劣化部隊⑥
「あああああああ!」
俺の足元で魔術師がもがき苦しんでいる。俺はこの力の加減をすることが出来るようになってきた。好きなように破壊できる。だから、俺はこの足元の魔術師の腕の骨をひびが入る程度に少し破壊する。そして、そのひびを入れた表面の皮を破壊して痛みを増幅させる。そこに普通に殴った時の衝撃で痛みがさらに上乗せされる。
殺さずに戦闘不能にさせるための最適な方法だと俺の考えたことだ。霧也は甘いって怒りそうだな。でも、俺にはこれが精いっぱいだ。
「突っ込め!一斉にかかれば怖くねー!」
そうひとりが周りの魔術師たちの背を押してみんなにで突っ込んでくる。
確かに俺は人を殺さないように今日まで戦っている。でも、もしそれを突然、
「あきらめたらどうなるかな?」
俺のたくらみにお坊さんみたいな錫杖を持った大柄な魔術師が気付く。
「待て!止まれお前ら!」
聞こえたのは近くにいた数人だけ。それ以外は俺に突っ込んでくる。俺は左手を右手首でつかむ。こうすることで俺の両手の力がすべて右腕に集まる。それによって発動するアキの言うシン・エルズーランが生前より使っていた教術。
「無敵の槍!」
俺は無敵の槍を高々と上げる。それにビビった魔術師たちが足を止める。だが、それはこの槍の射程範囲である。でも、俺は人を殺さない。これはただのはったりに過ぎない。敵に圧倒的な力を見せつけ敵わないと思わせるための戦略。アキに教わったことだ。だが、このまま掲げるだけではダメだ。そんなことは俺でも分かっている。俺は掲げている槍を地面に向けて叩きつける。それは例えるなら隕石が落ちたように俺を中心に衝撃波が走りその破壊力によって周囲の地形が変わり崩れている。そのせいで周辺の木々も根元から倒れた。圧倒的破壊力。自分でも怖くなるくらいだ。
「教太」
上空から霧也が降りてきた。
「やりすぎだ」
「ハハハ」
無敵の槍のせいで起こった砂埃が晴れると地震が起きたみたいにあちらこちらで地面に亀裂が走り陥没している。木々が根元から倒れてその隙間に魔術師たちが何人か倒れている。その中にひとり気絶していない魔術師がいた。それでも圧倒的力の前に震えていた。
「とりあえず、拘束して置く」
「お、おお」
こいつも何かわけがあって魔術がうまく使えなかったメンバーのひとりなのだろうか?
俺にはこんな大きな力がある。
「なんでだ!なんでお前みたいな奴がシンさんの力を使えるんだよ!」
震えていた魔術師の言った言葉だ。
「大人しくしろ」
「俺だってもらえる魔力がもっと良ければ!お前なんか!」
「いいから黙れ!」
霧也が柄で殴って気絶させた。
「教太。気にするな。お前は俺たちの世界の情勢何て知る必要はない」
魔術の世界の情勢?
あの魔術師が言っていたこと。それはまるで自分には魔力がなかったようなことを言っているようだ。だから、誰かにもらったと。
「それにしても教太」
霧也が話題をそらそうと話しかけてくる。
「あの人数をよくも一瞬で」
「そういう霧也も結構向こうに敵いなかったか?」
「何人かに逃げられた。どこかに拠点があるみたいだな」
つまりそこにイサークがいるということか。
「風也さ~ん!教太さ~ん!」
アキが美嶋を連れてやって来た。
「お前ら大丈夫だったか?」
「大丈夫でしたよ。秋奈さんが助けてくれましたし」
美嶋は照れを隠すかのように頬を赤くして目線を外す。でも、すぐに美嶋は俺の背後の状況を見て驚く。
「それ教太がやったの?」
指をさす方向には無敵の槍で破壊した地面。
「ああ」
怖がられたかもしれない。俺も最初は魔術というものに初めて見たときの恐怖を忘れない。ウルフから撃たれる銃弾。その時に感じた死の恐怖を忘れてはならない。
「風也さん」
「どうした?」
「やはり教太さんの言うとおりイサークさんの部隊のメンバーは何かわけありの人が多い気がします」
「俺もそう感じた。戦場に場馴れしていない奴も混ざっていたし、何よりも魔術師じゃないものまでいた」
「おい。魔術師以外もいるってどういうことだよ」
魔術の世界に魔術師がいないということもあるのかよ。
「生まれた頃から持っている魔力が少なく魔術を発動できる分の魔力ない人が私たちの世界にはいます。非魔術師と呼んでいます。私もその分類にぎりぎり入っていない魔術師ですね」
それこそ無じゃないのか?魔術がすべての世界で魔術を使えないものは本物の無じゃないか。
「なぁ、その非魔術師はどうなるんだ?」
「知らない方がいい」
霧也が止める。
「言っただろ。俺たちの世界情勢なんて知らなくてもいいと。お前は自分のやるべきことだけをやれ。それ以外は何もしなくて。世界にはお前の知らなくてもいいこともたくさんある」
霧也はそう言いながらイサークの部下たちを拘束して行く。
「なぁ」「どうした?」
「なんでイサークはそんな奴らばかりを連れてきている?相手は俺たちがどれほどの物か知っているはずだ。マラーからも。そして、イサーク自身も。まるであいつらはこの世界に死ぬために来ているみたいじゃないか」
霧也が何も言い返してこない。
俺の見てきたイサークの部下。ひとりは余命があとわずかな奴。もうひとりは怪我で体が動かない奴。そして、アキの言う魔術を使わない非魔術師。明らかに勝つ気がない。
「これは噂であって事実である可能性はありません」
アキが語る。何の事だか分かっていない美嶋は黙ってその話を聞く。
「イサークさんが魔力を奪われた人の多くが死にかけの人や、魔術を使える体ではない人のような障害者がほとんどです」
それは弱い奴から力を奪っているんじゃないのか?そんな強者を俺は認めないぞ。
「ですが、これは噂です。イサークさんの興味はやはり強い魔力です。そんな奪ってもメリットのないものをイサークさんが奪うとは考えにくいです」
「それは確かにそうだ」
霧也も賛同するということは確かなことのようだ。アキの言うことは大方あっている気がする。あいつは俺の力を欲していた。知っている人物の力だからこそどんな強さを持っているのか知っているということだ。
分からないことが多いな。マラーもそうだ。でも、マラーと違うところがある。
「分からないのなら直接聞けばいい。マラーと違ってあいつは俺たちの近くにいる」
「そうですね」
「そうだな」
「・・・・・・・そ、そうね」
美嶋は別に空気を呼んで賛同しなくてもいいんだぞ。
「イサークの場所は分かるか?」
「おそらくどこかに集まっているので魔力探知を掛ければ引っかかると」
「させない」
冷たい冷酷な声が聞こえた。その瞬間、俺たちの土が盛り上がり何かが飛び出してきたのは指と顔のパーツが岩の人形が飛び出してきた。その岩の人形は俺に殴りにかかる。俺たちはそれぞれ後方に下がる。美嶋とアキはいっしょにいるがそれ以外はバラバラに距離が離れた。
あれはイズミの使う土人形だ。
「イサーク様のところにいなせない」
「イズミさんですね!」
声は四方八方から聞こえる。どこにイズミがいるのか特定できない。
「国分教太を拘束。それ以外は殺す」
そうイズミの声が聞こえると、俺たちの間に出現した土人形の中心にいつもの陣が発生するとキノコのように土人形が増えていく。
「不味い!教太!アキナの方に向かえ!」
「させない」
増殖した土人形たちがそれぞれがバラバラに俺たちを攻撃してくる。
「くそ!」
霧也は右風刀で土人形を破壊していく。属性的には相性がいいものの数で圧倒されている。俺も襲い掛かってくる土人形たちを力を使って破壊する。だが、腕や足だけを破壊しても動き続ける。
「なんだよ!こいつら!」
俺は土人形の胴体を破壊するとようやく動きが止まる。だが、土人形は岩のような体をしているがその動きは軽快で胴体を一発で破壊しに行くことが出来ない。どんどん押されていく。
「教太!アキナのところに行け!あいつが使える属性は土属性とは相性が悪い!」
確かにそうだ。アキが使えるのは雷と火、美嶋はそれに氷属性が使えるだけだ。氷はランクが勝っていれば土属性に打ち勝てるがこの完全近接をしてくる土人形に対して美嶋の持っている氷属性は状況的に相性が悪い。
早く助けに行かないと。でも、それを土人形が阻む。
「邪魔だ!どけよ!」
土人形を破壊するがいくら倒しても沸いて出てくる。きりがない。
早くいかないとアキと美嶋が危ない。アキは美嶋を助けるためにきっと無茶をする。美嶋にはウルフ戦の時のような地獄を見せるわけにはいかない。もう、誰も傷つけるわけにはいかない。
「俺はアキや美嶋を助けないといけないんだよ!」
俺は無敵の槍を発動しようと左手を右手首に近づける。その時だ。跳び上がり俺に襲いかかろうとしている土人形を背後から水が勢いよく襲い弾き飛ばされ俺の頭上を通過して木にぶつかる。水のかぶった土人形は形が崩れうまく動けないでいた。
「な、なんだ?」
何が起きたのか分からなかった。
「私やアキを助けようとしてた奴が助けられてるわよ」
「は?」
振り返ると美嶋がいた。その手にはカードが握られていた。
「今の美嶋がやったのか?」
「そうよ」
美嶋は胸を張って自慢げに言う。
その美嶋の背後から土人形たちが突っ込んでくる。美嶋は手のひらにカードを乗せ十字架で打ちつける。いつもの陣が手のひらの上で発生するとそれを突っ込んでくる土人形に向ける。狙いを定めるとその陣の中心から水が勢いよく飛び出る。土人形たちはその水のせいで形が崩れて俺たちのところまで来る前に崩れ消えてしまった。
「どう?」
周りを見れば水浸しになっていてその要所要所に土の山がある。それは美嶋が崩した土人形の残骸だろう。
「どうって聞いてるでしょ!」
美嶋が顔を近づけて訴えてくる。驚いて尻餅をつく。意味が分からない。イサークやマラー以上に。
「なんで美嶋が水属性の魔術を?お前って氷と火と雷しか使えないはずだろ」
俺は俺からすれば神の法則、魔術師からすれば常識であることだ。
「知らないわよ。使えたんだから」
自覚なしかよ。
「教太さん大丈夫でしたか?」
アキと霧也がやって来た。立ち上がり周りを見渡す。あの大量の土人形はどこにもいなかった。
「敵は?」
「気配がない。美嶋さんの暴れっぷりを見て退却したと思う」
「どうよ」
「はいはい、すごいですね」
「何よ。その適当な答え方は」
それにしても。
「アキ。なんで美嶋が水属性の魔術を?」
「私にもさっぱり分かりません」
霧也の方を見ても両手をあげてお手上げを表現してさっぱりだという反応だ。
「すごいでしょ」
美嶋は魔術の世界の絶対的法則を分かっていないのだろう。俺たちが物が落ちるのを重力という力が働いているからという常識レベルの魔術を分かっていない。
「こういう例は他にないのか?」
「ないですね。転生を繰り返して3つの属性魔術を使っていたという魔術師はいましたけど、4つはちょっとないですね。それに秋奈さんは2回の転生で3つの属性魔術を使っている時点で謎でしたけど」
いろいろと謎の多い奴だな。
でも、これで美嶋は火、雷、氷、水が使えるということになった。これも魔力に関わっていないこの世界の住民だからなのか?でも、もともと同じ世界だったんだから法則性くらいは統一されていてもおかしくない。
「まさかだが、美嶋さんは他の属性魔術を使えたりしてな・・・・・・。普通はありえないけど」
でも、やってしまいそうだよな。常識がありえないけど。
「試してみます?もし、そうならイサークさんたちとしては想定外のことですよ。こんなことあのマラーでも予測できないと思います」
だれも予測しないだろうな。だって普通じゃない化物がいるんだし。
「試してみよう。美嶋さんこれを」
霧也が渡したカード。
「風属性か?」
「ああ。もし、俺たちの常識を遥かに超える力を使える美嶋さんがいればあのイサークに勝てる」
確信していた。
イサークの力は魔力を吸収することでそれを奪い自分で使うことが出来るということだ。その奪った属性の弱点の属性にすぐに切り替え攻撃されたら対応は難しそうだ。
「教太」
「なんだ?」
「あたしはあんたの横にいる?」
その身を完全に魔術に捧げる前の美嶋だ。もう、見ることはできないだろう。でも、その表情はいつもの楽しそうな美嶋だ。俺は守らないといけない。この笑顔を。
「ああ。俺の美嶋は横にいる」
「秋奈よ」
そう呼んでくれと言われた気がする。口では直接言っていない。それでも伝わった。
「ああ、秋奈」
「・・・・・・ありがとう」
秋奈は笑みを浮かべて十字架をカードに打ち付ける。




