現状④
「また謎の連続不審火事件発生。これで9件目に。物騒だな」
「今までの俺たちの戦いを見ていればまだ平和だよ」
「確かにそうだな。それで何か用か?教太?」
俺はあの後すぐにアキに家にやって来た。アキは入浴中らしい。霧也は最近とりだしたという新聞を読んでいて相手にしてもらえなかった。
俺はさっそく本題に入る。
「お前ら以外の魔術師ってこっちの世界にいるのか?」
「今のところはいない。今日も何カ所かで探知を掛けたが反応はなかった。魔術師はこの世界に侵入していないと分かったから今日は早めに切り上げてきた」
「その探知は駅の近くでも掛けたのか?」
「かけたがそれがどうした?」
やっぱり気のせいなのだろうか?俺が見た魔術師と思わしき占い師。一応伝えておく必要があるかもしれない。
「風也さん上がりましたよ。あれ?教太さん?」
「アキ」
風呂上りのアキ。頬は火照っていて髪の濡れていていつものように束ねていない。その姿は美嶋にそっくりだ。まだ、暑いのかボタンの上二つは空いている。赤く火照った肌になぜか目が行ってしまう。
「どこ見てんだ?」
「う、うるさい」
どうせお前もそっちに目が行っていただろ。氷華が嫉妬する理由も理解できる。
「教太さん。今日は何をしに?」
「いつものようにここに寝に来たんだろ。ここは教太の家じゃないぞ。自分の家があるなら帰れよ」
帰っても俺の寝るところはないよ。それに霧也は俺の家族の状況がどうなってるか話したはずだから知ってるはずだろ。
「今日は魔術師かもしれない奴を見たからここに来た」
風呂場に向かう霧也の足が止まる。
麦茶を入れるアキも一瞬動きが止まる。
「詳しく聞かせろ」
霧也が落ち着いて座る。アキも3人分の麦茶を持ってきて同じように座る。
俺はその占い師のことを告げる。
「どうだ?」
「・・・・・・魔術師かもしれないが違うかもしれない」
「そうですね。それだけだと判断しにくいですね」
やっぱりそうだよな。
「だが、俺は魔術師でないと思う。アキナが駅周辺で魔力探知を掛けて何も反応はなかった。教太の言っていた時間帯にも何度か探知を掛けた。いくら有効範囲から外れていても魔力探知は何かしらの反応を示す。それがなかった。だから、魔術師でない可能性が高い」
「私も同じですね。魔力探知には魔術師の持っている微弱な魔力にも反応します。魔術を発動していない状態の魔術師でも探知にかかります。それをこの町で何度か行いましたが一度も・・・・・・」
やっぱり俺の勘違いだったのだろうか?いや、それだったらそれでいいんだけどな。
「教太」
「なんだ?」
「今のお前が魔術に関わる必要性はない」
俺の思考が止まる。
何?俺は魔術に関わる必要がないって?それはどういうことだよ。美嶋みたいなことを言うなよ。
「もし、その占い師が魔術師でお前に襲いかかってきたらどう対応する気だったんだ?」
「そ、それは・・・・・・」
「何もできないはずだ」
「た、確かに何もできないかもしれない!でも、俺には知識がある。それなりに対応は」
「無理するな。できないものはできない。十分分かってるだろ」
それ以上俺は何も言えない。確かに知識があってもそれに対応するだけの力がない。つまりその知識は宝の持ち腐れということになる。教術が使えない以上俺は魔術に対抗する手段が何もない。
「力が戻るまで魔術に関わるな。これは俺やアキナそれに美嶋さんの頼みだ」
美嶋の・・・・・・。
「お前がやっていたように彼女もまたお前に危険な魔術を関わらせないように努力している。今や教太よりも彼女の方が他の魔術師からすれば脅威だ」
確かにそうかもしれない。美嶋は俺より圧倒的な力を屈指して今までの魔術師を撃退している。チート並みの力を要する俺と同じだ。
「で、でもこんな俺でも何か役に立つことが」
「・・・・・・・教太さんは何を焦っているんですか?」
「あ、焦ってない!」
いや、焦っている。自分ではそう分かっている。でも、それを認めたくない俺の意思が強くアキの言うことを否定する。
それにここまで魔術に関わろうとする理由。人は何かに打ち込めば嫌なことを一瞬だが忘れることが出来る。俺の忘れたいこと。それは夕方に再会してしまった少女のことだ。魔術に関わればそんなことを考える余裕が出来なくなる。でも、今の俺に魔術に関わる資格がない。
「教太」
「なんだよ!」
「今日は帰れ」
霧也は冷静に俺に告げる。
「今のお前は見苦しい。出ていけ」
見苦しいって?人がこんなに混乱しているのに?何もアドバイスもせずにただ突き出すのか?
理不尽な怒りが俺の頭の中をさまよう。
「うるさい!これがこんなに苦しんでるのに!なんだよ!その言い方は!」
俺は本当に何を言っているんだ?
「見苦しいな。自分の力に執着するあまり周りが何も見えていない。貴様は美嶋さんがお前のことをどう思って今まで魔術と関わって来たと思う」
「今!美嶋は関係ないだろ!」
今は俺が教術が再び使えるようになることと、何か手伝えることの話だろうが。
「俺はあいつにこれ以上魔術に関わってほしくない!そのためもこの世界から魔術を完全に排除したい!そのためにも俺は魔術に!」
「教太さん!」
俺のことを止めたのは霧也ではなくアキだった。いつものようなか細い声ではなく胸にグサッと刺さるようなとげのある声だった。その大きな瞳で俺のことを睨む。
「教太さん。力が戻るまで私たちを魔術師として見ないでください」
アキにそう言われた途端、俺に言いかえす力が失われた。
「教太さんが守りたいのはなんですか?自分の尊厳ですか?教術ですか?違いますよね。あなたが守りたいのはこのどこにでもある平和な日常ですよね?その日常に果たして魔術は必要なのですか?」
「そ、それは」
「いい機会じゃないですか。教術が使えなくなったのなら教太さんは魔術との縁を切る。私が秋奈さんにもう魔術を使わないようにさせて後は私たちが元の世界に戻ればすべてが解決です。簡単なことです」
「お、おい。アキ何を・・・・・・」
「そうなりたくないなら少し冷静になってください!」
怒られた。初めてそこで気付いた。
「教太さんの中にはシンさんの力が宿っています。それが消えない限り魔術の運命を振り切ることはできません。何も心配しなくてもきっと前のように教術が使えるようになりますよ」
アキが包むように抱きついてくる。
「大丈夫ですよ。大丈夫ですから」
妙な安心感が俺を温かく包む。
そうだ。俺はただどこにでもあるような日常を守りたいだけだ。それを脅かすのが魔術だった。その魔術に対抗するための手段として俺は教術を使っているだけだ。
「アキ。今の俺に必要なことはなんだ?」
今の俺に冷静に判断する状況ではない。
アキは答える。
「そうですね。・・・・・・・明日、みんなで遊びに出かけませんか?私と秋奈さんと教太さんと」
「俺はパスだ」
霧也の名前が出て来る前に自分から拒否した。
「なんだよ。空気読めない奴だな」
「違う。俺は明日行くところがあるんだよ」
ああ、なるほどね。
「女に会いに行くのか」
霧也は頬を赤くして目線を外す。
「ま、間違ってないから否定できないが、何となく腹が立つ」
だからって右風刀に手を伸ばすな。
霧也は氷華との関係をいじられるのが苦手のようだ。たまにいじると普段とは違う反応をするからおもしろい。
「じゃあ、明日どこかに遊びに行くか。3人で」
「はい」
その時のアキの笑顔はどこにでもいるかわいい女の子だ。




