風と氷⑤
小さな火を集めて一気に放出する火属性の魔術。アキの放たれたナチュラル・フレアは確かに直撃した。アキのことだから氷華の体が直接ダメージが入らないように考慮していることだろう。心配だったのはあの爆発でアキ自身にダメージが入らないかどうかだった。そのアキは風上がしっかりと受け止めていた。風上と話しているところを見て安心する。だが、その安心もつかの間だった。
雷恥が叫ぶ。それは明らかに危険を知らせるものだった。
炎で包まれる森。その炎がゆっくりと弱まっていき消えていく。それは氷華から放たれる冷気が炎の熱を勝っていた。
俺たちが全力でサポートして放った一撃は利いていなかった。
「マジョ。シネ」
太刀を振り上げる。風上はアキを覆いかぶさるように抱きつく。俺はその間に入る。でも、両手から力が発動しない。氷華の太刀を力が発動した状態でもその手の表面は凍っている。その度に力を使って氷を破壊しているが傷は癒えない。それに一度刺し貫かれている。そのせいでもう両手の感覚がない。両手があるのかどうか肉眼で確認しないと不安になるくらい感覚が失われている。そのせいで力がうまく発動しない。ダメだと思った時だった。
赤黒い炎が氷華の太刀を吹き飛ばした。それはさっきアキが起こしたオレンジ色の炎とはかけ離れた炎。その炎は俺たちがどれだけやっても折ることが精一杯だった太刀を一撃で吹き飛ばした。
「すまんな。遅れた」
「大丈夫だった?風也ちゃん」
リンさんとリュウだった。魔術の世界に行って穴を破壊されてこちらに戻れなくなったはずのふたりがここにいた。
「ど、どうやって!」
俺がすぐさま聞いた。
「私たちが調査したのは私たちの使用していない非合法の異次元の出入り口。私たちが正規で使っている入り口を使って慌てて戻って来たの。感謝してよね」
「そうや。俺なんかアマゾンのど真ん中からここまで来るのにどれだけ大変やっと思っとるんや?」
「私なんかエベレストの頂上よ」
どんなところに入り口があるんだよ。
「そのおかげですぐにこれが罠やと分かったで」
「そうよ。あんな実用性の乏しい場所に入り口を作るはずがないもの」
だから、慌てて戻ってきた。俺たちが危険だとすぐに分かったから。
「で、あれは何?アキナちゃん?」
冷静にリンさんが聞く。
「氷華さんです。知ってますか?」
「風上の彼女か」
「風也ちゃんの彼女ね」
みんな知ってる・・・・・。
「それにしては何だかごつくない?」
それもそうだ。今の彼女は契約系の魔術に体を支配されている。その肝心の氷華は吹き飛ばされた太刀を拾い上げる。
「どうやら、悪魔と契約したみたいです。そのせいで自我を失って風也さんだろうがいっしょにこちらに来た味方だろうが問答無用で攻撃しています」
アキが的確に素早く現状を伝える。
「契約した魔術はあの氷の腕なんか?」
「そうです。破壊しても契約した陣を破壊するには至りませんでした」
そう。あの腕を破壊しても悪魔から氷華を助けることはできなかった。
「契約を破棄するための陣を組む必要がありそうね」
「そんなものあるのか?」
「あるわよ。教太ちゃん」
そういって紐のスカートの紐を数本引きちぎる。生足の太ももに目が行くが今はそれどころじゃない。
「リュウちゃん。援護よろしく!」
「分かってる!」
そういってリンさんは氷華のいる方とは全く別の方向に走っていく。
「アキナちゃん!教太ちゃん後で使うから力を使えるようにしておいて!」
「は、はい!」
そう言いながらリンさんは氷華の周り囲むように走り続ける。その手にはスカートの紐がある。だが、よく見ると紐が伸びている。30センチほどしかなかったとてつもなく伸びていて氷華の周りに円を作る。
そのリンさんを狙うように氷華は無数の氷の刃を発生させて狙う。
「させないで」
冷静にそういってリュウはあの黒い銃で氷の刃を撃つ。着弾した瞬間、赤黒い炎が爆炎のように上がり氷の刃を溶かし破壊する。そして、氷華は標的をリュウに変えた。氷の腕でリュウを殴ろうとする。だが、リュウの撃った銃が腕に着弾して赤黒い炎で簡単に氷の腕が破壊された。俺たちがあんなに苦労して破壊し続けた腕をリュウはいとも簡単に破壊した。
「あの炎はなんだ?」
俺の手を治療しながらアキは答える。
「リュウさんは私たちの組織で唯一龍属性の魔術を使える魔術師です」
「龍属性」
「はい。今は炎を使っています。龍属性は形状があり、その形状によって苦手得意が変わります。今は炎なので火属性と類似です。状況によって別の形状の龍属性魔術を使うことが出来て万能の属性魔術と呼ばれるのが龍属性です」
つまり、今は氷属性を相手にしているから炎の形状の龍属性を魔術を使っているということか。
「リンさんは何をしてるんだ?」
ずっと、スカートの紐を伸ばしながら周りを走り回っているだけで何かしているようには見えない。
「魔術の陣の作成です」
それってすぐにできるものなのか。いつも陣はカードに描かれているものに十字架を打ち込んで魔力流して発動するものだろう。それよりも。
「リンさんは確か空間魔術を使うはずじゃないのか?」
「確かにリンさんは空間魔術が得意ですが、攻撃面ではあまり大きな成果を発揮できません。空間魔術は空間を裂く攻撃とかが主流ですがランクが非常に高く一部の魔術師、教術師しかか使われていません。なので、リンさんはリュウさんと共に戦闘をしてリュウさんの支援をすることが多いです」
「じゃあ、今はリュウの支援をしているのか?」
「いえ。今はリュウさんへの支援ではありません。あの術を発動する準備をしています。リンさんのあの紐は空間魔術を使う際にも使っていますが別の目的でもよく使っています」
「その目的が陣の作成。・・・・・・・陣ってそんなに簡単にできるのか?」
「魔術が出来た初期のころは直接地面に陣を書いて魔術を使っていました。カードに描いて運ぶという技術が生まれたのはつい半世紀ほど前です」
歴史というものがあるんだな。
「でも、すぐに作成できるのは簡単な物に限られます」
「その魔術の陣ってなんだ?」
「おそらく、転生魔術です」
「それって」
人の魔力を別の人に移す魔術。それによって無数の属性魔術を使うことを可能とする。
「転生魔術は陣の中でも一番レベルが低く、その先端に十字架の形をしたものを置けば完成です」
よく見るとリンさんは氷華の横を通っている。だが、リュウがその氷華の気を完全に引いているために気付かれていない。でも、リンさんが描いている陣をよく見ると三角だ。一番レベルの低い陣だ。俺がこの力を転生した時は五芒星だった。
「転生魔術って種類でもあるのか?」
「種類は一つしかないですが、あえて高レベルの陣で転生させることで低レベルの魔術師に故意に転生させることを防ぐことが出来ます。私が教太さんに転生させたときはあの時、私が使えた一番レベルの高い陣です」
そうだよな。俺の力みたいな最重要性のある魔術は高レベルの転生魔術で厳重に保管されるということか。
すると氷華が陣を作成しているリンさんに気付いて攻撃してくる。
「ちょっと!リュウちゃん!」
「今!弾切れしてリロード中や!」
急いで銃の弾を入れ替えているが、氷華の氷の腕の方が早かった。何度もリュウの龍属性の爆炎を食らっていても氷の腕は健在だった。
「仕方ないわね」
そういって右手でスカートの紐を再び二本ちぎる。そして、それを鞭のようにして伸びる。自分の手足のように紐は伸びて二本で輪っかを作る。そして、カードを取り出して紐を握る手に置いて十字架を打ち付ける。
「亜空間転送術!」
そういうと青色に光る陣の中心には五芒星。その青い光が稲妻のように紐を伝わって紐で作った輪っかに伝わると、輪っかに黒い穴が発生した。あれは俺だ廃工場に向かうときに使っていたものだ。それを氷華の氷の腕とはすれすれのところに発生させる。その境目に氷の腕が接触する。すると氷の腕は絞られるように破壊される。抵抗もなく一瞬で破壊された。
異世界への穴を最初に見たときの注意事項で穴の境目には触れるなと言われていた。そうなると時空のゆがみですべて破壊される。リンさんはそれを使って氷の腕を破壊した。
「待たせたな!装填!龍炎弾!」
リュウの銃のリロードが完了した。再び赤黒い炎の攻撃は再開される。
氷華は何もできないでいた。
「殺すんじゃないぞ!」
風上が念を押す。
「分かってる!」
そういってリュウは氷の刃を次々と破壊していく。
「完成したわ!」
リンさんの作っていた陣が完成したみたいだ。
「そういえば、転生魔術だって言ったけど氷華の魔力を奪うのか?」
「いいえ。転生魔術は一つの魔力しか奪えません。あの氷の腕は明らかに氷華さんの魔力でありません。おそらく、あれは契約系の魔術が自立して自らの持つ魔力で動いている可能性があります。そうでなければ、あんなに連続で氷の腕を治すことも氷の刃を出すこともできないはずです」
「じゃあ、奪う魔力はあの悪魔術ってことか?」
「はい。奪うときに風也さんのように二種類の魔力がある場合、術者の意思で好きな方をひとつ奪うことが出来ます」
「でも、その奪った魔力はどうなるんだ?カードに封じ込めるのか?」
「それは無理ですね。契約系の魔術は契約者にしか扱えません。だから、取り出せたとしてもあの腕は発動したままです。発動できるのは契約者だけであるように解除するのも契約者だけです」
「じゃあ、どうすれば・・・・・・」
「そこで教太さんの出番です」
「え?」
「リュウちゃん動き止めて!」
「分かったで!」
そういって銃の弾を再び入れ替える。
「装填。龍氷弾!」
そういって氷華の足元に銃弾を撃ちこむ。今度は着弾と共に赤黒い氷の結晶が発生する。その赤黒い氷で足元を凍らされた氷華は動けなくなった。太刀で破壊しようとする。その太刀にリュウは龍氷弾を撃ちこむ。太刀が地面で凍る赤黒い氷と一体になってしまい動かせなくなった。氷の腕は再生中。同じく氷の刃も再生中。氷華はすべての武器を完全に失った。
「行くよ!」
リンさんが完成した陣に向かって十字架を打ち込むと紐に沿って青色の稲妻が走っていく。そして、陣の中心に描かれた三角の頂点にはあの時と同じ立体の十字架が発生する。そこから発する稲妻が氷華の再生しかかっている氷の腕に走る。
「あああああああ!」
氷華は叫び苦しんでいるように見える。
「来ます!」
アキが言った直後、十字架から放たれていた青い稲妻がバチンと大きな音を立てて始めた瞬間、氷華の失くした腕の境目から出てきた半透明の氷でできた龍だった。
「教太さん。あれが悪魔です」
「・・・・・・・・あれが」
俺の想像と違う。悪魔というのは人みたいな姿をしていてしっぽを生やして翼が合って毒々しいイメージがあった。だが、アキの言う悪魔はどちらかと言えば白龍に近い。
「あれが?」
「見た目に騙されないでください!あれが氷華さんに憑りついているものです!私たちでは破壊できません!でも、教太さんの力ならきっと!」
俺の力は物体を破壊する力だ。あれは果して物体として認知していいのだろうか?本当に俺で破壊できるのだろうか?
「行け。国分教太」
「風上?」
「俺の風を使って飛び込め。ここからだと届かない。お願いだ」
あのプライドの高い風上の願いだった。
「氷華を助けてくれ」
その瞬間、俺にあふれるばかりの力を感じた。
両手に力を込めるといつものように力が発動してくれた。
「頼む。風上」
風上は黒く染まってしまった刀を手に取ると刀は元の銀色の刃を取り戻した。そして、風を起こる。
「行けー!」
俺が軽く跳ぶとそこに風上が風を打ち込む。俺は中をミサイルのように飛んでいき、半透明の氷でできた龍に突撃していく。俺は左手で右手首を握る。
俺の力はすべてを破壊するものだ。でも、破壊できないものがそこにある。それは人の信頼関係。人とのつながりを俺は破壊できない。いや、破壊しない。
「破壊されるのはお前だ!悪魔!」
半透明の龍は俺に向かうように鋭い爪で抵抗しようとしてくる。
だから、どうした!この俺にお前が破壊できないとでも思ったか!
俺はその瞬間、黒い靄で出来たランス。俺も持つ力の中で唯一伝承した技。
「無敵の槍!」
その槍は龍の爪を貫いて本体も貫いた。そして、龍は俺の力によって全体が崩壊していく。その中に描かれていた五芒星の陣に達した瞬間、ぼろぼろと崩れていった。俺の力によるものではなかった。それはまるで自然の摂理によって消えて行った。
今まで周りを支配していた冷たい氷の冷気が暖かな日差しに包まれた。氷華の氷の腕は完全に崩れ去った。再生中の氷の刃も同じだった。太刀を覆うように刃になっていた氷も割れて消えた。抵抗していた氷華も気が抜けたように体中の力が抜ける。リュウガは赤黒い氷を溶かすと氷華は地面に倒れ込む。
風上が氷華のもとに走る。
そして、氷華を抱き上げる。そして、その瞳から普段の風上からは流れることはないだろう大粒の涙が流れる。
「・・・・・・すまなかった。梨華」
それはそれ以上風上のことを見ないことにした。俺は風上のプライドを守った。
その後、氷華は大きな傷もなく命には別条はないようだ。




