劣化部隊④
逃げ惑う人々。その大半が私と同じ年の生徒。先生たちがこのパニック化においても冷静に生徒の安全を確保しようと団結して逃げる先を指示している。まるで訓練でもしていたかのように、事前にこのことが起こることを知っていたかのように。そこには大きな違和感が私の中ではあった。人の波にのまれないように秋奈さんを探す。こんな人が密集しているところでひとりの人間を探すのは非常に難しい。
とりあえず、人の波に逆らって私たちがバーベキュウをしていた場所に向かってみる。人の波に押し潰れそうになりながらもなんとか元いた場所に到着した。でも、そこには誰もいなかった。
「秋奈さん」
まさか教太さんの言うように魔術を使って応戦しに行ってしまったのか。
周りを見渡す。どこかにおびえていないだろうか。確かにこんな状況になるとは秋奈さんも覚悟はしていただろう。でも、今回は急すぎる。教太さんはもう慣れたものかもしれない。でも、秋奈さんには。
「三月さん!」
空子さんだ。
「空子さん!秋奈さんを見ませんでしたか!」
知っている人にアキナさんのことを聞く。私がこの学校にやって来たとき、秋奈さんと教太さんの存在自体を否定して見ていないふりをしているばかりでふたりを共通して知っているのは空子さんだけだった。その空子さんに会えたのはなかなか運のいいことだとその時は思った。
「どうしたの!」
「秋奈さんが見当たらないんですよ!知りませ」
その時、空子さんから感じた違和感。確かに空子さんはマイペースなところがある。こんな緊迫な状況でも落ち着いているかもしれない。でも、その落ち着き方は異常だった。そのことに気付いて一歩大きくさがると私のいた場所に雷が落ちる。その衝撃波で私は飛ばされる。そこにはカードを持った作業服姿の男の人がいた。その他にも何人かなんでもない格好をした人たちがいた。みんなカードや武器を片手にしている。
「溶け込むのが上手ですね」
もしかするとすでに私たちは袋の鼠だったのかもしれない。この対応と準備の良さはかなり前から計画されていたものだと考えるのは妥当。そして、私たちに近しい人物のことを知っている。そうでなければ、私を騙すのに幻影魔術で空子さんの偽物を作ることも考えつくことではない。イサークさんが考えるような作戦じゃない。
「さすがマラーですね。敵ながら素晴らしいです」
私は腰あたりに吊り下げているカードに向かって十字架を打ち付ける。そのカードからは小さないつもの陣が発生する。その中心から私がいつも使っている十字架付きの杖が出てくる。私はそれを掴んで抜き取る。これは収納魔術というもので陣のレベルによって収納できる容量が増える。元々、私たちが当たり前のようにカードに十字架を打ち付けて魔術を使っているのもこの収納魔術のおかげである。このカードの中に収納魔術によって陣が収納されている。そこに魔力を流すことで魔術を発動できるというものだ。こうやって物を運ぶ本来の使い方をしているのはあまりいない。
収納魔術で取り出した杖を構える。数は4。私の魔力の量から考えてとてもどうにかなるような人数じゃない。でも、ここで教太さんや風也さんの力借りるような私ではない。私も元魔女。いくら魔力がなくても。力がなくても私には知識がある。
作業服を着た魔術師がカードを打ち付けて右手に雷を纏う。
私は作業服の魔術師に向かって走り込む。突然、向かってきたのを焦ったのか慌てて雷を私に向かって撃ちこんでくる。それをしっかり確認した後に横に飛ぶ。雷は私に当たらない。
属性魔術にはそれぞれ特徴がある。雷属性は攻撃力が高いものの遠距離攻撃の精度がかなり低い。なので多くの雷属性を使う魔術師は手持ちの武器や銃などの飛び道具に雷を宿して攻撃することがベスト。
私はカードを取り出して走る先に向かって滑らせるように投げる。そして、地面に落ちたカードに向かって杖で打ちこむ。雷が杖に宿る。
「基本がなってませんよ!」
懐に飛び込んで杖で攻撃する。バチンと大きな音がなる。今の私のランクでは気絶させるくらいの雷が精一杯。それでもひとり倒した。
「後3人ですね」
他の魔術師も一歩下がる。魔力が全盛期の半分以下さらにそれ以下であると聞かされていたからだ。マラーの情報は正しい。それゆえの余裕が招いた結果が今気絶している魔術師。
余裕がないとすぐに分かったのか一斉に武器を構える。一番手前にいる制服をきた女の魔術師は水が滴れるナイフを構えている。その隣には炎を宿した剣を構える背の低い男の魔術師。そして、その後方には地面にカードを並べた細身の魔術師。
警戒すべきは炎を宿した背の低い男の魔術師。水属性は攻撃力が属性魔術の中で最も低い。でも、圧縮、集中させることによって分厚い壁をも貫通させることのできる攻撃を得ることが出来る技術のいる属性。ただ、魔武との相性は最悪なのであのナイフの魔術師はおそらく未熟者。そして、後方の魔術師はおそらく攻撃はしてこない。さっき幻影魔術で私を騙したのはおそらくあの人。それにカードを地面にあれほど並べているということはあそこから動くことはない。それに私には幻影魔術を見切る自信がある。
制服を着た女魔術師がナイフを構えて雄たけびをあげながら突撃してくる。本当は私の気絶させた雷属性を使う魔術師と連携するような魔術師であろう。水は雷属性の威力をあげるだけでなく遠距離の命中精度の低い雷を、水を伝わらせることでその精度を上げる。
それなら彼女自身には大した能力はない。
振り下ろしてきたナイフを杖で受け止める。
「ダメですよ。この杖には雷が宿ってますよ。水属性で攻撃したら負けですよ」
よっぽど焦っていたのか顔でしまったという顔をしていた。でも、気付いたときには遅く私の杖からナイフの水を伝って彼女に電気が流れて気絶する。
「作戦のレベルが高くても魔術師のレベルが低いともったいないですよ」
すると背後からさっき気絶させた作業服姿の魔術師が右手に雷を宿した状態で攻撃してきた。でも、それは。
「幻影ですね」
攻撃は私をすり抜けて消える。
幻影魔術は相手を騙すだけで攻撃力を持たない。魔女だった当時の私が最もよく使っていた魔術のひとつ。詳しくないはずがない。幻影魔術を発動する際には大きな特徴と癖がある。それは相手を騙せる状況かであるということだ。相手の心の隙にできる油断と焦り、そこに幻影魔術を使うことが非常に有効だ。野澤先生の時も空子さんの時も私は完全に油断していた。だから簡単に騙された。でも、今の私に幻影魔術は利かない。
「こんのー!」
背の低い魔術師が炎を宿した剣で斬りかかってくる。私はその攻撃をかわすしかない。炎属性は近距離、遠距離共に攻撃力の高い魔術である。その代り防御としての能力皆無に等しい。でも、今の私にこの魔術師の攻撃をかわしながら攻撃を加えることのできる能力はない。
どうすれば。
「アキ!」
声が聞こえて振り返ると制服を着た女魔術師が倒れている近くに秋奈さんがいた。
「ダメです!秋奈さん!」
今はダメだ。
その時に生じた私の一瞬の油断。背後にいる敵に反応して杖でけん制しようとしたがすり抜けた。
「幻影魔術!しまった!」
私にできた大きな隙。それを見逃さなかった背の低い魔術師は剣を振り下ろしてくる。ダメ元で杖で攻撃を受け止めてみる。杖には雷属性魔術が発動した状態だ。少しは威力を削いでくれるはず。でも、案の定炎の勢いに負けて吹き飛ばされる。全身が焼けるように熱い。さほど大きな怪我でもない。けれども、今の私に動ける状況ではなかった。
「アキ!」
秋奈さんが昨日使った氷柱で背の低い魔術師に向かって攻撃をする。でも、彼の使っている魔術は炎。相性が悪く簡単にはじき防がれる。
まだ、秋奈さんには魔術ことを基本しか教えていない。属性魔術の優劣関係を知らない。
「秋奈さんに逃げてください!」
私はカードを取り出して別の魔術を発動させる。立ち上がり杖で叩きにかかる。それを簡単に受け止められる。
「かかりましたね」
「何?」
私の杖の先端に剣に宿っている炎が集まっていく。それに気づいた魔術師は私の杖を振りほどいて距離を置こうとする。
「させませんよ!」
杖の先に貯めた炎の塊はさほど大きなものじゃないけどこの距離なら死なない程度に攻撃することが出来る。
「自然の炎!」
杖の先の炎が一気に解放されて背の低い魔術師を襲う。直撃したのか轟音と共に黒い爆炎が上がる。
「秋奈さん!とりあえず今は逃げてください!」
「それはどっちのことかな?」
はっとして爆炎の方を振り返ると背の低い魔術師が剣を振り上げて斬りにかかろうとしていた。あの攻撃を連続で受けるのはよくない。それに自然の炎は持続性のない魔術。一度使えば効力を失う。今の私はなんの魔術を発動していないこの杖でこの攻撃を防ぐことが出来るのか。でも、体は攻撃を杖で防ごうとする。
その時、背の低い魔術師に向けて水の塊が直撃する。威力は低く吹き飛ばすほどの力はなかった。それでも剣の炎は消えてただの斬撃を私は杖で受け止める。
「なんだよ!」
剣を振りほどいて水が飛んできた方を睨みつける。私も同じようにそちらを見る。私を助けてくれたのは誰なのか知りたかった。そこにいたのは秋奈さんだった。
「どうして?」
その手にはカードが握られている。私と風也さんが秋奈さんに渡した魔術はレベル3の火属性魔術と雷属性魔術。そして、秋奈さん自身が拾った氷属性の魔術だけのはずだ。おそらく、近くに倒れている女魔術師が落とした水属性魔術のカードを拾って使ったのだろう。でも、なぜ水属性の魔術を使えたのか分からない。魔術の法則上今の秋奈さんは水属性の魔術を使うことはできないはず。なのにどうして?
「アキ!」
秋奈さんに名前を呼ばれて我に返る。今は目の前の時に集中しないと。
カードを地面に投げつけて杖で打ちつける。発動したのは威力の低い雷属性魔術。それでも相手を気絶させるだけなら簡単。背の低い魔術師は炎を出そうとするが魔武であろう剣が湿っていて炎が出ない。そのことに集中するあまり私の攻撃を防ぐことが出来ず、攻撃が体に当たり気絶した。
「後はあなただけですよ」
細身の魔術師は腰を抜かして尻餅をつく。今までの状況を見るとあの魔術師は攻撃をするための魔術を持っていないようだ。教太さんから聞いている話によるとイサークさんの連れてきた部下の中にはまともに戦える魔術師がいると言っていた。きっとこの人もそのひとりかもしれない。
すると細身の魔術師は両手をあげる。
「降参だ」
悔しそうな顔をしている。自分の力のなさに怒りを隠せないようだ。私には分かる。風也さんに転生魔術を行った時に感じた自分の力の弱さに腹が立ったものだ。
私は気絶させた魔術師たちも合わせて拘束する。
「アキ」
「今までどこにいたんですか?探しましたよ」
「ごめん。オカマといっしょに逃げたのよ。教太の覚悟を無駄にしたくないから」
秋奈さんは少し自分を責めている。教太さんが秋奈さんに魔術を関わらせないように奮闘していた。それをすべて無駄にしたことに。だけど、考えは教太さんと同じ。自分の日常を守るために魔力を使うことを決めた。これ以上魔術を入れないように。
「さぁ、教太さんたちのところに行きましょう」
「そうね」
秋奈さんの手を握る。その手は小刻みに震えていて汗でぬれていた。
大丈夫。教太さんはあなたを危険な目には合わせない。あの人はシンさんとは違う強さを兼ね備えている。そんな気がした。




