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File No.3 ひっそり爆誕!?『暴虐の美少女』かすみくん


ちょっとだけかすみくんの過去へ行ってみましょう

ほんの少し前、それから子ども時代の記憶です


 

 香純かすみの朝は遅い。

 遅いったらない。

 水商売をやっているので、午前2時かそのくらいに寝るせいもある。

 それよりなにより眠いのは、まだまだ若いからだろう。


「あああ」

 うなり声をあげて目を覚ました。

 枕がわりのクッションの下から、もぞもぞとスマホをとりあげる。


「まだ11時か」

 それからベッドの中で肩や腰をうねらせ、伸びをする。

 そのままイルカ泳ぎをする。

 何をしているのかというと、香純の自己流ストレッチである。


「よし」

 フローリングの床に降り立って、寝巻きにしているスエットの裾を引っ張って整える。


 香純が住んでいるのはロフト付きのワンルーム、8畳ほどだろうか。

 駅から12分かそのくらいあるので、比較的安く借りられた。


 香純は騎馬立ちで立つ。

 いま天上から降りてきたというていで、少しだけチカラを抜く。


「せい」

 正拳突き。

 強く振り抜くのではなく、型をたどるようにゆっくりと左右交互に前方の空気を突く。

 それが少しずつ速くなっていく。


「とお」

 前蹴りに移行した。

 しばらく左右交互に繰り返したあと、かかと落としのフォームも取り入れてもう一度。

「このくらいだね」



 香純は中学2年まで、実家の近所にあるカラテ教室に通っていた。


 小さい時からほかの男の子に混ざって遊ぶのが苦手で、本ばかり読んでいた。

 かわいい、キレイだと会う人みんなに言われる顔立ちだったせいか、母親がその気になってひらひらした服を買ってくる。


(子どもをオモチャにしちゃーいけないよね)

 いまの香純は、そう考える。


 父親は年齢よりもなんだか古いというか、いま思うと会社の役職をそのまま家のなかに持ち込んだような人だった。

 母親の家事の要領が悪いのを指摘して「こんなのは非効率だ」というのが口癖、当たり前のように女性を下に見ていた。

 見かけはファミリー世代の爽やかパパでも、中身がそんな感じの男はけっこういるものだ。

 のちの香純がその手の人物を目敏めざとく識別するようになった原因だ。


 その父親が「オカマにするわけにはいかん」と、香純の手を引いてカラテの教室に連れていった。

 ほかの子と遊ぶ球技などは苦手だったので、ひとりで体を動かすカラテはわりと好きになった。

 型のほかは、大きなグローブとプロテクターをつけて同じ学年の子とぽかぽかする程度。

 本格的な組手まではいかなかった。

 父親がリーマンショックか何かで、役職のついていた会社から出されたせいか。

(子会社の嘱託っていうやつ? 違うところに行って収入が半分くらいになったんだよね)


 ふだんの香純はそのあたりのことをあまり思い出さない。

 封印したいというほど強くも思わない、ただ忘れている。


(物語はいらないんだよね)

(キレイな物語を絵に描いて、それが壊されたとき、ヒトはゆがんじゃうんだ)


 香純の思索が意外と哲学的なことに驚く人もいそうだが、口に出すことはないので誰にもわからない。



 権威頼りだった父親が、なんだか卑屈になっていった。

 お気楽だった母親がどこへともなく恨み言をいうようになっていた。

 居心地が悪かったし、志望していた私大に行くこともためらわれた。

 母親がいろいろ騒いでいたけど、独立していまのロフトに移った。


(「正直者がバカを見る」って、あれは聞きたくなかったなー)

 たんなる定型句なのだろうけれど、ウソをついてでも得をしたかったという反語の意味が透けてみえる気がして、香純は受け入れることができない。

 正直に戦って勝つためのタクティクスが必要なのだ。


(ごめんねママ……冷たい娘で……いやいや)

 独り言なのにれ言が混入するのは、両親を客観視してしまう自己への罪悪感の現れ、と。

(分析してんじゃねーよ、やかましいわ)


 香純は、あたしってクルってんのかな、そんなかすかな不安を打ち消すようにココロで悪態をつく。



 それほど汗をかいてはいなかったが、シャワーを使ったあとで外に出る。

 他人には違いがわからないよそいきのスエットに着替え、なぜか男物の下駄を履いている。

 気まぐれで買ったもので、二代目だ。


(ぱこーんって割れちゃったんだよね、水拭きすればいいのかな)

 からころと足音を立て、エスニック料理屋のランチタイムを目指して坂道を上っていく。


 親元を離れ、日々そうやって日常の小さな知恵に気づいていくのは楽しい。

 自分が何に傷ついたとはいいたくないが、癒しってこういうことなんだろうなと思った。



 一人暮らしになってネットの通販で簡単に買えるようになったので、レディースの服を揃えはじめた。

 母親の呪縛か、父親への反発か、そんなありきたりの原因を香純は秒で通過していた。

(そんなのハンコだよ、そんなものペタペタ押してたらつまんねーじゃん)


 といっても母親が好んだお姫様のようなものではなく、タンキニとかカットソー、デニムのミニ、中性的に近いものが大半だ。

(いまのレディースってわりとこういう方向だもんね、カップ付きのキャミは助かるわー)


 これが女装だといって外に出ていけるものではない。

 けれど、すべすべした部屋着の姿でごろりと横になり、いままでなかった解放感に包まれる。


(どおおせ、わたしはあ、さびしいいオカマあ)

 わざといまどき珍しいくらいのド演歌にして歌ってみた。楽しいなあ。


「暴虐の美少女」が新橋の地に降臨するまで、あと2年。


香純「恥ずかしいにもほどがあるわ」

明梨「スエットに下駄ばき、嘆かわしいですー……でも、ありなのか」

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