頭が悪いから、上手くは言えない
森の夕暮れが、木々の葉を優しく赤く染め始める。
猿吉はブルーノの前に座り、涙の跡が残る頰を拭うこともなく、ただ見つめていた。
ブルーノの言葉が、胸の奥にまだ温かく残っている。
主役。
自分。
その意味が、わからないまま、猿吉はゆっくりと口を開く。
「僕が主役って、どういう事だッキか……?」
猿吉はブルーノの顔を覗き込む。
ブルーノは、少し困ったように頭を掻き、言葉を探す。
「えっとね……何処から説明したらいいだろ……? とりあえず、今日、猿吉にやって貰った曲は『モンキー・ダンス』ってタイトルなのね」
モンキー・ダンス。
その響きが、猿吉の胸に落ちる。
自分は猿だ。モンキーだ。
そして、自分は踊った。ダンスだ。
だから、自分のこと。
猿吉の心が、静かに頷く。
ブルーノは、深呼吸をして続ける。
「ちょっと、長くなるかも知れないけど、実はね? 俺、昔、6人のプログレバンドをやってたのよ」
猿吉は首を傾げる。
「えっ……? 僕、ブルーノさんのバンドが6人だった時、知らないッキ……」
猿吉の記憶の中では、ブルーノのバンドは三人から始まり、少しずつ増えていった。
ギターが増え、キーボードが増え、最後にダンサーが四人加わって、一気に九人になった。
六人だった時など、一度も見たことがない。
ブルーノは、恥ずかしそうに笑う。
「うん。今のバンドの前にやってたバンドの話だね。正直、全然売れてないバンドだったから、猿吉がその時の俺を知らないのも当然だよ」
今、こんなに格好いい音楽をしているブルーノが、売れなかった。
猿吉には、それがわからない。
今、こんなに輝いているのに。
「なんで、売れなかったッキか?」
猿吉は、素直に聞いてみる。
ブルーノは、肩をすくめて言葉を探す。
「う〜ん、なんだろうね……まぁ、正直、プログレってのはちょっと小難しい音楽なのよ。もう、極端な事を言ったら、音楽ってよりも、芸術に近いのかもしれない……」
『芸術』。
猿吉は目を丸くする。
自分とは程遠い言葉。
遠い国の、眩しい光のような響き。
「芸術だッキか……? やっぱり、ブルーノさんは凄いッキ!」
猿吉の声が、純粋に弾む。
ブルーノは、照れくさそうに首を振る。
「いやいや、だからその芸術プログレバンドは売れてないの。俺はその芸術が合わなかったの」
ブルーノは、言葉を続ける。
少し、途切れ途切れに。
「う〜ん、本当にどう説明したらいいかなぁ……なんかプログレバンドってのは、洗練された完璧さが求められるって言うか……もう勢いのままガーってやる事が出来ないのよ……今やってる俺のパンクロックみたいな感じでノリでやるのが出来ないのよ……」
説明は、要領を得ない。
言葉が、途中で迷子になるように。
猿吉は、ただ聞いている。
『わからない』
でも、それはブルーノの言葉だけではない。
表情、態度、声の揺れ。
すべてから、猿吉は感じる。
『ブルーノもわかっていない』
自分と似ている。
頭が悪い自分と似ている。
ブルーノも、言葉でうまく説明できない。
うまく伝えられない。
それなのに、必死に伝えようとしている。
その姿が、猿吉の胸に、静かに染み入る。
わからないまま、でも似ている。
そんな安心が、ゆっくりと広がる。
森の風が、木の葉をそっと揺らす。
ブルーノの瞳が、猿吉を捉えたまま、止まらない。
猿吉は、ただ、そこにいる。
言葉にできない何かで、繋がっている気がした。




