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File No.4 ああ無明(むみょう)!〜カルチャークラブに花束を


かすみくん、アカリちゃん、侘助、沙絵につづく5人目の登場

私の小説によく出てくる男性で、手塚先生のスターシステム?

廃品利用かな「おい」


 

 夕暮れどきの淡いセピア色に染まっていた街は、紺色の薄闇へと溶け込んでいった。

 やがて漆黒の空に覆われていく。


 新橋の一角、こんな場所を訪ねてくる客がいるんだなあという雑居ビルの4階。

 バー『綺羅きら』は開店したばかりである。

 この店で雇われの「ママさん」をしている香純かすみがカウンターに立っている。

 店は二人で回していてバイトの明梨あかりがいるのだが今日は休みで、彼女一人だ。


 もう一人の男がカウンターをはさんだ正面に座っている。

 男は精密ドライバーを手にして小さな機械に向かい合っていた。

 いまの主流ではない細身のスーツはまあまあ上質で、出入りの業者とかではないようだ。

 青年のような顔つきをしているが、30代の後半といったところか。


 香純はレコードを挟み込む形のポータブルプレーヤーをネットで買い、店に持ち込んでいた。

 いまの店は有線を流しておくようなシステムではない。

 アナログのレコードをかけたら面白いかもという、いつも気まぐれな香純の思いつきだ。

「プレーヤーあるのでレコードかけますよ」とネットで告知した。


 その2日目にやってきた男は、初見で無口なわりに楽しんでくれているようだった。

 帰り際に「ちょっと回転が速いね、迷惑でなければ直させてもらっていいかな」と言ってきた。

「いいよー、ってゆーかお願いします」と返答した。

 それが今日だ。


 男は精密ドライバーのセットを持参し、スマホにレコードの回転数を計るアプリを入れてきた。

(なんでそこまで、親切っていうかマメな人だな、ヘンタイでなきゃいいけど)

 すぐに、自分の店に来る客はみんなヘンタイに決まっているではないかという自答が返ってくる。

(あんまりだってーの)


 裏面にあった調整穴にドライバーを差し入れ、少しずつ回してネジの頭を探り当てる。

 最初に遅い方へ振ってから、何度か微調整を繰り返した。

 香純が中古で一山いくらの中から買ってきた、アン・ルイスの『あゝ無情』をかける。

 レコードを外して、またチェックする。


 男と香純は額をつき合わせる形になる。

「もう一回」

「はい、先生」

「先生はカンベンして」


 男は下の名を「サンジ」という。

 日中は東京のどこかでPCを直したり、壊れたデータを取り出したりしている。

 それが本業と決めてはいない。

 30代半ばで勤めていたデザイン事務所が倒産、世間はリーマンショックで再就職の口はなかった。

 短期の契約社員などの話があれば行くことにしていた。

 それ以外にもフリーで雑用を頼まれれば、どこかのオフィスへ出向いていく。


 回転数の修正を申し出たのは、サンジのいわば職業病だった。

 SNSで見かけて「アナログレコードを聴く」というので寄ってみたら、EPの回転数が速い。

 頼まれもしないのにタダで直すのはフリー失格だが、これくらいはいいだろうと思った。

 初めて接した香純の印象がよかったというせいもある。


 ネットでは「男の」というタグがついていて、それ目当てではなかったが少し興味もあった。

 サンジがその道にくわしいわけではないが「彼女」はオネエ言葉を使うわけではない。

 ギャル風にはしゃぎもしないし、病んでいるのを強調もしていない。

 それほど会話はしなかったが、ちゃんと話ができる人間だなと感じた。


 それはただ香純の「暴虐の美少女」という一面が出るほど場が進んでいなかったせいなのだが。

(飲みに通うのもありかな)

 そう考え始めたサンジは、額をつき合わせた香純からわずかに香るフレーバーを心地よく感じた。

 メンズのコロンだったのだが、幸か不幸か、サンジにはわかるはずもない。


「もういいかな、これかけてみて」

 チェックを終えて、持参してきたカルチャークラブのEP『カーマは気まぐれ』を差し出した。

(皮肉な選曲だと勘繰られることはないよな)と思った。


「ありがとう、オカマちゃんのテーマソングだね」

 香純は、店にくるお客のすべてにいちいち性別のことを説明していない。

 ネットで調べて来る人が多いし、そうでなくとも気に入ってくれればそれでいいと思っている。


 かけてみるとボーイ・ジョージの歌声は香純が子どものころ聴いた記憶より深みがある。

 彼女にはいまひとつわかっていないが、繊細なホワイトソウルといっていいだろうか。

 後半のブレイクで鳴らされる深胴のタムの響きを聴いて、サンジも満足したようだった。


「コンマ単位ではどうかわからんけど、音楽のプロじゃないからこんなとこだね」

 それはあげるよと言ってサンジがEP盤のジャケットを香純に手渡す。


「お客さんはオカマちゃんが好きなんですか?」

 通常はそこまで訊かないのだが、さぐり合いが面倒なので尋ねてしまう香純。


 仕事は済んだのでテキーラのソーダをくださいと言って、サンジはしばらく考え込む。

 グラスを受け取りやや流し込むように飲んだあとで、サンジは言った。


「そうじゃないって強調するのも失礼なのかな……そこらへん、言葉よくわからんけど」

「あたしはオカマでも何でもいいです、中には怒る人もいますけど」

「うん、そんな気がした、かすみくんはいいヤツだと思ったからさ、あ、おれはサンジね」


(はあ……いいヤツ、いいヤツねぇ……)

 カルチャークラブのEPを持ってきてお前はいいヤツだという。

(なんかむつかしーな、やらせてくれって言われるよりむつかしい)

 レコードを宇多田ヒカルのLPに替えながら考える。

(うーん……あたし鈍感系じゃないけど、愛の告白じゃないよね、2回目だし、おじさんだし)


 香純は芋焼酎をロックにしてがぶりと飲む。

「セルフで飲まなくても、一杯あげるよ……聞いてないか)


(そうだ、口説かれてるわけじゃなし、そうなったってオトコ同士じゃないか、どもならん)

 とりあえずの結論が出た香純は、通常営業に戻ることにした。

 常連の3人組も入ってきた。


「やるよー」


明梨「おっさんのくせに純情系ナンパすんなよ、あんた鈍感系じゃないのかよ……はっわたしは何を」

香純「カマカマ」

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