File No.7 旧友たちのラプソディー! かりそめの安息日
いろいろあってズタボロのサンジですが
いつものように街から街へと仕事を追う日々に戻りました
昔馴染みの「ヨウジ」を訪ねますが、そこで待っていたのは?
「あの日の『綺羅』はどういうことだったんだ」
サンジは神保町の駅前に立っていた。
午前中の仕事はPCインストラクターの補助という地味なものだったが、それはいつものことだ。
今日のシフトはそれだけで、退出して昼食を終えた昼下がり。
(あのじいさんの催眠術か何かにかかってたのか)
イチさんの姿が消え、ハツカネズミに変身して喋ったような。
なぜか香純が超然として騒がなかったし。
(イチさんが素早く隠れて、じいさんが腹話術でネズミが話したように見せて……そんな手品するかな、フツー)
「それにしても、イチさんかあ」
昔、サンジが友人の「ヨウジ」と連れ立って遊んでいたころ、イチさんの店でさんざんに説教された。
本人は教育的指導といっていた。
『前途あるバカ者を導いてあげてるんだよ、ボクは』
(たまんないって……そうだ、ヨウジの店が近いな)
何か月ぶりかでヨウジのLINEを探す。
(誰かにこぼすならアイツくらいしかいないし……人形町か、水天宮前から歩けばいいか)
新橋がサラリーマンの街だというのは強く印象づけられている。
テレビ局がSL広場をシンボルとして映し出し、通りかかる人々にコメントを求める定番の場所。
そのような露出は少ないが、人形町もまた昔ながらの勤め人が多くみられる街のひとつだ。
賑わっている人形町の駅前から外れた一角に、少し古い喫茶店がある。
正確にいうと、日中はカフェ、夜はワインとサパーで営業する、これといって特徴のない店だ。
ヨウジという下の名前で呼ばれる店主が、店の味と空気とを大事にしている点を除けば。
店の看板には『我妻』とある。ヨウジの姓なのかは誰も知らないし訊かない。
基本的に2名で回していることもあって、せわしくなるランチタイムはやっていない。それでも場所柄か、サンドイッチなど軽食でいいという年輩の客が来るので少しは忙しい。
午後2時をまわってそれも一段落した。
アルバイトの女の子を休憩に送り出す。
かかっている音楽は『ラプソディー・イン・ブルー』に替わった。
あまりに有名なのでスーパーのBGMのように平易に編曲されることもあれば、オーケストラで荘重に演奏されることもある曲だ。
いまかかっているのは1940年代にアメリカ映画のために録音されたものなのか、やや大げさなビッグバンド向けのアレンジで、それが古いラジオを通したような音質で流れている。
ヨウジはグラスを拭く手を休めて、少しの間そのメロディーを聴いていた。
御徒町でバーテンダーの見習いを始めたころから、何もない時はグラスを磨いている。師匠だったマスターからそう教えられ、習慣になった。
遠慮がちに扉をあけて、見知った顔が入ってきた。
実は、そっと押して間をおいてから静かに開けるのでだいたい見当がついたりする。立ち居振る舞いはおおらかにみえるが、むやみに大きな音を立てるのを嫌う性質だ。
(それじゃドロボーさんだけど……サンジさんか)
長くバーテンダーを務めた経験から、グラスの氷が底をつく音で「おつくりしますか」と声をかけることができる。
すごく神経質にみられたりエスパー扱いされても困るので、ある時期からはほどほどにした。
「ヨウジ、ひさしぶり。今日いてくれてよかったわ」
「いつもは若い人に任せてるんだけど、今日はシフトのすき間で自分が入ったほうが簡単だから」
「若い人って……ああそうか、社長さんだもんな、ヨウジって呼んじゃまずいか」
「よしてくださいよ、ここはそんなに大変じゃないし伝票もできるんでね、休日だったし」
「休みの日は休んだほうがいいよ」
ヨウジのキャリアは御徒町にあった酒場のバーテンダーから始まり、自分で創作料理の店を出し、元から目指していた昔ながらのバーなど、現在は3店舗を経営している。
年齢はサンジといくらもかわらない30代後半で、古い響きだが青年実業家といっていい。
「おれがフリーでふらふらしてんのに、ヨウジはすごいわ……まだ早いけどビールでいいかな」
「お戯れを……世話んなった人の店を続けたいとか、義理があって後輩を食わすために始めたり。
義理っていうか、しがらみかな、それだけ。普通ですよ」
「いや偉いよ、フツーか、フツーが一番だよな……うんうん」
差し出されたグラスを取ってビールを一口飲む。
ヨウジが最初に勤めていた酒場の常連がサンジだった。
自分も酒好きだったマスターが不摂生で亡くなり、ヨウジがその後を継いで、それから先の事情も何年かに一度は聞いていた。
(オレの友だちっていうのも申し訳ない、立派なヤツだよな。オレがみんな放り出してアメリカに行った時も)
何かとヨウジがフォローしてくれた……それから先は思い出さないことにした。
「どうしたんですか、何かあったんですか」
「いや、あのねー……イチさんが現れたんだよ」
「ああ」
『イチさん』がゴジラか通り魔のような扱いである。
「それはまた、どうして」
「うん、新橋の『綺羅』っていう店でね」
「ああ」
「あれ、知ってる? なんで知ってるんだよ、お前もあれかどっかの刺客なのか」
冗談のように言っているが、よほどのトラウマになったのか。
「あそこの仕込みを見てあげたことがあるんでよす」
なるほど、女性2人の店にしては酒の品揃えの気が利いていた。
オーナーかアドバイザーがやっているのかと思った。
「そうか、ヨウジの仕業だったのか」
「悪事をはたらいてるみたいじゃないですか、それでなんでイチさんが」
「そんなの、おれが知りたいよ」
サンジは妖怪のような侘助の件は触れずに、イチさんの言動をヨウジに話した。
「それで、あることないこと、悪口雑言で」
「……それは、やむを得ない面も」
「何だよそれ! かすみくんの前でボロボロだよ」
「ああ」
からんと音がして、女性が歩み寄ってきた。本来はそういう音がする。
「ずいぶん楽しそうなお話だね」
「え……真紀、か」
過去からの刺客は背後に来ていたらしい。
香純「おっさん2人の長話、ヒロインの出番がない、間違ってるな」
明梨「ヨウジさん爆上がり、サンジさん下げ傾向と……ヒロインね、もう何も言いません」




