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第12話 門番事件

 エリシュと婆やは廊下へ出ると、人目を避けるようにして城の一番奥の部屋へと向かった。そこは本物のロザリア王女の部屋である。


 部屋への装飾豊かな扉を開けると、そこは前室になっていた。来客の控室だろう。2人のメイドが控えていた。


「ロザリア様、お帰りなさいませ」


 メイド達が深々と頭を下げて挨拶してきた。彼女たちのいつも習慣なのだろう。


 思わずエリシュは反射的に返事をしそうになったが、そこは口を噤んだ。王女にとってはいつもの事なのだ。いちいち「ただいま」などとは言わないだろう。それに「ありがとう」など感謝の言葉もないのだ。当然、メイドに返事をすることなどないだろう。


「お前たち、今日はもう下がりなさい。あとは私がやりますから」


 婆やは上手い具合に人払いをした。メイド達には、追々とこの”替え玉作戦”を知らせるとして、今はまだ早い。万が一ということがある。だから初顔合わせまでは、少なくとも口の堅い、それでいて気転の利くメイドだけに厳選する必要がある。


 前室を抜けて3枚ほど扉を開けて進むと、そこはロザリアの寝室になっていた。かなり広い豪華な造りになっている。天井も高く窓も大きい。灯かりもきちんと採れるようになっている。大きな暖炉にマントルピース、そしてシックな赤絨毯である。ベッドや家具なども、やはり庶民のそれとはレベルが違う。素人が見ても高級品とわかる。


 婆やはすばやく扉に鍵をかけると、エリシュを椅子に座らせた。椅子もまた一流の職人が造った逸品である。ふかふかしていて座り心地が天国である。


「少し冷や冷やしましたね……。ロザリア様が宰相以下の者に、礼を言うなどまずありませんでしたからね」

「そうなんですか? じゃなかった……そうなの?」

「王族とはそういうものです。配下の者は奉仕して当然の存在ですから」

「で、でも……」

「まぁ、そういう細かい点は多少ズレても大丈夫でしょう。それだけ貴男の見た目や声がロザリア様にそっくりなのです」

「……それで、これからどうしたらいいの?」

「初顔合わせまで、城外には出ないようにしてください」

「この部屋に引きこもっていればいいのかしら?」

「それではダメですね。まだ男言葉が抜けていません。城内を積極的に歩いて、兵士達や宰相、軍師やメイド達と積極的に会話してください」

「……会話? それはバレる危険があるのでは?」

「問題ありません。誰もロザリア様の事を詮索できる者はいませんし。むしろ、女言葉と立ち居振る舞いに慣れて頂くための訓練と思ってください。肝心なのは6日後の初顔合わせですから」

「う、うん」


 エリシュはここで重要な事に気が付いた。


「ええと……あの……」

「何ですか?」

「このままだと、本来のエリシュ=フォンマイヤーが、城内で行方不明って事になるんですけど……」

「何か問題でも?」

「大問題だと思いますよ? 着任したばかりの軍師が行方不明なんですから」

「新人軍師の1人など消えても、理由はいくらでも立つでしょう」

「ひ、ひどい」

「酷くなんてありませんよ。あの傍若無人に振る舞うの宰相に嫌気がさして、心が折れてしまった新人が脱走した。過去にも何件かありましたし、誰もが納得するでしょう」

「うっ……それだと我がフォンマイヤー家の名誉が……父が心配します」

「そうですね。わかりました、私から手紙を出しておきましょう。”エリシュは極秘の任務のため、わけあって姿を消している”と」

「ありがとうございます。乳母様の手紙があれば父も安心します」

「”乳母様”ではありません。”婆や”です」

「ご、ごめん……婆や」

「そう。それでいいのです」


 着任早々、憧れの軍師職を放棄させられてしまった訳だが、王家の乳母の密命とあらば、父も納得してくれるはず。エリシュはそう思って胸をなで下ろしていた。


 その頃、先輩軍師のレームリアは、未だに空っぽのエリシュの部屋を見てうなだれていた。


 やはり新人には厳しい洗礼だっただろうか。外から見れば栄誉ある軍師職も、実情はただの雑用係に過ぎない。メイドと事務職を足して2で割ったような立場である。しかも、城内の人間関係はボロボロである。そんな現状を見せつけられれば、希望と理想に燃えた若者が逃げてしまうのも当たり前だ。


 もしエリシュが残ってくれていれば、レームリアは軍師を辞めるつもりだった。こんな状態なら、実家の商の手伝いをしている方がマシだと思っていたのである。しかし、エリシュは逃亡、見事に当てが外れてしまった。


「こうなったら、倒れるまで働くしかないかな……タハハ」


 ぼそりと呟くレームリア。その背中には哀愁が漂っていた。


◇ ◇ ◇


 翌朝、目を覚ますと部屋には誰も居なかった。東向きの窓から強烈な朝日が射しこんでくる。あまりに眠り心地のよいベッドに、エリシュは二度寝の誘惑に駆られた。しかし、自分はきちんと城内を把握し、女としての立ち居振る舞いに慣れ、無事に初顔合わせを乗り切らねばならない。替え玉がバレてはならないのだ。そのための訓練を早朝から開始しなければならない。訓練期間は限られている。あと5日間しかない。


「さてと……。今日からあと5日間、俺はもうエリシュじゃない。ロザリアだ」


 颯爽とベッドから跳ね起きると、分厚い寝室の扉を開けた。


 ドアの先の前室では、メイド達が朝の支度に勤しんでいた。もちろんロザリア用の服から食事まで、全部寝室で済ませられるようにとの配慮である。


「ロ、ロザリア様、こんなお早い時間にどうされたのですかっ?!」

「お早い? ……今は何時?」

「ま、まだ朝の7時でございます。いつも寝室から出て来られるのは11時過ぎでしたので、お仕度が整っておりません。申し訳ございません!」


 メイド達が、必死になって頭を下げてくる。


 そう、本物のロザリアは朝が大の苦手である。午前中は寝ているか、起きていてもベッドの上でゴロゴロしているだけだ。活動は午後からが基本である。もう長年の習慣となっていたため、メイド達も彼女の時間配分に合わせて準備をしている。ロザリアが朝早く寝室から出て来る事など、緊急時以外はあり得ないのだ。


 一方のエリシュは、父と姉からの厳しい躾もあり、早起きだった。夜明けと同時に目を覚まし、訓練や勉学に勤しむ毎日だったのだ。午前中一杯寝ていることなど、病気の時以外はあり得ない生活だった。


(まずこの習慣から変えていこう。だらけて贅沢している王族と思われないようにしなきゃいけないな……)


「いいえ。今日の朝食は軽くでいいわ。スープとパン。それだけで十分よ」

「で、でも、そんな質素なものをお出したら……。どこかお加減でも悪いのですか?」

「そんな事はないわ。私はすこぶる元気よ!」

「いつも朝が苦手で起きられないロザリア様が……わ、わかりました。直ぐにスープとパンをご用意いたします」

「慌てなくていいわ。あなた達が準備している間、私は城内を散歩してくるから」

「ロ、ロザリア様が朝から散歩を……」


 メイド達がぽかんと口を開けて驚いていた。エリシュの想像以上に、ロザリアという人物はものぐさで城内の事には無関心だったのである。


 ――― ロザリアが早朝の城内を闊歩する。


 これだけでも異常な光景だった。すれ違うメイドや使用人達は皆、表情が固まったまま、動けなくなっていた。真夏に雪が降るが如く、これはまさしくロキシア城における珍事だった。


 極めつけはロザリアの挨拶である。メイド達にすれ違うたびに「おはよう、今日は良い天気ね」などと、親しげに声をかけまくっているのである。本物のロザリアは、メイドはおろか宰相に会っても挨拶などしない。自分に仕える者から気遣われることはあっても、自分が気遣うなどということは、一切しなかったのである。本人の気質もあるが、生まれた時からの育った環境によるところが大きい。


 一方エリシュは、どんな人物に会おうとも挨拶は決して忘れぬようにと、子供の頃から徹底的に叩きこまれていた。挨拶は人としての最低限の礼儀。その教えが骨の髄まで染み込んでいる。人に会って挨拶しないことなど、考えられないのである。


 城内を歩きながら、エリシュはふと昨日の門番たちの事を思い出していた。そう、あの見すぼらしいズボンの2人である。酒で汚れ、その上カビているのである。そろそろ強烈な異臭を放ち出す頃だ。もはや洗ってどうこうなるレベルを越えている。


 幸い、今自分は替え玉ではあるが王女という立場だ。門番にズボンを買い与えるよう、彼らの上官へ命令することくらいはできるだろう。そう考えて、まだ陽の低い爽やかな朝の空気を切り裂いて、城門へと急いだ。


 城門にはやはりあの2人が立っていた。ちょうど城門を開ける作業をしていた。


「ふあぁ~あ、眠いなぁ」

「今日も一日かったるいぜ」

「まったくだ。終わったらさっさと部屋に帰ろうぜ」


 門番2人は、相変わらずあの汚いズボンをはいていた。乱れた服装と同じく、やる気も気概も感じられない。国を守る誇り高い正規兵としての自覚も、どこへやらである。少ない給料のために仕方なく日々の労働をこなす。志の高い兵士が、そんな一介の傭兵へと見た目も中身も変化していったのである。


「あなたたち、その汚いズボンをどうにかなさい!」


 エリシュは前置きなしに話しかけた。場違いな服装の娘に、門番達は怪訝な眼差しを向ける。


「うん? 誰だおめぇは?」

「……わ、私のことがわからないのかしら?」


 エリシュは内心焦っていた。替え玉がバレてしまったのかと思い、心臓が高鳴っていた。だが、それは杞憂に過ぎなかった。門番は、雲の上の存在である王族の顔などあまり覚えていない。どうせ話す機会も接する機会もない。門を誰が通ろうが、基本的には自分たちより上の存在である。警戒すべきは外からやってくる不審者だけなのだ。それさえ通さなければ、仕事としては問題ないのである。


「あっ!? もしやロザリア王女様?」

「”もしや”ではありません。そのロザリアです」

「こ、これは、た、た、大変失礼いたしましたっ!」


 門番たちはいつになく慌てている。いや、慌てふためくといった方がいいかもしれない。何しろ、一生話すことなどないと考えていた王族、しかも王女に直接声を掛けられているのだ。


「……アレ? でも確か王女様は昨日馬で出て行ったっきり、お戻りになりませんでしたよね? 俺達、昨日は夜まで歩哨に立っていたんですが、乳母様と国王陛下、騎士団以外は誰も門を通りませんでしたぜ」


 もう1人の門番は、記憶力がいいようだ。ちゃんと通行人を覚えている。エリシュは再び言い訳を考えなければならなかった。さて、どうしたものだろうか。ここは軍師としての思案のしどころだ。と思っていた矢先、


「あっ、そうか! 王女様、抜け道を使いましたね?」


 どうやら城には定番の抜け道があるようだ。本来は、戦時に王を逃がしたりする秘密の脱出路であるが、この門番たちは知っているらしい。


「そ、そうよ。あの抜け道を使ったのよ」

「そうでしたかー。どおりで俺達の目にひっかからなかった訳だ」

「使ったのは東の抜け道ですか? それとも北の抜け道ですか?」

「ひ、東よ」

「それは骨が折れたでしょう。でもあの通路は国王陛下でも知らない道ですぜ。王女様がよくご存じで……」

「ぐ、偶然みつけたのよ。でも北の抜け道は知らないわね。教えてちょうだい」

「もちろんです。ささ、ご説明します。こちらへいらしてください」


 そういって、門番2人はエリシュに地面に屈むように言った。当然エリシュもいつもの男のノリで地面にしゃがんでいた。門番は城の見取り図を地面に描き始めた。これがまた詳しく把握されていて、ものの10分で全体像を掴むことができた。城の見取り図は基本的に国家機密である。万が一、城の詳細が外部へ漏れれば、軍事上の脅威となるからだ。もちろん、宰相や軍師であれば見ることができようが、今のこの国の状態ではまともに管理されているか、かなり怪しいものである。


 その見取り図をこの門番は、詳細に頭に入れていたのである。もちろん警備に必要だったからに違いない。だが、ここまで詳細に覚えているとは……。エリシュは内心舌を巻いていた。やる気のない連中だと見下していた自分を大いに戒めた。彼らはきっと本来、有能な者なのだろう。単にやる気が削がれて、腐ってしまっているだけなのだ。


「……で、ここが王女様が昨日通って来た東の秘密通路です。ちょうど王女様の部屋の下から、床をずらせば現れる道です。人が1名通れるかどうかの狭い入口なので、さぞ苦労されたでしょう」

「あんなもの、何でもないわ」

「へっへっへ、さすが噂に違わぬおてんば王女様です……あ、いや、これは失礼いたしましたっ! どうかお許しくださいませ」

「いいのよ。陰でそう言われているのは知ってるから」

「も、申しわけないです」

「それで、北側の抜け道は?」

「ここです……」

「ま、まさかここは……」


 門番が得意げに指差した場所は、なんと玉座だった。玉座の真下には階段があり、そこから北側の山中に抜けられる数キロに及ぶ通路があるのだという。


「あなたたち、よくこの通路を見つけられたわね? 玉座の下なんて普通は近寄れないでしょ?」

「へへへ。実は城の周囲を散策してて見つけたんです」

「どういうことかしら?」

「城の北側の山中に、使われてない古井戸を偶然見つけましてね……」

「古井戸?」

「人気のない場所に井戸があるってのもおかしな話でしょう? だからね、もしかしたらって思ったんですよ」

「なるほど、あなた結構考えてるわね」

「あ、ありがとうございます。えへへ。それでその井戸を辿って行ったら、玉座の下に出たって訳なんです」

「よくわかったわ、ありがとう。これからも城の警備をよろしくね」


 正規兵たちにとって、雲の上の存在であるロザリア。王女から最下層兵士である自分たちが、直接褒められたのである。門番たちは、天にも昇る気持ちになっていた。毎日上官に叱られるだけの日々である。そんな中で、ロザリアの褒め言葉は何よりやる気向上に繋がっていた。


 そして、国一番と言われている美女と今、自分たちは地べたに並んで座り、城の見取り図を見ているのである。傍から見ればシュールな絵だ。王族であるロザリアはもちろんだが、貴族でもそんなことはしないだろう。


「あなたたち、そのズボン、はいてて気持ち悪くないのかしら? ちょっと匂うわよ」

「そりゃあ俺達だって、気持ちいいもんじゃありませんよ。でも金が……」


 そう言いかけたところで、地べたに座り、話し込んでいるエリシュ達の後ろから大声が聞こえてきた。


「コラーーーッ! 貴様ら何をサボっている! 鞭打ちされたいのかっ!」


 声の主は門番達の上官である。きちんとした正規兵の服を着こなしている。髪型も整えられ、立派な剣を腰から下げている。上官の剣は明らかに配給品ではない。何しろ装飾として柄に宝石が散りばめられているのである。いくら正規兵の職位持ちでも、宝石を柄に埋め込んでアクセサリーにするほど、いい給与なのだろうか? エリシュは少し胡散臭さを感じていた。


「……あのうるさい声の主は誰かしら?」

「お、俺達の上官です」

「ふーん、いつもあんな感じなの?」

「そうです。暇さえあれば鞭打ちするぞって脅されてるんです」


 よく見れば門番2人の顔色が悪い。よほど上官が怖いのだろう。


「おい、聞いているのか! サボりは鞭打ち10回だ!」


 ピシン!


 上官の鞭が、エリシュ達が座っている地面の近くに叩きつけられた。


「ねぇ、私も鞭打ちの罰を受けるのかしら?」

「ああ? 女、お前は誰だ? 邪魔する者はまとめて鞭……打ち……だ……」


 言いかけたところで、上官の顔色が一気に青ざめていった。そう、ロザリアだと気が付いたのである。


「そ、そんな……こんなところにどうして王女様が!」

「ねぇねぇ、私も鞭打ちなの?」


 エリシュは嫌味たらしく、上官にわざと迫ってみた。


「い、いえ決してそんなことは、ござい、ませんです」

「この門番2人は、私の話に付き合ってもらっていたのよ。罰することはなりません」

「は、はいっ!」


 上官はエリシュに向かって敬礼どころか、額を地面に擦り付けて土下座していた。王政の国で不敬罪と認定されれば、問答無用で死刑である。この上官もそれを骨身に染みてわかっている。


「それよりその剣、すごく立派ねぇ。宝石の装飾なんて騎士団でもなかなかできないわよねぇ」

「い、いえ……これはただのガラス玉でございます」

「へぇ、そうなの? ちょっと見せてくれるかしら」


 土下座したまま上官は、オロオロと落ち着きのない様子を見せていた。明らかに何か後ろめたいことがあるのである。額から出た脂汗が地面に滴り落ち、大きなシミを作っている。


 エリシュは上官の剣を取ると、宝石を見定めていた。と言っても素人がその場でガラスなのか本物なのかなど、鑑定できる訳がない。だからカマをかけるのである。


「うーん、これ、本物の宝石よね? 宰相から倹約しなさいってお触れが出てたと思うけど……。あなた大分贅沢してるのねぇ」


 土下座したまま、顔だけこちらを向けている上官へ目をやると、死神に憑りつかれているのではないかと思うほど、悲壮な表情をしていた。この反応、間違いなく宝石は本物である。エリシュはそう確信した。


 そして、そっと上官に近づいて耳打ちする。


「今正直に言えば、宰相には黙っていてあげるわ……」


 まさに悪魔の囁きである。


 一方、上官はもう完全に観念していた。王女くらいになれば、宝石など毎日飽きるほど見ているに違いない。目利きも確かだろう。本物と見破られたら、絶対に出所を聞かれる。


 役職とはいえ、一介の正規兵に宝石を剣の柄に埋め込むほどの給料が出るわけもない。家が貴族並の富豪でもなければ、そんな私物を持ち込むことも考えにくい。そもそもそんな富豪なら、わざわざ正規兵になる者などいない。つまり、この上官は不正を働いて私腹を肥やしているのである。


「す、すみません……王女様」

「なあに? 今私は気分がいいのよ。安心して話してみて。大丈夫よ、全部揉み消してあげるから……フフフ」


 悪魔の囁きの波状攻撃である。最高権力者の娘である王女、しかもこの上なく容姿端麗な美女である。耳元で甘い言葉を囁かれれば、逃れられる者はそうはいない。


「わ、私は……部下68人の給与を半分抜き取っていました」

「ふーん、それで?」

「給与は毎月現金を手渡しするので、部下たちに渡す前に私が操作できるのです。申し訳ございません、つい出来心で……」

「出来心ね……そうね、人間誰しも魔が差すってことはあるものよね」

「は、はい! では見逃して頂けるので?」


 上官の顔がパッと明るくなった。エリシュを見つめ上げる目が嬉しそうだ。恩赦で無罪放免となることを願っているのだろう。


「そうねぇ、私もタダで見逃したら、お父様に怒られちゃうかもしれないわねぇ」

「そ、そんなぁー」

「とは言え、私が直に処罰するのもアレだし……わかったわ。これから5年間、あなたの給与を全額部下たちに配布することにしましょう」

「え……そ、それはさすがに」

「いいじゃないの。それであなたの首は繋がるし、私も後ろめたくない。そして部下たちも新しいズボンを買える。万事めでたしよ。何か問題があるかしら?」

「い、いえ……ございません。でも私も生活がありますので、無給というのはちょっと」

「あなたにはその剣の宝石があるじゃない。それを売って5年間しのぎなさい」

「はい……」


 上官は観念してぐったりとうなだれ、下を向いていた。一方で、彼の部下である門番2人は、せいせいとした気持ちの良い笑顔を浮かべていた。


「王女様、ありがとうございました!」

「それより、給与を貰ったらお酒なんて飲みに行かないで、ちゃんとズボンを買いに行くのよ? 私、この門を通る時にちゃんと確かめるから」

「「はい!」」


 門番は2人揃って元気の良い返事をした。覇気のないこれまでの顔とは全然違う、精悍な顔立ちになっていた。


 エリシュが城門を去ると、ショックを受けて地面に四つん這いで固まったままの上官を尻目に、話を始めた。


「……王女様、凄かったな」

「今まで門を通る時にチラッと見るだけだったけど、まさかあんな人だったとはな」

「美人だし、賢いし、正義感あるし、それでいて優しくて気さくで……何だか、あの人に仕えたいって思うようになるな」

「カリスマっていうのかな、ああいうの……」


 一方、エリシュはこれまでにない憤りを感じていた。倹約政治などと偉そうにやっているが、部下の管理もできていないのである。これではいつまで経っても国が傾いたままなのも当たり前だ。エリシュは、王女という立場を利用できる間に、なるべく国政に口を出そうと決心していた。


 軍師として国政を変えることもできる。しかし、今のロキシアでは、頑固でプライドの高い宰相を説得しなければ何もできないのだ。おかげでレームリアのような優秀な軍師も、ただの雑用係である。だが、王女という立場なら宰相を力でねじ伏せることができる。これはまたとないチャンスなのだ。あと5日間。僅かな日数だが、エリシュは国を変える策を考え始めていた。

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