聖女と夢見る少女
この世界「ラグナシア」では、命を落とした死者が、世界の外に満ちる「ナーダ」と呼ばれる力によって、二度目の命を得て「魔獣」、「骸黒」、「魔人」として再臨し、命あるものに害をもたらしている
そしてそう言ったナーダの脅威に晒されているこの世界に生きる人間は、それら死者の脅威と戦うために世界に満ちるエレメントを用いた魔法と呼ばれる力を行使することができる
魔法とは、「火」、「風」、「水」、「土」、「光」、「闇」、「無」――世界に満ちる七つのエレメントを自身の魂の力である「ソウル」を燃焼させることで取り込み、力と成すもの。
ソウルの大きさによって強弱こそあるが、魔法は大人から子供まで誰もが使うことのできる力であり、その力を学ぶ術をこの世界で暮らす人々は学校などで学ぶ
ナーダの脅威から人類の生存圏を守るために都市全体を覆うように張り巡らされる「結界」に包まれた大都市――大河に隣接し、高い山と緑豊かな森に囲まれた平原に佇んでいるその街は、結界を展開する城壁に囲まれた要塞のような出で立ちをしていた
「トロノスシティ」。――それがこの都市の名称。世界三大大国の一つであるオルクレイヴ王国、その首都である王都「オルクレイヴ」に最も近く、物資と人を移動させる列車でも結ばれた大都市だ
そんな都市の一角にある「魔法道場」。そこは、学校での必要最低限の技能以上に魔法を磨きたいと考える者――例えば騎士などを目指す者達――が魔法を研鑽したり、学校では習わないような魔法を学んだり、時には心の柄のある者が魔法で手合わせをしたりするための施設だ
ナーダの脅威に晒されているこの世界では自衛であれ、魔法をうまく実戦で使える者が求められており、各都市ではそれなりに力を入れて運営されていることが多い
「――……」
そんな魔法道場の一角、そこに一人の少女が実戦を想定した模造の剣を手に、静かに佇んでいた
あどけなさの残る顔立ちの少女は十五歳前後。整った顔立ちに薄い鼻梁と強い意志を宿す生気に満ちた目を持つ肩に届くほどの栗色の髪を束ねたその少女は、静かに呼吸を巡らせると自分の中に宿る魂の力を燃焼させる
それに合わせて、歓喜されるのは少女の魂が適性を持つ七つの属性の内の一つ。一度に一つの属性のみを収束することが原則である魔法の理に従って、少女はソウルの燃焼と共に体内に集まってくるエレメントを収束して織り上げていく
「光属性魔法・聖武装」
呼吸を整え、厳かな声と共に式に従って織りあげたエレメントを魔法として発現させると、手にしていた模造の剣が清烈な光に包まれ、物質として構造としての限界を超えた魔法の武器として研ぎ澄まされる
「はッ!」
聖剣となった模造の剣を構えた少女は、裂帛の気合と共にそれを振るい、大気を切り裂く斬閃の軌道を無数に中空へ刻み付ける
その太刀筋は一目で常人のそれとは違うものであることが分かるもの。たゆまぬ研鑽の果てに作られた斬閃を振るう少女は、日が暮れるまで額に汗を浮かべて一心に訓練に打ち込むのだった
※※※
「いっけない。ちょっと遅くなっちゃった」
日が傾き、夕暮れが暗くなってきた頃、魔法道場を出た栗色の髪の少女は、エレメントを通わせて強化した脚力で地を蹴り、舞うような軽やかな動きで家路を急いでいた
「このままだと、次の電車に間に合わないかも……」
結界に覆われた都市は、数十万人規模で人が暮らしているため、その直径はかなり大きく、都市の内側には移動のための電車が走っている
余り遅くならない限り門限などがあるわけではないのだが、このままでは家に帰るための電車に間に合わないと判断した少女は、しばし思案して結論を出す
「仕方ない。ちょっと近道しちゃおっと」
このトロノスシティの治安は万全。多少道を逸れたところで危険は少なく、多少なりとも鍛えている自負もあって、少女はこれまで走っていた大通りから逸れ、二回りほど細い道へと入り込む
この街に暮らしていて、それなりに土地勘があれば迷うことなどなく、また裏路地などのような危険も少ない住宅街の道を風のような速度で駆け抜けた少女は、そのまま街路樹を通り抜け、空中で跳躍して細い河川を飛び越えてその先にある塀を飛び越える
「――!」
しかし、その塀を飛び越えた瞬間、少女は目の前にゆっくりと歩く桃色の髪の人物がいるのを見て取って、小さく目を瞠る
(やばっ)
このままではぶつかると判断し、強引に体勢を変えて激突を避けようとしたところで、桃色髪の人物が軽やかに身を翻して逆に自分を回避する
「痛っ」
結果的に衝突は免れたものの、体勢を崩していたために着地を失敗した少女はそのまま地面に落ちて、尻たぶを打ち付けて痛みに震える
「大丈夫ですか?」
「こちらこそ、すみませ――」
その痛みに涙を滲ませた少女は、不意に声をかけられて謝罪の言葉と共に視線を向け、そしてそこにいた人物を見て言葉を失う
そこにいたのは、長い桃色の髪をなびかせ、司祭服のようにも見える白い衣装に身を包んだ目もくらむような美人だった
清楚な綺麗さと愛らしさを同居させる整った顔立ちに心配そうな表情を浮かべ、自分に手を差し伸べてくれているその女性の姿を、少女はさながら聖母のようにさえ感じていた
「聖乙女、様……」
その身を包む衣装はこの世界に生きる者なら知らない者はない、銀の翼に属する聖女の証。思わず声を漏らした少女が呆けたように視線を向ける中、桃色髪の聖乙女はその呼び名に相応しい美笑を浮かべる
「はい。セルフィー・シェラルナと申します」
「ニーナ。ニーナ・ベルリットです」
可憐な花のような笑みを浮かべたセルフィーに一瞬目を奪われた少女――「ニーナ」は、ふと我に返ると差し出されたその手を取る
「よろしくお願いしますね。ニーナちゃん。ところで、どうしてこんなところから出てきたんですか?」
塀の向こう、細い河川を隔てた向こう側から飛来してきたことを驚きながら訊ねてくるセルフィーに、ニーナは自身の行いを恥じながら答える
「それは――あ」
その理由を答えようとしたところで、本来の目的を思い出したニーナが慌てて視線を向けると、街の中を走る電車が数十メートル先にある駅から出発していくところだった
「乗り遅れちゃった」
「すみません。私の所為で」
その言葉であのような道ならぬ道から飛び出してきた理由を理解したセルフィーが謝罪すると、当の本人であるニーナは慌てた様子で首を横に振る
「いえ、どう考えても悪いのは私ですから。むしろ、聖乙女様に怪我がなくてよかったです」
「セルフィーでいいですよ」
本来なら咎められるべきは、道を飛び越えて移動してきた自分。セルフィーのような心得がある人物だったからよかったものの、そうではない一般人だったならば怪我をさせてしまっていたかもしれない
それを理解しているニーナは、怒られることこそあれど、謝罪される訳にはいかないと反省の弁を述べる
「それが分かっているのでしたら、私はもう何も言いません」
もし悪気がなければ注意を舌だろうが、自分が悪いことを理解しているニーナの言葉を聞いたセルフィーは、それを許すことで、今後はそんなことをしないだろうという信頼を向ける
「お家の方は大丈夫ですか?」
「あ、はい。電車一本位の乗り遅れなら、連絡すれば大丈夫です」
電車に乗り遅れたことを心配して訊ねるセルフィーに、ニーナは愛想よく応じる
「そうですか。それは何よりです。もし不都合でしたら、私の方かもご両親に説明をさせていただきますので」
「ありがとうございます」
その言葉に胸を撫で下ろし、安堵した様子で言いながらも気を使ってくれるセルフィーに、ニーナは頭を下げて感謝の意を伝える
「セルフィー」
「ノアさん」
するとそこへ、夕日よりも赤い髪をした青年が歩み寄ってくる
その人物を見止めるなり、その表情を優しく綻ばせるセルフィーの横顔を見たニーナは、「ノア」と呼ばれていた赤髪の青年を見て訊ねる
「あの人は?」
「今一緒に旅をしている『ノア・スティグマータ』さんです」
聖乙女が見せた花のような笑みに、年頃の少女らしくその関係に様々な想像を巡らせたニーナだったが、そのあまりにも普通の答えに、少々肩を透かされたような感覚を覚えながら言う
「聖乙女の従者ってやつですか?」
「お願いしたんですけど、断られてしまいました」
聖乙女は、共に戦う従者を連れていることがあるという話を思い出したニーナが訊ねると、セルフィーは困ったような苦笑を浮かべる
「悪いな、換金所は閉まってるみたいだ」
そこに近づいてきたノアは、ニーナのことを気にしながらもとりあえずとばかりに要件を告げる
「そうですか……こんな時間ですからね」
「換金って、核ですか?」
ノアの話を聞いて仕方がないとばかりに応じて考え込むセルフィーの横顔を見たニーナは、その意味をある程度推察することができた
核とは、魔獣を倒した際に残されるナーダの力が凝縮して固形化した結晶。これからは特殊な方法を用いることで膨大なエネルギーを抽出することができる
この世界に生きる人々は、魔獣や骸黒といった脅威に対抗するために、世界に満ちる七つのエレメントを用いる「魔法」以外に、力ではそれに劣るが、利便性と汎用性に長けた「科学」を発展させてきた。
そして、現在ラグナシアの人間達が行使する高度な科学は、皮肉にも脅威となる「魔獣」を倒す事で得られる核を動力源にしているのだ
「はい」
ニーナの予想通り、セルフィーがそれを首肯すると、それを見たノアは今後の方針を訊ねるべく口を開く
「どうする?」
「適当な場所に馬車を止めて、野宿するしかありませんね」
ノアに訊ねられたセルフィーが、肩を竦ませて苦笑するのを見たニーナは、二人の逼迫した事情を察して思わず声を発する
「セルフィー様は、泊まるところがないんですか?」
「もっと気楽にセルフィーと呼び捨てにして下されば結構ですよ」
その声に視線を向けたセルフィーに照れくさそうな表情で言われたニーナは、悪戯めいた聖乙女の笑みに思わず目を奪われてしまう
「あ、えっと……じゃあセルフィー」
「はい。実は私は先日聖乙女になったばかりでして、お恥ずかしい話なのですが、持ち合わせが少ないんですよ。安い宿は一杯でしたし、高価い宿に泊まろうにも、少々足りなかったので」
そうしてニーナに呼び方を改めてもらったセルフィーは、先程の問いかけに照れくさそうな笑みを浮かべて応じる
世界を移動する聖乙女の貴重な収入源となるのが、魔獣を倒すことによって得られる核を換金するというもの。
核は都市の動力源として重宝されるため、どんな街でも役所などで買い取ってもらうことができるのだが、いかんせん公共の施設であり、場合によっては大量の金銭を扱う必要があるという面から、換金のための受付時間が限られている
また、結界に守られた都市単位での生活を基本としているこの世界では、街同市を移動する理由などが限られているため、宿泊施設は極めて限られたものしかなく、相応の金額が必要となる
それらの理由から不運にも窓口が開いていない時間にこの街に到着してしまったセルフィー達は、換金することができずに宿泊が困難な状況にあるのだと理解できた
「あぁ、そうだニーナちゃん。よければ、馬車を置いて一泊できるような場所を知りませんか?」
窓口が開いていないなら仕方がない。そもそも普段からノアの馬車に備えられた個室で寝泊まりしているのだから、それが一日伸びる程度の事だ
当然のようにそう考えているセルフィーは、偶然知り合ったこの街の住人――ニーナに、一泊できるような場所を訪ねることだった
「じゃあ、良かったら家に来ませんか?」
「え?」
しかし、意を決したようにニーナが発したその言葉に、さすがのセルフィーも思わずノアと顔を見合わせて目を丸くしてしまう
※※※
「本当にすみません。そんなつもりではなかったのですけれど」
流れていくトロノスシティの街並みを横目で見ながら、セルフィーは隣に座っているニーナに申し訳なさそうに言う
あの後、家に連絡したニーナが「セルフィーとノアを泊めて欲しい」と両親に訊ねた結果、快く了承を得ることができたため、こうして馬車で向かっているところだった
「気にしないでください。こうやって送ってもらってるんですから。それに、私の父は金の翼の騎士なので、聖乙女様には親しくしないといけません」
「まあ、そうだったんですね」
運転するための御者席に座ったノアの後ろにある助手席ともいえる場所に並んで座り、街の風に桃色と栗色の髪を揺らすセルフィーとニーナは、すでに打ち解けた様子で話に花を咲かせていた
「はい」
オルクレイヴ王国軍「金の翼」。それは、オルクレイヴ王国の治安と人々を守る騎士達によって構成される警察機構と軍機構を備えた部隊だ
国に属さないセルフィー達聖乙女が属する銀の翼とは違い、人間同士の生活、そして人や国に害をなす魔獣をはじめとするナーダの欠片とも戦う金の翼は、まさに国の守護の要といえるだろう
(金の翼か……)
二人の話を御者席で聞いていたノアは、背中越しに聞こえてきたその言葉に、胸の奥に刺さった棘がかすかな痛みを覚えるのを感じる
「ここだけの話ですけど、私将来父のように金の翼の騎士になりたいんです。今日も道場で練習していて……」
「それで、あそこにいたのですね」
「はい」
「……似てるな」
ニーナの夢、「金の翼ゴールドフェザー」。――オルクレイヴ王国この国と、そこに住まう民を守る軍隊。そしてそこに所属している父に憧れ、その後を追う娘。――ニーナの純粋な瞳と想いが、ノアの中にあるモノを否が応でも呼び起こしてくる
「何か仰いましたか?」
「いや。なんでもない」
都会の喧騒とニーナとの会話に耳を傾けていたセルフィーは、そんな小さなノアの言葉を聞き逃がして、耳に触れたような気がするその声を気にかけて訊ねてくる
《――……》
「?」
ノアが素っ気なく答えるのを聞いた瞬間、セルフィーは自分の耳になにか声にならない声が届いたような錯覚を覚えて周囲を見回す
しかし、馬車の上には自分を除けばノアとニーナしかおらず、周囲を見回しても声の主らしきものを見止めることはできなかった
そのままトロノスシティの道を馬車でゆっくりと進んだセルフィーとノアは、ニーナの案内で大通りから少し奥まった場所にある、小さな一軒家の前に来ていた
「ここがニーナちゃんのお家ですか?」
「はい。ちょっと待っていてくださいね」
セルフィーの問いかけに応じたニーナは、ノアが運転している馬車から下りると、家へと向かって小走りで近寄っていく
「お母さん、ただいま!」
「お帰りなさいニーナ。あら、そちらが……」
ニーナが扉を開けると、ずっとそこで待っていたのか家の中から恰幅の良い女性が姿を現し、娘を出迎えると共に、その視線を道に止めた馬車を運転しているノアと、その傍らに下りていたセルフィーへと向ける
事前に連絡を受けて二人が来ることを知っていたニーナの母親の視線に答えるように、セルフィーは一礼して家の敷地へと入ると、一礼して形式的な名乗りを上げる
「銀の翼所属、セルフィー・シェラルナと申します。お嬢様には大変お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ。娘がご迷惑をおかけしました」
恭しく一礼したセルフィーの言葉に応じるようにニーナの母も頭を下げ、互いに挨拶を交わす
「それに、この度は無理なお願いを聞いていただいてしまいまして、心より御礼申し上げます」
「いえ。聖乙女様をお助けするのは、騎士である夫の本意でもあるでしょうし、大したおもてなしはできないと思いますが、家でよければ是非御身体を休めて行ってください」
事前に連絡したニーナが、セルフィーとノアを家に泊めてほしいと交渉していたため、ニーナの母はその前提で話を進めて受け入れる
銀の翼に属する聖乙女といえば、世界にとって一種信仰の対象にも近い尊い存在。まして、その聖乙女の本拠地があるオルクレイヴ王国の騎士の妻となれば、そのためにこの程度の心を砕くのは当然のこと
何より、困っている人のためになにかしたいと考えるその人間としての気質が、宿のない未熟な聖乙女とその従者を宿泊させることを快諾させていた
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
そして、そんな人の善意や好意を無下にするのはセルフィーも望むところではない。宿を取るお金もないこともあって、素直にその申し出を受け入れて深く感謝の意を述べる
「馬車は家の裏に止めてください。じきに夫も帰ってくるでしょう」
「はい」
ニーナの母の言葉に一礼したセルフィーの視線を受けたノアは、軽く感謝の目礼を返すと指定された場所へ向けて馬車を進める
裏手とはいっても、家を軽く迂回するだけ。馬車でも一分もかからないほどの距離しかないため、ノアはすぐにセルフィーに合流する
「どうぞ」
ノアが戻ってくるのをセルフィーと共に玄関先で待っていたニーナの母は、二人が揃ったところで家の中へと案内する
「失礼いたします」
「お邪魔します」
ニーナの母に案内され、家の中へと入ったセルフィーとノアは案内されたリビングの一室で腰を下ろす
「どうぞ」
丁度そこに、先に家に入っていたニーナが、お盆に乗せて持ってきた飲み物を二人の前に差し出す
「ありがとうございます」
「ども」
ここに来るまでに親交を深めていたセルフィーは親しげに、ノアは恐縮しながらニーナから飲み物を受け取ると、軽く一口含んで喉を潤す
「ただいま」
「あ、お父さんだ」
その時、扉が開く音と共に野太い男の声が聞こえると、ニーナが声を発する
そうしていると、セルフィーとノアがいるリビングに向かって二人分の足音が近づき、先程会ったニーナの母親と精悍な顔立ちをした中年の男性が顔を出す
少し白髪が混じったニーナよりも少し色の濃いブラウンの髪。服の上からでも鍛えていることが分かる
筋肉質の身体と充実した気配は、今でもその男性が第一線にいることを雄弁に物語っていた
その身を包むオルクレイヴ王国軍「金の翼」に属する者の証である制服に身を包み、鞘に納めた剣を腰に佩いたその男性の視線がセルフィーとノアを捉える
「お邪魔しております」
その人物が顔を出すのとほぼ同時に席を立ったセルフィーとノアは、この家の大黒柱である男性に一礼すると、順番に自己紹介をする
「話は聞いております。ニーナの父、『金の翼』、トロノスシティ支部小隊長の『ゴードン・ベルリット』です」
二人の名を聞いたニーナの父――「ゴードン」は、セルフィーとノアへ交互に視線を配ると、人の良さを感じさせる穏やかな笑みを浮かべる
「そうか。……大したおもてなしはできないでしょうが、是非ゆっくりしていってください」
「ありがとうございます。お世話になります」
金の翼の騎士である以前に、一人の人間として世界のために命をかけてナーダの化身と戦う聖乙女に敬意を示すゴードンの厚意に、セルフィーは恐縮しながら感謝の意を示す
簡単に挨拶だけを交わしたゴードンは、身支度のために身を翻して部屋を離れていく
「……父娘、か」
その後ろ姿を見ていたノアの表情にわずかな影が差していたことに気づく者は、この場には一人もいなかった
※※※
「あそこか……」
筋骨隆々とした逞しい身体に、日に焼けた浅黒い肌を持った大男が見つめる先には、巨大な城壁に囲まれた街――「トロノスシティ」が小さく、しかしはっきりと映し出されていた。
「ようやく見つけたぞ、ノア」
その男は、街の中にいる目的の人物に向けて、隠しきれない憎悪を宿した声を向けるのだった