう印象付ける必要があった。特別視しているメイド長、そして最近目立ってしまっているシルリアには話しかけないでおく。


「わ、私はコルタナといいます」

「コルタナね……あなたはどの辺の出身かしら?」

「北の山脈に近い方です」

「それは寒いところね。山深いところなの?」

「はい、もう周りは森ばかりです」

「やっぱり生活は大変なのかしら?」

「冬はたくさん雪が積もりますし、山間部の坂を昇るのは一苦労です」

「ふーん、そうなのね」


 エリシュは、本当に他愛もない雑談と世間話をする。彼女が自分に対して警戒心を抱かないよう、場を和ませようとしていた。


「コルタナ、あなたの地元の自慢はないかしら?」

「自慢、ですか……?」

「ええ、私北の山脈って行った事がないのよ。だからどんなものが名産なのかなって」

「あっ、それならスノーチーズがあります!」

「スノーチーズ? どんなものかしら?」


 スノーチーズ。それはロキシア国北部の山脈地域にしか生息できない、特殊なカビが作るチーズである。山脈地域は夏でも冷涼湿潤であり、冬は極寒となる。その厳しい寒さの中で生まれたのが「スノー」と呼ばれる雪の結晶のようなカビだ。このカビを利用して作られたのが、スノーチーズなのだが、いかんせん気温の低いところにしか生息できない。気温の低い山脈地域以外には、チーズ自体持ち出せない。持ち出せばスノーカビが死んで、たちまちチーズがダメになってしまうのだ。そんな理由で、狭いロキシアの領土ではあるが、スノーチーズが市場に出回ることはなかった。


「はい、スノーチーズはそれはそれはもう絶品です。特殊なカビの効果で、滋養もついて疲労回復にもいいんですよ!」

「……食べてみたくなったわね」


 エリシュは、ロキシア国内にも出回らないという珍品、スノーチーズを新たな名産品とできないか、それを考えていた。もしスノーチーズがヒット商品になれば、建設予定の温泉宿の名物にできるのではないか。しかもその効果が疲労回復となれば、疲れた旅人や行商人に大うけすること間違いなしである。


「も、申し訳ありません。スノーチーズを召し上がって頂くには、山脈地域までお越しいただくほか……」


 スノーチーズの弱点は気温である。平地で食べるには長い時間、低温を保つ必要があるのだ。


「それなら、移動式の氷室雪室を使ってみてはどうでしょう?」


 ちょうどエリシュの対面に座っていたメイドが、急に会話に割り込んできた。


「移動式の……氷室雪室? 雪や氷はどこで調達するの?」

「はい。実は私も北部出身なんですけど、去年から山脈地域では雪や氷を洞窟の中でたくさん保存しているんです」

「へぇ、そんなことをやっているのね」

「貧しい土地ですが、寒さだけが取り柄ですから。それを逆手に取って冬の間に氷を作り、夏に名産品として街へ売り出そうって考えなんです」

「……でもそんな噂、聞いたことがないけれど?」

「実は……」


 はす向かいに座るメイドの顔が曇り始めた。どうやら、何かよくない事情があるようだった。


 彼女の話によれば、氷職人達がロキシアの将来に絶望して、険しい山脈を越えて北の軍事国家ノースランドへ逃げてしまったそうだ。氷を街へ運び出す職人達がいなければ、残された力の弱い老人や女子供で売り出すのは不可能だ。秋口になった今でも、氷はすべて洞窟の中に残ったままだという。


「それにしても、家族を置いて隣国へ逃げ出すなんて……」


 と言いかけたところで、エリシュの脳裏にはギルの姿が思い浮かんでいた。氷職人はおそらく力自慢の男達だったのだろう。そんな男子が、氷の売買だけで生活を成り立たせるのは難しい。しかし、この国に留まっても将来明るくなる見込みはない。だったら他国へ出て一旗揚げ、金を手にして故郷へ凱旋しようと考える者もいるだろう。それだけ山脈地域はひっ迫しているともいえる。


「……いえ、何でもないわ。ではその氷はたくさん残っているのね?」

「はい。文字通り売るほどあります」

「じゃあ、氷を街まで運び出すのは私達でやりましょう」

「ですがロザリア様、力自慢の男性でも重労働なのですよ? 私達の力だけではとてもとても……」

「大丈夫よ。いい考えがあるから」

「いい考え、ですか? 一体どのような……」

「フフフ、それは後のお楽しみね」


 エリシュが望んでいたのは、こういう朝食での雑談だった。ざっくばらんに顔を突き合わせて話し合えば、何かよいアイディアが生れることもある。今朝だけで、希少なスノーチーズを移動式氷室を使って運び、街で売るというアイディアが生れた。今までは考えられなかった名産が、ロキシアの街に登場するのである。貴重な資金獲得につながるかもしれない。


 朝食を済ませる頃には、メイド達もすっかり安心したのか、賑やかな雰囲気になっていた。雑談が弾み、皆笑顔で朝食を取っている。本来は話好きのメイド達だ。お年頃の女子のおしゃべりは、始まったら止まらないのである。


 談笑して盛り上がるメイド達を尻目に、エリシュはそっと食堂を離れた。そう、今日はおそらく例の洋服屋の店長が来る。その交渉をどう進めるか、考えておく必要があった。

 

 自室に戻り、交渉の進め方をシミュレートする。相手が望むのは王族との取引実績だ。服やアクセサリーをオーダーメイドしてもらうことだろう。だが、こちらの狙いは融資である。


 思わぬ結納金が転がり込んできたとはいえ、まだまだ資金は不十分である。最低でもあと金貨5000万枚は欲しい。洋服屋といえども基本は商売人だ。商売人なら、融資の酸いも甘いもよく知っているはず。儲け話であることがきちんと伝われば、きっと乗ってくれるだろう。

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