第一夜
訓練場から聞こえる怒声と罵詈雑言。
「何の騒ぎだ?」
たまたま訓練場の前を通り、その騒ぎを聞いた騎士団長は副団長に問う。
金色の髪をオールバックにした若き騎士団長グラース、若くしてその出で立ちには貫録があった。
「恐らくスロフォードでしょう。私が行きます」
スキンヘッドの頭を撫でながら、副団長のエイナスは困った顔をしながら答えた。
団長は副団長の言葉に、首を横に振る。
「いや、私が行こう。最近スロフォードの苦情が私のところに何度も上がってきているからな」
グラースの言葉に、エイナスはただ頷き従った。
訓練場の扉を開けると、中には倒れている数名の騎士団員。そしてその中央には新入りが立っていた。
「なるほど。これは凄まじいな」
グラースは中央の若き青年を見る。
その体に、背丈に近いほどもある大剣を手には持っていた。
「スロフォード、これは君がやったのかね」
グラースの言葉に、スロフォードはギロリと目を向ける。
よく見れば全身は血だらけで、その姿と相まって殺気すら感じる。まるで野生の獣だなと、その目と姿を見てグラースは思う。
「もう一度聞こう。これは君がやったのかね?」
「だったら何か文句でもあんのか!」
グラースの言葉にスロフォードは反発する。戦闘後で昂ぶっていることもあるのだろう。
だがその言葉にエイナスが反応し、グラースの前へと出る。
「騎士団長殿に何て口の聞き方だ! ちゃんと質問に答えぬか新入り!」
副団長であるエイナスの言葉に苛立ったのか、スロフォードは全身でこちらを睨みつけてくる。
これは問題になっているわけだと、グラースは困り顔で若き騎士を見た。
「こいつらが俺にイチャモンつけてきやがった! それで返り討ちにして何が悪い! 文句があるならそれ相応の実力をつけてこいって教えてやったんだろうが!」
「ふざけるなよ新入りが…」
スロフォードの言葉に、倒れている者たちはうめき声を上げながら悪態をつく。
グラースは溜息をつき、今度は倒れている者たちに声をかけた。
「スロフォードの言う通りなのか? だとしたらお前達も問題があると思うが」
騎士団長の言葉に、団員たちは慌てて首を振る。
「違いますよ! こいつがいきなり剣を振りまわしてかかってきたんです! 咄嗟のことに対応できずにこうなったんです。悪いのは全部その新入りですよ!」
「あぁ!? ふざけてんじゃねーぞ! 肩がぶつかっただ目つきが悪いだなんだと、お前らが文句を言ってきたんだろうが!」
グラースは目を瞑り、一呼吸考える。
そしてそこにいる者達に告げた。
「私はその場にいたわけではない。だからどちらが正しいかは分からない。よって今回のことは不問とする。怪我をした者たちは治療にいけ。スロフォード、お前は少し残れ」
「あんで俺だけ残らされるんだ! 第一俺は悪くねぇ! こいつらが俺に――」
「スロフォード! 団長のお言葉に従えぬのか!」
エイナスの言葉に、スロフォードは不服そうな顔をしながらも従うことにした。
そして怪我をした団員たちが出て少し経ったのを見計らい、グラースは話始めた。
「怪我はどうだ」
「こんなの怪我にも入らねぇよ」
確かに、彼の体を見るとそのほとんどは返り血のようであり、多少の打撲以外の怪我は無いようであった。
「なら良い。だがもう少し自分を抑えるんだ。売られた喧嘩を全て買ってどうする。流すことも覚えるんだ」
グラースの言葉で、スロフォードの少し熱の引いた頭にはまた急激に熱が昇る。
「なんで悪くねぇ俺があんなやつらに気を使わないといけねぇんだ! 黙ってボコられてろって言うのか!」
「お前のそういう態度にも問題があると言っているんだ。騎士として和を尊ぶ心を持て」
「仲良く手を繋いで魔族を倒せるとでも思ってんのか!」
「彼らは魔族ではない。共に命を懸けて国を守る仲間だ」
スロフォードは嘲笑する。
その態度をグラースは不思議に思った。なぜ笑い出したのかと。
「仲間? 仲間ってのは新入りにイチャモンつけて、訓練と嘯いて多数で斬りかかってくるのか。魔族よりきたねぇんだな、仲間ってやつは」
「そうではない。誠心誠意接して入れば、思いは伝わる。仲間が仲間と戦うなんて、そんな悲しいことをするべきではない」
「それは俺じゃなくてあいつらに言ってやれよ。お優しい騎士団長殿」
「確かに彼らにも問題があったのだろう。だがお前も変わらなければならないと私は言っているのだ」
二人の会話は平行線だ。騎士団長の言葉はスロフォードには綺麗ごとにしか聞こえていない。それに気付いているエイナスは溜息をつく。
グラースは、この若き青年に何かを伝えようと言葉を紡ぎだそうとする。
だが考えるよりも先に、口から言葉が滑り出した。
「スロフォード、君は騎士とは何だと思う」
こんなことを言うつもりではなかった。だが口はそれを聞くべきだとスロフォードに問いを投げかけた。
「強くあることだ。弱かったら何もできねぇ。ただ強く、誰にも負けない。それが俺の目指す騎士だ」
「それでは、あまりにも悲しいではないか。きっとお前も本当はそれを分かっているはずだ。だからこそ、そんなに荒れているのだろう」
「出て来る言葉は綺麗ごとのオンパレードか? くだらねぇ。そんなに俺に言うことを聞かせたいなら、その剣で俺を従わせろよ」
苛立ったスロフォードは、その大剣をグラースへと向けた。
それにエイナスは慌て割り込もうとしたが、それを制したのはグラースだった。
「分かった。お前のその鬱憤を晴らせるのなら、相手になろう」
「団長!」
「エイナス、お前は下がっていろ」
スロフォードは、きょとんとグラースを見る。まさか受けるとは思っていなかった。
大体の相手はスロフォードの巨体に恐れを為すか、下らない言い訳をして多数で襲い掛かってくるやつしかいないからだ。
「おもしれぇ。俺が勝ったら二度と綺麗ごとを吐くんじゃねーぞ」
「約束しよう。もし私が勝ったら、私の言ったことをよく考えて欲しい」
「勝てたらな!」
その言葉を最後に、スロフォードはグラースが剣を抜くのを待った後に、その大剣をグラースへと振り下ろした。
「うらああああああああああ!」
目の前に巨大な岩が落ちてくる。そう感じるほどの圧力のある一撃。
だが、グラースはそれを冷静に下がり避ける。そしてそのまま一気に間合いを詰め、左手でスロフォードを殴りつけた。
初撃を避けられると思っていなかったスロフォードは、大剣を戻すことも間に合わずに殴られ吹っ飛ぶ。
何とか倒れずに体勢を立て直し、スロフォードは叫ぶ。
「ふっざけんな!! 手加減のつもりか!」
「そうだ。自分の実力をしっかり理解するんだ」
「うるせぇって言ってんだろ!」
スロフォードは何度も斬りかかる。だがそれを防ぎ、捌き、弾く。彼の剣はまるで届かない。
何度も何度も倒され、何度も何度も立ち上がる。
数時間後、スロフォードは大剣を杖代わりに立っていることがやっとになっていた。
「スロフォード、お前の剣には攻撃しかない。その大剣を選んだ理由もそうだろう。だがそれではいけない。間合いをしっかりと考え、攻撃だけでなく守備も重視するんだ」
「だま…れ」
肩で息をし、すでに動くことすらできなくなっているスロフォードにグラースは近づく。
対応しようとするが、大剣をすでに持ち上げる力すらなくその動きを睨みつけることしかできない。
「立っているだけでも大したものだ。だが、そんな戦い方では長生きできないぞ」
グラースは拳を振り上げ、スロフォードの顔に思い切り叩きつけた。
なすすべなくその一撃を受け、スロフォードは沈む。
「くそが」
最後に捨て台詞を残し、スロフォードは気を失った。
「やれやれ。エイナス、治療の手配を頼めるか」
「すでに連絡済みです。それにしても驚きましたな」
「あぁ、ここまでやるとはね。そりゃそこらの団員じゃ相手にならないわけだ」
新入りにも関わらず、スロフォードの実力は抜きんでていた。
恐らく、グラースとエイナス以外では手に負えないほどに。
だがその剣には獣のような野生しかなく、人としての理性は感じられなかった。
守りを考えずに大剣で先に仕留める。攻撃力を重視した上での武器の選択だったのだろう。
「これで少しは変わってくれるといいのだがね。彼は今後の騎士団を左右するほどの実力を秘めている」
「そう簡単に人は変われません」
エイナスの言葉に、グラースは納得しつつ溜息をついた。
そして、ぶつける場所を探しているかのように暴れていた若き青年ガレス=スロフォードを見て、グラースは少し悲しい目をした。




