魔術のない日常①
その日の捜索はそこまでになった。
リンさんとリュウは寝床を自分たちで用意しているらしいのでそこに向かって行った。風上とアキも拠点を構えているらしく俺はひとりで取り残されることになった。町のはずれのこのあたりは家からかなり遠い。行きはリンさんの時空間魔術で一瞬でここまで来れたが帰りはないらしい。蛇で精神的にやられたらしいからだ。
「はぁ~」
溜息が止まらない。とぼとぼと暗く染まっていく街を歩く。これから何をするか考えながら歩く。家に帰る気はない。気味が悪いと思ったのが親が俺の入院手続きを淡々と済まして俺がなぜ怪我をしたのか何も聞かなかった。着替えと暇つぶしの漫画を数冊持ってきて何も言わずに病室から出て行った。それ以来家族は誰も見舞いに来なかった。
親としての愛情というものを真剣に受けたことがない。そもそも、俺は最初からあの家にいたのかすらうやむやになっている。
「国分くん?」
「蒼井?」
「何でここにいるの?」
「あ~」
魔術師探しなんて言っても信じるわけがない。逆に俺に不良という汚名に重度の中二病という称号まで手に入れるという最悪の事態に陥る。なので言えない。
「散歩?」
「ハーフマラソン並みの距離を散歩なんて国分くんすごいね」
そうだね。すごいね・・・・・・・。
「蒼井はなんでここに?」
「私の家この近くなの」
「へぇ~。そうなんだ」
初耳だ。よく話すことはあるが、詳しく蒼井のことを訊いたことはない。一体、どういう家族構成でどこに住んでいるのか何も知らない。そういう意味では一番謎めいた人物だ。
「国分くんの家とは逆方向だよね」
「まぁな」
よく知ってるな。
「家族が心配してるよ。早く帰りなよ」
「・・・・・・・いや、いい。心配なんてしてない」
心配しているなら電話の一本くらいよこすはずだ。俺の携帯にはメールも電話の履歴もゼロだ。
「家族は大切した方がいいよ。この世にふたつはないものだよ。暖かな関係を教えてもらえて、名前を付けてもらって、楽しいことがきっとたくさんあるよ」
そうかもな。でも、俺の家族にはなぜかそれがないんだよ。
「ところで蒼井は自分の名前について考えたことあるか?」
「急に話が変わったね」
そうだ。俺は家族の話をしたくない。どうやって触れ合っていいのか分からないそんな関係について話すのが嫌いだった。
「そうだね。私は空みたいな心の広い子になれって意味なのかな?だから、空子って名前なのかな?」
「国分くんはどういう意味か分かる?」
「さぁな」
教太。俺にはそれがどういう意味を持っているのか知らない。
「親からもらう最初の愛情が名前だよ。大切にしないと」
「・・・・・・・・・・なぁ」
「ん?」
「もし、目の前に名前に縛られて苦しんでいる奴が目の前にいるとする。そいつはどうすればいいと思う?つけた奴を殺せばいいのか?それとも感謝するべきなのか?」
「う~ん」
俺は気になっていた。アキの言いかけた何かを俺はなぜか考えてしまう。過去の詮索はしない主義だ。でも、あの風に縛られた名前が何か気味が悪い。
しばらく、悩むと蒼井は答えた。
「それは本人次第だよ。その人が恨めば一生恨まれる。受け入れれば、一生受け入れる。その人次第だよ」
風上はあの名前をどう受け入れているのだろうか。魔術の世界の事情をよく知らない俺が語ることでもないだろう。でも、あれはどう考えてもおかしい。
「ところでさ。さっき、信号弾みたいなのが上がったけど、こんな小さな町で遭難者でもいたのかな?」
いや、あれは救援信号だ。蛇が出たから。
「どうも最近この町がおかしいのよね」
「どうおかしいんだ?」
「駐車場で起きた爆発。ショッピングセンターで起きた都市伝説。それに公にはなってないけど、駐車場近くのビル群の裏路地で起きた爆発。その後、青い光を見た人がいるんだよね」
おいおい。それってもしかして見られていたのか?魔術が。
「見たのか?」
「いや、訊いただけ。でたらめかもしれないけど」
魔術を知らないものがほとんどを占めるこの世界で魔術を見られたのはまずい。それに裏路地での出来事がもし美嶋の耳にでも入ったら俺はあいつになんて言えばいいのだろうか?
「・・・・・・何か知ってる?」
それは俺を疑う目つきだった。
「え!いや、別に・・・・・・・何も・・・・・・」
なぜかこいつといると調子が狂う。まるで心の中を見られているようなそんな気がした。
「そう。ならいいよ」
いつもの明るい蒼井に戻った。
「学校方面に戻るならバスを使った方が楽だよ」
「おお、そうか。ありがとう」
俺は逃げるように蒼井が示したバス停の方に向かう。
これ以上俺の運命に他人を巻き込むわけにはいかない。これ以上犠牲者を増やしてならない。俺の守るものはアキであり美嶋でもあるが、それ以上にこの平和な日常を守りたいのだ。




