非日常②
爆発の起きた現場は消防車と救急車とパトカーと野次馬で大混乱だ。野次馬の大半は俺の通う高校の制服を着た奴らばかりだ。それは学校近くで爆発が起きたら気になって見に来るに決まっている。おそらく、この中にオカマもいるのだろうが面倒なので無視する。それにあの女の子ことがやはり気になる。
俺と美嶋は野次馬の集団から少し離れたバス停のベンチに座って状況を見ている。こんな混乱した状況の中バスはさすがに来ないだろう。それでもバスが来たのならさすがだとほめたたえよう。
「さて」
俺は立ち上がって体をひねって固まった体をほぐす。長い間ここに座り込んでいたからだ。爆発が起きた直前は歩道は人であふれていたから非常に疲れた。
「どこ行くのよ?」
美嶋は心配そうに言う。
なんだか今にも泣きだしそうな顔をしている。そんなに俺のことが心配か?
「さっきの子が気になってな」
「・・・・・・・教太あんな感じの普通の子がタイプなの?」
「そういうことじゃない」
何か嫉妬でもしてんのか?バカバカしい。
「あの子の様子おかしくなかったか?」
「すごく疲れてたみたいね」
「しかも、走っているというより何か逃げているように見えなかったか?」
「そういえば」
俺たちの声を訊いた瞬間の反応は疲れがたまっている人間の速度じゃない。しかし、それの状況によっては反応速度を上げることもできる。例えば、命を狙われているとか。
「美嶋」
「何?」
「今日はもう帰れ」
「教太は?」
「少し周辺を探してみる」
「私も」
「いいから帰れ」
何だろうな。この嫌な胸騒ぎ。俺は漫画の主人公じゃない。だから、所詮俺の胸騒ぎだ。気にすることもないだろうが、何かすごく嫌な予感がする。そもそも天窓からあの子が落ちてきたときから何かおかしなことが起きているとは自覚していた。その子を周辺では何かがおかしい。あの青髪の男もあの子と何らかの関わりがあるとすれば、何がおかしい?全然わからない。少しイライラする。
「教太?」
「早く帰れ!俺も用事が終わればお前の家に行くから!」
つい声を張ってしまった。
「悪い」
「いいのよ。じゃあ、待ってるからね」
美嶋は立ち上がってひとりとぼとぼと帰路につく。
情けない。少し分からないことがあってそれが分からないとイライラしてそれを他人に当たるのが俺の悪い癖だ。意識しているのだが、そういう状況になった時に限ってそのことを忘れている。あいつの機嫌をまた直さないといけないのか。帰りに何かデザート系でも買っていくことにしよう。・・・・・・・金なくね?
「さて」
俺の目線の先にはあの粒子の道しるべが見える。日の光が当たらないと粒子が光を反射しないので分からなくなる。建物の隙間から差し込む光で光る粒子を便りに進む。
不思議なのはこの粒子もそうだ。何の粒子なのか分からない。そして、他の人には見えていないのか?美嶋は見えていたみたいだけど。
粒子が続く方に沿って歩いていく。小さな川に差し掛かるところで粒子を見失った。つまり、あの子はどこかの路地に入ったか、反対車線に移動したかのどちらかだ。このビル群は駅前ほど大きくないので路地もそこまで大きくない。反対車線は後回しにして路地に入る。まずは一番近くの路地に入る。普段人が通らない路地は薄暗く湿気で肌寒い。足元を見ればゴミばかり。
「探すって言っちゃったしな~」
俺はゴミを避けながら路地に入る。ビルの隙間から降り注ぐ太陽の光で真っ暗ではなかった。十字路にやって来た。左右の路地の幅はなかなかの広さがある。室外機やゴミ箱が置いてあるが、やはり人が使っている気配はない。ネズミとかならいそうだが。
すると缶が落下して転がる音が路地中に響いた。
「ネズミか?」
すると室外機の陰から赤いコーラの空き缶がコロコロ転がっていた。俺はゆっくりと室外機の陰に近づく。俺はネズミだろうと高をくくっていた。こんな汚いところに女の子いるはずないと思っていたからだ。そういたんだよ。その子は室外機の影に。
室外機の影を俺が覗き込むと勢いよく棒か何かが俺の首下で止まった。その勢いに俺は一歩下がる。そこにはワイシャツには泥や灰で汚れていて頬にも泥がついていてひどい状態になったその子だった。
「・・・・・・な、なんだ・・・・・・・」
その子は俺の顔を確認すると崩れるようにビルの壁に身を預けた。
荒い息はつらそうだ。
「おい、大丈夫か?」
俺はバックから飲み物を取り出さす。さっき、バス停前で買ったお茶だ。飲みかけだが気にしている状況ではなさそうだ。
「飲むか?」
俺がお茶を差し出すとその子は恐る恐るお茶を口にする。途中で安全なものだと分かったのか吸い取られるかのようにあっという間に飲みきった。でも、それだけで体力は回復しない。それで体力が回復するのはゲームの中だけだ。
「・・・・・・・あ、ありがとうございます」
苦しそうだ。
「ああ、気にするな」
今にも倒れそうだ。救急車があの爆発によって怪我した人々を運ぶために待機している。そこまで連れて行けば病院まで一直線だ。
「立てるか?表まで行こう」
俺は少女の腕を首にかけて立たせようとしたが少女はそれを拒んだ。もう、抵抗する力も弱々しい。俺がもし乱暴な奴なら気付かないで運んでいた。
「何だ?病院が嫌いなのか?」
少女は首を横に振る。
「じゃあ、俺はどうすればいいんだよ」
「・・・・・・・なるべく」
少女の弱々しい声を訊き逃すところだった。見た感じ外傷はない。ただの疲労だろうか?
「・・・・・・・なるべく・・・・・・・・関わりたくない」
それはどういう意味だ?
関わりたくない?何か面倒なものに関わっているのか?それで病院に行くのはまずいと?
「とにかく穏便に・・・・・・・単独で・・・・・・」
穏便?単独?
訳が分からない。よし、ここは少し冷静に考えよう。まず、彼女の所持品は杖に小さな肩掛けのバッグのみ。もしかして、そのバッグの中には危ない真っ白な粉が入っていたりしないよな?
そうか。つまり、あの青髪は組織の殺し屋とかなのか。
・・・・・・・それって俺も危険じゃね?
すると少女は俺の袖を残った力を振り絞って引っ張った。
「私を・・・・・・私をかくまって・・・・・・・」
もうダメだ。見てられない。
「よく分からないが分かった。とにかくここはその体にはよくない。移動するぞ」
俺は少女をおぶる。今度は抵抗されなかった。逆に全身を俺に預けている。
「とりあえず、美嶋の家に行くか。まだ、別れてあんまり立ってないから急げば追いつけそうだな」
元来た道で戻ろうとするとまさかの声を掛けられた。
「ちょっとそこの僕~」
俺は声のした方を見る。路地の暗闇から現れたのは腰あたりまでストレートの金髪に青色の碧眼の女性。ホットパンツに胸元を大胆に出したキャソールである。ガキの俺には刺激の強い服装をしている。しかも、美人だ。大人の美人だ。そんな大人の美人がなぜこんな汚い路地にいるんだ?
「その子私の知り合いなの。すごく探したのよ」
その割には冷静に見える。
「お前の知り合いか?」
ゆすってみて訊いてみる。少女はゆっくり目を開けて大人の美人さんを見る。
「・・・・・・アゲハ」
「知り合いみたいだな」
あの大人の美人はアゲハというのか。キャバ嬢みたいな名前だな。まぁ、とにかく。
「よかった。知り合いが」
「・・・・・・来ないで」
俺は聞き逃さなかった。少女の叫び。来ないで。
それは明らかにあのアゲハさんを拒絶しているものだ。
「こんなところにいたのかアゲハ」
するとアゲハさんの背後からは男の声が聞こえた。それは俺も見覚えがあった。歩道橋の踊り場で拳銃を構えていた青髪の男。オオカミのような目つきをした強そうな男だった。
「・・・・・・ウルフ」
そのままか。
「あんたがトドメを撃ち損ねたからこんな目に合っているんじゃない。私をこんな汚いところに連れておいて」
「悪かったって」
「今度、クレープおごりなさい」
「あれスゲー高くなかったか?」
今、この二人の会話から聞こえたことはとんでもないこと。トドメを撃ち損ねた?
こいつらは俺の予想通り、彼女を殺しに来た殺し屋なのかもしれない。彼女がどんな悪さをしたのかは知らない。でも、こんな今にも倒れそうな女の子を俺は優先する。自分よりも。
「ちょっと待てよ。どこ行くんだ?」
ウルフと呼ばれる男があの銀色の拳銃を構えた。
「その女を置いていけ。そうすれば、命だけは助けてやる」
俺は振り返る。アゲハの方は動く気配はない。ウルフも銃を構えているが走る態勢にはないっていない。このまま逃げ切れるか?大きな通りに出れれば、振り切れる。そこまでが勝負だ。
「あれ?お前さっきの」
俺は足元にあった缶をウルフに向かって蹴り飛ばした。サッカーをやっていてよかった。空き缶は見事にウルフめがけて飛んでいった。隙ができた。俺は足のばねを最大限に生かして走る。
「待ちやがれ!」
ウルフが銃を撃つ。俺はその瞬間、元来た路地に入る。すると背後で爆発が起きた。あの時と同じ爆炎をあげて爆発した。爆風によろめいたが走り続ける。
細い路地は撃たれる確率が高い。それはゲームセンターのシューティングゲームで学習済みだ。ゾンビを撃ち殺すのが一番楽なのが裏路地だった。なるべく早く抜けないと狙い撃ちされる。全力で走る。でも、ウルフの銃弾の速かった。
「死ね!」
その叫びと共に火薬の爆発する音、俺は振り向く。ウルフの目は獲物を捕らえたオオカミの目だ。銃弾は俺にめがけて迫ってくる。避けないといけないことくらいは分かっている。でも、体が動かない。普通でも無理なのに人一人背負っている状態ではもっと無理だ。
一瞬死を覚悟した。だが、突然何か見えない壁にでも当たったかのように銃弾の軌道がずれて、俺の走る先のビルの壁に着弾した。そして、爆炎をあげて爆発した。今度は爆風にやられて派手に転ぶ。両手を塞がれていたので顔面からこける。
顔は血が出てないがひりひりする。膝に切り傷が入って血が垂れる。
「あ!あの子は!」
俺の正面で倒れていた。怪我はしていないようだ。とりあえず、ホッとする。
「そんなホッとしてる場合か?」
銃口をこちらに向けて少しずつ歩み寄ってくる。
俺は生まれて初めて殺気というものを感じた。ピリピリと伝わってくる緊張感。ウルフのオオカミのような目から迷いはない。銃口は空砲とかいう落ちは全く感じられない。
死ぬ。俺が死ぬ。そう考えると急に足が動かなくなる。映画とかアニメとかで死ぬ奴を見てそこは逃げろよと思うことがよくあるがそういう場面に遭遇すると体が言うことを利かない。金縛りにあったみたいに石になったみたいに動かない。恐怖で体動かない。
「おい。どうした?逃げろよ」
ウルフがそういって近づく。立ち上がれない。恐怖でもう体が言うこと利かない。だから俺はしりもちをついた状態で後ろに下がる。すると右手を握られた。それは思わず振り返ると、少女が俺の右手を優しく握っていた。
「・・・・・・だ、大丈夫ですよ。あなたはここで死んではいけない」
少女はバックの中から一枚トランプよりも一回り大きいカードと手のひらに収まるサイズの十字架のキーホルダーを取り出した。
カードは俺の右手近くの地面において、十字架を俺に握らせた。
「・・・・・・・・死にたくないのなら・・・・・・・・これから起こるすべての運命を受け入れてください」
何だ?これ?命乞いの儀式か何かか?
そんなことをしている場合じゃないだろ。早く逃げないと。
「・・・・・・・・これを使えこなせれば・・・・・・・彼らを絶対に・・・・・・・振り切れます」
「何?」
「受け入れますか?」
少女は今にも気絶してしまいそうだ。ウルフも迫ってきている。判断を迷っている場合じゃない。この少女が守れるならそれに越したことはない。
「分かった!受け入れる!受け入れれば、死ぬことはないだろ!」
「・・・・・・・・何言ってんだ?テメーら?」
ウルフが遠目で俺たちのやっている行為を見たのか急に余裕そうだった態度が一変した。
「テメー!何してやがる!」
そのドスの利いた声と共に銃弾が再び撃つ。先ほどと同様に俺たちの手前で何かに当たったように軌道を変えてビルの上部の壁に当たって爆発した。すると何か見えない壁のようなものがガラスのように割れた。
「結界か」
今、よく分からないことが・・・・・・・。
「行きます。もう、ウルフの攻撃を防ぐ手段はあなたしかいない」
そういうと少女は十字架を握った俺の手を握っていっしょになって十字架を地面に置かれたカードに向かって打ち付けた。甲高い音と共に俺の視界が突然真っ白になった。