少女に迫る魔術④
一体何が起きているのか分からなかった。さっきまで屋上にいたと思って気付けば、部屋で寝ていた。そこには誰もいなかった。すぐに教太の怪我とアキの体調と風上さんのことを思い出した。でも、ここで寝ていたということは教太の言うとおりやっぱり夢だったのかもしれない。そう思った時に轟音と共に建物全体が揺れる。体がびくっと反応して頭を押さえてその場にしゃがみ込む。地震だと最初は思ったけどその割には短い。教太とケンカをした後に起きた雷といい、ここは何だか安定していない。
扉を開けてみると何も変わったところのない廊下。でも、変な匂いがした。それは何かが焦げたそんな匂いだった。
「火事?」
でも、火災報知機は鳴っていない。それにしてもさっきまで雷で慌てていた従業員たちはどこに行ったのか。恐る恐る部屋の外に出てみる。その時同じような爆発が起こる。
また、その場に頭を抱えてしゃがむ。その衝撃は足元から響いた。私の部屋は2階。1階で何か起きている。もしかしたら、教太の部屋かもしれない。何が起きているかまったく分からない1階に下りる勇気がなかった。あたしの意思とは逆に体がこの先では軽い気持ちで行けば死につながると告げている。前にもこんなことがあったかのように。
するとロビーの方から黒い煙が流れてくる。これは冗談抜きで下で何かが燃えている。
「教太」
あんなに嫌なことを言われたのに、あたしの気持ちに気付かないどんくさいバカなのにあたしにとってかけがえのない存在。世界にふたつとない存在。失いたくない。
だから、あたしが最初に教太のことを心配した。
死ぬかもしれないというあたしの中にある意思に反してロビーの方に踏み込んでいく。
その時、再び爆発が起きる。今度は轟音というよりもたくさんの何かが炸裂する音だ。さっきと違って建物全体が揺れる。天井の隙間から埃がこぼれ落ちてくる。
「何が起きてるの?」
なんで誰も来ないの?あたしの知らないところで大変なことが起きているかもしれないのに。
その大変なことを見たいという興味があたしの足を自然とロビーの方に向かわせる。すると、目の前の廊下の床が1階に抜け落ちていた。2階部分はただひびが入り崩れていた。少しだけ見える1階部分は爆発があったみたいに黒く焦げていた。
「何?」
周囲を確認しながらゆっくりと近付いていく。
「出て来いよ。シン・エルズーラン」
声の質から男の人だと思った。でも、こんな爆心地みたいなところであんな風に冷静に入れるのは普通じゃない。体は自然と見つからないようにこっそり穴から下の階を覗く。
「聞こえるぞ。この奪った力だと聞こえるんだよ。出て来いよ」
覗いまず見えたのはぼさぼさとした髪の毛に左目だけを開けた目つきの怖い男の人だ。誰かに話しかけている。角度の関係で話し相手が見えない。でも、その相手が誰だかすぐに分かった。
「何を」
教太の声だった。あの男の人と同じように冷静でいるみたいだ。
あたしみたいにできるだけ息で音を出さないようにするだけで極度の緊張で気絶しそうだ。手足の震えが止まらない。どうしてこんなに緊張しているのか分からない。なぜ、自分の命が危ないかもしれないと感じるのかもわからない。
「ゴミクズ?」
そう教太が呟くと急に教太の口調が変わった。
緊張感を持った相手を刺すような鋭い声で話しかけていたが、その言葉を境に穏やかものになった。
「よく分かった」
「お前と何年付き合ったと思ってるんだ?」
「はは、そうだったな」
それはまるで友達同士の会話に聞こえた。いつものあたしとアキと教太と三人で会話しているようなそんな雰囲気だ。
「相変わらず、部下の魔力を奪ってやってるみたいだな」
「仕方ないだろ。こいつらは魔術師として生きてきたからな。最後くらい魔術師として殺してやりたかったんだよ」
何を言っているの変わらない。魔力?魔術師?教太は一体何を話してるの?
「他の奴もそいつらみたいな訳ありか?」
「いや、そうでもない。イズミやドルダック、レイは普通の魔術師だ」
「普通じゃない。俺は知ってるぞ」
あたしにとってもあのふたりの会話は普通じゃない。一体にどこの中2病患者の話だろうか?
「あいつらもおそらく死に際にオレに魔力を奪われに来る」
「・・・・・・つらそうだな」
男の人は教太の言葉の後に何も言わなかった。あたしが思っているようなふざけた話ではないようだ。じゃあ、いったいなんだろうか?
「戦場に出るたびに死にかけの奴らが楽になりたいとオレのところにやってくる。敵部隊に囲まれて絶体絶命の場面に生きる希望を失った奴らは全員オレに救いを求めた」
「死という救いだろ?」
「ああ。オレは正直こんな力必要ない。人から特徴を奪うことで有となることが出来る力だ。無である自分を嫌ったオレの意思がこの力を覚醒させた。そう考えてる。お前には話ことがあったか?」
「何度も聞いた。飽きるくらいな。その度に俺はこの力をお前にあげたかった」
話の内容が分からない。分からないというのはあたしの絶対に知らないようなことを話している気がした。
「ここに来たのはマラーって言う女の指示か?なんかいろいろと厄介なことをしているみたいだ」
「お前がそれを知ってどうする?」
「・・・・・・俺がすでに死んでるのは知ってるよな?」
・・・・・・死んでる?どういうこと?
「ああ、牢の中で憲兵どもの話を聞いた。そいつはなんだ?」
「国分教太。普通の少年だ。アキナが守っていた転生魔術がこいつにうまく伝承した。正直、こいつには魔術に関わるべきじゃなかった」
「どうしてだ?」
「・・・・・・お前と同じタイプだからだ」
「そうか。その国分という奴も自分の無な存在に苦しんでいたのか」
教太が苦しんでいた?自分が無な存在だということに?
確かに特にとびぬけたことが出来るというわけでもなく、地味なイメージが確かに強かった。それは3年前とは違う。あたしと教太が中学が別れるとき、あいつは無という感じはなかった。あたしと同じようにあたしの知らない3年間に一体教太に何があったのか。過去の詮索を嫌う教太から聞き出せるはずもない。
「それはそうと」
というかなんであたしはこんなところで隠れているのだろうか?
「上に誰かいるみたいだぞ。その国分のことを知っている奴みたいだ」
え!なんで気付いたの?見られていないはずなのに。
慌てて立ち上がる。あたしの中の何かが逃げるように体に指示を送った。でも、振り返るとそこには。
「そこで何をしているのかな?」
目の前にいたのは爽やか笑顔のイケメンコック。でも、その手には氷でできた鋭い氷柱。
「い・・・・・・や。その・・・・・・」
ゆっくりと迫ってくる。あたしはそれに合わせて後退りする。
するとウェイターの人は足を止めてあたしの顔をよく観察し始める。そして、何かに気付く。
「お前!魔女か!」
「え?え?」
何を言っているの?
「魔女?」
今度は後ろから清掃員の格好をした体格のいい男の人。その手にはお坊さんが持っているような先端に輪っかのついた錫杖。
「おかしいね。魔女は機関の風野郎といっしょに部屋に閉じ込めたはずなのにね」
今度はウェイターの男の子。背が低く違和感が強い。もっと違和感があるのはその手に鉛色の剣が握られている。普通じゃないとすぐに分かる。
「何?何?」
怖かった。その場において何が起きているのか分からないことが一番の恐怖だった。凶器を持った3人に囲まれた。
「じゅ、従業員の方ですよね。なんであたしにそんなものを向けて・・・・・・」
何とか説得してみる。凶器を向けてこちらとの距離を詰めてくる。
この殺気をあたしは感じたことがある。埋もれていた思い出したくないとてつもない強大な恐怖。それは火に包まれる建物の中で出会った青髪の外国人の男。その男の手には折れたような刃物を持っていた。腹部を刺されて2階から1階に突き落とされた。その後に襲ったのは火で焼かれた記憶。その時にあたしの言ったことと同じことをあたしはここでも言う。
「教太助けて」
「美嶋!」
踊り場から飛び込んできた影。それはあの時にも見た。教太の姿だった。




