非日常①
「た、高い」
レジに表示された値段を見て汗が止まらない。
財布を覗くとぎりぎりお金があったからよかったが、財布の残金が12円になってしまった。こんなことならオカマとゲーセンで遊ぶんじゃなかったと後悔する。
学校が終わり近くのショッピングセンターのフードコートに俺と美嶋は いる。このショッピングセンターは地元商店街の反対を押し切って作られたものだ。だが、客は意外にも商店街から離れなかったので、ショッピングセンターはいつも空いている。3階建ての俺たちの町の中ではなかなかの規模のショッピングセンターだが客の足は遠い。立地条件が学校と同じ坂の上であることが原因らしい。俺の高校からはかなり近いので同じ制服の生徒をよく見かける。
「ありがとうね。教太」
「それで許しを得れるのならそれに越したことはないです」
美嶋にクレープをおごった。まぁ、悪いことをしたと思っているのでおごった。そうでなければおごらない。俺の財布は常に氷河期同然なのだ。
「これからどうするのよ?どうせすぐに家には帰らないんでしょ」
「まぁな」
別に家が嫌いというわけではない。だた、学校の授業をさぼってこうやって遊んでばかりいる俺を親が許すわけないと俺は思っていた。だが、親は何も言わない。俺が学校をさぼろうが、悪さをしようが、淡々としていてなんだか気味が悪くて居心地が悪いのだ。だから、帰るのに若干の抵抗があるのだ。
「なら、今日も泊まる?」
「そうするかな」
フードコートを抜けて天窓で太陽の光が降り注ぐ吹き抜け近くのベンチ俺たちは腰かける。
「でも、女がほぼひとりで寝泊まりしている家に男が毎日のように寝泊まりしているとかおかしな展開に何かにならないよな?」
「大丈夫じゃない。いつもあたしがあんたを縛って拘束してるから」
「さらっと嘘つくな!俺はそんなMじゃない!」
「あたしが縛られてる」
「変な嘘つくな!おまわりさんとかいないよな?」
周囲を確認。おまわりさんどころか人影なし。異常なし。
「まぁ、ほぼ毎日修学旅行していると思えば楽しいわよ」
クレープを食べ終えて紙を丸めて少し離れたゴミ箱に投げ込む。もちろん外れる。
溜息を吐きながら立ち上がって落ちたごみを拾いに向かう。不良少女なのにきれい好きな一面がある。俺も不良っぽくないと言われる。それもそのはずだ。俺は普通の少年Bなのだから。世の中すべての不良少年すべてが最初から不良だったわけじゃない。俺も美嶋もオカマだってそうだ。みんな何か知られたくない傷を負っている。それから逃げる奴は弱い奴だと思う。
美嶋が屈んでゴミを拾う。少し目線を低くするが、見えなかった。短いスカートしているくせに見せる気はないのかよと絶対に口には出さない。今度は冗談抜きで殺されかねない。
天窓から入る太陽の光を俺は目を細めながら見上げる。太陽は必ず必要な存在だろうなと思う。俺は違う。世界に住む人類の中で特に必要とされていない人間のひとりだ。総理とか大統領になる奴らはすごいと思う。それは国民に選挙を通して選ばれてようやくなることが出来るということは国民に必要とされているということになる。そんな存在になれるのだろうか?無理だろうな。絶対に無理だ。俺には誰かを導くような力も知恵もない。俺は必要なのだろうか?
天窓を見上げながら日の光で目を細めていると天窓の中心に黒い点がひとつあった。それはどんどん大きくなっていく。
そして、天窓がバリンと大きな音を立てて割れた。
俺は慌てて立ち上がって吹き抜け近くのベンチから離れる。落下するガラス片と共に不思議なものがいっしょに落ちていくのを俺は見た。白い半袖のワイシャツに短いチェック柄スカートに艶やかな黒い髪を後頭部付近に結んでいる少女。黒くて大きな瞳が俺の方を見た。視線が一瞬だけあった。その時だけ時間がゆっくり進んでいるように感じた。
「ってちょっと待て!」
このショッピングセンターは3階建てだ。普通あの高さから落ちたら死ぬだろ。これ確定だろ。
俺は慌てて吹き抜けから1階を除く。俺が見たのは幻でもなんでもなかった。
どのガラス片も床に接触すると粉々に砕けて太陽の光を反射して少女を取り囲む粒子のようになった。だが、少女は空気のクッションでもあるかのようにゆっくり床に着陸した。粒子の中心にいる少女は俺の方を見上げた。しばらく、目が合うと少女は出口がある方に走り去っていった。
俺はしばらく金縛りを受けたように見下ろしていた。
「ちょっと教太。大丈夫?」
心配そうに美嶋が声を掛けてきた。
美嶋に肩を触れられると俺は金縛りが解けたようにバッグを持って近くのエスカレーターを使って下の階に下りる。
「ちょっと教太!」
美嶋も追いかけてくる。
「どうしたのよ?それよりけがはないの?」
「女の子がいた」
「は?」
エスカレーターを駆け下りて吹き抜けの方を見る。粉々になったガラス片が粒子のように舞っているように見えた。何か不思議な感じがした。
「女の子って何?」
「天窓が割れたと同時に落ちてきたのを見た」
「落ちてきた?」
美嶋は吹き抜けの方を見る。
「女の子どころか人一人いないじゃない」
「出口の方に行った」
「と言うかあの高さから落ちたら普通死なない?」
「俺もそう思ったけど、着陸して走って行ったよ。たぶん出口の方に」
少女が走り去った方には出入り口がある。俺は自然と足が動く。
自動ドアで外に出る。駐車場のない目の前に市道がある歩行者専用の出入り口にさっきの少女の姿はない。もうどこかに行ってしまったのだろうか?
「教太。あれ何?」
美嶋が俺の肩を突っついて指を指す方向にはあの吹き抜けと同じ太陽の光で反射する粒子があった。その粒子は歩道橋の方に繋がっていた。反対側の駐車場に行くために作られたあまり使用されていない真新しい歩道橋。二階の出入り口ともつながっていて空中の遊歩道のようになっている。
そこに道しるべのように粒子が続く。
俺はそれを追いかける。美嶋も続く。
階段を上ると粒子はすぐに左に曲がっていた。曲がって少ししたところに俺が見た少女がいた。アクリル板のフェンスに背中を預けて息切れで肩が激しく上下に動く。汗がぽたぽたと垂れる。ワイシャツは汗で透けて下着が、
「見るな」
美嶋の目つぶし。
「あ!痛!」
俺の声に少女は反応して近くにおいてあった杖を持って立ち上がって杖を俺たちに向けた。杖の先端には十字架がついていた。
少女の目は完全にかすれていて疲れていることがすぐに分かる。もう立っているだけでもつらいはずだ。
「おい。大丈夫か?」
俺が少女に一歩近づくと少女はフェンスを飛び越えて数メートル下へ飛び降りた。
「・・・・・・美嶋。今の見たか?」
「見たわよ」
俺たちふたりは慌てて下を見る少女はよろけながら歩道に沿って雑居ビル群の方に向かう。足取りからしてけがをしていないようだ。
「教太。飛び降りてみてよ」
「いや、普通怪我するだろ」
「男の子でしょ。不可能はないでしょ」
「いや、何勝手に男は無敵みたいなこと言ってるの?」
「男ってふってもふってもあきらめわるいのよね。いくら精神的に来る悪口言ってもびくともしないのよね」
お前は過去にいったい何があったんだ?
しかし、何であんなふらふらになるまで走る必要があるのかよく分からない。まるで何かから逃げているみたいだ。
「どうする?追いかけてみる?無視する?」
「あんなふらふらで今にも倒れそうな女の子を無視するほど俺の心は不良じゃないよ」
「同じ意見よ」
俺たちは階段を使って降りようとする階段の踊り場で何やら雰囲気の違う人物を発見した。青髪で背の高い大きな男。革ジャンにジーパンと服装から見るとアメリカ人のように見えた。そんな男の右手には銀色に光り輝く拳銃が構えていた。
・・・・・・・・・拳銃?
銃口から火が噴くと耳に響く火薬が爆発する音、銃口から放たれた銃弾はよろめきながら走る少女に向かって行った。足元が安定しない少女は足をもつらせてこけた。そのおかげで銃弾を避けることが出来た。だが、銃弾が着弾した途端大きな爆炎をあげて爆発した。数十メートル離れたところにいた俺たちのところにも熱風混じりの爆風に襲われた。
銃弾が着弾したのは従業員用の駐車場に停めてあった車だった。爆発で車が宙に浮く。余波で車が炎上して燃料に引火して爆発する。周囲にいた人々が慌てて逃げ出す。遠くから消防車のサイレンの音が聞こえる。俺の胸には爆発におびえる美嶋がいる。俺は爆発の現場をただ見ていた。この世の物とは思えないものだ。火の海が広がっていた。
さっきの少女の姿が見当たらない。最悪の状況しか俺の脳裏をよぎらない
「そうだ。おま!」
あの爆発は明らかにさっきの青髪のアメリカ人っぽい奴だ。
だが、そいつはそこにはいなかった。周囲を見渡すが姿が見当たらない。逃げたみたいだ。
「美嶋立てるか?」
怯えながらも頷いた。俺と美嶋は立ち上がってこの場から離れる。この火災でこの歩道橋も倒壊するかもしれない。離れたほうがいいと俺の判断によるものだ。今も燃え続ける車をもう一度いて階段を降りようとした時、俺の視界の角に気になる物が写った。
炎の赤色が反射して赤色に輝く粒子がまだそこにあった。それはビル群の裏路地に続いていた。あの粒子が何なのか分からない。でも、あの粒子があの少女の移動した道を示しているのだとしたらあの少女は生きている。