非道者の反撃⑥
「懐かしいわね。何年ぶりかしら?」
「4年くらいじゃね」
病院から車の通りが多い国道を渡り小さな住宅地を抜けたところにあるのが俺たちが通っていた小学校だ。時間帯のせいか学校には明かりがなく暗闇に染まっている。学校のすぐ隣を水深は浅いが幅のある川が流れている。端から見下ろすと水草の様子がよく観察できる。大昔に大雨で決壊したことがあったせいか立派な堤防に囲まれていて小学生の時と同じように高く足がすくみそうだ。
このあたりは住宅地から離れており近くの県道がある程度だ。夜になると街灯も少なくあたりは一層暗く感じる。
「美嶋。そろそろどこかに隠れてくれないか?」
敵は魔術を無効化する。あのワイヤーを使った立体軌道を封じるには建物が多くあるところは危険だ。だが、銃弾を防ぐ手段がない以上どこかの建物を遮蔽物にするほかない。そうすると向こうは立体的に動かれてしまう。非常に難しいところだ。もし、敵が菊ならばワイヤーを使った近接、そして名前が未だに分からないチャラ男みたいな奴は銃を中心とした戦術だ。どちらにしても難しい相手だ。
「教太」
「なんだ?」
「危険だと思ったらあたしを呼んで。あたしはどんな状況でも教太を助けに行く」
美嶋の願い。まだ、青い炎の魔術師から負った怪我が完治していない。それでも美嶋は俺を守るためにこうして戦場に出ている。数か月前まで何も知らないただの女の子だった。そのままでよかった。こんな危険な目に合わせることは俺の心が痛む。それでも俺は彼女考えを尊重する。
「分かった。ありがとう」
そういって美嶋の頭を撫でる。薄く頬を赤く染めてこちらに目を合わせない。
「気を付けて」
「美嶋も」
そういって美嶋は暗い道を小走りでどこかに向かって行った。俺はその向かった先を見ずに川の様子を見つめる。それはすでに俺たちの後をつけている奴らに美嶋が隠れている場所を悟られないようにするためだ。美嶋の危険が少しでもなくすためだ。
魔術の利かない相手と戦うにはやはりこの神の法則に守られたこの力を最大限に使う必要がある。無敵系の教術は全く効力を持たない。それは物質を破壊するという力の作用が魔力によるものだからだ。それに対して自然系の攻撃は教術によって発生した自然の力で攻撃するものだ。その扱いは難しく、うまくコントロールする自信もない。
神の法則は理解している。後はそれをどう扱うかによる。ゴミクズは神の法則を利用して多くの人を殺してきた。あいつのことだ。それは仕方ないことだったのかもしれない。でも、俺はあいつとは違う。俺にこの力が宿ったのは運命だった。あの覚悟を決めた日にこの力の法則性を理解した。それは持ち主のゴミクズでさえたった1日では無理だっただろう。俺以上にこの力を使いこなせる奴いない。そうだ。自信を持て。そうすれば、きっと。
足音が聞こえた。街灯だけの先の暗闇からだ。まるで俺のいるところだけ別の空間のようになっている。その暗闇の先は別の世界が広がっている気がするのだ。その別の世界からやって来た敵。全身を黒い服装をしている。ライフジャケットのような黒い服。腰のベルトに手榴弾と剣を装備している。左腕には長方形の箱。両手には黒く輝く拳銃。青髪で耳や鼻に奇抜なピアスをつけている男。
「また会ったな」
両手に力を込めて教術を発動させる。
「本当にひとりみたいだな」
男はゆっくりと俺の元へ歩み寄る。
「そういえば、あんただけ名前を聞いてなかったな」
「俺か?俺はトリカブトって言うンだ。よろしくっつったってお前どうせここで殺されるンだぜ」
両手の銃を俺に向かって構える。
「それはどうかな?」
俺はトリカブトに向かって走り込む。発砲してくる。そのタイミングよりも先に道路のアスファルトに触れて破壊する。その衝撃で砂埃が立ちトリカブトは俺を見失ったのかとりあえず銃を無鉄砲に発砲するが俺には当たらない。俺は物陰に隠れて左手に雷を貯める。すると雷の光で俺の居場所を察知したのか銃弾が近くの標識に当たる。隠れるのはもう無理だと判断した俺は身を低くして砂埃が立つ中を走り回る。雷の光を狙って銃を撃ってくる。だが、それは当たらない。
「めンどくせーな!」
砂埃が晴れた隙間からトリカブトが手榴弾を投げ込んでいるのが見えた。手榴弾を防ぐ手段はない。俺はトリカブトの懐に向かって走り込む。それに気づいたのか銃をこっちに向ける。その前に俺の右手が動く。右手で小さな雷を作って放つ。それとワンテンポ送らせて左手に貯めた雷を放射する。
「自然の雷!」
左手から放出された雷は右手から放出された無数の小さな雷に向かって走る。その進路の先にはトリカブトがいる。雷同士がぶつかった後は左手から放出された強い方の雷が他の場所に雷が落ちた音を立てて走る。だがどれも地面ばかりで同じように砂埃が上がるだけだった。でも、トリカブトは一瞬だけ怯んだ。背後で手榴弾が爆発する。その爆風に押されるようにさらに加速してトリカブトに向かっていく。
右手に力を込める。教術が通用しない以上頼れるのは俺の拳だけだ!
頬に一瞬だけ痛みが走る。見ればワイヤーが伸びている。
「まず!」
ワイヤーが急激にまかれてそれによってトリカブトの体が俺に向かって突進してくる。ブレーキを掛けることもできずそのままトリカブトと衝突する。爆発によって勢いが反射されて胸に大きな痛みを感じる。吹き飛ばされて地面に体が叩きつけられる。吐血して口の中に血の味がする。呼吸が一瞬だけできなくなったようで体が酸素を欲しせき込む。そこにトリカブトが立ち銃口を構える。咄嗟に地面に両手を振れて破壊してトリカブトのバランスを崩そうとする。だが、破壊されたのは俺の手の周りとトリカブトの足をつける周りだけだった。
しまった!無効化された!
トリカブトがにやりと不気味な笑顔を見せる。引き金を引く指がゆっくりと引こうとした瞬間だった。背中からどんと一段地面が下がったような衝撃が走る。それは俺だけではなかった。その地響きはトリカブトにも響いていた。そのせいで銃口が俺から離れる。景色がゆっくりと下がっていく。俺が倒れているのは橋の上だったことに気付く。そして俺が破壊した地面ではなく橋だった。トリカブトは身の危険を感じたのか橋から逃げるために動き出す。
「させるか!」
俺は痛む体を起して橋全体を破壊させる。橋のあちこちで衝撃波が発したようにひびが入りそして崩れ始める。トリカブトは橋から脱出することが出来ず川に落下する。ワイヤーで避けようとしたが破壊されたことで舞った橋の破片にワイヤーの進路が阻まれる。そのまま川に落下する。轟音と巨大な水しぶきが上がる。俺は両手で盾を作るように橋の破片から自分の身を守る。雨のように舞いあがった水が降りかかる。
「まったくよ。こンな派手に暴れたら関係ない奴を巻き込むことになるぞ」
トリカブトは健在だった。
確かにこのままだといずれこの異変に気付いた人たちが集まってくる。その前に決着をつけないといけない。勝負は短期決戦だ。
俺は左手周辺の原子たちを操って再び自然の雷をする準備をする。しかし、その異変はすぐに気付いた。
「あれ?」
雷の集まりが異常に遅い。
その疑問を考える間もなくトリカブトが銃を撃ってくる。瓦礫を盾にして交わす。だが、すぐに手榴弾を投げてくると判断した俺はすぐにその場から移動する。その際、常に雷を集めているが一向に集まる気配がない。
「どういうことだよ!」
銃弾が俺の腕をかすめる。
「雷が思うように集められていないみたいだな」
弾が切れたのかマガジンでリロードの作業に入っている。そこに隙が出来るのだが雷が集まり切っていないせいで攻撃できない。雷が小さいと敵に到達する前に消滅してしまう。でも、なんでこんなに雷が集まらないんだ?
リロードを終えたトリカブトが再び発砲してくる。横にと簿こむように避けるとそこは川。川の中に飛び込むように交わす形となって俺は気付いた。
水。湿気。そうか!
「気付いたみたいだな」
トリカブトも瓦礫から降りて川の中に足をつける。
銃をこちらに向けたままゆっくり近づく。
「お前が俺たちの魔術無効の武器に唯一効果的に対応できンのが、その雷だったンだよな?その雷は魔術によって発生した自然現象。その扱いは困難だ。それをテメーはコントロールしている。知ってるンだぜ。テメーがその力を守っている神の法則を理解していることによ」
「何!」
こいつらは一体どうやって俺たちの情報を入手しているんだ?確かに俺は神の法則を解きこの力を制御、理解することが出来ている。でも、それを実際に口に出したことはない。それにこいつの口ぶりの感じだとまるで・・・・・・。
神の法則を知っているようだ。
「雷は冬場によく起こる静電気みたいなもンだ。静電気が起こりやすいのは湿気のない乾燥する冬場だ。でも、テメーの今の状況はこんな川の上っている湿気だらけの場所だ。テメー自身も濡れている。つまり、テメーは雷を使えない」
俺は雷を集めるのを止める。こいつの言うとおり湿気で雷を集めることは時間を要する。でも、俺には自然の雷以外にも自然系の技はある。
両手に合わせる。そこに小さな稲妻が走る。
「原子の衝撃波!」
パンと両手を合わせると両手を中心に爆発が起こり川の水がまきあげられる。その水と衝撃波がトリカブトを襲う。トリカブトは身を低くしてその衝撃に耐える。俺はさらに足元に原子の衝撃波を発生させて上空に舞い上がる。そして、上空でも原子の衝撃波を発動させてトリカブトに突っ込む。右手にすべての力を込める。
「食らえ!無敵の拳!」
俺の拳の攻撃に再び水が舞いあがる。だが、手ごたえがない。
「外した!」
顔をあげてすぐにトリカブトを探そうとすると目の前に銃口が見えた。咄嗟に伏せる。額に痛みが走って血が流れてくる。目の前にトリカブトが銃をこちらに構え見下ろしている。両手に集めた原子たちを解放してすぐさま距離を置こうとする。それを予測していたのか俺の進行方向に向かって銃を発砲してくる。銃弾の2発が俺に命中する。一発は足、もう一発は肩だ。足に力が入らずそのまま倒れる。水がクッションとなりダメージはそれほど大きくない。水のせいで撃たれたところが沁みる。それでも立ち上がる。全身がずぶ濡れになる。堤防に囲まれた川は風がよく流れて濡れた体を冷やす。そのせいか体寒さに震える。
「終わりだな。教術師、俺の勝ちだ」
その時背後から火の弾がトリカブトを直撃する。が、すぐに消える。
「あ?」
振り返るとそこには美嶋がいた。火の弾を再びトリカブトに撃つが無効化されて消される。
「バカか!出て来るな!」
「教太!あたしが時間を稼ぐから逃げなさい!」
逃げろって言われても。
「無駄だ」
美嶋に銃を向ける。美嶋は一瞬だけ怯んだがそれでも攻撃を続ける。ひたすら炎の弾を撃ち続ける。それは完全に注意を俺から自分に向けている。彼女は俺を守るためにあの力を受け入れた。俺の想いとは裏腹に。あの力のせいで死にかけてもいる。あんなものがなければ美嶋も非魔術師に狙われることもなかった。
俺が弱いせいで美嶋が死ぬ。
『それでいいのか?』
目の前に白い空間が突然広がる。そこにはいつものようにゴミクズがソファーに腰かけてマグカップを片手にしている。
『お前はそれでいいのか?』
それでいい?
「いいわけないだろ!」
その時、俺の頭は信じられない速度で思考をめぐらせて考える。まるでその時だけ時間の流れが遅くなったのではないかと思わせるくらいだ。
神の法則。強制破壊。無敵系。原子操作。自然系。俺の周りにあるものは何だ。鉄筋コンクリートでできた橋の残骸。石のブロックで固められた堤防。川を流れる水。そこは得る水草。神の法則を使え。奴が、ゴミクズが出てきたということはここにこの状況を打開する方法があるからだ。どこだ!どこにある!
すると美嶋が狙いを誤り火の弾が川の水面を直撃する。爆発と共に水が蒸発して白い蒸気が上がる。その瞬間、電撃が走るようにひらめく。
「美嶋!攻撃を!続けろ!」
俺の声が届いたのか。美嶋はうんと頷いてさらにカードを十字架で打ち付けると美嶋の頭上に大量の火の弾が生まれる。
「だからよ。無駄だって言ってンだろ」
俺はトリカブトの距離を詰めるために痛めた足を引きずって近づく。
「ああ?」
トリカブトは発砲してくる。それは俺には当たらずに水面に着弾する。
「ちょっと待ってろ。あの鬱陶しい魔術師をやった後でゆっくり苦しみながら殺してやるからよ」
その歪んだ顔を睨みながらあることを確認する。トリカブトはまだ川の中にいる。これをやれば俺もただでは済まない。それにこれは性質上すぐに起こってしまう。だが、今は自分のことなんて気にしていられない。
「行け!美嶋!」
「炎の弾幕!」
無数の火の弾が一斉にトリカブトを襲い掛かる。奴は避けるそぶりを見せない。
「行くぞ!」
俺は両手を水の中に入れて力を発動させる。水が俺の両手からトリカブトの周り掛けて削ぎ取られるように消える。俺は破壊したのだ。水を。何が起きたのか。神の法則を理解していると思われるトリカブトはすぐに反応した。そこに火の弾が迫る。その瞬間だった。眩い光が発生すると大きな轟音と共にあたりを吹き飛ばすすさまじい爆発が起きた。周りの川の水は持ち上げられて雨のように降りしきる。俺はその爆発の衝撃波に吹き飛ばされる。水がクッションとなったがそれでも全身がきしむように痛む。
「今の何?」
美嶋がなぜ爆発が起きたのか分かっていないようだ。
俺は川で浮かんだまま答える。
「水素爆破」
水を破壊することで発生する水素と酸素の爆発的反応を利用した攻撃だ。使うのはアゲハの時以来自分にも被害がこうむるからだ。それに水素はこの世の原子の中で最も軽いために屋内限定だった。だが、今回はそうもいかず美嶋の炎をぎりぎりまで近づいたところで水素を作った。おかげでトリカブトに大ダメージを与えることが出来た。俺も相当のダメージを負ったが。痛む体を無理やり動かして立ち上がる。白い蒸気が立ち込める。やったかどうかは確認できない。とりあえず、美嶋と共にこの場から離れよう。無関係の人にこの状況をどう説明すればいいか分からない。近くに堤防を上がるためのはしごがあったはず。それを探すために当たりを見渡す。すると異変に気付く。
美嶋がいない。
「美嶋?」
どこに行った?まさかさっきの爆発に巻き込まれた?いや、水素は俺とトリカブトの周りに集中していた。量もアゲハの時と比べて多くない。来たとしても大した被害にはならないはずだ。じゃあ、美嶋はどこに?
「おい」
声が背後から聞こえた瞬間一気に緊張が俺を襲う。振り返るとそこにいたのは爆発を直撃したはずのトリカブトだった。銃で俺を殴る視界が揺れる。倒れそうになるところを怪我を負っていない足で踏ん張る。
「大人しく倒れろ」
銃で足に撃たれる。
「あああああああ!」
まるで熱湯を掛けられたように痛みが熱のように足に走る。足がしびれたてる状況ではなくなる。水の中のせいか傷が沁みて痛みが一層増す。銃口を俺の頭部に向けているトリカブトは全身水でぬれていたが涼しい顔をしている。
「なんでって顔してるンで教えてやるよ。単純だよ。これを使って移動したンだよ。咄嗟にな」
それは例の立体移動のできるワイヤーの装置だ。
「実はよ。テメーが俺の方に寄って来たときに思ったンだよ。何か秘策があるって。お前は以前に水素爆発で魔術師をひとり撃退している。そンな情報を俺はすでに持ってンだよ。だから、ワイヤーを水面に向かって打ちこンでおいた。いつでも水の中に逃げれるようによ。案の定テメーは水素爆発を仕掛けてきた。俺は驚くふりをして悠々と爆心地から離れた水の中に避難したわけだ。結構、小規模だったから大してダメージもなかったよ」
情報だ。マラーが絡んできた戦闘では必ずと言ってもいいほど敵は俺たちの情報を持っていた。こいつらは俺が今までどんな奴とどんな手で戦ってきたのか知っている。こんな相手に俺は勝てるのか?
抵抗する気力も立つ力もない。ただ、俺は死刑を待つ人形のようになっていた。
「じゃあな。くそったれの教術師」
そして、銃声が聞こえる。俺は死んだのか?ああ、アキに何て顔向けすればいいんだ?美嶋もそうだ。結局、俺は何ひとつ守れていない。
・・・・・・・・あれ?
俺の目に映るのは荒れてしまった夜の川の風景。そこにいるのは右手を押さえて痛みをこらえるトリカブト。さっきとは違って距離を置いている。そして、もう一丁の銃を構える。
「どっから沸いてきた!」
すると俺の真横に誰かいた。
「どこからでもいいやないか」
黒いコートのような服装にいかつい顔に微妙な関西弁。そして、月明かりに輝く黒い銃。
「よう。大丈夫やったか?」
そこにいたのは。
「リュ、リュウ」




