非日常⑤
はっとして意識は再びショッピングセンターの下着専門店に戻る。
まるで夢を見ていたかのような感覚だ。意識がはるか遠くにあって体だけがずっとここにとどまっていたようだ。アキの様子からしてほんの1分くらいあの空間にいたようだ。時間の感覚も心の中だと違うようだ。
「なぁ、アキ」
「なんですか?」
話しかけるなという意味かもしれない。若干不機嫌になって答えた。
「俺には力が伝承したんだよな?」
「はい、そうですよ」
「ウルフとアゲハはそれを狙ってると?」
「そうですよ。さっきにも説明したと思いますが、魔力の伝承はかなり簡単なものです。それがどうしたんですか?」
勇気を持て、俺。いくらそこに死の恐怖という壁があったとしてもそれをぶち壊して前に進め。たったひとり女の子のためにやれることをやる。特に特徴もなく無に等しい俺は今を全力で生きる。誰の印象にも残らなくても自分の中にいい記憶として残せばいい。だから、進むんだ。
「俺も加勢する。魔術の使い方もさっき聞いてる。魔力が俺の中にあるのなら魔術が使えるはずだ。だから、俺に頼ってくれ」
すごくいいずらかった。声が裏返った。かっこ悪い。
「ダメです」
さらっと拒否られた。
「教太さんの持っている力は普通じゃないですよ。確かにさっき最強だと言いました。でも、その力を今まで誰も使いこなしたことないですよ。多くの人に伝承実験を行ったのですが、成功例なしです。私でも無理でした」
そんな難しいのかよ。でも、ゴミクズは望めば使えると言っていた。簡単そうに言っていたが、実際は違うようだ。
「その力は神の法則に守られているんですよ」
「神の法則?」
ゴミクズも言っていた。神の法則って一体なんだよ?
「そうです。それを理解しないと使えないと言われています」
ゴミクズも言っていた法則性という奴か。魔術のことを全く知らない俺が分かるのだろうか?
「ですので、守りきることが絶対です。教太さんはどこかに身をひそめてください。この結界魔術も術者の魔力を常に必要とします。アゲハの魔力が切れれば、結界が解けます。その時に全力で外に出てください。おそらく、援軍が外で待機していると思うので」
「待てよ」
アキの腕を掴んで止める。
「何ひとりで抱えてんだ?ここにいるのは俺とお前だけだろ?手を取り合わないと勝てない相手なんだろ?」
「でも、教太さんには魔術の知識が薄すぎます。そんな状態ではウルフにも勝てることはできません。それに力が使えるかどうかも分かりません。だから」
俺はふっとあることに気付いた。
「ちょっと待てよ」
こいつ俺がウルフの銃弾を消し飛ばしたこともビルの壁を破壊したところも見てないのか?それはあの時のアキはマジでやばかったからな。そのあまりにも伝承して使える人物の少ない魔術をこんな異世界の普通の男に使えるはずがないと断定しているのかもしれない。バカにされているところもいい加減にしてほしいものだ。
「俺は魔術らしきものを使ったことがあるぞ」
衝撃のカミングアウト。アキにとってはそう思えただろう。
アキは目を点にして固まった。
「は?」
アキが一歩後退りすると商品をひっかける鉄の金具が外れて床に落ちる。金属音がショッピングセンター中に広がった。俺とアキは全身から噴き出る冷汗が止まらなかった。ここには俺とアキとウルフとアゲハ以外に人はいない。その金属音にウルフが反応しないはずがない。
「今なんて言いました?」
「・・・・・・魔術を使ったことがある」
「いつですか?」
アキは迫るように俺に問い詰める。
「昼間だ。アキとウルフとアゲハに初めて会ってすぐだ」
それはアキの言う魔術が転生してすぐの話だった。あれが魔術なら俺は誰にも使えなかった最強の魔術と魔力の伝承に初めて成功したことになる。異世界の住民の何の特徴もない無の人間にそれは伝承した。才能はどこに潜んでいるか分からない。
「確認をとります。教太さんが使った魔術は一体どんなものでした?」
「それは・・・・・・」
「見つけたぞ!」
ウルフの声が俺とアキの耳を突き抜けるように響く。俺とアキの会話のせいで居場所がばれてしまったのかもしれない。そう予想した。それが見事に的中する。
銃弾が撃たれる。コンクリートの壁を突き抜けて俺たちに向かってきた。結界に当たって軌道がそれて天井に被弾。それと共に爆炎が俺たちを襲う。勢いに俺たちは店の中から吹き飛ばされる。服の裾が焼き焦げた。爆炎の熱のせいで全身が焼き焦げるように熱い。呼吸がうまくできない。せき込む。体を起すと俺たちがいた下着専門店が燃えていた。スプリンクラーが正常に作動するが、効果はなく燃え続ける。
というか結界のおかげで銃弾を防ぐことはできたが、爆風は防いでいなかった。爆風は物理攻撃じゃないようだ。
「教太さん。大丈夫ですか?」
アキが立ち上がって杖を構える。
「みじめだな。魔女さんよ。お前の力はそんなものじゃないはずだよな?」
「魔女?」
アキの表情が険しくなる。魔女ってなんだ?というか女の子が魔術を使う時点で魔女じゃね?アキの場合は魔法少女でもいいじゃね?
「教太さん。下がっていてください」
床に置いてあるカードに向かって杖を打ち付ける。さっきと同じように青い円状の魔方陣が発生した。だが、さっきと違うところは円の中が円の中心が四角になっているところだ。すると杖の先端に赤く燃え上がる火の玉が出現した。
「スゲー」
思わず口に出てしまった。それは本当に魔法使いのようだった。
「教太さんには今簡単に説明しておきます。ウルフは火属性魔術をメインに戦ってくる魔術師です。なので火属性攻撃は正直利かないと思います。なので」
ウルフに向かって構えていた杖を大きく振り上げた。
「これをウルフに向かって撃ったら」
何かしてくれそうなそんな予感がした。
「逃げます!」
俺の予感は見事に外れた。
「はぁぁぁぁぁ!」
アキが勢いよく杖を振り下ろすと火の玉はウルフに向かって一直線に飛んで行った。だが、ウルフは炎の刀で消し飛ばした。
「そんなレベルの低い火魔術は俺には利かねーよ」
自信満々の笑みだった。
「そんなこと分かってますよ」
その瞬間、再び黒い煙幕が俺たちを隠すように広がる。
「逃げますよ。いろいろ訊きたいこともあるので」
俺って逃げてばかりだな。
全力で走る。
「どこに逃げるんだ!」
「詳しく説明するにはなるべく声が出せてばれそうにないところがいいです!」
「そんな都合のいい場所あるのかよ!」
「ないです!」
断言するな!
後ろを振り返ると煙幕の広がりさっきよりも大きかった。さらに広がり見せている。ウルフの声が聞こえるが何を言っているのか分からない。
前を向いて走る。すると昼間アキが落ちてきた天窓のある吹き抜けにやって来た。キープアウトの黄色いテープが円状に巻かれていて進入禁止になっている。 そこには原因を探る警察もそれを整備する警備員もいない。天窓は割れたままで生の夜空を彩る。
「あの円窓からは外に出れないのか?」
「結界が貼ってあるので中からも外からも出ることはできません」
厄介な結界だな。するとアキの使った煙幕が天窓周辺まで登って来た。だが、それは外に抜けることなく天窓にたまる。人だけじゃなく空気まで閉じ込めているようだ。
「教太さん!あそこに逃げましょう」
エスカレーターを上ってすぐに見えたゲームセンターに逃げ込む。
「ここなら音もあって身も隠せそうです」
俺とアキはゲーセンの奥にあったプリクラの中に逃げ込む。いらっしゃいませとのんきな音声が流れる。今はそれどころじゃないのだ。静かにしていてほしい。
「今、どこから声が聞こえました?」
杖を構える。
「大丈夫だ」
異世界から来たのでプリクラを知らないようだ。
垂れ幕をめくってこっそりゲーセン出口の方を覗く。ウルフもエスカレーターを使って上がって来た。
「くそ!またかよ!なんでこんな広いんだよ!」
建物そのものに文句を言いだした。
「様子はどうですか?」
俺の上に重なるようにともに除く。若干、背中に柔いものが当たる。美嶋で慣れているが相手が変わるとこうもドキドキするものなのか?
「教太さん隠れて」
アキが何かに気付いたらしく中に引っ込む。
まさか、体を密着しすぎて俺が何かやましいことを考えていると気付いたのか?
なんだか顔が熱い。
「ど、どうした?」
「アゲハがいました」
緊張感が一気に高まる。
「何?」
俺はさっきよりも慎重に外の様子を窺う。
そこにはウルフとアゲハがいた。何かを話している。さっきのウルフは思いっきり叫んでいたからここまで聞こえたが、今度は普通に話しているようで聞き取れない。
ウルフは何かを納得するかのように頷いて近くのベンチに座ってアゲハはエスカレーターを使って一階に下りて行った。
「ふたりで捜索しないのか?」
うれしいことこの上ないが何か妙だ。
「おそらく、私の援軍来たのでしょう。この建物は結界が何重にも貼られています。故に魔術師なら何かを閉じ込めていると簡単に気付くことが出来ます。私の援軍が外で結界を外す作業をしているのかもしれません。なのでしばらくアゲハ加勢することはないと思います」
「すごいな。あれだけでそこまで分かるのか?」
「一応、そういう分析能力だけは高いと上の人からお褒めを受けているので」
少し照れるアキ。
そういえば、ウルフがさっきアキのことを魔女と呼んでいた。響きのいい単語じゃない。何か悪い奴のように聞こえた。それに本当はもっと力があってもいいはずじゃないか?国を世界を破壊できるような魔術を守りきるためのそれなりの力量があってこそ持ち逃げていると考えるのが妥当だ。一体、アキはなんなんだ?
「教太さん」
「ん?なんだ?」
「少し魔術について説明する前にひとつ訊きます」
「なんだ?」
「あの命の取り合いの戦場に立てる勇気と覚悟はありますか?」
勇気と覚悟。
油断と迷いはあの場において死を意味する。アキは俺を守らなければならない。しかし、今の状況では俺が加勢しないと守ることも逃げることできない。アキは俺を守りたい。俺もアキを守りたい。そして、ふたりでここから逃げたい。なんか後ろ向きかもしれないがそれは俺らしい。
「ある。そうじゃなければ、俺は昼間アキを背負って逃げたりしなかったよ。だから、俺のことを信じてくれ」
このことはアキには記憶が怪しい。
しかし、アキは小さく笑った。
「分かりました。私も教太さんを信じますよ」
これで君とは契約完了だよ。いやいや、違う。
これで俺もアキを守ることが出来る。
「それでは魔術について簡単に詳しく説明します。まず、教太さんが伝承した魔力は魔術じゃありません」
それはゴミクズから聞いている。本当のようだ。なら、俺が使った魔術的なものはなんだ?
「魔術には大きく分けて二種類あります。私たちがさっき使った魔術ともうひとつ」
「それが俺が使える魔術なのか?」
「理論上は同じ魔力を使って発動するので魔術なのかもしれません。しかし、根本的に違うのは、教太さんの伝承した力は陣や十字架がなくても発動できるということです」
「・・・・・・・・は?」
俺が今まで聞いていたことと違うことを言っている。魔術は陣と十字架がないと発動できないと訊いている。それを必要ないとはどういうことだ?
「その魔術を私たち魔術師はこう呼びます」
それはおとぎ話にも出てきてない。訊いたことのないものだった。魔術はおとぎ話やゲームの世界で知っている。これは俺の予備知識にもないものだった。
「教術と」




