最終夜
「団長? どうしたんだ団長!」
ガレスの言葉に、グラースは意識を取り戻す。
慌てて立ち上がる。だが体はふらつき、力が出ない。
毒か…。グラースは紫色に変色する右腕を見てそう判断した。
きつく右腕を縛り、毒がこれ以上体に流れるのを少しでも防ぐ。
「大丈夫だ。さぁ戻ろう」
「い、いやだけどよぉ」
「何、少し疲れただけだ。どちらにしろここにいてもどうにもならない。少しでも早く戻って休む方が、早く治る」
グラースの言葉をガレスは承諾するしかなかった。
明らかに異常があり、無理をしていることは分かっていた。だが、ここにいてもどうにもならないことは事実だった。
二人は肩を貸し合い、重い体を引きずるように歩き出す。
少しでも早く友軍のいる場所へと戻る、それだけが二人の生き残る方法だった。
進む、進む、進む。ただ一心不乱に歩く。無理にでも体を動かし歩を進める、それだけだった。
「はぁ……はぁ……」
「おい、団長大丈夫か? 少し休んだ方が……」
「いや、今は少しでも進むんだ。分かっているだろう」
「あ、あぁ」
グラースの顔に浮かぶ確固たる意志。生きるためのその意志は、戦いへと投げやりに赴いていたガレスには無い者だった。
それを見ているだけで、ガレスの胸はなぜか締め付けられる気持ちになる。生きるということを、その支えている手から、その心から感じる。全身でガレスはそれを受け取っていた。
自分に足りなかった何かを、今その身を持って教えてくれている。生きるということ。
後少し、もう少し……。
だが、そんな二人の希望は容易く打ち砕かれた。
周囲を囲もうとする気配、そして物音。
森の影からチラリと見えた緑色の動く影。間違いなく、ゴブリンだった。
ガレスは息も絶え絶えとなっているグラースを、木に寄りかからせて座らせる。この人をこんなところで死なせたらいけない。ガレス自身も始めてのその思いに戸惑いを隠せなかった。
だがそれでも、守らないといけない。……いや、守りたい。その思いに従い、ガレスは動いた。
周囲を囲む気配は、徐々に近づいてきている。段々と距離を狭めているのであろう。
ガレスはすでに先の戦闘で折れかけている大剣を構え直した。
重い。
始めて、そう感じた。
そして次の瞬間、一斉に矢が飛んでくる。
ガレスはグラースを庇おうと、剣を振るう。
「うおおおおおおおおお!」
一本足りともその矢を通さない。必死に剣を振る。倒すためではなく、守るために。
大剣が重い。相手を斬るためならば良かった。だが、何かを守るためには適していなかった。だがそれでも必死に剣を振った。
ただただ、一心不乱に。
そして気付く、前方で何かがキラリと光った。
魔法だ! ガレスは咄嗟にそれに合わせて剣を、重い体を動かす。
飛んで来た炎の塊を、ガレスは大剣で抑え、防ぎ、捌き、耐えた。その代償は、へし折れた大剣と焼けただれた左腕だった。
「ははっ、丁度いい長さになったじゃねぇか!」
強がりではなくガレスは素直にそう思っていた。
一気に近距離へと詰めて来ていれば、相手が勝っていただろう。だが、先程のガレスの戦い振りを見て、遠距離から削る作戦へと変えていた。そしてそれが、長期戦をもたらしていた。
ガレスは折れた大剣で、矢を撃ち落とし、魔法を捌き、グラースを守り続ける。
だが敵を倒す味方もいない状況、当然のようにガレスは限界へと至った。
まだ、まだいける。そう自分を誤魔化し戦い続けた体は、休息を求めていた。
ガレスの意思に反するように、体は前屈みになり、そして膝をついた。
「立て! 立つんだ! まだ終わってねぇ!」
ガレスは自分の膝に喝を入れるように叩く。
そんな好機を、ゴブリンたちが逃す理由は一つ足りともなかった。
自分目掛けて飛んでくる視界を埋め尽くす矢に魔法。ガレスは膝をついた状態で、懸命にそれを斬り伏せ、捌き続ける。
捌き切れない。そう判断したガレスは、グラースへと覆いかぶさった。せめてこの人だけでも守りたい。そう思うガレスに残された最後の方法だった。
「私のために、済まない」
耳元で、たった一言。そう残した。
次に気付いたとき、ガレスは無理矢理引っ張られて位置を交換させられていた。
守ろうと思っていたグラースに、守られたのだ。
「団長! 駄目だ!」
ガレスの声にグラースは笑って応えた。大丈夫だ、任せておけ。
そんな笑顔だった。
そして、グラースの背に矢と魔法が浴びせられた。
間断なく、激しく、攻撃は続く。
だがグラースは鋼鉄の塊になったかとでも言わんばかりに、ガレスを庇ったまま動かない。
ガレスの頬には、涙が流れた。
「頼む! 誰か! 助けてくれ! 俺はいい! 団長を!」
攻撃をされていた時間は、そう長い時間ではなかった。だが、ガレスには永遠とも思えていたその攻撃が止む。
何が起きたのかが、最初ガレスには分からなかった。
だが、そんなガレスの腕を掴む人。そして、グラースの前に立ちはだかる人物たち。
「団長! 御無事ですか! ガレス、良く耐えた! 全隊攻撃! 一体足りとも近づけるな! 殲滅せよ!」
「エイナス……副団長……」
そこで、限界に達していたガレスの意識は落ちた。
「はっ!」
目を覚ましたガレスは周囲を見る。そこは王国にある病院だった。
どうやら意識が落ちたまま、ここまで連れて来られたらしい。
自分の体を見ると、全身は包帯だらけだった。全身は熱を持ち、重く、痛みが消えない。軋む体を抑えつけ、ガレスはベッドから立ち上がった。
ガレスにとって、自分の怪我などという些事はどうでも良かったからだ。
「団長!」
「落ち着け! ここは病院だぞ!」
無理に立ち上がり大声を出すガレスの前にいたのは、副団長のエイナスだった。
エイナスは立ち上がっていたガレスの肩を抑えつけ、ベッドに座らせた。
「安心しろ、団長も生きておられる。先に目を覚まされている。お前の意識が戻ったことを伝えて来る。お前はそこで大人しくしていろ」
ガレスはその言葉を聞き、胸を撫で下ろした。
あの状態で二人とも生き残れたなんて、奇跡だと言っても過言じゃない。本当に良かった、素直に今はそう思えた。
そして水を飲み一息ついた時、エイナスが戻ってきた。
「来い、団長がお前に会いたいとのことだ」
「おう、分かった」
ガレスは意気揚揚とエイナスの後ろを付いて行く。かなりの無茶もしたが、団長を助けられた。それだけで心は一杯だった。
そしてエイナスは扉の前で止まった。どうやらこの部屋らしい。
エイナスは扉を開き、先に入る。ガレスもそれに続いた。
「ガレスを連れて参りました」
「あぁ、ありがとう。無事で何よりだ、ガレス」
「もう駄目かと思ったけどな、お互い命があって……」
ガレスの言葉はそこで止まった。
確かに団長も自分も生きていた。だがその目に映るのは、右腕を失ったグラースの姿だった。
「あ……あぁ……」
「ん? ……あぁ右腕のことか。どうやら毒で右腕は手遅れだったらしくてな。斬り落とすことになった。まぁ今お前も言ったが、命があって良かったと言うものだ」
なぜこの人は笑っているのだろう。なぜそんな顔をして自分を見れるのだろう。
腕を失った騎士団長? それがどういうことか、ガレスにでも分かる。
……なのに、この人は自分を責めることもなく、笑っているのだ。
グラースはそんなガレスを見て、ふぅっと一つ息をついて話し始めた。
「……あまり自分を責めるな。なるべくしてなっただけだ」
「なるべくして!? 何言ってるんだ! 腕一本失ってんだぞ!? 俺なんて助けなければ良かった! 騎士団長とこんなやつの腕のどちらが大切か、そのくらい俺にだって分かる!」
「はははっ、確かにそうだな。どう考えても、お前の方が大事だ」
グラースは顔色一つ変えずに、当然のことのように言った。
それを見て、ガレスは胸が苦しくなる。この人はこんなにも、自分の事を買ってくれていたのだと、やっと気づいたのだ。騎士団長の腕一本を代償として。
その余りにも大きい代償に、ガレスは膝をつき地に臥した。もう顔を上げることすらできず、ただ泣いた。
そして十分ほど経っただろうか、泣きじゃくるガレスの肩にエイナスが触れた。
「泣いていてどうする、お前に必要なことは泣いていることか? 騎士団長がその腕をかけてまでお前を守った。その意味を分かっているのか?」
エイナスの言葉に、ガレスはハッとした。
そう、泣いている場合ではない。もう泣いていることも、蹲っていることも許されない。それ程に大事なものを、自分に託したのだ。
ガレスは腕で涙を拭い去った。そして立ち上がり、真っ直ぐにグラースを見た。
「俺……、私に10年。いえ、5年くれ……ください」
「……その5年でどうするんだい?」
「必ず、グラース騎士団長の次に優秀だったと言われる将軍になります。それまでの間、自分をあなたの右腕の代わりにしてください。どんなことでもやり遂げます」
「……エイナス、傷が治り次第。このクソガキを鍛えてやってくれるか?」
「仰せのままに」
グラースはベッドから立ち上がり、ガレスの胸を軽く叩いた。
「いいか、私の次じゃない。私より優秀な将軍となれ。私はお前ならそれが出来ると分かっている」
「必ず……必ずなります!」
少年はこのとき、本物の騎士としての一歩を歩き始めた。
そして少年は偉大な騎士となり、将軍となり……三代目の勇者となる。
ガレスは後に、救えなかったという無念のままに死を遂げる。
だが、グラースによりガレスへと引き継がれた意思は、守るということ、生きるということは。確かに、引き継がれていった。
そしてその意思を引き継いだ者が全ての呪いを終わらせる。ガレスが救えなかった勇者をも救った。
彼の孫が、最後の勇者が、ガレスの無念を晴らす。
その全ては、偉大なる三代目勇者ガレスがあってこそのことだった。
FIN




