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第二夜

「なぁ! 助けてくれよ! 誰か!」


 その言葉は届かない。


「誰でもいいんだ! このままじゃ母さんが死んじゃうんだ! 誰か助けてくれ!」


 誰にも、その言葉は届かない。



 ガレスは目を覚ます。頬は涙で濡れていた。


「くそっ」


 悪態をつきつつ、涙を拭い体を起こした。

 無力で母を守れなかった幼い自分。助かったはずの母を邪魔だと見捨てた人々。嫌な記憶だけが反芻していた。

 強くならなければいけない。誰も助けてはくれないのだから。


 騎士団長グラースに倒されてから三カ月。今日こそはと大剣を握り、ガレスは気合を奮い立たせた。




 訓練場。

 そこでは今日も剣戟の音が鳴り響く。

 戦っているのはガレス。相手はグラースだ。

 あれから三カ月、毎日のようにガレスはグラースに挑戦し続けていた。

 もちろん騎士団長であるグラースは毎日相手をすることはできない。そういう日はエイナスに挑み、やられていた。

 その狂気にも満ちた戦闘意欲に、彼にちょっかいを出そうとする団員はいなかった。

 だが、彼を疎ましそうに見ているものもいた。


 そして夜、今日も勝つことはできなかったガレスは壁を背に倒れ込んでいた。


「あんでだ。あんで勝てねーんだよ!」

ガレス(・・・)、私は騎士団長だぞ? 私がそう簡単に負けるわけにはいかないだろう」

「うるせぇ! 気安く名前で呼ぶんじゃねぇ!」


 実際のところ、グラースは最初の余裕はなかった。

 素手で御すことはもうできず、剣を使って戦っている。何より、ガレスの剣グラースの剣を学んでいた。

 猪突猛進で突っ込んでくることはなく、間合いを測っている。ただ力任せに振り回していた剣も、精錬されていっている。問題があるとすれば、あの大剣だ。

 ガレスは決して体格が悪いわけではないが、その身に大剣は持て余している風に見える。

 恐らく一般的な剣に変えれば、すでにグラースと対等にやりあえる可能性がある。

 だが、大剣を捨てろとは言えない。


 あの大剣はガレスの攻撃的な本能の象徴であり、あれを捨てればその剣に落ち着きが現れるかもしれない。

 だがそれは、自分の意思であの大剣を置いた場合に限る。

 彼自身の手で、その憎しみを相手にぶつける象徴としてしまった大剣を置かなければならない。

 それはグラースの口出せることではなく、ガレスに任せることしかできなかった。


「団長、もう一回だ」


 ガレスがそうグラースに声をかけ、グラースがそのタフさに感嘆していたときだった。

 訓練場の扉が勢いよく開け放たれた。


「失礼いたします! 騎士団長はこちらにいらっしゃいますでしょうか」

「穏やかじゃないな。一体どうした?」

「小規模ですが、魔族の侵攻が確認されました! その数、恐らく100以上とのことです!」

「ふむ」


 魔族の侵攻。当然迎撃しなければならない。だが、タイミングが悪かった。

 ちょうど兵の配置を見直していたところで、通常の業務や警備に残す人材も考えると、すぐに動ける人数は50がいいところだったのだ。


「仕方ないか。エイナス、動ける人員を選出してくれ。すぐに出る」

「かしこまりました。しかし、いいところ50名ほどだと思いますが」

「分かっている。先行隊として50名で被害を食い止める。増援の人員を纏めて、エイナスが後から率いてきてくれ」

「なるほど。そちらもすぐに準備を始めます」

「頼んだ」


 エイナスと報告にきた者が訓練場から連れだって出ていく。

 グラースは先程から静かになっているガレスを見る。実戦と聞いて緊張でもしたのかもしれない。可愛いところもあるもんだと。

 だが、それは勘違いだった。

 ガレスは、燃えるような目をして大剣を見つめていた。その目は爛々と輝いている。


「実戦か。ついに実戦に出れるんだな」


 危険だ。グラースは即座にそう判断する。だが、今の状況で戦力を削るわけにもいかない。


「ガレス、お前の腕には期待している。だが決して無理はするな。指示には従え。お前一人の行動で全体が危険に及ぶこともある。分かっているな」

「あぁ、分かってる。全部ぶった切ってやるよ」

「ガレス!」

「分かってる。俺だって死ぬつもりも、他を巻き込みたいとも思ってねぇ。出来るだけ生き残って、出来るだけ斬りたいからな」


 その返答に一抹の不安を覚えながらも、その言葉を信じるしかない。

 どうせなら緊張でもしていてくれたら、可愛げがあったのだが。しかし、ガレスはこれでいいと思う気持ちもある。

 その実力を十二分に発揮できる状況を作ってやることも、団長としての務めだと思う。

 グラースはガレスに準備をするよう申し付けると、自分も準備のために慌ただしくその場を後にした。

 

 夜、厩舎に怪しげな人影を見つけ通りがかったグラースは声をかける。


「お前達、こんな夜半にどうしたんだ?」

「だ、団長。明日のために馬の手入れを万全にしておこうかと」


 ガレスにもこれくらいの可愛げが欲しいものだ。だがそれは無理なことかと溜息をつく。


「そうか。心がけは悪くない。だが、無理はせずに休むように」

「はい!」


 グラースがその場を去ると、彼らも厩舎から離れる。

 だがグラースは見落としていた。そこで馬の世話をしていた団員は、今日の担当の者ではなかったということを。




 そして明朝、50名の部隊を纏め上げてグラースは国を出て北西に向かう。

 報告のあった魔族の侵攻を食い止めるために。


「団長、敵はなんだ。前線基地を抜けてるとは普通じゃないが」

「調査したところによると、こないだの戦闘の際に大多数のゴブリンが逃げるのを目撃している。恐らくゴブリンリーダーが纏めた部隊が抜けて、合流したのだろうということだ」

「はっ。へぼばっかりだな」


 ガレスは楽しそうに答えている。

 実際の戦場でも気負うことなく動ければいいのだがと、どうしても必要以上に心配をしてしまう。


「いいか。指示には従うこと。一人で突っ込んだりはするなよ」

「わーってるって。団長は俺の親父かよ」

「ははっ。団員は全員私の家族だからな」


 グラースの顔はガレスには眩しかった。自分といいとこ一回りしか違わないはずなのに、なぜここまで違うのだろう?

 だが尊敬すると共に、疎ましさや後ろめたさも感じていた。

 なぜそんなことを感じるのかは分からない。昔より覇気が落ちているのだろうか。

 ガレスは深く息を吐き、力を込め直した。油断するな、弱気になるな、相手を倒すことだけを考えればいい。

 しかしそれでも、余計なことばかりを考えてしまう。ガレスはもやもやとした感情を抱えたまま行軍していた。


 そして夕方。

 報告のあった森に部隊は到着した。


「本日はここで野営する。襲撃に備えてしっかりと陣を組め。それと偵察班を2班作り、森の中を偵察してこい」


 グラースは忙しそうに全体に、そして各個に指示を与えている。

 ガレスは新入りということもあり、本日はしっかりと休むように命を受ける。


 新兵を纏めたテントで、ガレスに近づく者はいない。その実力を知っていることもあるが、何より恐れていた。自分達に絡んでくるかもしれない。そう思われることはしょうがなかった。

 そしてガレスもそれをよく知っていた。だからこそ、テントには戻らなかった。

 近場の木に腰を掛け、毛布を被る。明日は実戦、その気持ちがガレスを昂ぶらせる。

 この森の先に敵がいる。そう意識をすることで、より精神が高まっているかのように感じた。

 興奮、不安、色々なものが頭をよぎる。中々眠れぬまま、ガレスはその夜を過ごした。

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