魔術のある日常②
俺の魔術のイメージをここで語っておこう。
アキに会う前の魔術。とんがり帽子をかぶった人が棒みたいなもので何語分からない呪文を唱えると使えるものが魔術。アニメとかで見るものは悪者が使っているイメージが強い。特に魔女と魔術の響きは決していいものではない。あとは誰でも簡単に使えるものではないということだ。RPGでも魔法使いしか魔術を使うことはできないと同じで戦士やガンナーは魔術を使うことはできない。
だが、アキと会って魔術のイメージは変わった。まず、魔術は誰でも環境さえあれば使えるということだ。もしかしたら、俺にも美嶋にもオカマにも蒼井にも魔力があって魔術を使えるかもしれない。悪者だけじゃない。敵も味方も魔術を使う。しかし、イメージが変わっても印象は変わらない。なぜなら、魔術は戦争に使っているように見えるからだ。
「そうだな。大体合ってる」
「マジ?」
ウルフとアゲハが来たという異次元の入り口に向かう最中に俺はざっと、魔術のイメージを風上に告げてあっさり肯定された。アキなら全力で否定してきそうなのに。
「違うところと言ったら、魔術は戦争の道具の他に日常生活にも使われている」
「どんなのに?」
「まずは電力。これは大がかりな魔石を使った魔術で起こしている。そして、日常生活に必需品の水も魔術で集めるし、火も魔術で起こす」
意外とすごい身近なところで魔術とか使ってんだな。
「しかし、君が言うように魔術の最初の利用方法は戦争だ。人を殺すためだけの殺戮兵器として使われていた。それは今も変わらない。魔術を日常生活でも利用を始めたのは半世紀前からだ。それまで魔術が生まれて150年近くは人を殺す悪魔だった」
「・・・・・・・そうだったのか」
魔術を使えることは自分の才能そのものだと思っていた。自分の特徴の出し方が分からず、無に等しい俺に色をという特徴を与えてくれた魔術はいいものだと思い始めていた。だが、よく考えれば魔術は人を傷つけている。
「それともうひとつ間違いだ」
「何が?」
「魔術が誰でも使えるということだ」
「使えないのか?」
「君はどうだ?」
「・・・・・・・・・・・」
反論のできない理由だ。
そうだった。教術が使える奴は魔術が使えないんだった。うん、誰でも魔術が使えるというのは間違いだな。
「それにみんなが好きな魔術が使えるわけじゃない」
「ああ、持っている魔力の波長によって使える属性魔術が変わる奴か?」
いつぞやに風上に聞いた。
「それ以外でも魔術が使えないこともある」
「そうなのか?」
「ランクをアキナに聞かなかったか?」
そういえば、言っていた。確か、ショッピングセンターに閉じ込められた時だ。アキとウルフがDでアゲハがCだと言っていた。
「このランクというのは人の持つ魔力の大きさを数値化したものだ」
要するに魔術師の強さを表すしてるんだろ。
「それと魔術にもランクと同じレベルがある」
「魔術にも?」
「ああ、魔術を使う際に発生する陣の中心も模様が違うのに気付かなかったか?」
そういえば、アキの使った回復系の魔術の陣の中心には三角が描かれていた。俺が力を使おうとすれば、中心に五芒星が描かれている。
「中に描かれているものが複雑になれば、魔術のレベルが上がる。より強い魔術になる。だが、魔術のレベルと魔術師のランクはほぼ比例する。異例もあるがランクが低ければ、レベルの高い魔術は使うことはできない」
まるでゲームみたいだ。だが、何か法則性のようなものを感じる。できることとできないことの区別がはっきりと分かれている。しかし、アキも風上もいう異例。法則から外れたものがあるのか。
「ちなみに君が気になっている異例というのは」
こいつエスパーか?
なんで俺の考えていることが分かるんだ?魔術師だから?
「君の使う教術だ」
俺は異例の塊だな。教術は魔術の基本を無視した発動条件。
「君の教術を発動した時に発生した陣の中心の形は?」
「五芒星だった」
「なら、陣のレベルは3だな。そうなると君のランクは低くてもCだ。こんな風に相手の魔力の量がすぐに分かるようになっている」
相手の実力がどの程度なのか簡単に分かって便利だが、これは敵にも分かってしまう。もし、俺よりランクの高い魔術師が俺の陣を見て余裕だとか言って襲ってきたらひとたまりもないぞ。数値で分かりやすく俺が弱いと示されている。
「と言ってもこの陣のレベルや魔術師のランクが勝利の絶対条件じゃない。ランクが低くても陣のレベルが低くても使い手にもよる。アキナなんかそうだ。アキナが魔女だったころはレベル4,5の最上級魔術が使えるランクだったが、使っていたのはレベル2,3が中心だった」
「そうなのか?」
「実際にウルフとの戦いで使っていたんじゃないか?」
思い出す。
「ちなみに陣の中心が三角の場合がレベル1。四角で2。五芒星で3。六芒星で4。八芒星で5だ」
アキの使っていた魔術。回復魔術レベル1。煙幕レベル1。物理結界レベル1。治癒魔術レベル1。ってレベル1ばっかりじゃねーか。
「高ランクで低レベルの魔術を使うのが彼女のスタイルだ。なめてかかると痛い目にあうぞ。あの時は魔力の総量も全盛期の半分に落ちてたからレベル1を中心に使ってきた。だが、魔女だったころはランクAでありながら使う魔術はレベル3で」
「ちょっと待ってくれ」
つめこみ注意。いろいろ言われてもう頭がいっぱいだ。
「すぐにすべて理解しろとは言わない。それに君は教術使いだ。魔術発動のランク、レベルは関係ない。だが、頭の片隅には入れておいてくれ。敵の強さを瞬時に判断する材料だ。もし、危ないと思えば引くんだ。君には待っている人がいるだろ」
そうだ。俺にはアキ、美嶋が待っている。俺が死んだらアキは自分の命を投げて俺を生き返らせてくるかもしれない。美嶋は病室の時みたいにずっと泣いているかもしれない。そんなことだけは絶対なってはならない。俺は力の周りで命を奪うようなことは絶対しない。敵も味方も俺も。
「着いたぞ」
風上と二人で歩くこと数分。あのアキが倒れていたビルの裏路地にやって来た。相変わらず汚くて空気も悪い。長くはいたくないものだ。
「つーか、ここなのか?異次元の入り口って?」
「いや、あのふたりが使ったのはここから10キロほど離れたところだ。
歩いていく距離じゃないよな?
「バスとか電車とかいう選択肢はなかったのか?」
「・・・・・・・・・・何それ?」
わ~い。魔術師発言。魔術の世界にはバスとか電車とかないのかよ。
「じゃあ、どうやって行くの?歩いていくって言うなら明日現地集合にしようぜ」
「安心しろ。10秒で着く。魔術を使えばな」
「何?一瞬でワープでもできるのか?」
「できる」
あっさり。
「そろそろだ」
風上が言うと鉄筋コンクリートの壁に一本の線が走りひびが入る。そして、ゆっくりと線を中心に楕円状の黒い隙間が出来ていく。その大きくなっていく隙間は普通じゃない。無理やり穴をあけているようでコンクリートに次々とひびが入っていく。だが、ビル全体を破壊するほどではない。だが、この穴は普通じゃない。空間が科学じゃ説明できないような空間がねじれているように見える。
「さぁ、行くぞ」
「こ、これって!」
あまりにも風上があっさりしていた。俺には今何が起きているのかさっぱりだ。
「どうした?」
「いや、これなんだよ!」
「時空間魔術だ。空間を捻じ曲げることによってそこに存在するはずの距離を曲げて短くする。専門の時空間魔術師ならだれでも使える移動型の時空間魔術だ」
俺は開いた穴を見る。穴に吸い込まれるように空気が流れている。穴の先は真っ黒で何も見えない。地獄の入り口のような異様なオーラを感じる。ここから先が別の世界に繋がっているようだった。
「行くぞ」
「こ、これって普通にくぐればいいのか?」
「何を慌てている。普通にくぐればいいだけだ。・・・・・怖いのか?」
「べ、別に怖くねーよ!」
そうだ。怖くない。俺の周りにある魔術という非日常はもう日常になりつつある。これも魔術師から見れば日常なんだ。怖くない。
「怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない」
「・・・・・・・大丈夫か?」
何が怖いって穴の先が見えないことだ。本当にこの先は俺の世界なんだろうな?
「先行くぞ」
「あ!ちょっと!」
しびれを切らした風上は先に穴の中に入っていった。穴に入った瞬間、風上が吸い込まれるように消えた。
・・・・・・冷静になるんだ。
この先は空間を捻じ曲げて距離を短くしたにすぎないらしい。だが、その短くした距離という空間は一体なんだ?そこにはいったい何があるのか謎だ。でも、その謎を解き明かすのも悪くない。神の法則を理解したとゴミクズは言っていた。でも、それは根本を分かったに過ぎない。きっと、まだ知らないことがたくさんあるに違いない。
ひとりで路地に残された俺は意を決して穴の中に入る決意をする。
試しにゆっくり指先だけを穴に入れてみる。入れた指先だけ穴の中に消える。
「ん?」
抜いてみる。指先はちゃんとある。手首ごと入れてみる。手首が消える。
どうやら、穴の入り口には膜みたいなものがあって奥が見えないだけでその先に別の空間があるということか。それが何の空間なのか分からない。
手首を穴の中に入れた状態で考える。
「さっさと通れ!」
風上のそういう声が聞こえたと思ったら手首が引っ張られて穴の中に吸い込まれた。




