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第15話 まずは習慣を変えてみましょう

 洋服店イエスタデーランドのモリスは、ロザリアからの手紙を受け取り、売込みが成功したことを喜んでいた。王族からお呼びがかかる。オーダーが取れる。取引額は問題ではない。王族との強い関係がある、これが重要なのである。


「店長、何だか嬉しそうですね」


 女店員が、やたらニヤニヤしている店長に話しかける。名誉欲が強く、社交界の動向ばかりを気にする気分屋の店長が、機嫌が良いのは珍しかった。


「明日は登城するぞ。いい機会だ、お前もついて来い」

「ひっ、わ、私もですか?」

「臆することはない。いつも通り、丁寧に接すればよいのだ」

「で、でも……」

「お前も王族とのコネを作るチャンスだと思え。これから生き残るためには大切だぞ」

「……わかりました、お供します」

「では、あの馬車と最上級の布を用意しておくのだ」

 

◇ ◇ ◇


 その夜、エリシュは婆やから、ロザリアの癖文字についての話を聞いていた。ロザリアの文字はいかにも女性が書くような小さくて、丸っこい筆跡である。対照的にエリシュの文字は男らしく、大きくすっきりとした読みやすい文字である。もし見られてしまったら、宰相はともかく観察眼の鋭いレームリアは、きっとおかしい思ったことだろう。


「……危なかったわね」

「ロザリア様、他にも問題があります」

「何かしら?」

「お風呂です」

「……お風呂が? どうして?」

「王族の湯浴みはメイドの担当です」

「担当ってまさか!?」

「そうです、髪から足の先までメイド達が体を流します」

「婆やに変わってもらうというのは……」

「長年の慣習ですから……突然変えるのは、不自然に思われてしまいます」


 当然のことながら、風呂に入るからには全裸である。ロザリアがエリシュであることは、一目瞭然。そうなったら、ここまでやって来たことがすべて台無しになる。


「私が命令してもダメかしら?」

「もっと不自然に思われてしまいます……」

「わかったわ。また一芝居打つわよ」

「何をされるのですか?」

「ちょっと……ね」


 エリシュには考えがあった。こういう慣習はもっと大きな慣習を作って、変えてしまえばいい。”木を隠すには森の中作戦”である。つまり、一気に城内のメイド達の慣習をたくさん変える。その中で、さりげなく”湯浴み担当制廃止”を織り込めばいい。だが、それなりに納得できる理由が必要である。不自然な理由は疑心暗鬼を招く。


「婆や、今すぐメイド達を全員集めて」

「かしこまりました」


 ほどなくして、ロザリア付きのメイド達が集合していた。100人ほどだろうか。休みを取っている者もいるので、それらを加えると120人近くになる。ロキシアが貧乏国家にもかかわらず、メイド達がこれほどたくさんいるのには理由があった。1つは城内の事情を詳しく知り過ぎているからだ。倹約のためとはいえ、一度登用したメイドは簡単には解雇できないのである。


 そして2つ目の理由は、世襲制であるということだ。元々は城内の秘密を漏らさないように考えられた制度である。メイドは同じ家から登用する。それが何世代も前から続いており、メイド達と王家との強固な絆になっていた。雇用する余裕がなくなったからと言って、簡単に「はい、さようなら」と言う訳にはいかない。古くから付き合いのある家を粗略に扱えば、王家の信用にも関わってくる。


「あなたたち、これまで私に尽くしてくれてありがとう。いつも献身的な奉仕には感謝してもしきれないくらいだわ」


 ザワザワとメイド達が騒がしくなる。そこかしこで、話し声がする。


 ロザリアがメイド達に感謝の言葉を述べたことなど、今まで一度もない。それなのに、わざわざ集合させて感謝の意を表するとは、何事であろうかと不審がったのである。


「静かに……。もう聞いているかもしれないけど、私は目の前で兵士4人を失ったわ。私のワガママのためにね」

「ロザリア様、それは兵士の務めでございます。殉職した兵士達もお役に立てて、さぞあの世で喜んでいると思います」

「……婆や、それはそれよ。私はもう目の前で人を失いたくないの。もっと人を大切にしたいのよ」


 またもメイド達がザワザワし始める。メイドや兵士の事など気に掛けたことすらない、そんなロザリアの心変わりに皆が驚いていた。


「あなたたちの負担が減るよう、これまでの慣習を変えるわ。まず朝食だけど、この部屋まで運ばなくてもいいわ。厨房で作ったらキッチンまで私が出向くから」

「そ、そんな! 畏れ多いです」


 メイド長のメイが、一歩前に出て発言してきた。その顔は、奉仕すべきメイドの本業が奪われては困るという表情だった。しかし、エリシュはそれも当然織り込み済みであった。


「メイ、いいのよ。皆で食事を取りましょ」

「えっ!? ロザリア様と私たちがテーブルを一緒にするのですか?!」

「そうよ。気に入らないかしら?」

「め、滅相もございません! ただ主と一緒のテーブルに着くなど、あまりに畏れ多いもので……」

「食事はやっぱり、皆で食べた方が美味しいもの。ねぇ、婆やもそう思うでしょ?」

「え、ええ……そうですね」


 婆やには、エリシュが何を考えているのか、皆目見当がつかなかった。適当に会話を合わせはしたが、その先に何を期待しているのか、読むことができなかった。


「あなたたちメイドは、私の家族も同然だから。皆の事ももっとよく知りたいしね。改めてよろしくね、メイ」

「は、はいっ! かしこまりました。では早速明日の朝食からそのように……」

「ああ、でも強制はしないから大丈夫よ。気の進む人だけでいいわ。ほら、私もいい加減な性格だしね、フフフ」


 メイド達は”参加自由”と言われて背筋が凍る思いだった。”絶対に参加せよ”と命令された方が気が楽だった。おそらく、ロザリアがリストラ対象のメイドを選ぶための試験であろう。ロザリアとテーブルを一緒にしない者は、暇を出されてしまう。全員がそう勝手に思い込んでいたのである。


 しかし、エリシュの目論見は違っていた。メイドはリストラできない。だが財政はひっ迫している。導き出される結論は、メイドの有効活用である。もっとメイドを活躍させなければならないのだ。メイド達は、皆それなりに裕福な家の出身である。受けた教育のレベルも国民平均より随分と上だろう。それが、お茶出しや食事の準備、城内の清掃、入浴の手伝いなどをしているのだ。エリシュの目からすれば、勿体無いことこの上ない人材なのである。


 だが、メイド達は王族の世話をすることが使命だと固く信じている。それを解きほぐすためにも、彼女たちとの距離を近づけなければならない。第一歩として、”同じ釜の飯を食う”のである。


「それと、湯浴みの手伝いもしなくていいわよ」

「ど、どうしてですか? 私はずっとロザリア様の湯浴み担当でした。何か落ち度がありましたでしょうか!?」


 メイの隣に立っていた銀髪のメイドが、泣き崩れるようにして訴えてきた。自分が誇りを持ってやってきた仕事を、いきなり取り上げられるのである。彼女に取ってロザリアの湯浴み担当は、もはや自分のアイデンティティーだった。それを奪うからには、相応の仕事を与えなければならない。彼女も周囲のメイドも納得しないだろう。


「あなたには代わりの役割を与えます。……私の朝の散歩に付き添うこと」

「護衛役、ということでしょうか?」

「いいえ、護衛の必要はないわ。城内だもの。私の補佐よ。いやかしら?」

「滅相もありません! ただ補佐と言っても何をすればよいのか……」

「それは追々話していくから大丈夫よ、安心して」

「は、はぁ……」


 湯浴み担当の銀髪メイドは、不安そうな顔をしているが、とりあえず新しい役割が与えられたということで納得はしていた。他のメイド達も、無碍に仕事を取り上げられる訳ではないと知って、ほっと胸をなで下ろしていた。


「はい、じゃあ解散よ」


 エリシュがそう言うと、メイド達はまた一糸乱れぬ軍隊行進のように、部屋から次々と出て行った。この動きと作法は、ロキシア国の伝統である。来賓があった場合には、必ずこの軍隊のような作法が話題になる。そこから会話のきっかけを掴むというのが、歴代王の定石だった。


 メイド達は帰って行ったが、メイド長のメイと銀髪メイドが残っていた。何か言いたそうなことがある顔をしている。


「どうしたの?」

「あの……ロザリア様はなぜ突然このような事をされるのですか? もしかして、私達メイドに暇を出されるお考えなのでしょうか?」


 メイド長が、皆が抱えている不安な心の内を代弁していた。ひどく苦しそうな顔をしている。


 この貧乏国家で、城のメイドという職業は結構なステータスである。彼女達も自分の仕事に誇りを持っていたし、何よりも社会的にはかなり裕福な身分である。国が潰れない限り雇用も保証され、安定している。


 万が一、解雇ということになれば、実家に戻ることになるが、他の職業に就くのは難しくなる。王家の秘密を知る者として就職に制限がかかるからだ。つまり、解雇されれば、身分も経済的なポジションも急落する。彼女達にとって、メイドであることは誇りであり人生のすべてなのだ。


「私の本音が聞きたい、ということかしら?」

「はい。宰相様をも論破して説き伏せてしまう、聡明なロザリア様を私は存じ上げています」

「……え、ああ……昼間のアレね」

「ロザリア様が倹約政治を推進なさるなら、当然メイドも解雇対象……そう考えてしまいました」


 銀髪メイドは既に泣きそうな顔をしている。メイド長もロザリアの本心をしっかりと聞き出そうと、強い決意を持った目付きである。メイド達をまとめる責任を背負った彼女だ、中途半端な回答を持ち帰れば、ますます皆の不安を煽ってしまう。やはりベストの力を出すためには、雇用の安定が不可欠なのである。


「言ったでしょう? メイド達は私の家族も同然なのよ。家族に暇を出すなどあり得ないわ」

「で、ですが!」

「だけど、これまでとは働き方を変えてもらう。それで納得かしら?」

「働き方……ですか。一体何をすればよろしいのでしょう?」

「掃除、洗濯、料理。これを減らすのよ。その代わり、裏方をやってもらうわ」

「……う、裏方?」

「ええ。国を動かす裏方よ。私の影の実働部隊ってところかしら」

「例えば、どのような事をすればよいのでしょうか?」

「そうね……まずは情報収集かしら。まぁ、他にもいろいろあるけどね」

「私達はロザリア様のスパイ、ということでしょうか?」

「スパイなんて大袈裟なものじゃないわ。普段城内や巷で流布している噂話を拾ってくるだけでいいのよ。それなら今もしてるでしょ?」

「噂話なら、得意です!」


 暗い顔をしていた銀髪メイドが、途端に元気な声を出した。


「フフフ、いい返事ね。期待してるわ。とにかく私が指示を出すから、あなたたちはそれを忠実にこなすこと。そうすれば、段々何をやればいいかわかってくるはずよ」

「はっ、かしこまりました」


 メイド長としては、雇用が保証されたことだけで十分な返事だった。ただ、仕事内容がわからない。今までとは違う働き方と言われても、ピンとこない。そう感じていた。だが、宰相と軍師を政策論で負かすほどのロザリアである。何か深い考えがあってのことだろう。今はただ信じてついて行けばよい。それがメイの出した結論だった。


 だが、銀髪メイドは不安で一杯だった。これまで、ロザリアの体を磨き上げる事に全身全霊を掛けてきたのである。それが無くなってしまった。しかも、次の仕事内容が全然見えてこないのである。これまで評価されていた自分の存在が突然なくなり、どう努力してよいのかさえ分からないのである。不安にならない方がおかしいというものだ。


「……そこの銀」


 エリシュは銀髪メイドを呼び止めようとして、口を噤んだ。名前がわからない。これはまずいと思った。毎日湯浴みを担当してくれていたメイドの名前もわからないのは、さすがに怪しまれる。


 だが、事実はエリシュの想像の遥か上を行っていた。本物のロザリアは、メイドの名前すら覚えていなかったのである。呼ぶときは「あなた」とか「ちょっと」とかそんな感じだったのだ。唯一覚えているといえば、メイド長のメイの名前だけであった。


「はい、何でしょうか?」

「えっと……」


 モゴモゴしているエリシュの様子を見て、婆やが素早く察していた。


「ロザリア様、その者の名前はシルリアです」

「そ、そう……。シルリア、あなた早起きは得意かしら?」


 銀髪メイドことシルリアは、一瞬何が起きたのか理解できていなかった。ロザリアに名前を呼ばれることは、メイド長以外にあり得ないことだったからだ。本物のロザリアにとって、メイドとは名前のないただの召使い。”その他大勢”に過ぎなかった。メイド達もそれをわかって動いていた。人間扱いされない事は不本意だったが、相手が王族では仕方がない。そう思ってずっと奉仕してきたのである。


「……あ、あの、はい! 得意です」

「じゃあシルリア、明日から同行をお願いね」


 エリシュは、シルリアの頭をそっと撫でた。するとシルリアは、突然涙を流し始めた。そう、名前を呼ばれるだけでなく「お願い」をされて頭まで撫でてもらったのだ。驚きと感動で、号泣するしかなかったのである。


 エリシュは困っていた。これまで身近な女子といえば姉だけだった。だが、あれは女子としてはまったく参考にならない。筋肉ゴリラとシルリアを比べること自体、危険に違いない。女子の扱い方など知るはずもないエリシュ。男心ならわかるが、女心は理解の外である。


 頭を撫でたら泣き出した女子を目の前に、オロオロするしかなかった。しかし、毅然とした態度を崩す訳にはいかない。ここは自分の城である。せっかく苦労して演出した新ロザリアの印象を、壊すわけにはいかない。


「あらあら、シルリアは泣き虫さんなんですね」


 そういってエリシュは、懐からハンカチを取り出して、シルリアの涙を拭いた。それにまたまた感動したシルリアは、なお一層激しく泣き出してしまった。


「も、申し訳ございません……。さ、シルリア、もう下がりますよ」


 メイが無理矢理にシルリアを引きずって退出していった。


「ふ、ふぅ……」

「お疲れ様でした。ロザリア様、なかなかの演技でしたよ」

「演技、というか本音よ。単にケチるだけの倹約では意味がないわ。ちゃんとメイド達の能力を活かすのも、違う形での倹約だから」

「さすが、軍師様ですね。……私も諦めていたこの国を、今のロザリア様なら何とかしてくれるかもしれない、そう思ってしまいます」

「なんとか……しなければなりません」

「ところで、明日から数日間お暇を頂きます」

「ど、どうして?!」

「本物のロザリア様のご様子を見に行きたいので」

「で、でも私はその間、どうすればいいの?」

「もう大丈夫ですよ。今日1日で確信いたしました。誰もロザリア様を疑う者はいません。それにエリシュ、貴男ならどんな困難な場面も、乗り越える知恵と行動力があります。自信をお持ちなさい」


 エリシュが心配だったのは、言動のことではない。男であることがバレてしまうことだ。筆跡にしても湯浴みにしても、婆やに言われたからよかったものの、もし助言がなければ大変なことになっていただろう。


「2~3日で戻ります。困ったことがあったら、メイにお申し付けください」


 婆やは、エリシュの見事なロザリアっぷりを見て、すっかり安心していた。裸を見られでもしない限り、まずバレることはない。最大の懸念だった湯浴みの問題も解決できた。筆跡の違いも代筆すれば大丈夫だ。


 残りの不安は、会話の端々から不自然さが出ることだが、エリシュの話術と気転があればクリアできる。短期間なら十分に誤魔化せるだろう。そう確信していた。


 今は何よりも本物のロザリアの怪我の具合が心配だった。本音を言えば、すぐにでも実家へ飛んで帰り、彼女の看病に当たりたかったのである。


◇ ◇ ◇


 その頃、メイド達はメイの部屋に集まっていた。当然、全員は入れない。廊下に溢れた者達もいる。皆、ロザリアの本音を知りたくて仕方がないのだ。


「皆、聞いてちょうだい。ロザリア様は、私達にお暇を出すつもりは一切ないそうよ」


 メイド達は納得していない。この城ではいくら貧乏でも、これまでやり方や慣習を変えるということが一切なかったのである。宰相に切詰めを迫られても、頑なに突っぱねてきたのである。


「でも、どうしてあんなことを仰ったんですか?」

「そうです、不安でたまりません」

「やっぱり倹約政治のせいですか?」


 ザワザワとあちこちで勝手に話しが始まり、完全に収拾がつかなくなっていた。メイド達の声は廊下まで響き渡り、段々と大きくなっていった。ついには、ロザリアの部屋にまで声が届くほどになっていた。もちろんエリシュの耳にも届いていた。


「一体何事かしら? 婆や、先にベッドの準備をしておいて。私が見てくるわ」

「かしこまりました」


 エリシュが廊下に出ると、騒ぎの内容が聞こえてきた。やはりメイド達には、エリシュの抽象的な物言いでは通じなかったようだ。直に声を掛けたメイド長とシルリアは信じてくれたようだが、他の者はやはり不安が拭いきれていなかった。それだけ彼女達にとって、”王族のメイド”という立場は重かったのである。


 エリシュは、メイド達がメイド長を責め立てる姿をこっそり眺めていた。やはり長年の慣習を変えるのは難しい。そう感じていた。でもきっと、懇切丁寧に説明していけばわかってくれる。問題は、説明する具体的な中身がない事だ。仕事内容を示してやれば、彼女達も納得するだろう。しかしまだ、彼女達の具体的な活躍の場を考えられてはいないのだ。この場は、情と気迫で何とか収めるしかないだろう。


「はーい、みんなそこまでよー」


 エリシュはメイド達の後ろから、大声で場を制した。メイド達が一斉にエリシュの方を向いた。


「ロ、ロザリア様……申し訳ございません。この者達が納得できないと申しまして」


 メイが必死で弁明してきた。彼女はこの騒ぎを収められなかった責任を強く感じていた。しかし悪いのは、上手くメイド達のこれからの仕事を説明できていなかったエリシュである。メイド達を納得させられないのは、メイド長のせいではない。


「メイ、もういいわ。悪いのは全部私なのよ」

「そ、そんな! 滅相もございません」

「みんな、不安がらせてしまってごめんなさい」


 エリシュは、メイド達に向かって頭を下げた。だがエリシュの目論見に反して、メイド達は全員が顔面蒼白になった。主である王族のロザリアが、下の者に謝るなどということは、天地がひっくり返ってもあってはならないことだ。それをさせてしまったのだ。メイド達は強い罪悪感に駆られていた。


「な、何ということを! ロザリア様がメイドに向かって頭を下げられるなど、あってはならないこと……」


 あの冷静なメイド長ですら、動揺を隠せていなかった。


「ロザリア様が頭を下げられた……や、やっぱり私達はクビなのだわ!」


 1人のメイドがヒステリックに叫び出した。連鎖的に不安が煽られ、メイド達は一斉に泣き出してしまっていた。もはや完全にパニック状態である。こうなると収拾がつかない。


 命令を受け、絶対服従を誓うメイド達には、親しみを持って距離を縮めるのは逆効果だった。上から目線で、厳格に言葉で制した方が有効であることを、エリシュはここで学んだのである。下手に立ち位置を同じにすると、相手は怯んでしまうのだ。


(王族というのは、これほど特別な立場なのか。人を使うためには、普通の感覚で考えていてはダメみたいだな)


 ――― バシン!


 エリシュは、思い切り壁を平手打ちした。当然掌が痛いが、パニックを収めるためである。


「うるさいっ!!! 泣くんじゃない! 泣き止まない者は、今すぐ暇を出すわよ!」


 つんざくような大声でエリシュは怒鳴った。メイド達は命令されることで、逆に安心感を得る人種なのである。効果はてきめんだった。水を打ったように静まりかえると、直ぐにみんな涙を拭いて、ロザリアの前に整列したのである。


「それでいいのよ。じゃあ、明日の朝食から皆で食事よ。わかったわね?」

「「「はい!」」」

「わかればいいわ。解散。今日はもうさっさと寝なさい!」


 メイド達は一斉に部屋に帰って行った。だがメイド長とシルリアだけは、エリシュの前に残っていた。


「あなたたちも早く寝なさい」


 シルリアが呆けた顔でエリシュを見上げている。そう、彼女はエリシュの命令口調に酔ってしまっていたのだ。これまでもロザリアは、癇癪(かんしゃく)を起してメイドに当たったり、無茶な命令をすることはあった。しかし、わざわざメイドの部屋まで訪れて、その混乱を収めるような行為などとは無縁だったのだ。


 エリシュは、シルリアの熱視線に気が付いたので尋ねてみた。


「どうしたの? シルリア」

「あ、あの……ロザリア様がカッコいいなって思って」

「馬鹿なこと言ってないで、早く寝なさい。貴女、明日は早いのよ」

「す、すみませんでした。直ぐに寝ますっ!」


 そう言うと、シルリアは自分の部屋へ飛んで帰った。


 メイド長のメイは、ロザリアに謝らせてしまったことに、責任を感じて動くことができないでいた。じっと下を向いたままである。


「メイ、貴女も大変な立場ね」

「そ、そんな、私は何もできませんでした。ロザリア様がいらっしゃらなかったら、どうなっていたことか……申し訳ございません」

「いいえ、貴女はよくやっているわ。これからもよろしくね」

「……っ!」


 これまでのロザリアの言動パターンから考えれば、あまりに寛大で優しい言葉である。メイは思わず泣きそうになっていた。しかし、今しがたロザリアに「泣くな」と言われたばかりである。メイド長である自分が、涙を見せる訳にはいかない。


「じゃあ、貴女も早くお休みなさい」

「はい、ありがとうございますっ!」


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