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File No.2 名乗るほどでもないというジジイやっぱり曲者


新橋に謎のじいさんがやってきて、ばったりかすみくんに出会います

「あたしの出番、これだけ?」

侘助わびすけと名乗ったじいさん、ちょっと行方を追ってみます


※ヒューマンドラマなのに人外で暴虐の美少女?そういう仕様だとしか


 

 今日も新橋の街に降り立つ、数多くの人々。

 ほとんどが勤め人のその中に、小柄な老人が立っていた。

 小さくはあるが何やら品格を漂わせているように見え、周囲の人々は避けて通るようにして歩いていく。


 英国製とおぼしいツイードのスーツは、ブルックスブラザーズあたりだろうか。

 いまは着古されているが、以前はオーダーメイドでぴったりフィットしていたと思わせる仕立てだ。

 加齢によって痩せたためなのか、現代ふうのオーバーサイズに見えなくもない。


 けれどおよそ紳士らしく見えないのは、羽織っている黒い装束のためだ。

 こんなものがどこに売っているのか、コートともマントともとれるだぶついた布切れ。

 魔術師のローブとでもいえば合っているだろうか。


「さて、現世に顕現けんげんするのもひさしいことよ」

 独り言のようにつぶやいている。

 誰かが聞いたなら、アタマのいってしまった老人かと敬遠して遠ざかって行っただろう。

「にんげんたちのもとへ降りてゆくというわけだ」


 歩き出すと意外としっかりしていて、あまり重力を感じさせない軽やかな足取りだ。

「少しジジイらしい話し方にしてみようか、の」



 前方から、美しい女の子が歩いてくるのが見えた。

 灰色の勤め人たちばかりの中で目立つというのもあるけれど、そこだけ空気が切り取られて光っているようだ。


「もし、べっぴんさん」

 老人が話しかけたのは、香純かすみだった。

 香純はのんびりと左右を見渡してから答えた。


「ご老人、あたしのことかな?」

「なかなか古風に礼儀正しいの、ジジイで良いよ」

「おじいちゃん、それで何のご用かなあ」

「ここらで、そうさな、酒を飲めるところを教えておくれ」


「そんなのいくらでもあるけど」

 香純は老人を見て、少し考えた。


(あたしのとこでもいいけどまだ早いし、はっちゃけたら居心地悪いかもね。おカネ持ってるか知らないけど、立ち飲み屋じゃ失礼な気がするし……うん、あそこがいいか)


「あたしのとこでもいいけどまだやってないし、やかましいかも(おもに自分が)」

「ほう、お嬢さんが酒場をやっておるとは」

「雇われてるだけだし、そんな若くないし、オトコだよ」


 香純がぶっきらぼうに提供する情報の量は、老人には多すぎるのではないか。

 老人はしばらくの間、言われた内容を咀嚼そしゃくしてから言葉を続けた。

「かまわんし、それもオモシロイが、やってないでは仕方ないな」


「だからさ、あそこにアーケードあるでしょ、そこ抜けたところにカッポウっていうの、小料理屋さんみたいなところがあるからおじいちゃんに合ってるかも」

「うむ、行ってみるとしよう」

「お店の名前は愛さんっていうんだー」

「愛、か」


 香純はバッグパックのポケットを探って、自分の店の名刺を取り出した。

 あまり使わないので、少しよれている。

「よかったらそのうち、あたしはかすみです」

「かたじけない、わしは……侘助わびすけという、いろいろすまんの、あんたにもまた会いたいものだ」

「よろしくねー、気をつけて」


 手を振って老人と別れた香純はスマホで開店時間を確かめ、少し早足になって店に向かう。

(けっこう自由なおじいちゃんだね、あたしもあんなんなったりして……ジジイかなババアかな、よくわかんないや)


 この場に明梨あかりがいたなら、あなたから見て自由ならそりゃそうでしょうよと言っていたことだろう。

 人間、他人のこととなればよくわかる気がするものだ。



 咄嗟に侘助という名を自らに与えた老人は、教えられたとおりに「愛」を探した。


(にんげんはオモシロイの、あやつは格別にオモシロイ例外かもしれんが)

 侘助はそれまで我知らずつぶやいていたが、「独白」を覚えた。


 仕事に遊びにとせわしく街を行き来する人々を眺める。


(あまりににんげん的でありすぎるのも、息がつまるものだ。

 人はみな赤子として生まれ、ものごごろのつくまでは一種の人外であろう。

 どの程度までいけばヒトと呼べるのかは、個人差があり、環境の差もある。

 運よくまっとうに育ち、本人の資質もそれに見合えば、一応は大人と呼べる人間ができあがる)


(それはそれでよいが、大人な自分とは、外に出ていくための衣裳なのだろう。

 後天的に着せられた、着ぐるみのようなものだ。

 人間でいることに疲れた時は、気を許して人外でいられる場所があればラクになれることもあろう。

 歌をうたうことも巷間をさまようことも、ヒトのなす遊びというものはすべてそれよ)


 ♪ツァラトゥストラ ツァラトゥストラ ツァラトゥストラ レッセッセ

 侘助は内心の思考を追いながら、小さく歌を口ずさむ。


 それほど気負いもなく自分をツァラトゥストラになぞらえているところへ、外国の民謡「サラスポンダ」の旋律が偶然はまってしまったのだ。

 ひとに聞かれてしまってはやはり狂人のように思われるかもだが、妙に気に入ったので歌っている。



(おお、この店か)

 侘助は、路地の奥にある古びた居酒屋の前に立ち止まった。

 看板には手書きで「愛」とだけ書かれている。

(主人が書いたのか、なかなかよい筆跡[=て]じゃの)


 侘助は暖簾をくぐった。

 店内はカウンターが数席、小上がりが二つあるだけのつくりだった。

 カウンターの中に一人の女性が立っている。


 現世の侘助とそういくつも変わらないだろう年齢の彼女は、「沙絵さえ」。

 聞かれなければとくに客に名乗ることはない。

 この界隈の古株や同業者には、敬意あるいは親しみを込めて呼ばれる。

 香純も自分の店の客と連れ立ってこの場所を訪れたことがあり、詫助の問いで思い出して教えた。


 彼女の立ち姿は、背筋を真っ直ぐに伸ばした状態から一・二割ほど力を抜いたものだとわかる。

 武道でいうところの自然体で、その表情にも曇りがない。

(できるなこの女将おかみ、いや、ママさんか)


「いらっしゃい……初めての方ですね」

「燗酒を一合と、おでんをおまかせでお願いします」


 侘助は少し居ずまいを正して注文した。

 相手がおそらく達人である以上、こちらも相応の構えを見せねば失礼にあたると直感が働いた。

(武芸者の対面じゃないんじゃがの)


 沙絵は黙って頷き、静かな所作で徳利を燗につけた。

 いちいち観察していては無粋ぶすいだが、手慣れた仕草は見る者の心をなぎにするそれで、心地よい。



 カウンターの端には、中年の域にさしかかったであろう勤め人の二人が先客でいる。

 侘助のサーチ結果にはあまり出てこない用語で声高に話をしている。


 二人が所属しているのは証券会社の類いで、自分たちが世界を動かしているかのような言説だ。

 あまりにんげんを解析することは控えているのだが、セキュリティの用心もなく酒場でそんな話をしている程度には小物なのだろう。

(おっと、シャッターを閉じて楽しまなければ損だの……それこそ無粋な能力よ)



「おじいちゃん、仙人様かな? ホームレスはこんなとこ来れないかあ」

「お住まいは新宿の地下ってところか、そのスーツいつの時代?」


 どうやらご高論こうろんのネタが尽き、詫助に矛先を向けてきたらしい。

 いつから飲み続けているのか知らないが、彼らはかなりの量を摂取しているようだ。

 エリートにはそんな暇はないような気がする。

 雑魚確定である。


 侘助は猪口の燗酒を口に含んだ。

 昔の燗酒は甘すぎた、酒の質がよくなかったのでべたべたしていたのだ。

 ひところは辛口が合うと言われたが、いまのこの酒はほどよく甘くふくよかといってよい。

「うまいなー」


 侘助に無視されたのが二人組の癪にさわったらしい。

「おじーいさん、仙人らしく何か面白い術でも見せてくんない、チップあげるよ」

 男の一人が侘助の肩をつかんだ。


(ふざけていたではすまされんぞ、先に手を出したなら命のやり取りになってしまうんじゃ)

 瞬時に噴き出した威圧の風が男をたじろがせて、彼は尻から床に落ちてしまった。

(ああいかん、武芸者のノリが残っとったわ)


「なんだあ、いま何したの、じいさんよお」

「ビジネスマンかやからか、どっちかにしてほしいの」

(困った、ヒトをあやめるのは予定にないし、無粋どころではない)


 それまで我関せずを貫いていたママさんが、とんと音を立ててカウンターに手を置いた。

「あんたら」


 大声を張り上げているわけではないのに、思わず二人組が気をつけの姿勢になった。

 教師か、極道のおんなか、ひとを制圧する術を知っている者の声だ。


 ママさんは一転して表情を和らげ、ゆっくりと口上を述べた。

「お客さま、お戯れとは思いますが、会社では役職のあるお方なのでしょう?

 手を上げられますと警察にご相談させていただきますし、御社おんしゃでもお席がなくなるかと存じます。

 そんな不調法ぶちょうほうはいたしませんので、今日のところはお引き取りになってお休みください」

(おおう、美人が怒りながらのアルカイックスマイルはド迫力だの、わしも初めて見た)



「……いやあ、悪ふざけが過ぎました、申し訳ない」

「すみません、また出直します」


 男たちは曲がりなりにも勤め人だけあって、かろうじて面目を取り繕う心得だけはあったようだ。

 彼らは何枚かの札を置き、平静を装いながら店を出ていった。



 静寂が戻った店内で、沙絵はまた「自然体」に戻った。

「なかった」ことにしたのか、小鉢に料理を盛りつけている。


 彼らは出直すなどと言っていたがそれは強がりというもので、事実上は出禁というところだろう。

 侘助は礼をいうべきか迷ったが、ママさんにならい「なかった」ことにしようと決めた。

「もう一本おかわりをお願いします」


 燗酒の追加とともに出されたのはじゅんさいの和え物だった。

(なるほど、和食もハードボイルドになれるとしたらこの方向かもしれん)


 帰り際にママさんが名刺を差し出してくれて「沙絵」とある。

「かたじけなく……わしは名乗るほどの者ではないが、侘助と呼んでおくれ」

「わびすけさん?」

(さきほどの迫力はどこへやら、首をかしげて少女の笑顔、くっ……反則じゃ)



(ちっと怖いが、現世にはいい女がおるもんだのう)

 店を出た詫助は、また先刻の歌を口ずさんでいる。

 ♪ツァラトゥストラ ツァラトゥストラ ツァラトゥストラ レッセッセ


(リピート決定、と)


香純「神か悪魔か知らんけど、軽いよワビさん」

明梨「ワイプで小姑ムーブ……」

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