第14話 温泉宿を始めましょう
「ロザリア様っ!」
メイドのメイが、スタスタと城内を歩くエリシュの後ろを、小走りで付いていく。
「なに?」
「すごかったです! 宰相様をあんな形でぎゃふんと言わせるなんて!」
「ちょっとやり過ぎちゃったかしらね……」
「そんなことありません! 宰相様の倹約政治には皆うんざりしていたんです。まさかロザリア様が、政治のお話で宰相様を言い負かすだなんて……まるで夢を見ているみたいでした」
「そ、そぉ? ……まぁ、たまにはいいじゃない?」
エリシュは内心焦っていた。あまり派手にやり過ぎると、さすがに替え玉がバレてしまうのではないかと。
「痛っ……」
拳から血が出ている。先ほど執務室の壁を殴ったせいである。我ながら感情に任せた行動だったが、そのパフォーマンスはエリシュが思った以上に効果絶大だった。気迫と覚悟を伝えるには、まず身を切るのが一番なのである。
メイは救急箱を準備すると、傷を消毒し、エリシュの手に素早く包帯を巻いていった。
「やっぱりロザリア様はタダのお姫様ではない、そう私は思っていました」
「……そうかしら、私は普通のおてんば娘よ?」
「いいえ。ただのおてんば娘が、あんな啖呵は切れません。ロザリア様にお仕え出来て、私は誇りに思います」
純朴な笑顔を浮かべるメイ。本当にロザリアが好きなようだ。
「あ、ありがとう。これからもよろしくね、メイ」
「もちろんです。死ぬまでお仕えさせてください」
期せずしてメイドとの結束が強まったことに、エリシュはほっと胸をなで下ろしていた。替え玉である事がバレるとすれば、メイド達からだろうと思っていたからだ。城の兵士や文官は、ロザリアを単なる飾りだとしか思っていない。つまり、立ち居振る舞いに興味を持っている者などほとんどいない。
だが、メイドは別だ。彼女達は、常に至近距離からロザリアの一挙手一投足を見ていたのである。少しでも奇妙な点があれば、直ぐに噂するに違いない。それが綻びとなって、替え玉だとバレるのが怖かった。メイドが自分に懐いてくれるのは、非常にありがたかった。
一方、メイドのメイは、そんな事はつゆほども感じていなかった。目の前のロザリアが替え玉であるなどとは、ほんの少しも疑ってはいなかったのである。むしろ、メイは心の底から嬉しいと感じていた。
これまで、ロザリアから王女らしい気質を感じることはまるでなかった。容姿は極めて美しいが、それだけだ。ワガママで身勝手で、子供っぽい振る舞いは、ただの町娘にしか見えなかった。
それがこの豹変ぶりである。自分が仕えて来た主が、実は宰相や軍師を圧倒するほどの才女であったのだ。まさに王に相応しい器量を備えている。嬉しくない訳がない。メイは、初めて自分が王族に仕えていることを実感していた。
エリシュは宰相執務室から、財務と政策関連の書類をいくつかくすねていた。メイと共に自室に戻ると、さっそくベッドの上に書類を広げ、熱心に見始めていた。
「ロザリア様、お茶でも……」
と言いかけたところで、メイは気が付いた。ロザリアは書類に集中していて、声がまったく耳に入っていない。こんな顔のロザリアを見たのは初めてだった。
あまりの集中力に、鬼気迫る気迫を感じる。その雰囲気にメイは痺れていた。辺りを緊張させるような、凛とした空気を纏ったロザリアに心酔していた。元々外見は他を寄せ付けないほどの美しさなのだ。それが王族としての気品と気迫を身に纏ったのである。自分の主に心惹かれるのも無理はないだろう。
エリシュは書類を見て必死で考えていた。そう、この貧乏を脱出する方法をである。確かに宰相の倹約政策は、それなりに効果を上げていた。だが乾いた雑巾を絞ってもこれ以上は何も出ない。やはり新たに儲ける方法を考えねばならないのである。
書類から得るべき情報を頭に叩き込む。一から考えを整理し、じっくりと反芻する。産業振興、資源、軍事バランス、貿易、交易……様々な要素がエリシュの頭を巡る。直ぐに一つのアイディアが浮かんでいた。
――― コンコン
部屋のドアをノックする者があった。
「誰かしら?」
「私です。少しお時間を頂けないでしょうか?」
声の主は、さきほどエリシュが啖呵を切った相手、宰相だった。メイがドアを開けると、宰相だけでなく、レームリアも一緒だった。
「ああ、宰相に軍師……入っていいわよ」
「し、失礼いたします」
「メイ、2人に珈琲を」
「かしこまりました」
メイが小走りで厨房へ向かった。メイは、またロザリアの勇姿が見られるのではないか、そう思っていた。珈琲を早くサーブして、自分も会話を聞きたい。その一心で手早く珈琲の準備に取り掛かった。
一方でレームリアと宰相は、緊張した面持ちで入口付近に突っ立ったままだった。先刻のやり取りで、気圧されているのである。2人とも、すっかり士官したころの初心へと戻っていた。王族への畏敬の念が、きっちりと蘇ってきていたのである。
「何してるの? 早く座って」
「は、はい……」
2人はベッド横にある椅子に腰を下ろした。これまでの宰相とはうって変わって、借りて来た猫のように大人しく控え目である。
「何をなさっているのですか?」
宰相は、ベッドの上一面に広げられた書類へチラリと目をやった。
「……これまでの政策の評価。そしてこれからどうすべきか、かしらねぇ」
「そ、それで、ロザリア様のお見立てはどうでしょうか?」
これまでの横暴で倹約一点張り、誰の言うことにも聞く耳を持たなかった宰相の態度が一変したことにレームリアは驚いていた。だが、その気持ちは自分もよくわかる。ロザリアのあの鋭い意見と推察を見せつけられれば、思わず話を聞きたくなってしまう。そして何よりもこの美しい主に、ぜひ采配を振るって欲しい。そう感じずにはいられなかったからだ。
「倹約政治の方だけれど……よくやっていたみたいね」
「あ、ありがとうございます!」
「でもこれ以上は無理ね。締め上げてももうお金は出てこないわ」
「は、はぁ……私もわかってはおるのですが、何分手が足りず、策もなく……。あとは税を上げるくらいしか……」
「ここで税率を上げたら、暴動が起きるか民が疲弊して逃げ出すわよ」
「……はい、わかっております。ですがもう打つ手がありません」
下を向いたまま、目の焦点を合わせずに、うめくようにして宰相が呟く。
「稼げばいいのよ」
「ど、どのように? 我が国には外貨を稼げるような産業もありませんし、資源もありません。ましてや、文化や芸術も際立った物はありませんので、観光で人を呼ぶこともできません」
「ひとつ……面白いことを見つけたの。国境には兵士をほとんど配置していないのに、主要街道にはたくさん配置しているのね。どうしてかしら?」
「それは、国境周辺は山ばかりで人通りもほとんどありませんが、主要街道は国内外の多くの人が利用するためです」
「ふーん、”国内外の多くの人”、ね……。まあ、ロキシアは交易路のど真ん中にあるものね。それで、関所で正規兵達は何をやっているのかしら?」
「それは私がお答えします」
レームリアがロキシア全土の地図を広げ、テーブルの上に置いた。そこには主要街道と、関所の位置が記されていた。
「主要街道は、東西南北、十字路のようになっております。関所は西側のエスーニャ、南側のクレリア、東側のライツとの街道上に3ヶ所あります。そこで荷物や人物の検査を行い、我が国に仇なす危険人物がいないかどうかをチェックしております」
「ふーん、なるほどね……」
そこまで話が進んだところで、宰相がポンと手を叩いて、明るい顔をした。
「わかりましたぞ! 通行料ですな? 高い通行料を取れば、外貨を獲得できると言う訳ですな! さすがは王女様」
「残念ながら零点ね。高い通行料を課せば、誰もロキシアを通らないわね。遠回りになってもクレリアを経由するでしょうね」
「……考えが至らず申し訳ありません」
あの頑固で横柄な宰相がシュンとして下を向いている。ロザリアに褒められると、少年のように顔を明るくするのに、ダメ出しをされるとこの世の終わりが来たような表情をする。もはや宰相は、知らず知らずのうちに女装エリシュの虜になっていたのである。
「それでは、どうすればいいのでしょう?」
「ロキシアは交易の要所。通行人は皆通り過ぎてしまう……。でも人は集まっているのよ。答えはそこにあるわ」
「……わ、わかりそうで、わかりません! 教えてください」
レームリアがやきもきした顔で迫ってきた。先ほどまでの覇気のない顔が、今は生き生きとしている。これもまたエリシュの女装効果、もとい、王族として相応しい風格と采配を見せる美しきロザリアのなせる業なのだろう。
「第一段階は、通過する人にお金を落とさせることね。第二段階は、ロキシアが交易の拠点、つまりマーケットになることね」
「はぁ……仰っている意味がよくわかりませんが」
「国外から人は入って来るのよ。そこに通行人が欲しくなる物がアレば、商売ができる、産業が生れるって訳」
「……あのー、具体的には何をすればいいんでしょうか?」
まったくピンと来ていない宰相とレームリアが、目をぱちくりさせて聞いてくる。エリシュは思った。長年同じことをやっていると、こういう発想もできなくなってしまうのかと。
「温泉宿よ」
「は、はぁ……そんなものがウケるのでしょうか?」
「いいこと、この国に来る通行人は、ほとんどが交易のために大荷物を背負った行商人よ。しかも、遠距離を徒歩や馬車でやって来るのがほとんど。ロキシアに来る頃には皆疲弊しているわ。この国には宿がない。いえ、宿はあるけど、寂れた小さなものしかないわ。行商人たちは仕方なく野宿するか、強行軍でロキシアを通過していくの。でもそこに、この国唯一の取り柄、大きな温泉宿がたくさんあったら?」
「喜んで泊まるでしょうね……」
「多くの行商人が泊まるようになれば、食事や日用品、服、靴、医薬品……いろいろ欲しくなるでしょうね。きっと宿を中心にして、小さな街が生れるわ」
「な、なるほど……」
「そして見方を変えるように仕向けていくの。このロキシアは通過するだけの国じゃない、周辺3国から人とモノが集まって来る国なんだ、とね」
「……そこまで仰られれば、私でもわかります。交易の十字路であるこの国に、大市場ができるという訳ですね」
「ええ、そうよ軍師さん。でも市場が出来ただけじゃダメ。皆にこの国の便利さを一通り味あわせたら、通行料や税金を取るようにするのよ。利便性と課金のバランスさえ間違えなければ、賢い行商人は利便性を取るでしょう。目の前に大市場があるのに、わざわざ遠距離を移動はしないでしょ。ましてや、移動距離が長くなれば、盗賊や山賊に襲われるリスクも増える。ダメなら山賊や盗賊団の噂を流して、行商人の警戒心を煽ることもできるけどね。情報のコントロールも重要よ」
「ロ、ロザリア様、貴女様は一体何者ですか? ……こんなアイディアをお持ちだったとは。このレームリア、軍師の身にありながら今まで何をしていたのかと、我が頭を打ち砕きたくなります」
レームリアが目を輝かせて、ロザリアに熱い視線を投げかけていた。
それを傍らで聞いていたメイと婆やも、心が震える思いだった。この王女様はとてつもない事をやってくれそうだ。そう期待せざるを得ないのである。彼女の具体的で前向きなアイディアを聞いていると、心が躍るのである。まぁ、……その実態はただの女装男子な訳であるが。
一方、当のエリシュは、この程度なら養成学校の訓練でよくやってた話だなと思っていた。そう、硬直化した城内より、自由で柔軟な頭脳が集まる養成学校の方が、実はアイディアには長けていたのだった。もちろんエリシュがダントツのアイディアマンであり、いつも皆を引っ張る役ではあったが、少なくとも目の前の宰相よりは、生徒達の方が頭は柔らかかった。
「……しかしロザリア様、1つ大きな問題があります」
そこへ水を差したのは、これまでじっと黙って聞いていた宰相だった。
「何かしら?」
「温泉宿を作る資金がありません。温泉を掘り、整地し、建屋を作る金がないのです」
「ど、どうされるのですか?」
レームリアが心配そうな顔で聞いてきた。厨房の陰で耳を立てていた婆やとメイも、息を止めて聞きいっていた。
いくら素晴らしいアイディアや政策があっても、それを実行する余裕すらないのが、今のロキシア国なのである。ここを打破しなければ、エリシュはただのほら吹きで終わってしまうだろう。だが、そこは抜け目がなかった。
「融資してもらいましょう。お金がなければ、借りればいいのよ」
さらりと言ってのけるロザリアに、宰相は眉間に皺を寄せ、苦言を呈する準備をしていた。
「ゆ、融資! 一体どこから……?」
「心当たりがあるわ」
宰相とレームリアは、腰を抜かすほどびっくりしていた。この先のない貧乏国家に金を貸してくれる国はない。銀行や商人もこの国を信用していない。融資を見込むのは到底不可能である。心からそう強く思い込んでいた。しかし、ロザリアは「大丈夫だ」と言ったのだ。目の前の若い娘から、まるで辣腕を振るう大国の女王のような風格を感じていた。
エリシュの頭には、あの洋服屋の事が浮かんでいた。”イエスタデーランド”の店長、モリスである。今、王女の替え玉になってみて、彼の不自然だったあの言動がよくわかる。家族のことをしつこく聞いてきたのは、モリスが女装エリシュの事をロザリア王女と勘違いしていたからだ。彼は、王族に売込みを掛けたい一心で、エリシュに破格の待遇をしたのである。
さらに不自然な点があった。あの馬車である。馬具から細かい装飾まで、すべてが黄金だった。ロキシア国内はおろか、他国でもまず見ることのできない豪華な馬車である。ロキシア王の専用馬車よりも豪華である。つまり、洋服店には金があるということだ。後で調べてわかったことだが、洋服店は国内でのみ仕事をしていない。売上げの主だったものは、社交界からのオーダーメイドやオートクチュールである。
社交界は国境を越えて広がっている。裕福な国の貴族や、王族相手に仕事をしているのである。だから、ロキシアがいくら貧乏でも、洋服店にはあまり関係がない。それに貧乏な国に店を構えることで、メリットがある。税金と土地代が安いのである。裕福な国の一流商業地に出店すれば、大衆相手には優位である。だが、それなりの土地代や税金がかかってしまう。イエスタデーランドのような、社交界相手の洋服屋はあまり場所にこだわる必要がないのである。あくまでも品質とブランドがものをいう世界だ。
この手の洋服店にとって重要なのは、王族や貴族からの注文である。注文が多ければ社交界での実績が増え、名誉や評判が上る。ブランド力も上る。評判を聞きつけた富豪や上流階級の者達が、さらにオーダーしていくという商売なのだ。王族との取引は、彼らにとっても望むところだろう。交渉を上手く運ぶ必要はあるが、計画を話せば融資してくれる可能性は高い。
「メイ! 紙とペンを出してちょうだい」
「は、はい、ただいま」
メイは厨房から返事をすると、婆やと一緒にロザリアの下に筆記具を持って現れた。それを受け取り、サラサラと紙に文字を書き始める。手紙である。
と、そこで不意にペンを押さえられた。手を出して来たのは婆やである。
「ロザリア様、自ら筆をお取りになることはありません。婆やが代筆いたします。内容を口で仰ってくださいませ」
「いいわよ、このくらい自分で書くわ」
「……いいえ、ダメです!」
いつになく婆やは強い口調だった。有無を言わせぬ迫力があった。というのも、エリシュの文字を他人に見せてはならないと思ったからだ。本物のロザリアはかなり癖の強い文字を書く。おそらくそれを覚えている者もいるだろう。手紙を書けば、少なくともレームリアと宰相には、筆跡がばれてしまう。字体が違えば怪しまれるかもしれない。婆やはそう思ったのだ。
「わ、わかったわよ。じゃあ婆や、お願い……」
「かしこまりました。ではどうぞ」
「えーっと……”イエスタデーランド モリス様 そろそろ秋の乗馬服が恋しくなる時節です。首を長くしてお待ちしています” ……こんな感じでいいわ」
婆やは、言われたままに手紙を書くと、メイドに直ぐに配達するように命じた。おそらく今日中に店まで届けられるだろう。
宰相が不思議そうな顔をしている。
「ふ、服でございますか?」
「そうよ。彼ならお金を貸してくれるかもしれない」
「ただの洋服屋に……そんな大金があるとは思えませんが」
「あら、宰相。貴男は街の洋服屋に行ったことはないのかしら?」
「……ございません。服は、その……妻が買いに行っておりますので」
「残念ね。洋服屋の商売のやり方を知らないのね」
「布を仕入れて服を作って売る、だけではないのですか?」
「アタリよ。本質が全然わかってないけどね」
「も、申し訳ございません……」
「今日はもういいわ。下がりなさい。明日にでも洋服屋が来ます。その時は貴男達も呼ぶから、ちゃんと予定を開けておくのよ」
「「はっ!」」
宰相とレームリアは、同時に小気味よい返事をして、ロザリアの居室を後にした。そして2人で執務室に戻ると、また話を始めたのだった。そう、ロザリアについての話である。
「……宰相様、ロザリア様は一体どうなされたんでしょうか?」
「わからん。だが、あの御方が儂やお前などより、よっぽど鋭く賢いことは骨身に染みてわかった。ここはロザリア様に賭けてみるしかない」
「で、ですが……初顔合わせの期日が迫っております」
「ふむ、初顔合わせもロザリア様なら、何か秘策をお持ちなのかもしれない……」
「そう、ですね。我々はあの御方の手足となって動くくらいしか、できないのかもしれませんね」
「それにしても、あの能天気でワガママおてんば娘がいつの間に……。”能ある鷹は爪隠す”という格言は本当だったのだな」
「ええ……まったくですね」
もはや宰相とレームリアには、悲壮感や焦燥感など微塵もなくなっていた。ロザリアなら何とかしてくれるかもしれない。そんな淡い希望が2人を包み始めていた。




