モンキー・ダンス
森の風が、静かに去ったあの日から、一ヶ月が過ぎた。
ブルーノの言葉が、猿吉の胸に根を張った。
「それでいいんだよ」。
その一言が、猿吉をダンススタジオへ、何度も何度も引き戻した。
練習の日々は、変わらず苦しかった。
他のメンバーと比べれば、相変わらずの『ズレたダンス』。
ステップは遅れ、腕の振りは大雑把で、鏡の中の自分がいつも少し浮いていた。
でも、ジャッキーたちは笑って言った。
「それが猿吉の味だよ」。
ティトが肩を叩き、マーロンが頷き、ジャーメインが「そのままがいい」と呟く。
褒められるたび、猿吉の胸に小さな自信が灯る。
ズレていることが、欠点ではなく、味になる。
そんな日々が、積み重なっていった。
そして、今日はライブ当日。
ステージの幕が上がる瞬間、猿吉は息を飲んだ。
目の前に広がるのは、無数の光と影。
観客の波が、暗闇の中で揺れている。
歓声が、すでに低く唸るように響く。
心臓が、喉元まで跳ね上がる。
尻尾が、緊張で硬く固まる。
でも、猿吉はステージに立っていた。
隊列の端で、みんなと並んで。
イントロのドラムが、胸を叩くように鳴り響く。
ギターの音が、空気を切り裂く。
そして、ブルーノの声が、ステージ全体を震わせた。
モンキー・ダンス。
演奏が始まった瞬間、猿吉の体が、勝手に揺れる。
ズレたステップ。
大雑把な腕の振り。
でも、それでいい。
観客の視線が、一気に猿吉に集まるのを感じる。
バンドの顔、ブルーノよりも先に。
なぜなら、ブルーノが歌い始めたメロディが、猿吉のことを歌っていたからだ。
『空っぽの頭のままで、ルールを知らないままで、猿のように木の枝から飛び降り、尻尾を振って今夜は踊ろうよ』
その歌詞が、照明の下で響く。
観客の歓声が、爆発するように上がる。
誰かが叫ぶ声が、波のように広がる。
視線が、熱く、肌を刺す。
猿の自分に注目が集まるのも当然だ。
猿吉は、息を大きく吸い込む。
これが、自分の味。
ズレたダンスが、今、みんなの目を奪っている。
猿吉は覚悟を決めて、踊り続ける。
ジャッキーの言葉が、頭の中で強く響く。
『ギターソロが来るまでは、とにかくそのズレたダンスを踊っていてくれ』
ブルーノの声が、サビに突入する。
『モンキー・ダンス、モンキー・ダンス。頭じゃなくて身体で踊ろう。モンキー・ダンス、モンキーダンス。心のままに、感じて跳ねよう』
観客の歓声が、天井を突き破るように爆発する。
手が上がり、身体が揺れ、波のようにステージに向かって押し寄せる。
照明が、赤く、青く、激しく明滅する。
音が、体を貫く。
猿吉の胸が、熱くなる。
苦しかった練習の日々が、今、ここで溶けていく。
ズレたステップが、音楽に溶け込む。
観客の叫びが、猿吉の体を押し上げる。
次がギターソロだ。
ジャッキーの言葉が、強く響く。
『そして、ギターソロの瞬間になったら、真ん中に行って……大暴れしろ!』
猿吉は、隊列から離れる。
足が、自然にステージの中心へ向かう。
観客の視線が、集中する。
歓声が、嵐のように猿吉を包む。
心臓が、破裂しそうなほど鳴る。
でも、怖くない。
今は、ただ感じるだけ。
体が、勝手に動く。
猿吉は、ステージの真ん中で、息を大きく吸い込んだ。




