青炎②
青色の炎。きっと、それは火属性魔術の類だろう。でも、なんだか違う。普通の炎じゃない。
「キョウ君」
ゆっくりと一歩ずつこっちに歩み寄ってくる。俺は後に引けない。後に引けば、何をされるか分からない。魔術を使えない俺には自衛をする力がない。ゴミクズもあの一件以来会っていない。恐怖の緩和もここ最近の魔術師の襲撃で感じられない。今、この悪魔のようになってしまった魔術師香波の前にいるのは過去の後悔を二度と繰り返さないようにびくびくと怯えるただの人間に過ぎない。
「キョウ君。まだ、私のこと?好き?」
ああ、好きだよ。でも、今のお前をとても香波と呼べるような存在じゃない。お前は一体誰だ?
言えない。いつもなら何の抵抗もなく言っているところだ。でも、怖い。教術が使えない今の俺にこの香波を止めることがはたしてできるのだろうか?そもそも俺に止めるほど、力量があるのだろうか?すべてを教術に頼ってきて俺自身にはいったい何が出来るんだよ。まだ、有の存在だった2年前ですらひとりの女の子を苦しめるだけ苦しめて逃げただけの俺に何が出来る。
香波の従える炎は俺の不安を吸い取るようにどんどん大きくなっていく。
そして、香波は俺の目の前にまでやってきて足を止める。冷たそうな色をしている青い炎だが熱はしっかりと肌に伝わる。手足が小刻みに震える。
「キョウ君」
声の波長がいつも俺に話しかける明るい感じになった。
「香波?」
「私ね。ずっと思ってんだよ。2年前、私はキョウ君に告白されてそして振られた。でも、あの時は無理だっただけで時間が立てば関係も治っていくと思ったの。2年ぶりにこっちに戻ってきて町中を歩き回ってキョウ君を探したの。もう、あのころとは違うと思ったから。でも、キョウ君は変わっていなかった。今でも私との関係を作りたがらない。なんで?」
「そ、それは・・・・・・また香波を傷つけると思ったから」
俺には香波を守れるだけの力がない。特に教術を失い魔術とのかかわりを一時的に立ったという一番精神面で不安定な時期に香波と再会した。俺は結局教術にばかり、ゴミクズばかりに頼っていたばかりで俺自身は何も変わっていない。2年前と。
人を殺してしまった感触は2年前と同じ。その精神的不安に俺は捕まっている。そのせいで教術が封印されているのなら仕方がない。俺が弱いばかりに。
「私は傷つかないよ?」
「え?」
「私は強くなったもん。占い師さんに不安をあげて勇気をもらった」
占い師?もしかして、前に俺が魔術師かもしれないと思ったあの占い師か?確かに俺は香波が占い師といっしょにいるところを見ている。もしかして、今の香波の姿まで誘導したのはもしや・・・・・・。
「だから、私は傷つかない。逆にキョウ君を守ってあげる。キョウ君の後悔という不安をあの占い師さんにあげればいんだよ。いっしょに行こ」
手を差し伸べる。その手には青い炎はなく細くて小さな手。今のその背後の炎にのまれてしまいそうだ。俺はその差し伸べる手を握ろうとする。
俺も不安だった。このまま魔術と関わりがなくなってしまっていいのだろうか。美嶋やアキをあのままにしていいのだろうか?もし、この不安を払しょくできるのなら。
『それでいいのか?』
声が聞こえた。それはゴミクズの物じゃない。
その時、消防車が到着した。中からシルバーの防火服を着た消防員が出てくる。
「ああ、いいところなのに邪魔が入った」
差し伸べる手を引いて腰に当てて困ったような顔をする。
「待っててキョウ君。・・・・・・今から片づけるから」
突然、俺の知る香波が消えて冷酷で悪魔のような声になった。
ホースをつなげて準備を始める消防車の方に手のひらを向ける。
「おい。香波。何を?」
「見ててよ。キョウ君。これが私の力!」
その瞬間、背後の青い炎が消防車に向ける手のひらに集まってくる。これは不味いと思った。
「逃げろ!」
俺がそう叫ぶと消防団員はこちらを振り向く。
その瞬間だった。収束した青い炎が一気に破裂するように消防車に向かって飛んでいく。消防団員は命の危機を感じたのか。一斉に作業を放棄して逃げ出す。炎は人には当たらず消防車に直撃する。その瞬間、大爆発を起こす。青とオレンジの炎の柱が出来る。だが、そのオレンジ色の炎を呑み込むように青い炎が大きくなっていく。
「ねぇ、すごいでしょ?私強くなったでしょ?」
爆発のあった場所の近くでは逃げ惑う人々。怪我を負い動けなくなっている人。それを助けようとする人。人を押し倒して逃げる人。泣き叫びその場から動けない人。衝撃で腰を抜かしてしまった人。その光景は俺の望んだ光景じゃない。
香波はそれを自分の強さを証明するものだと言った。
「ふざけるな」
「ん?」
「何が強くなっただ。結局のところそんなものにすがるしかないのかよ。香波。お前は変わってない。今も昔も何も変わっちゃいない!」
この時、俺の手足はまだ震えていた。これはゴミクズでもない。俺の本心がしまったままの口を開き話している。
「お前はただ武器を手にして言われるがままに力を屈指しているだけじゃないのか!キャプテンに鉄パイプをもらって尾崎を殴った時のようにその占い師から貰った力を使ってただ人を傷つけてるだけだ!それのどこが2年前と違うんだ!」
もし、あの占い師が魔術師ならこの力は魔術だ。あいつが香波の不安を払しょくするために故意にも魔術を与えた。許せない行為だ。
「何で?分かってくれないの?・・・・・・なんで?」
涙が流れる。
でも、これは俺も同じだ。与えてもらった高スペックな力をただ使っただけに過ぎなかった。俺は香波を止める必要がある。魔術の力を借りずにこの香波の魔術に打ち勝つんだ!
「香波!」
「気安く呼ぶな」
その瞬間、火の塊が俺に向かって飛んできた。俺は咄嗟に横に飛び込むように避ける。青い炎は近くの市営の自転車置き場を直撃して爆発する。窓がすべて爆発の衝撃で割れてその割れた窓から青い炎が生き物のように噴き出る。
このままだと被害が大きくなる。これ以上人目に魔術をさらすわけにはいかない。
「香波!止めろ!」
「やめない。キョウ君が私を認めてくれるまで。せっかくこんな力を手に入れたのに」
手のひらで再び炎の塊が集まっていく。
「なんで受け止めてくれないの?」
受け止める?
香波から放たれた青い炎の塊を俺に向かって一直線に向かってくる。俺はそれを避けなかった。青い炎は俺を直撃すると轟音と爆炎をあげて爆発した。全身が焼けるように熱い。それでも俺はそこに踏ん張った。
「え?」
かわしているものだと思ったのか香波は驚いていた。
カッターシャツはそこら中が焦げてぼろぼろになっている。
「・・・・・・・逃げるのはダメだ」
腹部が以上に痛む。やけどもあるが爆風によるものある。それでも俺は立ち続け語り続ける。
「俺は香波から逃げすぎた。自分の過去の記憶を思い出したくないがために俺はお前を遠ざけすぎた。・・・・・・・本当にすまない」
今更だと思う。俺は過去の記憶を呼び覚ましたくないがために香波と距離を置く。あの現場を知っているのは俺と香波だけ。もう思い出したくないから。だからだ。
「なんで謝るの?なんで今更謝るの?」
香波は涙を流す。
「キョウ君は何も悪くない。悪いのは私なのに」
香波は弱かったんだ。今も昔も。だから、誰かが守ってあげないといけなかったんだ。俺はそれをやる前から諦めていた。
「香波は悪くない。必死に考えて行動した。それの方向が例え間違っていても俺が正しい方に導いてやる」
俺はぼろぼろの体を無理やり動かして香波の元へ。香波の青い炎はまだ灯ったままだ。それでも、俺は歩み寄り優しく包む。青い炎が俺の方に侵食してくるのが熱で分かる。
「だから、もうそんなものに頼るな」
すると急にその熱が冷めるかのように感触がなくなった。
香波の涙が俺の服にしみこみ暖かさを感じる。2年前と同じように悪魔に襲われた香波。俺の今度はしっかり救えただろうか?
「ごめんね。キョウ君」
「謝るなよ。こんな怪我どうってことない」
「怪我もそうだけど・・・・・・その・・・・・・2年前のこともごめん」
「なんで?」
「あの時の私はキョウ君を傷つけないようにって考えて関わらないという考えに従った。でも、違うんだよ。もし、本当にキョウ君のことを思っているなら私はあの時キョウ君と同じ道を歩むべきだった。いっしょに乗り越えるべきだった。私だけ逃げたんだよ。それが許せなくて・・・・・・。だから、ごめん」
「別にそんなこと・・・・・気にしてなんか・・・・・ない・・・・・の・・・・・に」
「キョウ君!」
急に全身の力が抜けるように俺は倒れ込む。
その俺の体を香波が受け止める。きっと、俺たちの関係は前よりもより深くいいものになっただろう。この2年と言う大きな前振りのおかげで。




