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第17話 意外なお金

 エリシュには一度見ておきたいところがあった。城の金庫である。正確には宝物庫と呼ばれている。要するに城にどれくらいの現金や手形、貨幣価値のある物品があるかを把握しておきたいのだ。


 宝物庫を預かるのは宰相である。しかし、彼も直接タッチしている訳ではない。金庫番というか財務担当がいる。実際にはこの担当が細かい数字をやりくりしたり、銀行や商人との取引を行っている。帳簿上の数字と、実際の資産が食い違っているなんてことは、ままあることだ。


「そうそう、宝物庫に行きたいんだけど……」

「かしこまりました。ご案内します」


 シルリアが女装エリシュを先導して歩く。シルリアはどうしてロザリアが宝物庫などに行きたがるのか、不思議でならなかった。今までロザリアが城の中で行きたがる場所といえば、大好きな馬がいる厩舎と、見晴らしのよい尖塔の部屋である。


 尖塔には城の見張りが常駐している。本物のロザリアは、そこから遠くの景色を眺めるのが好きだった。ため息をついては「私もあの山の向こうに行ってみたいわ」と呟くのが常だった。馬をアクティブに乗りこなし、野山を駆け巡ることが好きなロザリアにとって、外に出て自由に生きることは憧れだった。


「あの……どうして宝物庫などへ?」

「ついて来ればわかるわ」


 城の地下へ通じる門をくぐり、宝物庫を警備する兵士達に声をかける。エリシュの思った以上に警備は堅かった。都合5回も警備のチェックを通過する必要があった。もちろん、王女(偽)であるエリシュは顔パスだ。


 宝物庫は城の地下3階にある。そこには財務担当官の執務室が併設されている。光のないところで1日中仕事をするのはさぞ苦痛だろう。我慢強く、絵に描いたような生真面目な人間が務めているに違いない。そう思って執務室を覗いた。


 ――― 寝ている。


 豪快ないびきを立てて、財務担当官は机につっぷして睡魔に身を任せていた。涎まで垂らしている。


「ううぅん、グアァァァァ~」


 実に幸せそうな顔で惰眠を貪っている。徹夜明けで寝ているのか、それとも普段からこういう自堕落な勤務態度なのかはわからない。エリシュは寝ている彼などお構いなしに、勝手に書類を漁り始めた。


「ロザリア様、何をお探しですか?」

「現場の帳簿ね。そこの幸せそうな彼がつけているはずの」

「でしたらこれですね」


 シルリアが帳簿を取り出した。寝ている財務担当官の机の中からである。幸い、彼の涎に侵されることなくまだ無事だった。


 ゆっくりと帳簿をめくる。よく書かれている。細かいコメントも入っていて、注意点や今後の予測までされている。どうやら彼は怠け者ではないようだ。たまたま過労が重なって、こんな有様になっているのだろう。


 帳簿上の数字は、昨日宰相からくすねた書類の財務状況と違いはなかった。財務担当官から宰相への報告も、きっちりとやられているようだ。この国は貧乏だが、こういった細かいところはちゃんと機能している。決してルーズな管理をしているから、堕ちて行った訳ではないのである。そこだけは救いだろう。


「じゃあ、実際に宝物庫を見せてもらいましょうか」


 エリシュは、気持ち良さそうに夢を見ている担当官の机に顎を乗せた。突っ伏している彼と目線を合わせた状態である。


「ちょっと起きてくださる?」


 シルリアが寝ている彼の肩を叩いた。


「う、うん……? ったく誰だよ、こんな朝っぱらから……」


 担当官が目を覚まし、重い瞼を開けると、目の前には傾国の美女の顔があった。


「ひっ、ひえぇーーーっ! ロ、ロザ、ロザリア様! どうしてこのような所へ?!」

「おはよう、担当官さん。お目覚めのようね」

「いえ、それは、その、決してサボっていた訳ではなく」

「わかってるわ。貴男の仕事ぶりは、帳簿を見せてもらったから」

「は、はい……」


 一体どうしてロザリアがここに居るのか。これは何かの夢か幻ではないのか。担当官はそう思った。ロザリアが財務帳簿を見るなど、あり得ない話だった。政治や国のことにはまったくの無関心。華やかな社交界に生きる温室育ちのワガママお嬢様というイメージしかない。ロザリアがこの地下3階の薄暗い部屋まで来たこと自体、信じられなかったのである。


「あ、あの、それでどのような御用件でしょうか?」

「宝物庫の中を見せてちょうだい」

「は、はぁ……それは結構ですが……」


 担当官は焦っていた。背中に冷たい汗が何筋も伝っていた。なぜなら帳簿の数字と宝物庫の中身が大きく食い違っていたからである。


 ――― 事は数日前のこと。


 南に位置するクレリアから、護衛付きで大きな荷物が届いた。大仰なことに、護衛には騎士が50人もついていた。一体何事かとロキシア城は騒然となった。他国の騎士が数多く訪れれば、争いの火種にもなりかねない。そんなロキシア側の杞憂を尻目に、騎士達が護衛してきたのは金だった。金貨にして3000万枚。大金である。


 宰相が騎士団達を招き入れ話を聞くと、ロザリアへの結納金だという。一介の貴族が私設の騎士団を持ち、結納金として金貨3000万枚という大金を予告もなしによこす。圧倒的な財力の差である。当然、ロキシアとしては結納金を受け取らざるを得なかった。突き返しでもしたら、相手の名誉を傷つけることになる。


 しかし初顔合わせの前から、結納金をよこすなど聞いたことのない話だった。慣例では、顔合わせの後、両家で話をして問題がないことを確認し、結納金を収める流れだ。先に結納金を送ってくるなど前代未聞の珍事である。それだけ相手はロザリアと結婚したいということなのだ。金を受け取ってしまった以上、婚姻は決定したも同然である。宰相はこの事を国王にしか話していない。財務担当官も堅く口止めされていたのである。


 担当官は渋々宝物庫を開錠し、分厚い鉄の扉を開いた。中から流れてくる空気は少しかび臭い。シルリアがランプを手に掲げ、中を照らす。そこに浮かび上がってきたのは、大きな木箱に入った大量の金貨だった。ランプの光を反射して鈍く輝いている。


「……あら? 帳簿にこんな金貨あったかしら?」

「い、いえ……その……これは」

「この金貨は何なの?」


 エリシュは予想外の事に驚いていた。ざっと見て数千万枚の金貨があるのだ。これだけあれば、大きな政策が実施できる。倹約政治から、儲けの政治へ転換するきっかけが作れるだろう。


「こ、これはロザリア様への結納金、金貨3000万枚です」

「……何ですって?!」

「ひ、ひぃ、申し訳ございません。宰相様から他言無用と言われていたもので」


 担当官は、ロザリアが今回の婚姻を快く思っていない事を知っていた。だから結納金が初顔合わせの前に収められたと知ったら、さぞ激怒するだろう。そう恐れていたのである。


 しかし、エリシュはまったく別の事を考えていた。この金と洋服店からとの融資を利用できれば、明日からでも「温泉宿計画」を開始できる。結納金だろうが何だろうが、手元に転がり込んできた金は金である。これを投資に使わずして、どうするというのだ。何かの手違いで仮に結納金を返すことになっても、それまでに投資で稼いで回収しておけばいいのである。最悪、回収できなくとも本物のロザリアが結婚するだけだ。何の問題もない。それは当初の予定通りである。


 この投資という感覚は、倹約しか頭にない宰相が持ち合わせていないものだった。宰相は、結納金はいざという時のために蓄えておくことしか考えていなかったのである。


「フフフ、あなたいい仕事してるわよ」

「へっ? いい仕事、ですか……?」


 怒られると思っていた担当官は、予想外の反応に鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。


「ええ。これだけあれば、直ぐに投資に使えるもの」

「と、投資?! ロザリア様、一体それは何ですか?」


 シルリアが不思議そうな顔で聞いてきた。彼女も経理や財務に関する一般的な知識を持ってはいるが、それはあくまでも小規模な収支管理の話である。


「お金にお金を稼いでもらうってことよ」

「お、お金がお金を稼ぐ? は、はぁ、イマイチわかりませんけど」

「ここにある金貨3000万枚、このまま宝物庫に大切に蓄えておくとしましょう。10年後にはいくらになっているかしらね?」

「えっと、3000万枚のまま……じゃないのですか?」

「残念だけど不正解よ。おそらく2500万枚くらいに目減りするわ」

「な、なぜですか? 無駄使いしなければ、金貨が減ることはないじゃないですか!?」

 

 シルリアが憮然とした顔をしている。ひっかけ問題のような問いを突然出され、見事にひっかかってしまったのである。納得できるまで気分が晴れないのは当たり前だ。


「今、物価は上がっているのよ。金貨1枚でお酒1本が買えるとしましょう。でも10年後、このまま物価が上がり続けれれば、お酒1本買うのに、金貨1枚と銀貨5枚が必要になるわ」

「えっと、この金貨の価値が下がるということでしょうか……」

「そういうことね。物理的な枚数が変わる訳じゃないのに、いつも間にか損をしているってことになるのよ」

「……なるほど、わかりました」


 財務担当官は、ロザリアとシルリアのやり取りを聞いて、何事が起きているのかと自分の耳と目を疑った。王族はそれなりの教育を受け、確かに知識はあるのだろう。しかし、ロザリアは自ら金を使うということも、生れてこのかたなかったはずだ。望む品物は命令すれば何でも手に入る。そんな立場の人間だ。それが、貨幣の価値について問答しているのである。


 ロザリアはただのワガママおてんば娘。見た目が綺麗なだけの王族人形。そう聞かされていたし、自分で見聞きしたロザリアも事実そうだった。それが、朝一番から宝物庫に来ては、帳簿と金貨を前にメイドと議論しているのである。財務担当官には、信じられない光景だった。


「じゃあ、この金貨3000万枚、増やすにはどうしたらいいかしら?」

「銀行に預けることでしょうか」

「ええ、正解よ。銀行預金、つまりは人に貸して利子を得るってことね」

「はい! 私の実家でもそうしてました」

「でも銀行に預けて、一体いくら増えるのかしら?」

「確か利子は1年で0.1%……10年で1%だから、3300万枚に増えますね!」

「そうね。でもよく考えてみて。結局銀行に預けても、目減りしてないかしら?」

「……はい、300万枚増えても、物価上昇の影響の方が大きいですね」

「それに、もしも銀行が潰れてしまったら?」

「えっ?! 銀行って潰れるんですか?」

「もちろん潰れることもあるわよ。だってお金を貸しているんですもの。もし返してもらえなかったら……どう?」

「そうですね、潰れちゃいますね。銀行も安心できないってことでしょうか?」

「潰れる危険性とメリット、そのバランスを計算にいれて活用するのが大切ってことね」

「……わ、わかりました。でももっとたくさん増やすには、どうしたらいいのですか?」

「そこで投資ってわけ」

「は、はぁ……よくわかりませんが、どうすればいいのでしょう?」


 シルリアは話に釘づけだった。これまで聞いたこともない金の話に、強い興味を感じていた。一方で、毎日細かい数字の管理ばかりをやってきた担当官も、ロザリアの話に惹かれていた。元々金融関係に強い興味があって、登用された身である。それが蓋を開けてみれば、暗い金庫で金の出入りを管理するだけの毎日だった。疲労と先の見えない処遇に、ほとほと疲れて果てていた。


 そこに突然やって来て面白い話を始めた、王女とメイド。その話には、普段の疲れも吹き飛ぶ新鮮さがあった。倹約倹約としか言わない宰相に比べ、王族のロザリアから「投資」という単語が飛び出してきたのだ。それだけでも驚きだ。メイドとのやり取りも興味深かった。


「例えば、誰かが洋服屋を始めるとしましょう。でもその人には、才能があってもお金がない。だからお店を出すことができない」

「かわいそうですね」

「そうね。でも、私がこの金貨3000万枚を貸してあげるって言ったら?」

「喜びますね。お店が出せますから……。あっ! もしかして、その人から利子を貰うってことですか?」

「それじゃ銀行と同じよね。面白くないわ」

「はい、確かに……」

「だから、3000万枚は返して貰わないの」

「そんな! あげちゃうんですか?」

「フフフ、そうじゃないわ。返してくれなくてもいいから、10年間は洋服店の売上の5割を貰うってことにしておくの」

「……洋服店が繁盛すれば、金貨3000万枚以上は簡単に返ってきますね。洋服屋さんも10年経てば解放されますし」

「そういうことよ」

「でも、もしお店が潰れちゃったら……」

「ええ、危険もあるわ。下手をすれば金貨3000万枚をすべて失うわ」

「そんな! 危険すぎます!」

「店が成功すれば、金貨6000万枚に増えるわよ」

「でも、もし全部失ってしまったら……」

「いいじゃない。だってこのお金、所詮は他国からの貰い物でしょ? すっからかんになっても、現状に戻るだけじゃない。だったら使わない手はないわよね」


 そういってエリシュは腕組をして、不敵に笑って見せた。その姿を見たシルリアは、大胆で前向きな発想に興奮し、ワクワクしていた。ロザリア様はやっぱり普通の御方ではなかった。外見が綺麗なだけの、単なるワガママおてんば娘ではなかったのだ。彼女こそが女王となり国を引っ張っていく人だ。そう感じていたのである。


 財務担当官は、さらにその上を行く衝撃を受けていた。……今まで宰相に丸投げだった財務と国政。ケチケチ倹約の一本槍だった。それを”見た目だけの飾りの王族”と揶揄されていたロザリアが、ここまで大胆に攻める政策を考えているのである。勤め始めて20年。初めて心が震えた。やりがいに火が点くのを感じていた。しかも、結納金を”貰い物”と言い切る胆力と度胸。ただ者ではない。


「ロザリア様っ!」

「なぁに、財務担当官」

「今のお話、どこまで本気なのでしょうか!?」


 口角に泡して興奮気味に話す担当官。その顔はいたって真剣だ。


「本気も本気、大真面目よ。明日にでもこのお金を動かすつもりよ」

「では、小職にその任をお与えください。お願いします!」

「いいわよ。元々そのつもりだったし」

「あ、ありがとうございますっ!」


 財務担当官は、もうロザリアに心惹かれ始めていた。異性としての魅力はもちろんだが、この胆力と決断力、そして行動力……。現国王にすら感じたことのない王族への畏敬の念が、彼の中で生まれ始めていた。


「さて、シルリア、お腹が空いたわね。戻りましょうか」

「は、はいっ!」


 逐一名前を呼んでくれるロザリアに、シルリアはもうメロメロだった。今までであれば「ちょっと、もう行くわよ」「あんた、早くしなさいよ」など、命令語だけで名前を呼び掛けてくれることなどなかったのだ。


「ムフフフフ~」


 思わずニヤケ顔で、笑いが漏れてしまう。シルリアは城のメイドとして登用されてから、感じたことのない幸せに浸っていた。


「なぁに? 面白いものでも見つけたの?」

「い、いえ……ただ最近のロザリア様は素敵だなぁって」

「褒めても何も出てこないわよ」

「いいえ。私はロザリア様にお仕えできるだけで、幸せなのです」


 エリシュは一瞬焦っていた。これまでとあまりに言動の違うロザリア像に、シルリアが疑問を持ち始めたのかと思った。だが、そうではない。シルリアは、心の底から骨の髄まで偽ロザリアことエリシュを慕ってしまったのであった。


「私もシルリアが仕えてくれて嬉しいわ」

「な、あ、や……そのっ、アワワワワ」


 シルリアが嬉しさのあまり、パニックに陥っていた。


「はい、落ち着きなさいっ!」


 エリシュが大きな声で制すると、シルリアは平静を取り戻し、深呼吸し始めた。


(危なかった。幸福なことがいっぺんに来ちゃったから、死ぬかと思ったわ)


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