運命なんて知るものか!
一人の少年が荒野を歩いていた。
一点のくすみもない銀色の髪。薄氷を透かす湖の青はその瞳の色。その少年は冬という季節が人の姿を取ったようだった。
一歩一歩、確かめるようにゆっくりと歩む彼の左手がくんと引っ張られる。慣れた感触に無意識に手を引っ張り上げ、しかる後に傍らを見下ろす。その目が温かさにふわりと溶けた。
少年の傍らには一生懸命に歩く女の子がいた。十一、二歳の少年に比べて五つはくだるだろうか。黒い髪に黒い瞳、少年とちょうど対極の容姿である。しかし幼くともその容貌の秀麗さは際立っており、将来はたいそうな美貌の持ち主になるだろうと思われた。
「大丈夫か?」
少し休むか、と問う少年の気遣いに、いましがたつまずいて転びかけた女の子は首を振った。だいじょぶ、と舌足らずに答え、少年の手を引っ張って歩き出す。
少年は年に似合わぬ苦笑を閃かせ、再び歩き始めた。
* * *
女の子の足に合わせてどれだけ歩いただろうか。
小高い丘の上で少年は立ち止った。
女の子も足を止め、少年を見上げる。少年はじっと前を見つめていた。
起伏がほとんどない荒野で、その視線の先にあるのは砂色より少し薄い色だった。
「着いた……〈無能者〉の町、ケルファイ……」
ぽつりとつぶやく。その手がぐいと引っ張られた。
「おにーちゃ、あそこ……!」
子供なりに切迫した声が注意を促す。少年は一瞬女の子を見下ろし、それからその小さな手が指差す方向を見透かした。それはちょうど町の方。
少年の目が水面のように揺らめき、彼ははっと息をのんだ。
「魔物!」
叫ぶと同時に足元の少女を抱き上げ、地面を蹴る。一跳びで丘から降り、駆け出す。それはまさしく風のような速さで、一跳びごとにはっきりと町の様子が見えてきた。
町のはずれで土煙が上がっている。そこからぐいと頭をもたげたのはミミズの化け物のような巨大かつ長大な生き物だった。
砂蛇。この世界の約二十パーセントを占める荒野に住み着く肉食の魔物である。小さいものは数十センチくらいで自分より小さな魔物を食べるのだが、大きいものは二百メートルを超す長大さで、人を好んで食う。荒野に住む中で一番身近で厄介な魔物である。
普段は土の中に潜み、発達した聴覚で獲物を探すのだが、獲物が少ないときには群れて町を襲うこともある。ケルファイを襲っているのはまさにそうして群れになった砂蛇達であった。
「シャルナー、しっかりしがみついてろ!」
女の子に声をかけると、逆の手で剣を按ずる。彼の体には不釣り合いに長い剣を、しかし少年は慣れた様子で一息に引き抜いた。
ケルファイの町は大変な混乱に陥っていた。
この町は「力なきもの」たちが次第に身を寄せ合うようにしてできた無能者の町だ。魔物を撃退できるような力の持ち主はなく、ただ複数の魔法具や魔導具を使うことで魔物から身を守ってきた。
しかし、今回町を襲った砂蛇達は数が多すぎる。とても魔法具が足りず、とうとう町の端に侵入される。
「負けるな、一匹ずつ確実にしとめるんだ! ……うわぁ!!」
一匹の砂蛇が大きく頭をもたげ、遊ぶように石造りの家に頭から突っ込んだ。大きな音と砂煙が上がってその家は耐え切れずに倒壊する。けれどその砂蛇はこたえた様子もなく再び頭を上げ、人一人くらいゆうに丸呑みできる大きさの口をざわざわと動かした。町の人々から恐怖の悲鳴が上がる。
魔法具を手にした自警団は必死で砂蛇達に攻撃を加えるのだが、その巨体には大して堪えた様子もなく、長大な身を意外なほど素早く動かして町に深く侵入しようとする。
「だ、だめだ……効かないっ!」
「う、うわあああっ!」
逃げるものに、砂蛇が牙をむいて襲いかかろうとした時。
突如その首が――あるいは胴が何者かに切断された。
「……えっ……!?」
直径四メートルはあろうかという胴が地響きを上げて地面に落ちる、そこにもう命はなかった。
助かった町の者は信じられないとばかりにその死体を凝視した。赤い血を流す切断面はきれいなもので、とてもこの町にある魔法具によってできたものとは思えない。無能者はもともと魔力をもたない突然変異なので、魔法具もそれほど力を発揮できないのだ。
呆然とする町の者の耳に「ギィィイイ!!」という不協和音が刺さる。はっと見ると、もう一体の砂蛇が首あたりから血を流し、頭をのたうたせていた。そしてその首から剣を引き抜くものもはっきりと視界にとらえる。
「子……供……!?」
砂蛇の胴を蹴って手近な屋根に飛び移った少年はさっと目を走らせ、砂蛇に接近しすぎている町人がいないことを確認した。一刀両断に殺した奴を除き、残るは八体。
全て殺すには時間がかかりすぎるかもしれない、と一瞬迷った。砂蛇が耳をつんざくような声を発したのは同時だった。
「あっ……しまった!」
短く舌打ちをする。荒野と同じ色だった砂蛇達の胴がみるみるうちに金属的な輝きを帯びた。――砂蛇の厄介なところはその巨大さと同時にこの皮膚硬化能力にある。皮膚を硬化させてしまうと、並みの斬撃も魔法もさっぱり効かなくなるのだ。
腕に抱く女の子の耳に入らないくらいの音量で悪態をつくと、少年はもう一度地面に視線を走らせた。目的の物を見つけ、果敢に応戦していた一人の自警団員のそばに飛び降りる。
「加勢、痛み入る旅の人!」
「硬化状態八体を短時間で仕留めるのは無理だ! 結界を張って追い出す! その魔導具を貸してくれ!」
礼の言葉をよこした青年は一瞬の半分ほど迷って――魔導具は高価なのだ――自分が使うより効果的だと判断し、握りしめていた親指の先ほどの石を少年に渡した。少年は女の子をおろして青年に頼むと、借りた石を左手に握り、似たような石を連ねたネックレスの鎖を引きちぎる。緋色、新緑、黄金、蒼碧、濃紫、透明。六つの石が地面に転がる。
「危ない――!」
きらきらとした輝きに誘われたように一体の砂蛇が少年に頭を向けた。思わず青年は叫ぶが、少年は目を閉じたまま微動だにしない。彼を頭から食おうと砂蛇は牙をむいて迫る――けれど、それは玲瓏たる響きとともに現れた壁によって妨げられた。跳ね返った衝撃に砂蛇の頭が反り返る。
地面に無造作に転がっていたはずの六つの石がほのかに明滅しながら浮かび上がる。正確に円状になったその軌跡に添って壁ができ、少年を囲む。その外套が風をはらんではためき始めた。
「これは……」
青年が感嘆とも驚愕ともつかぬ声を発す。
それを契機としたように少年がゆっくりと目を開けた。薄い青だったはずの目はその強さを増し、より深く、より鮮やかに輝いている。貫くほどの強さで砂蛇達を見据え、少年はよく通る声で吟じた。
「天と地とその狭間に住まうものに我は乞う。牙もつもの、血をすすり肉を食むもの。疾く退け、この地に再び災禍及ばぬことを、我が名にかけて求める!」
まずは誓願。少年の言葉に応えるように石はますます光を増し、砂蛇はその輝きをいとうように後退し始めていた。それでもエサのある場所から去りがたいのか、なかなか荒野に帰ろうとはしない。
彼我の差もわからないのか、と小さくつぶやき、少年は自らの剣を地面に突き刺し、いよいよ結界の構築にかかる。魔導具の力を借りているとはいえ相当な早さであり、そこにこの少年が只者ではないということが如実に示されていた。
〈其は硬にして鋼、阻み、よどませ、守り、弾くもの。妨げたるは牙。拒みたるは刃。天地をつなぎて斥け、狭間に在りて盾となれ! 我は拒む、我は厭う、我は否定する! 六花の玉響、凛麗の陽炎、残光の限りを果てとなせ!〉
光が爆発した。
紡がれた力ある言葉が天と地とその狭間に在る精霊たちに働きかけ、契約のもとに力を発揮する。放射状に広がった力の壁にぶち当たり、砂蛇達の巨体が弾き飛ばされた。それも先ほどの比ではなく、完全に浮いた巨体が町から百メートルも離れた場所に落下する。
その間も力は放たれた言葉に忠実に従い、町と災厄をさえぎるため、ドームのような形で凝固し見えない壁となって町を囲んだ。砂蛇はようやく、自分たちが相対していたのがとんでもないものだと知ったのか、結界に向かってくることなくあわてた様子で地面に潜って消えた。
少年は地面の震動を探り、砂蛇達が本当に去って行こうとしているのを確かめてから地面に突き立てた剣に手をかけた。しかしそこで邪魔が入る。
「ちょっと待ってくれ、それを抜いても大丈夫なのか? 結界が壊れちまうんじゃ……」
先ほどの自警団員だった。女の子を抱え上げながら心配そうな表情を作る彼に、少年は安心させるように笑いかける。
「大丈夫、砂蛇達はもう去って行ったし、これは力を借りただけで、結界の要じゃない。要はこの魔導具だ。――貴重な魔導具を貸してくれてありがとう。おかげできちんとした結界を作れた」
青年が安堵したのを見てとり、少年は今度こそ剣を引き抜いた。彼が剣身についた汚れを丁寧に拭い取り、鞘に収めるころには、ほかの自警団員らしきものたちが続々とあたりに集まり始めていた。
女の子が体をすくめ、じたばたと暴れて青年の手から逃れる。そのまま彼女はとたたっと走って少年に飛びついた。彼女は大人とあまり接したことがないので、人見知りをしているのだ。
女の子を再び左手に抱え上げた少年は手を上げ、口々に説明を求め、称賛するものたちを落ち着かせる。姿かたちこそ子供だが、これは見かけどおりの歳ではないと思い知らせるにはその落ち着きと、動作だけで十分だった。
何人もの大人を相手にしながらまったくひるむ様子もなく、少年は堂々とした威厳さえにじませる。
「俺はクィル・オーフィス、この子は妹のシャナ。ケルファイには用があってきた。こんなことがあってすぐで気が引けるのだが、誰か町長に会わせてもらえないだろうか」
町長の家だと案内されたのは町の中心部の二階建ての石組の家だった。ベルに応じて出てきた家人と玄関で軽くやり取りがあり、ほどなく応接間に通される。そこには白いひげを伸ばした老人がちょこんと座っていた。対面にある木造りの長椅子をさし。
「座られよ、オーフィス殿」
クィル・オーフィスと名乗った少年は軽く頭を下げ、先に女の子を椅子に座らせ、そののちに自分も座った。女の子はまじまじと目の前の老人に見入っている。
「私はケルファイの町長でヨークという。町を救ってくれたことに礼を言う。本当にありがとう」
家人か他の誰かから話を聞いていたのか、ヨークはまず真っ先に礼をした。クィルは一呼吸おいて。
「顔を上げてほしい、オン・ヨーク。その力があるものとして当然のことをしたまでだ。……それに、砂蛇が町を襲っているのに先に気づいたのは妹だ。この子が気づかなかったら、たぶん、被害が出てしまっていた」
「それはそれは……ありがとうな、小さな見者」
ヨークが少し腰を曲げ、目線を合わせて女の子に誠意を示したのだが、そこは相手が子供。知らぬ人がいきなり話しかけてきて驚いたのか、女の子はぴょんと長椅子から飛び降り、その影に逃げ込んだ。
「シャナ! ……すまない。妹はその、年を取った方を見るのが初めてなんだ」
「ああ、なるほどな……。それは、こんなしわくちゃのじじいがいきなり出てきたら驚くだろうて。すまなんだな」
申し訳なさそうに苦笑する。椅子の裏から目だけ出し、女の子はそんな老人に興味深そうに見入っていた。その視線にさらされているわけでもないのだが、居心地が悪そうにする少年にヨークは笑いかけた。
「かまわんて。何事にも興味を持つ年頃じゃろ? ……そういえばオーフィス殿、そちらは二人でこの荒野を……?」
尋ねると、クィルは今度こそ苦笑した。
「子供の二人旅に見えるだろうが、オン・ヨーク。この子は確かにまだ五歳になったばかりだが、俺はその十倍生きている」
どう多く見積もっても十を一つ二つ越えたくらいにしか見えない少年の言葉にヨークは括目した。力あるものたちはその力の大きさに比例して寿命が長く、また老化も遅いと聞くが、その成長が止まるのは十代後半から二十代にかけて。それ以下では体が完成しておらず、戦闘を行った時の反動が体に負担を強いるからだ。
であるのに十一、二になるまで五十年ほどもかけるとは。
「もしや、そなた、エルフ族か?」
「生粋じゃない。両親がどちらも混血だった。だから、俺たちにも約半分、その血が流れているな」
銀髪に碧眼、人をはるかにしのぐ魔力保有量と千年にもわたる寿命を持つ種族、エルフ族。その外見からもしやと思ったことは半分当たっていたらしい。
「ほうほう……こういってはなんだが、我らの目からはずいぶん奇異に見えるな」
「それはお互い様だ、オン・ヨーク。俺やこの子の目からしたら、年を取る者の方が奇異だ」
歯に衣着せぬ反撃を食らい、ヨークは声をあげて笑った。彼は当年で八十、魔力を持たぬ民の寿命は百そこそこと短いのだが、魔力ある民の寿命はまちまちで、おおよそが二百年といわれる。その中でもさらに力あるものは千、あるいは万という時を、ほとんど姿形を変えずして生き続けるという。おそらくこの少年もその類なのだろう。孫か曾孫という見た目でこれだけ年齢に差異があると、うらやむよりむしろ爽快さしか感じなかった。
「オン・ヨーク。そろそろ本題に入りたいのだが、俺はあなたの目にかなったのだろうか?」
この辺りは若者の特権である直截さが現れる。いまだ笑いを収められぬまま、ヨークは先を促した。
少年は姿勢を正す。瞬間瞑目し。
「俺たちがこの町に来たのは目的あってのこと。クィル・オーフィスとシャルナー・ミカリオラの移住を、ケルファイの町の町長に願い出るためだ」
ヨークの表情から笑いが消えた。
「移住、とな?」
「そうだ」
「……ここが無能者の町ケルファイと知ったうえで? なにゆえに」
「それは明かしたくない」
す、とヨークのとび色の目が細められた。椅子の後ろにいた女の子が冷たい視線におびえ、顔をひっこめてしまう。年長二人の間でしばしにらみ合いがあり。
「“六花の波紋”を使えるほどの魔法使いが――それも“神の剣”と“曙の姫巫女”ほどの名をもつものたちが、人目を避けるようにケルファイにやってきて移住を申し出、それなのにわけは明かせぬという。――この町を守る立場としてそれを受け入れるわけにはいかぬよ」
クィルはほんの少しだけ目を見張った。彼と妹の名には一般にはほとんど流布していない、力を宿す言葉が使われている。その意味を正確にとるということは、それだけでその人物がどれほどの力を――魔力や知力などを――持っているか知れる。そしてまた、力なき民であるヨークが先ほど彼が使った結界の種類まで言い当てられたことに意外の念を禁じえなかったのだ。
素早く思案を巡らせる。ヨークの判断は当然だと思う。それでも彼には――彼らには、ここをすみかと定めたい理由があるのだ。
「……オン・ヨーク。理由を知れば、万一の時あなたにまで被害が及ぶ可能性があるが」
「ならばなおさらのこと。それだけの理由があるにもかかわらず何も聞かぬままに町に招きいれることはできぬし、かといって町を救ってくれたものをそのまま追い返すのも気が引ける。お互いこの辺りが妥協点じゃろうて」
クィルはその言い分に一理あることを認めた。
一つ、息を吐き、すっと空中に線を引く。
ヨークには部屋が身震いしたように感じた。思わず幾度か瞬きをするが、部屋は何事もなかったように普段のままの様子を示している。クィルに視線を移すと。
「部屋に結界を張らせてもらった。事後承諾ですまないが」
吐息と、わずかに指を動かしただけで結界を作ったというのである。ヨークは目を見張った。砂蛇を撃退するときに見せた力よりはるかに高度な技術。子供の風体をしながら子供ではないという彼は、いったいどれほどの力を秘めているというのか。
老人の驚きにかまわずクィルは女の子を手招き、膝に抱きあげ、耳をふさぐ。これから話すことを聞かれたくないため一時的に聴覚を封じたのである。
そこまでする間にも話の順番が決まらず、クィルは少しの間微動だにしなかった。話してはいけないことと、話さなければならないこととを頭の中で整理して。
「……。オン・ヨーク。もうすぐ……もう数百年のうちに、世界では大きな争いが起きるんだ」
全く表情を変えぬ老人の澄んだ目を、まっすぐに見る。
「――俺たちは、その争いを止めるためにこの世界に降り立った」
町長が客人と部屋にこもってから一時間近くたった時。
長話に不安になった家人と興味本位で残っていた自警団の青年が何度目か、落ち着かなげに二階を見上げた時、ようやく上で扉が開く音がした。
「お疲れ様です、ヨーク町長」
「うん……」
ヨークはさすがに疲れているようだった。その後ろから降りてきた客人も表情が硬い。けれど自警団員の視線にふと顔を上げると、彼はにこ、とすがすがしい笑顔を見せた。
一幅の絵画のような光景に青年が思わず目を奪われていると。
「うおっほん。ゼル」
「うわっ、は、はいっ!?」
「……自警団と町の者に伝えてくれ。クィル殿はこの町の用心棒をしたいと言ってくれてな。わしはそれを受けたいと思う」
「えっ? 本当か、クィル殿!?」
クィルは老人に目をやっていたが、喜色満面の自警団員の言葉にまあこの辺りが妥当かと設定に乗っかることにした。どの道自分たちが「その時」まで隠れるには、この町に降りかかる火の粉は自分たちで払うことになるのだ。用心棒といったところで大差あるまい。
「敬称はいらないよ。ああ、本当のことだ。町の方々が受け入れてくださるのならこのままここにいたいと思う」
「やった! それは助かる! クィル殿、ああいや、クィルの腕は先ほど皆が見たからな、いてくれるというなら頼もしい! では町長、すぐに知らせてきます!」
興奮気味にまくしたてた青年が玄関から飛び出した。それをまぶしそうに見送る少年に、ふとヨークの心に苦々しい思いが満ちる。この少年は――この存在は、のびのびと自由に生きることすら許されてはいない。誰もが羨望する力の代償として、生物ならばすべてに等しく許されているはずの様々なものを奪われた存在。彼にとっては、感じたことを感じたままに表現するゼルすら憧憬の対象となるのだろう。
「オン・ヨーク」
はっと気づくとクィルが微笑してこちらを見ていた。それからゆるりと首を振る。
――俺はもう受け入れた――
諦念というには凪ぎすぎた声が耳の奥に木霊した。少年がこちらが泣いてしまいそうな透明な表情で自らの運命を受け入れているのだと語ったのはつい先ほど。
「……。空いた家ならば町中にある。ゼルに聞いて、好きな家に入るといい」
「感謝する、オン・ヨーク。……期待は裏切らないと言っておこう」
クィル・オーフィスはなんの気負いもなくそう言い切った。
それが強がりでも若気の至りでもない、ただの真実だということを町中が知るのもそう先のことではない。
魔法と剣技を自在に操る恐ろしく強い魔法使いがケルファイの町の用心棒をしていると近隣の街々にうわさされるようになるのが数年後。
そのうわさが、最高種族竜族を打ち倒したという妹に及んだのは、さらに十数年後のこと。
そしてーーーー。
彼らが、自らの運命のもとに戦いに身を投じるのは、そのすぐあとのことで。
彼らが、自らの運命に挑むのは、それからずっとあとのことになる。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
朝、携帯で確認したときは、「あ、ここ誤字がある!」と思ったはずなのですが……夜に確認したときには、誤字の場所を見失っていました……。どなたか気づいた方がいらっしゃいましたら、大変お手数ですが、教えてくださると助かります。よろしくお願いいたします。