日常③
大型の車どころか普通車も通れそうにない狭い道。ほぼ、九十度に曲がっているクランクを曲がって少ししたところにある隠れ家みたいな古いアパートの階段上がってすぐの扉が美嶋の家だ。初めて来たときは冗談抜きで迷子になりそうだった。立地条件も悪く、駅からも遠く、近くにスーパーのような店舗もない。でも、コンビニはある。住宅地の真ん中の県道から国道を抜けるための近道になる。使えるのは原付とか自転車とか徒歩に限られている。そんなところにある美嶋の家は本当に隠れ家のようだった。
階段もいつ崩れてもおかしくないくらい錆びついていて、手すりもつかむと赤い錆が手についてしまう。そんな階段を一段一段上る。扉も木製で思い切り蹴れば、壊れてしまいそうだ。そんな扉をごんごんと叩く。
「は~い」
美嶋の声が聞こえた。
「どちら様ですか~?」
ゆっくり扉を開けて誰が来たのかを恐る恐る確認する。確認しなくても声で俺だって分かるだろ。
「入るぞ~」
足で扉を開けて無許可で入る。別にいつものことなので気にしない。
「ちょ!教太・・・・・・・・」
勝手に上がるなといつものお怒りの声も喉もとでとどまったようだ。それは俺の様子と俺が背負っている女の子を見れば怒っている場合ではないだろう。
「教太!どうしたの?一体何があったのよ!それとその子どうしたのよ!」
「拾った」
「女の子を道端に落ちてる10円玉みたいに拾ったって言う表現はやめてくれない」
いや、冷静に突っ込みを入れている場合か?
「ってそんなことじゃなくて!」
玄関でひとり騒いでいる美嶋をほおっておいて居間に入る。六畳一間のトイレ風呂付のひとり暮らし用のこの部屋に美嶋は母親と二人暮らしだ。母親が帰ってきている姿を見たことないが。
俺はその子を壁にもたれさせるようにした。体からは完全に力が抜けている。病院に行かなくて本当にいいのだろうかと不安になる。でも、最初に会った時より呼吸は安定している。気絶したというよりも寝ていると行った方がいい状態だ。
「この子大丈夫?」
「たぶん大丈夫だと思う。かくまってくれって頼まれたし」
「かくまれ?どういうこと?」
「何か謎の組織の工作員かもしれない」
「・・・・・・・・バカ?」
「大真面目だが?」
しかし、この子の周りで起きたことはおかしなことばかりだ。ウルフと呼ばれる男の持つ銃から放たれる銃弾が爆炎をあげたり、その銃弾が俺の手目で曲がったり、コンクリートの壁が突然崩れたり、おかしいことばかりだ。
あのゴミクズのいた白い空間は一体なんだ?
その後に起こった青色の魔法陣のようなものは一体なんだ?
この子がすべて知っているのか?
「教太少し部屋から出てくれない?とりあえず、着替えさせるから出て」
「いちゃいけない?」
「いいわけないでしょ!」
そういって外に追い出された。居間を仕切る扉がないので居間を出るというのは外に出ることなのだ。しっかりカギも掛けるとは油断も隙もない。
さて、することもないから携帯を開く。あの大変な状況下でも携帯は健在だった。頑丈だ。開くとオカマから着信があった。メッセージなし。暇なので電話をしてみる。履歴からオカマに電話を掛ける。
呼び出し音が二回なるとオカマが出た。
「今どこだー!!」
うるさかったので通話を切った。マジで鼓膜がはちきれそうだった。あいつあんな声が出せるのか。しばらくするとオカマから着信。出る。
「は~い」
「教太か?」
「違います」
「嘘つくな!!」
ああ、また鼓膜が・・・・・・・・・。
「何か用かよ?」
「今どこだ?」
「美嶋の家の玄関の前」
「そうか。爆発が起きたの知ってるか?」
何か誇らしげに言っている。爆発する瞬間でも見たのか?
「知ってる。というか見たし」
「実は俺も見たんだよ!」
ただ、自慢か。小学生みたいなことろがあるんだな。それもそうか。脳みそは小学生と変わらないんだし。
「あれはすごかったな。高々と爆炎が上がって」
それ見た。
「それから次々と車が誘爆して」
それも見た。
「爆発によって逃げ惑う人々を見てこの世のものとは思わなかったぞ」
「それで何か用かよ?俺も現場にいたから詳しく説明されてもただウザいだけぞ」
「え?いたの?」
「いや、さっき見たって言ったし」
「マジか~」
何かすごくウザいんだけど。前からだけど。
「じゃあ、切るぞ~」
暇つぶしにもならかった。
「待て待て!ここからがおもしろい話なんだって!マジですごく面白い話!おもしろくなかったら何かおごるから!」
「おもしろくな~い。ほら、何かおごれ」
「理不尽すぎるだろ!」
俺もそう思う。
「それでおもしろいことって何だ?30字までなら聞いてやる」
「難易度高!」
間に受けるなよ。
「・・・・・・・・・・・」
マジで間に受けるなよ!
「よし」
「2字」
「それも入るのかよ!」
「9字」
「!マークも文字数に入るかよ!」
「14字。残り5字しかないぞ。がんばれ~」
「・・・・・・・・ヤバかった」
「ちょうど、30字。よって、つまらなかったので、ジュースおごれ」
「俺だって面白くねーよ!」
そろそろいじるのもやめようか。何かかわいそうになってきたので。
「何だ?おもしろい話って?今、締め出されてて暇だから付き合ってやるよ」
「そうそう」
何かすごく嬉しそうな声になったぞ。不良のくせにやたらと馴れ馴れしい奴なのがオカマなのだ。不良というのは誰ともつるまないで一匹狼でいることがかっこいいと俺は思う。オカマはただのへタレ不良にしか見えない。そもそも、あいつを不良と呼ぶこと自体が間違っているかもしれない。
「訊いてるか?」
「訊いてなかった」
「ふざけるなよ~!」
やっぱりこの馴れ馴れしい感じがウザい。
「早く言えよ」
「さっき言ったのに・・・・・・」
「何か言ったか?」
「なんでもねーよ!」
ずうずうしい奴だな。早く話せよ。それを妨害しまくってるのは俺だけどな。
「爆発した駐車場の近くの歩道を女の子が歩いていたんだよ。爆風に絶対に巻き込まれたと思っただけどな。何事もなかったように歩いてんだよ。何か見えないバリアーでもはいいているみたいだっただよ」
それって・・・・・・・。
「その女の子は黒髪のポニーテールの子か?」
「そうだけど、見てたのか?」
「いや」
確かにおかしかった。あんな激しい爆発の現場に一番近くにいたはずなのに彼女はやけどの跡はなかった。バリアーみたいなものは俺も見た。路地でウルフの撃った銃弾の軌道をずらしたあの壁は一体なんだ?
「しかも、これはさっき聞いた情報なんだけどな。何か爆発の原因が火薬の可燃物のせいじゃないらしいぜ」
「それはどう言うことだ?」
「火薬がないってことは爆弾の類のせいじゃないってことだよ。俺の予想では車のガソリンが漏れていてそれが太陽光によって温められて爆発したというのが俺の推理だ。教太はどう思う?」
「ガソリンが漏れてたら爆発する前に臭いで通報されるだろ」
オカマの言うことは無視する。それにしても火薬類が使われていないとはどういうことだ?
ウルフは確かに歩道橋の踊り場で銃弾を放った。それが着弾した瞬間爆発したのなら見事に車のガソリンのタンクに命中したのか?いや、奴の持っていたのはハンドガンだ。駐車場から数百メートルあった。射程範囲ぎりぎりだと思う。そんな状態でタンクを狙ったのか?いや、でも路地であいつが撃った弾は確かに爆炎をあげて爆発した。あれを火薬なしで起こす方法があるのだろうか?それとも歩道橋の時と路地の時で銃弾の種類が違ったのか?
考えれば考えるほど、疑問で頭がパンクしそうだ。最近、まともに勉強していないからかもそれない。うまく回らない。整理できない。
「お~い。訊いてるか~?」
「おい、オカマ」
「オカマ違う」
「他に知ってる情報はないか?」
「他にって特に」
「役立たずが」
「ちょっと待て!それはどういう」
話している途中だったが、通話を切る。
分かったことは何ひとつない。分からないことが増えた。
分からないことはウルフとアゲハが狙っていたあの子は一体何者なのか?
ウルフの銃弾がなぜ爆発したのか?
銃弾がなぜそれたのか?
あの白い空間とゴミクズは何のか?
青く光った魔法陣のようなものは何なのか?
なぜ、俺が銃弾を消し去ることが出来たのか?
なぜ、俺が触れただけでビル壁が崩れたのか?
分からないことだらけだ。だが、この分からないことを一気に説明できる便利な言葉がある。
魔法と呼ばれるものだ。そもそも、あの魔法陣のようなものに囲まれた時にそうではないかと思った。そうすれば、すべてのことが解決できる。なんでもありえる架空のものだ。だが、そんな簡単に片づけられるものなのだろうか?
あの白い空間で出会ったゴミクズのいう運命。何か俺がとんでもない運命が待ち受けていると言っているみたいなものだ。それに巻き込まれても後悔しないという覚悟だったのだろうか?
「う~ん」
「何難しそうな顔してるのよ。らしくないわね」
「おお、美嶋。あの子は?」
「寝てるわ。思ったより落ちつてるわ。しばらく、しっかり寝れば元気になりそうね」
「そうか」
とにかく、あの子の回復を待って俺に背負わされた運命というものを聞きださないといけない。
美嶋の部屋に入ると居間の真ん中に布団が敷かれてそこにその子が寝息をたてて寝ている。すごく落ちつている。もう、心配しることはなさそうだ。それにしても驚異的な回復力だな。あれだけ疲れてたのに、まるで人じゃないみたいだな。
「あんたこれからどうするの?」
「そうだな」
回復を待ちたい。早く俺の置かれた状況を知りたい。
「今日は泊まってくよ」
「そう。なら、ちょっと買い物してくるね」
少し頬を赤くして嬉しそうに言った。訳が分からない奴だ。いつものことだろ。
「寝入っている女の子を襲ったら全人類の女性を代表してあんたを殺すわよ」
「俺が今まで夜にお前を襲ったことがあるか?」
「・・・・・・・・・・・ないわね」
そういうと美嶋は俺の方を見ないで買い物に出かけた。
いろいろと考えすぎて頭がオーバーヒートしそうだ。
「少し寝るか」
壁に身を預けて眠りに入る。