File No.8 過去からの刺客が美人ってご都合主義ですよね
真紀は昔の同僚か、恋人未満?
サンジの過去はハードボイルドだったのか?
まだまだわからないところへあの人物が!
バイトの女の子が休憩から戻ってきた。
ヨウジはカウンターの隅で伝票整理をすることにした。
他店のぶんもあって、元からそれが目的だった。
(あいつ、危機回避がうまいんだよなあ)
サンジは店に入ってきた真紀と共にテーブルに移った。
(会いに来てくれたのか……いや今日オレがいるとはわからないか)
サンジは新たに頼んだコーヒーのカップを手に取り、しばらく静止している。
真紀もヨウジと面識があったから、偶然同じ日に店を訪ねてきた可能性はある。
(あのじいさんとイチさんがなんか仕組んだんじゃないだろうな)
侘助とイチさんが何か因果含みで行動していることなど知る由もないが、疑り深くなっている。
正面に座った真紀は、ストローを使わずにアイスオレのグラスを傾けている。
紺のカジュアルスーツを、若干ラフに着こなしているようにみえる。
スーツの上から白い春向けのジャケットを羽織り、軽く腕まくりをしていた。
サンジはそんな真紀の姿をみて(いい女なんだろうな)と思った。
ファッションの細かい部分はわからないが、何かオーラのようなものを感じる。
もう何か話さなくては。
「その、元気そうでよかったよ」
「サンジさんもね、あいかわらずっていったらいいのかな」
(さっきのが聞こえてたかな? でもかすみくんがどうしたとかわからないよな)
臆病なようだが、サンジは口調よりも丁寧に距離感を測ってくる。
真紀はそれを好きだったことも、うんざりして失望したこともあった。
「あたし、結婚したんだ、娘も生まれた」
真紀はサンジより一回りほど年下だ。
「よかったじゃないか、おめでとう」
「……先日、離婚が成立しまして……ごめん、なんか悪かった」
「いやいや……真紀が謝ることじゃないだろう」
遅すぎた祝辞が空振りで、サンジはどうしたらいいのかわからない。
真紀の夫だった人間は、表面は自由な若者の名残りを感じさせる男だった。
(この人ならいいか)と思った。
結婚してみたらいつの時代の人間なんだという封建亭主で、男尊女卑もいいところだった。
(っていうかマザコンなんだろうね、よくあることか)
職場で部下の女子に手を出し、離婚のきっかけになってくれたのはよかったと思いたい。
今日はネットでヨウジの店の評判を見て来たが、ここでサンジに会うことはいくらか期待していたかもしれない。
(いま真紀って、昔の言い方だったね、呼び捨てで)
同じデザインの会社にいて、年齢が上で気さくにいろいろ教えてくれるサンジに憧れていた。
当時のヨウジの店に連れて行かれ、止まり木になったチェアに並んで座り、初めてカクテルというものを飲んだ。
このまま恋人になるのかなと思っていた。
(まあ小娘だったし、サンジさんは誰にでも優しかったんだろうし)
そんな時、サンジは決まっていたプロジェクトをキャンセルして外国へ行き、半年ほど帰ってこなかった。
向こうに奥さんだか恋人がいてその人が事故だったか病気か、本人が説明しないので人伝てに聞いた話は、何がどこまで本当だったのか。
サンジが元のポジションに戻ることはなく、そのうち会社自体が解散した。
真紀は何も言われなかったし(最初からわたしは関係ない女だったんだ)と思おうとした。
(なのにいまバツイチになって何を聞くって? バカだよね)
無言の時間が重すぎる。
『なに言ってんだ真紀は変わらねえじゃねえか、昔のこと? ああ何でもなかったんだよ』
『娘さん? かわいいんだろうな、こんど顔を見せてくれや』
そんなベタベタに甘い言葉がサンジから出てくるはずはないのに、夢想してしまう自分が情けなかった。
(わたし、あの日から一歩も動けてないんだなあ)
がらがらと音を立てて中年男が入ってきて、見るとイチさんで、今日は一人だ。
真紀になんと言っていいのかわからず放心気味だったサンジに電流が走る。
(なんだなんだ、フツーに入ってきた)と思った。
「ごめんなさい、ちょっと寄せてね、ああヨウジくんじゃない、ここいいかな」
「だから一度に処理する情報量が多いんだよ! なんでそこ座るんだよ」
二人の横に座り込んだイチさんは、何がそんなに楽しいのかニコニコしている。
「まだ若いふたり、サンジはそうでもないか、あんたら、優しすぎて不器用なんてもう流行らないよ、ボクは紅茶ね」
「なんで心読んでんだよ、いきなり核心つくなよ、ついでに注文すんな」
突然アップテンポになった空気に真紀は茫然としている。
やはりサンジに連れて行かれた店で主人に引き合わされたのを思い出した。
あの時の人だ。
「えーと……イチさんですね」
「覚えててくれたんだ、いい子だねーあなた、でもサンジはおすすめしないよ、女は恋のヌケガラなんて振り返らないもんなんだけどな」
「なんていうか、お手柔らかに」
紅茶の皿を持ってきたヨウジが遠慮ぎみに声をかけていく。
サンジは、いつもの逡巡は捨てて毅然としなければと思った。
「イチさん、ヤクでもキメてんのか、フツーの人たちに迷惑だから、ここヨウジくんの店だし」
あまり毅然とはしていない、イチさんにつられて言葉数がとんでもないことになっている。
「ヨウジくんを盾にするなんて、あんたも姑息な大人になったんだねー、ボクは悲しいよ」
真紀は目の前の高速漫才にただびっくりしていた。
(離婚してからウツ気味になって、子育てで疲れてさ)
一日3本と決めている煙草を取り出した。娘がいるのでうちでは吸わない。
紫煙を吐きながら足を組んだ。
(なのにこの人たち、のんきだなあ、なんか腹立ってきたわ)
そう考えながら微笑んでいる。
「ボク帰るわ」
「自由かよ」
「あんたに言われたくないね」
会計をして扉の向こうに立ち、屋外の眩しさにイチさんは目を細める。
真顔になり、振り返ってサンジを手招きした。
「なんだよ」
「なんですか、でしょ……あなた、かすみちゃんもかわいいし、そうヨコシマでないのはわかる」
「……わかられたくないんだけど」
「真紀ちゃんにもよくしたいだろうけど……いいかげんいい人はやめな、悪人がおすすめだよ」
「イチさんにかなうわけない」
「口だけは達者になったみたいだね、じゃあね」
イチさんは普通に歩いて去っていった。その先に侘助老人がいるのだろうか。
(何しに来たんだよ……ハツカネズミのほうが可愛げがあるわ)
香純「……終わった? 寝てたわ、タイクツだよー」
明梨「真紀さんの女心がわかりませんか……被害者友の会に勧誘してみようかな」




