属性戦士②
俺は過去を詮索することは好きじゃない。それは俺自身が過去を探られることを好まないからだ。だから、言わなくてもいいと俺は言った。だが、風上は言った。
「俺は物心ついたころには機関にいてひたすら風魔術のみを訓練させられた。いつも死と隣り合わせだ。周りの奴が次々と商品にならないと言って消されていく中俺は生き残った」
「そ、そうなのか」
「・・・・・・・・どうした?」
「いや、急にぺらぺらと話すもんだから」
何か気味が悪い。
「もう、みんな知っていることだ。風上風也という名前を聞けば誰もが機関の出身だって分かる。隠せない。君だけが知らずに俺のことを風上風也だと信じてくれた。うれしいようでうれしくないようで。風上風也は元々俺の名前じゃないしな」
魔術の世界では子供に強力な魔術を学ばせて命の取り合いをする戦場に送り出すことが普通なのだろうか。アキも同じ年だが、魔女と言われて戦場に出ていた。魔術の世界の情勢はかなり悪いみたいだ。
「最初にこっちに来たときは君のようにのうのうと生きている奴らを見て腹が立ったよ。もう、君の年で戦場に駆り出されるものが多い。でも、君らは戦場に出ず平和に暮している。苦しい思いをしてきたこっちからすれば腹立たしい。だが、逆に憧れた。なんで魔術のある世界に生まれてしまったのか。アキナも言っていた」
「アキも・・・・・」
そう話しながら廃工場に進む。
「だからこそこちらの世界に魔術を持ちこんではならない。俺はそう思う。だが、もう無理そうだ」
俺の方を見て言う。確かに俺にはもう魔力が宿り魔術の親戚である教術を使える身になってしまっている。だが、これ以上広げるつもりはない。特に美嶋には。
廃工場の大きな入口にやって来た。さびて赤くなった鉄の扉は重くずっしりと存在感がある。
「今日はここに風上と同じ魔術師がいるんだよな?」
「ああ」
「その割には・・・・・・・」
「静かすぎる」
声どころか物音一つ聞こえない。怪しい雰囲気のみが残る。
「開けるぞ」
身構える。これでもし何もなければまるでバカみたいだ。でも、それならそれでいい。
ゆっくり鉄の扉を開ける。中は夕日が差し込んでオレンジ色に染まる。それは広い天井にかけての話だ。その地面の方を見て俺は思わずその場で嘔吐してしまった。
「・・・・・・これは」
そこにいたのはたくさんの死体だった。パッと見で10人程度はある。地面は一面赤く血で染まっている。その死体は何か切り裂かれたように腕が切られていたり、内臓が飛び出ていたりしている。それ以外にはウルフの時のように焼けている死体もある。それは俺の知らない非日常だった。
「無理をするなよ」
「あ、ああ」
風上も顔色が悪い。風上本人も死体を見ることに慣れていないようだ。
「まったく、アキナがいなくてよかった」
そう呟いて工場の中に入っていく。ぺちゃぺちゃと血の水たまりを踏みながら進む。そして、死体ひとりひとりを確認する。すると、ひとりの死体に駆け寄る。何か話しかけている。生きている魔術師がいたということだ。
俺も意を決して工場に入る。中は血の臭いで充満している。カラスが寄ってくるはずだ。
もしかして、この中にリンさんやリュウがいたりしないよな。ここいる死体がまだ他人だからいいが、そこに知り合いが混ざっているともう俺はどうかしそうだ。
なるべく死体を見ないように風上の方に歩く。血だまりを避けたくても踏んでしまう。靴が赤く染まっていく。
「大丈夫か?」
風上が話しかけているのはリンさんでもリュウでもなかった。とりあえず、安心する。
風上が話しかけている男は風上と同じ年くらいで、がたいのいい男だ。魔術師よりも格闘家みたいな感じだ。
「か・・・・・・ざ・・・・・・・がっは」
「無理するな。今治療してやる」
風上はカードを取り出す。おそらく回復魔術だろう。だが、回復魔術は応急処置であって完璧に治るわけじゃない。俺は救急車でも呼ぶべきなのだろうか。でも、こんな悲惨な現場を見て普通でいられはずがない。
『教太!上だ!』
ゴミクズの声だ。それは警告だった。
俺は上を向く。工場の影の部分。この工場は鉄筋の骨組みがむき出しになっている。その影の部分の鉄筋の上に誰かいた。そして、紫色の閃光が見えた。
「風上!上!」
その声に風上は反応してけが人を抱えて横に飛んで俺の方に滑るようにやって来た。風上がいた場所に雷が落ちる。爆発音と共に爆風と噴煙が上がる。
「国分教太!5秒だけ時間を稼げ!」
「は?」
爆炎が晴れるとそこには人がいた。その両手には刀を持っていた。長さは風上の持つ右風刀同じ短刀。金髪短髪の小柄な男だ。男は態勢を低くしてこちらに飛び込んできた。
俺は両手に力を込めて教術を発動させる。黒い靄が両手に発生コツは完全につかんだ。
そして、俺の教術の弱点を俺なりに考えた。ウルフと戦った時に火を防ぐことがあまりできなかった。この力は破壊することだ。物体を持たないものを破壊できない、つまり、火は物体を持たない。それは雷も同じ。いくらあの刃が破壊できたとしても雷はくらってしまう。だったら・・・・・。
俺は近くにあった。鉄筋の柱触れて破壊する。そして、一度触れた物はどんな大きさでも時間さえあれば好きなように破壊できる。俺は金髪の男の頭上の鉄筋を破壊して落とす。その音に気付いた金髪の男は後ろに飛び退く。
「5秒稼いだぞ!」
「よくやった。彼を頼む」
風上は刀を抜く。すると金髪の男が風上に斬りかかって来た。その刃には紫色の雷が帯びている。風上は刀に風を宿してその攻撃を防いだ。押し切れなかった金髪の男は風上と距離を置く。
雷属性の魔術は風属性に弱い。相性はいい。
だが、風上は攻撃しにいかない。
「おい、どうした!風上!」
「君がなぜここにいる?」
え?もしかして知り合い?
「やっぱり!風也先輩っすよね?」
向こうも風上のこと知っていた。
「お久しぶりっす」
「半年ぶりくらいか?雷恥」
雷恥。名前に雷で縛られている。
「そうっすね」
どうやら、あの金髪は風上の後輩のようだ。一体何の?
今の組織の後輩だったらただのクーデター。今の組織じゃないのなら機関の後輩ということになる。
「あ。そいつが例の教術の転生に成功した奴っすね」
「そうだ」
「そうっすか。じゃあ、邪魔しないでください」
急にその目つきが鷹のようになった。獲物を狙う目だ。
「悪いな。それはできない」
「残念っす」
そういって飛び込んでくる。その刃には雷が放電している。地面に当たり砂埃を舞い上げながら風上に突っ込んでくる。風上は刀に風を宿して雷恥に向けて振りかざす。すると、竜巻のような風が吹き荒れる。建物を吹き飛ばすほどではない。だが、雷恥の雷を消した。それを分かっている状態で雷恥は右手にもつ剣で風上を斬りかかる。風上はそれを刀で防ぐ。そして、左手の剣の追撃をする雷恥。風上は受け止めていた雷恥の剣を受け流して追撃をかわした。攻撃が不発に終わった雷恥のがら空きの頭部を風上は柄で突くように殴る。雷恥は怯むが追撃を警戒して後ろに飛び退く。だが、風上は攻撃をしない。
「おい。風上」
「余裕っすね。完全に手抜いてるじゃないっすか」
「いっしょに苦しい機関での生活を生き抜いてきた仲間だ。斬れるはずがない」
俺には手を抜いているかどうか分からない。でも、風上は何か余裕そうな表情をしている。
「ひとつ訊こう。ここにきているのは雷恥、君だけか?」
「違いますよ。俺に以外にも来てますよ」
「彼女もか?」
「そうっすよ」
風上の仲間が他にもいるのか。確かに異次元の穴を通った人数は3人。他にいてもおかしくない。
「いったいどうやってここに来た?目的はなんだ?」
「それは先輩の彼女さんに直接聞いてください」
「か、彼女!?」
え?この堅物そうな風上に彼女がいるのかよ!俺にはいないのにこいつに入るのかよ。なんか許せん。
「何を驚いている。こう見えて俺は23だぞ。女のひとりやふたりいてもおかしくないだろ」
「うるせー!」
末永く爆発しろ。
「だが、厄介だな。彼女が来ているということはアキナが危ない」
「え?」
なんでアキナが出てくるんだ?今は関係ないだろ。
「状況を見ると君たちは異次元の穴の調査隊を襲っているようだな。警戒しているのはリンか?それともリュウガか?」
「どっちもっすよ。あのふたりは強すぎるしイレギラーっす。俺なんかじゃ手におえない。でも、どこに繋がっているか分からない穴の調査では必ず先陣を切る。穴に入ったら穴を壊せばこちらには戻ってこれないっす。そのタイミングを計ったっす」
「なるほど」
じゃあ、あのふたりは少なくとも生きているということか。でも、こっちの世界にはいないということだ。
「おい。それって他の異次元の穴の場所でもこんなことが起きてるってことか?」
「そうだな。国分教太」
「な、なんだ?」
俺は恐怖で足がすくんでいる。だってこんな平和な街のあちこちでこんな血の海が広がっていると思うと怖い。この雷恥は風上の後輩。もしかしたら、風上以上の機関出身者がいたら不味い。
「アキナに連絡取れるか?その携帯電話とかいう奴で」
「あ、ああ」
今は美嶋といっしょに行動しているはずだ。美嶋に電話してアキに変わってもらえば連絡が取れる。
「なら、身を隠せと伝えろ。敵が来たことはなるべく伏せろ」
「わ、分かった」
「させないっすよ」
雷恥が俺に向かって飛び込んでくる。風上が間に入って攻撃を受け止める。風と雷が交差してまるで嵐のようだ。
俺は工場から出て木陰に隠れて美嶋に連絡する。
「頼むから早く出てくれ」
しばらく、呼び出し音がなってからいつもの美嶋の声がした。
だが、ノイズが激しい。美嶋のような声が聞こえるのだが聞き取ることが出来ない。おそらく、近くで雷やら暴風やら吹いているせいで電波が乱れているのだろう。
「ならメールで」
電話切ってメールを送る。
轟音がなって振り向くと建物を支えている骨組みである鉄筋が俺に向かって飛んできていた。一瞬死んだと思った。だが、風上が飛び込んできて鉄筋を吹き飛ばした。
「ス、スゲー」
「アキとは連絡取ったのか?」
「お前らが暴れてるせいで電波が悪いんだよ」
「くそ。面倒だな」
おそらく電波が何か分かっていないだろう。でも、あの雷恥をどうにかしないとアキと連絡はできない。
「お前余裕なんだろ。だったらさっさと倒せよ」
「それは無理っすよ」
トタンの壁を破壊して雷恥が出てきた。
「属性魔術的には先輩の方が相性がいいっす。でも、この魔武の特性と相性が悪いみたいっすね」
「どういうことだ?」
「俺は先輩の魔武の特徴を知っているっす。右風刀は切り込んだ斬撃とはワンテンポ遅れて風属性の攻撃が来るっす。だから、太刀筋を見ていれば、風攻撃はかわせるっす。それに対して俺の魔武は剣を覆うように展開してるっす。つまり、俺の斬撃の前に雷が先輩をおそうっす。それが二刀流っすよ。刀一本じゃ一発を防ぐの精一杯っす。俺も少しは強くなったはずっす。先輩に勝てる自信をつけてここにいるっす」
剣をクロスさせて風上に突っ込んでくる。風上は風を使って雷を消す。だが。消せたのはクロスさせて前に出ていた右の刀だけだった。右の刀で風上に斬りかかる。それを風上が防ぐ。
「今度はどうやって防ぐっすか!」
おそらく向こうはまた攻撃を受け流してかわそうしてくることをよんでいる。そのために攻撃の範囲のある雷の斬撃を残している。いくら、俊敏な風上でも交わせない。
「先輩でも容赦しないっす!」
風上は同じように雷恥の右の刀を受け流して飛び退いてかわそうとした。だが、雷恥の左の刀の雷による範囲攻撃がさく裂した。紫色の雷がドームを描くように走る。
「風上!」
雷によって上がった煙の中から一本の刀が回転しながら飛んできて俺のすぐ横に刺さる。
「わぁ!」
その剣は俺が風上の右風刀に触れたときのように炭のように黒くなっている。契約系の魔武。風上の持つ者と同じだがその刀は風上の物ではなかった。
「・・・・・・あれ?」
煙が晴れると雷恥の左の刀が消えていた。その刀は今俺の横にある。でも、どうして?
「まだまだ、ひよっこだな。雷恥」
風上は刀を雷恥の首に突きつけていた。雷恥は身動きが取れない状態になっていた。
「どうやって?」
「お前言ったよな。右風刀は斬撃から遅れて風が起こると。それをやっただけだ。遅れてくる風を俺が操作できないとでも思ったか?」
「ま、まさか。俺の攻撃を受け流した時に風を起こしたってことっすか?」
「そうだ。お前が斬ったのは俺ではなく、俺の起こした風だ。風属性は雷属性の雷を散らす効果がある。お前の雷を俺にかすりもしていない。さらに風に斬りこんだことによって収縮していた風が一気に周囲に放出する。その勢いお前は負けて剣を離した。油断が隙を生んだ。そういうことだ」
風上は武器を捨てろとつぶやくと雷恥は渋々剣を地面に捨てて両手をあげた。
「今のうちにアキナに連絡しろ」
「あ、ああ」
その圧倒的な強さに俺は我を忘れていた。風上は最後まで余裕だった。アキの言っていたことは本当のようだ。風上は強い。
「そうだ。国分教太」
「なんだ?」
今ちょうど美嶋の電話番号にかけて呼び出し中だ。
「伝える内容を変えてほしい」




