第三夜
翌朝。
夜間の襲撃は行われずに無事に朝を迎える。
50人の部隊は、この場に10人を残し予備兵力とする。そして残りを30人と10人の二つの部隊に分けて、グラースの率いる第一部隊と、機動性で奇襲を仕掛ける第二部隊とした。
そして、偵察班より連絡のあったゴブリンの拠点へ向かうことにした。
しかしそこで第二部隊の隊長より提案が為された。
「ガレスは私の部隊に入れるつもりだ。新入りなのだし、そちらに入れても扱いきれないと思うが…」
「いえ、ですが彼の実力は団の者は皆知っています。こちらにも戦力を振って頂けた方がいいかと思われます」
グラースは第二部隊隊長の、その提案を退けることはできなかった。
奇襲部隊として、ガレスの戦力が役に立つことは分かりきっていたからでもあり、その実力を隊の皆が認めてくれていることを喜んでもいたからであった。
ゴブリンは量は多くとも、質ではこちらが上。問題ないはずだと、グラースは承諾した。
部隊は進行を始める。深い森の中に進むため、馬は陣地に残し進むことになった。
幾分進んだころだろうか、偵察に出していた兵が戻ってくる。
「報告致します! この先の開けた場所からゴブリンたちは動いていないようです」
「報告ご苦労。警戒を怠らず前進する。第二部隊はここから別行動をし、敵を側面から攻撃してくれ」
「了解致しました」
第二部隊は別行動のため、第一部隊から離れる。その中にガレスの姿もあった。
グラースは咄嗟にガレスへ声をかけていた。
「ガレス、決して無理をしないようにするんだ」
「あぁ、分かってる。だがいけるようなら全部ぶった切っちまってもいいんだろ」
気負うことなく、笑ってガレスは去っていった。
頼り甲斐がある。それと共に、不安も隠せない。初の実戦の場、無事にことが終わるといいのだが…。
そこでグラースは気づく。ガレスに気をまわしすぎているということに。
自分に子供が入ればこんな風に思うのかもしれない。一回り程度しか違わない若き騎士相手に、そんなことを思ってしまう。
そのことがおかしく、グラースの口元には笑みが浮かんでいた。
そして気を引き締め直す。敵はもう目前に迫っているのだから。
第一部隊は敵を目視できる距離へと接近していた。
森の中で戦うのは不利であると判断し、開けた場所に割り込む形で戦端を開くことにする。
そのために、できる限り気づかれない様に近づく必要があった。
だが、ゴブリンたちは警戒をしていない。恐らく油断しているのだろう。グラースはこれを好機ととった。
一気に距離を詰めて、攻撃を開始する。
グラースの合図を待ち、部隊は突撃態勢をとる。
深く息を吸い、少しでも心を落ち着ける。
そして意を決したように号令をかけた。
「全軍突撃!!」
「うおおおおおおおお!!」
グラースたち第一部隊の突然の攻撃により、ゴブリンたちはパニック状態に陥っているのが分かる。
その機を逃さずに、開けた場所で陣を展開する。理想の展開だ。
更に、そこに第二部隊の突撃が開始される。ゴブリンたちは逃げ惑う者、何とか応戦しようとする者。
だが混乱状態にある彼らが対応しきれるものではなく、瞬く間にその数を減らしていく。
ガレスが勇猛果敢に敵を切り倒していく姿も見える。杞憂だったかと、安心をする。
だが気を緩めてはいけない。
「いいぞ! だが警戒は怠るな! 前衛と後衛は入れ替われ! 陣形を整え直すんだ!」
そこで、微かに森の奥で蠢く影に気付いた。
何だあれは? 何かが動いた。数が増えている。距離を詰めてきている!
「攻撃やめ! 全員第一部隊に合流! 何かいるぞ!」
グラースの指示に慌て、全員は下がり隊列を整える。
隊列が整ったころ、蠢く影の正体が分かった。
それは、大量のゴブリン。その数はおよそ300。
まずい。 質では勝っているとはいえ、数に差がありすぎる。
グラースの決断は早かった。
「全軍撤退! 陣営まで下がるぞ! 森を出た場所で迎撃をする!」
援軍が来ることが分かっている以上、ここで多くの犠牲を出すことは得策ではない。
即座に撤退行動を開始する。
「殿は私がやる! 全軍隊列を乱さずに急ぎ後退しろ!」
「お待ちくださいグラース団長。殿は我々第二部隊が引き受けます。機動性で勝っているので、撤退も容易です」
一瞬、第二部隊の隊長に何か違和感を感じる。だが、迷う暇はなかった。
「分かった。ならば第一部隊は私に続いて下がるぞ! 殿は第二部隊が行う!」
素早い判断による撤退で、部隊は陣営まで滞りなく下がり陣形を整え直す。
だが、殿を務めていた第二部隊の戻りが遅い。
すでに小一時間が経っている。
グラースが斥候を出すか悩んでいたころ、第二部隊9名が森から姿を現した。
「よくやってくれた! 一度下がって小休止をとった後に戦線に復帰してくれ! 他の者は警戒を怠るな!」
ん? 9名? 気づく。気づいてしまった。一人足りない。そして足りないのは…ガレスだ。
「ガレスはどうした!」
「申し訳ありません。敵の追撃を凌ぐのに精一杯でして、新兵の動きまでは把握しておりませんでした」
にやにやと笑う第二部隊の面々。グラースは気づく。ガレスはハメられたのだ。
一瞬、怒りにその身が包まれそうになる。だが、今はそれどころではない。
「部隊は即時撤退をできるように展開。援軍が来るまで決して攻勢にでるな! 私はガレスを連れ戻しに行く!」
「団長! 新入り一人にそのようなことを…」
グラースは全てを無視し、すでに森へ走り出していた。
隊を率いる者としては失格だろう。だが、新兵を置き去りにした者はどうだ? そいつらに劣る人間になりたいとは思わなかった。
走る。来た道を戻り、ガレスを探す。そして叫び声を聞く。あそこだ、まだ戦っている。
足に力を込め、更に速度を上げてグラースはその場を目指した。
辿り着いたその場所にあったのは、夥しい死体。そして木を背に、荒い息を整えようとしているガレスの姿だった。
「ガレス! 無事か!」
「あぁ? このくらいでやられてたまるかよ」
全身は傷だらけで、自慢の大剣は折れている。
それでも、生き延びていた。
「良く生き延びた! 急いで戻るぞ。動けるか?」
肩を貸すグラースの手を退けることもなく、ガレスは素直に捕まる。プライドの高い彼が素直に受け入れるということは、予想以上に疲弊をしているのだろう。
「団長が新入り一人にかまけて戻っちまっていいのかよ」
「ははっ。これでは団長失格だな。だが助けれる人間を見捨てるのも、団長失格だとは思わないか?」
「物は言いようだな」
二人は笑いあいながら、急ぎ戻ろうとする。
そこでグラースの視界に一匹のゴブリンが目に映る。手に携えているのは弓矢。
ガレスは気づいていない。
咄嗟に呪文で迎撃しようとするが、間に合わない。
ゴブリンの放った一本の矢は、ガレスの胸に向け真っ直ぐに飛んで来る。
「ガレス下がれ!」
グラースはガレスを押しのけ、その矢を己の右腕で受けた。
『雷よ、落ちろ!』
グラースの放つ雷が天より飛来し、弓を持つゴブリンを絶命させる。
「お、おい! 大丈夫か!」
「慌てるな、右腕に矢を受けただけだ。さぁ、今の音で追手が来るかもしれない。急いで戻るぞ」
グラースの態度にガレスはほっとする。
だが、次の瞬間。グラースの体がぐらりと揺れ、倒れた。




