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第11話 替え玉

 エリシュは、宰相にどやされるレームリアを気の毒に思いながら、城内巡回を続けようと足を踏み出した――― その時だった。


 突然肩を掴まれ、近くの倉庫のような小さな部屋へ引きずり込まれた。一体何事かと思ったが、筋力ゼロのエリシュは、成されるがままにするしかなかった。


 薄暗い小部屋の中でランプが灯されると、光の中に傷だらけになった婦人の姿が浮かび上がってきた。40歳代後半だろうか、初老というには若いが、酷く疲れた顔をしている。額に少し血が着いている。顔や首にひっかいたような傷がたくさんあるが、他に大きな怪我はしていないようだった。


 婦人は目を大きく見開き、ひどく驚いた表情をしていた。エリシュはこの人物を知らない。始めは不法侵入者だろうかと疑った。しかし、暗がりの中でランプの位置を正確に把握し、火を点けるその手際のよさから判断すると城の関係者だろう。よそ者が、いきなり押し入った暗い部屋で、短時間のうちにランプの位置を把握することは難しいからだ。


「あ、あのー、何か御用ですか?」


 エリシュは、驚愕の表情で固まっている夫人に尋ねた。


「……貴男、名前は?」

「エリシュ=フォンマイヤーと言います。本日付で新しい軍師として着任しました。どうぞよろしくお願いします」

「軍師……本日付……」


 婦人は、エリシュの挨拶を聞くと、何やら考えているようだった。腕を組み、部屋の中をせわしなく歩き始めた。


「えーっと、すみません、まだ不慣れなもので……失礼ですがどなたですか?」

「私はロザリア様の乳母、育ての親です」


 それを聞いて、エリシュは一気に冷や汗が出た。王女の乳母ともなれば、城の中では相当高い身分である。いってみれば王族に次ぐ身分だ。しかもロキシア王妃、つまりロザリアの母は娘を産んで直ぐに亡くなっている。実質的には、育ての親である乳母が国王に次ぐ身分のようなものである。少なくともエリシュはそう理解していた。


「も、申し訳ございません。そんなご身分の高い方とは知らず……」

「かしこまった挨拶は不要です。それより貴男にお願いがあります」

「お願い、ですか?」

「貴男は今、ロザリア様がどのような状況か知っていますか?」


 王女の状況といえば、婿取りの話である。国王の思い付きとはいえ、隣国の貴族を婿に迎えるのだ。しかも金持ちである。資金も期待できる。


「確か、お婿さんを迎えられるとか……」

「知っていましたか。それなら話は早い。単刀直入に言いましょう、王女様は今行方不明です」

「えっ?! 散策に出掛けられたと聞きましたが……乳母様はご一緒だったのではありませんか?」

「その散策先でトラブルに巻き込まれ、行方不明になりました」

「それは一大事ですね、急いで宰相様へ知らせましょう!」


 エリシュはドアを開けて小部屋を出ようとしたところで、腕を掴まれ、再び部屋の中へと連れ戻されてしまった。


「そうです、これはもう国の一大事なのです」

「ええ、ですから宰相様へ……」

「ダメです。宰相に知らせたところで、遅まきに捜索隊が出るだけです」

「ええ、ですから探せばよろしいかと」

「それでは間に合いません!」

「何に間に合わないのでしょうか?」

「初顔合わせ、つまりはお見合いです」

「お、お見合いですか……だったら延期して頂くようにすれば」

「それは難しいでしょう。このお見合いは、普通のお見合いではありません。国と貴族の面子をかけたものです。延期などしたら、外交問題にも発展しましょう」


 乳母の言葉は重く、エリシュを納得させるだけの力があった。


「では、どうしたらよいのでしょうか?」

「エリシュ=フォンマイヤー、貴男にロザリア様の替え玉になって頂きます」

「ええっ!? 私は男ですし、ロザリア王女の代わりなんて無理ですよ、ハハハ。乳母様もご冗談がきつい……」


 すると乳母は目を見開いて、エリシュを壁に押し付け、ポニーテールにしていた髪を解き、手持ちの櫛で梳き始めた。


「ほら、貴男はどうみても女性にしか見えませんよ。しかも……ロザリア様に瓜二つです。乳飲み子の時から長年育ててきた私が保証するのです、貴男ならできます」

「そ、そんな!」


 エリシュの頭には、ギルの前で女装した苦い思い出がよみがえってきていた。調子に乗り過ぎた結果が、どんなに惨い結果になるか、もう永遠に封印したい気持ちだった。


「初めて貴男を見た瞬間、驚きましたよ。ロザリア様が城に戻っていらしたのかと思いました……。背格好から目の色、髪質や髪の長さ、体型、すべてが生き写しです。それほどまでに似ているのですよ。双子と言っても差し支えないくらいです」


 エリシュは、男装するために入った洋服店の女性店員に、妙な質問をされた事を思い出していた。確か「ロザリア王女か?」と尋ねられたのだった。あの時は、何のことかまったく理解できていなかったが、乳母が言った台詞でようやく辻褄が合った。


「……双子、といえるほど似てるのですか?」

「ええ、国王陛下でも見抜けないでしょうね。何しろ、声までそっくりなのですから」


 確かに顔、つまり骨格が似れば声の質も似てくるという。だが、エリシュは男でロザリアは女だ。いくら声質がそっくりと言っても、誤魔化し切れるものだろうか。


「で、でも……」

「問題ありません。困ったことがあれば、すべて私がフォローしますから」

「王女の替え玉になって、一体私は何をすればよいのですか?」

「簡単です、特別なことはありません。初顔合わせの場で、お相手と適当に話を合わせてくれさえすればいいのですよ」

「は、はぁ……会話をすればいいだけなんですね?」

「そうです、それがこの国を救うことになるのです! 新米軍師の任務としては、十分やりがいのある仕事だと思いますよ」


 乳母は一気にまくし立てた。エリシュは、”国を救う”というキーワードに反応し、一気にやる気が漲っていた。


「でも、そのお見合いだけでいいんですよね?」

「そうです、それを乗り切っている間に、ロザリア様を探索しますから問題ありませんよ」


 ニッコリと笑う乳母の笑顔に、エリシュはすっかり不安も薄らぎ、その気になり始めていた。自分のなりすましによって、外交問題を解決できる……安い物だ。しかも国のナンバー2である王女の乳母、たっての願いである。これほど心強い援護射撃はない。


「わ、わかりました、やってみます」

「ありがとう、軍師エリシュ。心から感謝いたしますよ」

「ではこの事を、宰相様と国王陛下にお伝えしなければなりませんね」

「それはいけません!!!」


 乳母は突然大きな声で、エリシュを制した。


「ど、どうしてですか?」

「敵を欺くにはまず味方からと言うでしょう?」

「ま、まぁそれはそうですけど……」

「それに、男達は信用なりません。やはり女の秘め事は女だけで解決すべきです」

「でもそれだと捜索隊が出ませんよね?」

「……捜索隊は既に出ています。私の配下の捜索隊を出しています。どうせこの城には、騎士や兵士を捜索に投入する余力なんてありませんからね」


 乳母ことロザリアの婆やは、大嘘をついていた。エリシュを城内で目撃するまでは、素直に盗賊団に襲われたことを話すつもりであった。そして、ロザリアは連れ去られてしまったと一芝居打つつもりだった。だがこの奇跡の男子、エリシュ=フォンマイヤーと出会ってしまった。突然目の前に現れた、ロザリア王女の生き写し男子である。そこで咄嗟に悪知恵が働いたのだった。


 ロザリアは両足を骨折する大怪我である。治るまでには相当時間がかかるだろう。どちらにせよ、初顔合わせは確実に延期になる。もしも、婿である金持ち貴族の機嫌を損ね、国を挙げての戦争となれば、ロザリアを匿っている山間部にまで戦火は拡大するだろう。そうなれば、治療に専念することができない。今は何としても時間稼ぎが必要なのだ。


 怪我さえ治ってしまえば、ロザリアを連れて隣国のエスーニャに抜けることができる。エスーニャの親戚に身を寄せることができれば、こちらのものである。それに今、捜索隊が出て騒ぎ立てられるのは都合が悪い。万が一、ロザリアが見つかるようなことがあれば、計画はぶち壊しになってしまう。


 一方のエリシュは、不自然に思いながらも、レームリアの言葉と行き過ぎた倹約政治のことを思い浮かべていた。倹約をし過ぎて、騎士も兵士も不足しているという話だ。いくら王女を探すためとは言っても、城を護る兵士まで捜索隊に割き続けるのは難しいだろう。


 それに、兵士を投入して大捜索を始めれば、当然城外に噂が広がってしまう。もし、”ロザリア王女は行方不明”の情報が他国へ流れれば、それこそ外交問題に発展しかねない。他国に付け入らせる隙を見せてはならないのだ。


 それにこの乳母である。私設の捜索隊を持っていてもおかしくはない。きっと秘密裏に捜索できる地元の者がいるのだろう。エリシュは、そう推測して納得することにした。


「はい、では乳母様に従い、任務を果たしてみせます!」

「”婆や”です」

「……はい?」

「ロザリア様は、私のことを”婆や”と呼びます」

「婆や、ではこれからどうしたらいいでしょうか?」

「まず敬語を止めることです。ロザリア様が敬語使うのは、父上の国王陛下にだけです」

「と言われても、どういう感じで話せばいいですか?」

「……そうですね、ロザリア様はフランクな方です。友人に話す感じで結構です」

「友人、ですか」

「もちろん男言葉は禁止ですよ」

「わ、わかりました。ロザリア様は、どういうご性格なんですか?」

「やんちゃでワガママ、気さくで肩肘張らない快活な方です」

「なるべく近づけるよう頑張ります」


 エリシュは内心、この大役が自分に務まるかどうか心配だった。だが、女子になりきるのは初めてではない。皮肉にもギルとの女装デート経験が、かなり役に立つことになったのだ。


「城の中での立ち居振る舞いは、特別なことはありません。普段家で寛ぐ感じで結構です」

「そ、そうですか……」

「では、身なりを整えてしまいましょうか」


 婆やは、そういって部屋の中にあった大きな衣装ダンスを開けた。そう、よく見ればこの部屋は衣裳部屋だったのだ。


 迷わず青い薄手のナイトドレスを取り出すと、婆やはエリシュの体に当てる仕草をした。


「まぁ、やっぱりサイズもぴったりね……。これなら袖丈の直しも必要ないわ」


 婆やは直ぐにエリシュの服を脱がせた。男物の服の上下である。もちろん下着もしっかり男物だ。


「あぁ、そうよね。下着も女性ものに換えましょう」

「ええっ! し、下着もですか!?」

「そうです、万が一ということがありますからね。それに私以外のお付きのメイドが、どこかで見るかもしれません」

「わ、わかりました」


 エリシュはもう婆やの言葉に従うしかなかった。ここまで来たら、任務のためだと割り切るしかない。女性の下着を着けることに大きな抵抗を感じながらも、着替えることにした。


「自分で換えますから大丈夫です」


 と言うのと同時に、婆やはそそくさとエリシュの下着を剥ぎ取っていた。


「あら、やっぱり男子でしたのね……。あまりにロザリア様にそっくりだったので、もしやと少し疑っていましたが」

「あ、当たり前です!」


 エリシュは恥ずかしさから逃れるために、素早く女性用の下着をはいた。だが、収まりが悪い。何ともいえない不安と窮屈感がある。


「ま、まぁ、収まりが悪いようですが、その点はおいおい考えていくとしましょう」

「はぁ、なるべく早くお願いします……。あと上はどうすればいいんでしょうか?」

「そうですね、念のため着けておきましょう」


 エリシュには胸などない。痩せた男子そのものだ。引き締まっているとは言えないが、ほんのりもうしわけ程度の胸筋があるだけだ。総じて洗濯板である。


「ちょっと待って!」


 そう言って婆やが持ち出したのは、綿だった。つまり、”詰め物”である。これで何とか胸の起伏をかさ増しして誤魔化すのである。


 グイグイと綿を詰められ、それなりに見られる体型にはなった。だが、着けているエリシュからすると違和感がかなり強い。そして違和感の極みは靴だった。踵が高い。生れてこの方、踵の高い靴など履いたことがなかった。自分の足首が折れるのではないかと思った。普段履いている靴と比べると、ほとんど爪先立ちである。こんな状態で歩けるものか、そう感じていた。


「こ、これ……足が凄く疲れるんですけど」

「少し我慢すれば、そのうちに慣れます。辛抱しなさい、あなた軍師でしょ!」


 軍師とヒールは関係ないだろう、と思いながらも、これも任務の一環だと信じてエリシュは耐えることにした。


「次は、髪型ね……」

「よ、よろしくお願いします」

「これ以降、敬語は使わないこと。どこで誰が聞いているかわかりませんので」

「はい……じゃなかった、うん、わかった」

「それでよろしいのです、ロザリア様」


 婆やは、乱れていたエリシュの髪を櫛で丁寧に梳かしていく。これまで手を抜いて伸ばし放題だったエリシュの髪は、腰近くにまで達していた。だが偶然にもそれは、ロザリアとほとんど同じ長さだったのである。


 髪を梳かし、細かい枝毛を切り揃え、丁寧に全体を整えていく。婆やの手際はまるで街の美容師のようだった。


「あの、婆やは髪の扱いが上手いですね……じゃなかった、上手いわね」

「ええ、もちろんですよ。ロザリア様が生れてからずっと、婆やはこの髪を梳かしてきたのですからね」

「そ、そう……街の美容師といい勝負よ」

「あら、ロザリア様は街の美容師の腕前をご存じなのですか?」

「う、うん……」

「そうですか、婆やの腕前も玄人レベルということで、自信を持っておきますね、ウフフフ」


 エリシュは、婆やがあまりに自然に話しかけてくるので、まるで自分が本当にロザリアであるかのような、不思議な錯覚にとらわれていた。


(この人の演技力は凄いな。頭の回転もさることながら、なりきり具合が半端じゃない。俺も負けてはいられない。ギルを騙した時みたいに、徹底的になりきってやる!)


「さて、ロザリア様、今からするお話には頷くだけで結構です」

「う、うん」


 エリシュの髪を梳かしながら、婆やは声を潜めて話を始めた。


「散策中、ロザリア様と私、そして兵士4人は盗賊団に襲われました」

「う、うん……」

「兵士4人はロザリア様を守り、殉職しました」

「……うん」

「私もこの通り怪我を負いましたが、大した怪我ではありません」

「うん」

「ですがロザリア様は、盗賊団に連れ去られました。今はもう異国におられるでしょう」

「えっ!?」


 さすがのエリシュも、これには驚きの反応を返さないわけにはいかなかった。次期女王が盗賊団に拉致され、異国へ連行されているのである。何としても直ぐに取り返さなければならない。国の威信にもかかわる大事だ。


「ですが、ロザリア様には付き添いの者をつけております。盗賊団も手が出せないでしょう。詳しい理由はお話できませんが……」

「うん」

「ということで、この件に関しては、徹底的にこの婆やと口裏を合わせてくださいませ」

「うん、わかったわ」


 もちろん婆やは嘘をついている。盗賊団に襲われたところまでは本当だ。しかし、ロザリアが怪我を負って自分の実家に匿われているという部分を、盗賊団に託けて誤魔化していたのだ。婆やとすれば、エリシュがとにかく時間稼ぎをしてくれさえすればいい。本物のロザリアの怪我が治ったら、自分も一緒にエスーニャの親類の家へ身を寄せるつもりだったのだ。


 話し終わる頃には、エリシュはロザリア王女に変化(へんげ)していた。部屋にあった姿見を覗いてみると、エリシュ自身も驚くほどの高貴な人が立っていた。当然、自分の姿だが、思わず見惚れてしまうほどだった。


「これは……予想以上にロザリア様そっくりですね……。正直、乳母の私でさえ見た目だけでは、区別ができないかもしれませんねぇ」

「そ、そう? バレないように頑張るわ」


 替え玉の王女ロザリアの準備が整うと、婆やに手を引かれて城の中を歩き始めた。ナイトドレスとハイヒール姿である。ロザリアのいつもの夜の格好だ。だが、今日は歩き方がぎこちない。それはエリシュがハイヒールに慣れていないからである。


 長い廊下を歩き角を2つほど曲がると、そこは会議室だった。ノックをしてドアを開ける。会議室には宰相とレームリア、そして数名の兵士が集っていた。


「ロザリア王女っ! お帰りになっていたのですね!」

「え、ええ……」


 エリシュは、目を血走らせ、口角に泡を吹きながら迫って来る宰相に気圧されてしまった。先日の口頭試問の嫌な記憶がよみがえってきた。


「随分と遅いお戻りでしたが、何かございましたか?」

「それは私からご説明しましょう」


 と、婆やが一歩前に出て、盗賊団に襲われ兵士4人が殉職したことを話した。そして擦り傷だらけの顔を指差し、自らも軽い怪我を負ったことを説明した。


「ったく、だから散々私が申し上げたでしょう! 婚礼前の大事な体なのですから、散策など止めてくださいと」

「え、ええ……ごめんなさい、私も悪かったわ」

「おや、今日はやけに素直でございますな、ロザリア王女」


(まずいな、ロザリアはもっと生意気に反抗するやんちゃな感じなのか……力加減がわからない)


「私の直ぐ目の前で、4人もの兵士が命を落としているのです。しかも、私のワガママから出た犠牲です。反省しない訳はないでしょう?」


 エリシュは少し喰ってかかるような、そして強い口調で言ってみた。


「ふふん、ロザリア王女も兵士の命の重さをご理解頂けるようになりましたか。少しは成長しましたな」

「宰相様、さすがにそれは無礼なおっしゃりようかと……」

「ゴホン、これは失礼。私も大人げなかったですな。初顔合わせまでは、決して城外にお出にならぬよう。万が一、ご出席できないような事があれば、相手の面子を潰すことになります。どうかその辺をよくよくお考えください」

「わ、わかってるわよ! 出ればいいんでしょ、出れば!」


 エリシュは精一杯の演技をしてみた。勝手に描くロザリア像だったが、違和感があったら、正体がバレかねない。正体がバレたら、ただでは済まないだろう。そう思った途端、背中に冷たい汗が流れる。


「頼みましたよ」


 意外にも普通に会話が終了した。宰相は元より、レームリアも兵士達も誰一人、怪訝な顔をしている者などいない。むしろ皆、いつもの王女が無事に帰還して安心したという表情をしているくらいだ。


(まったくバレてないようだな。女装した俺とロザリア王女って、さぞかし激似なんだろうな)


「ロザリア様はお疲れですから、もう寝室にお戻りになられます」

「わかりました。あと1週間、きっちりと体を休め、体調を整えておいてください」

 

 あの宰相が、深々とロザリアことエリシュに頭を下げている。エリシュは申し訳ない気持ちが一瞬湧き上がったが、直ぐに打ち消した。自分は今、ロザリアなのだ。完全に王女になりきらなければならない。強い使命感が、惑わす感情をすべて打ち払った。


「ではごきげんよう」


 さらりと高飛車なトーンで挨拶をし、婆やに手を取られながら退出する。


「おや? ロザリア王女、本日は歩き方が少しいつもと違うようですが、どうかなされましたか?」


 レームリアが不意に会話に入ってきた。さすがは軍師である。観察眼は人一倍優れている。いつものロザリアの様子をよく覚えているようだ。


 一方のエリシュは、心臓がドキンと跳ね上がり、脈拍が急上昇していた。この質問を上手くかわさないと、大変なことになる。まさか「ヒールが初めてで」と正直に言うことなどできない。チラリと婆やの方を見ると、彼女も不意の質問に回答を考えているようだった。


「ええ、ちょっと散策で足を挫いてしまってね。大したことはないんだけど、少し薬が必要かもね」


 エリシュは言葉遣いに気を付けながら、慎重にそれらしい言葉を返してみた。正直、レームリアの反応が怖かった。


「そうでしたか。では、直ぐに薬を持たせますので、しっかり治療なさってください」

「ありがとう、レームリア」


 レームリアが驚いた表情をしている。それを見たエリシュは、ますます鼓動が激しくなった。まさかバレてしまったのだろうかと、警戒心を高める。婆やは、感情を悟られまいと無表情に徹していた。


「王女様からまさか御礼のお言葉を頂けるとは、光栄でございます」


(ロザリア王女は普段、礼など言ったりしないのか。もっと高飛車で生意気な感じなのか。疲れるキャラだな。俺にはちょっとできそうもないぞ。よし、ここはひとつ前向きに考えてみよう。少しずつ生意気ワガママお姫様キャラから、優しいお姫様キャラに変化させていこう。兵士4人殉職の件は、いいきっかけと口実にもなるし……)


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