無理だと思うッキ……
練習の時間が、ようやく終わりを告げようとしていた。
スタジオの空気が、汗と疲労で重く淀む。
猿吉は、鏡の前に立ったまま、息を乱していた。
体は動いた。
一時間、ただ繰り返した。
でも、心はどこか遠くに置き去りにされたままだった。
扉が開く音がした。
ブルーノが入ってきた。
彼は、皆に軽く手を上げ、猿吉を紹介する。
「みんな、猿吉だよ。新メンバー。これからはよろしくな」
ジャッキーたちが頷き、微笑む。
猿吉は、力なく頭を下げることしかできない。
ブルーノは猿吉を促し、二人でスタジオを出た。
森への道を歩く。
陽が傾き、木々の影が長く伸びる。
猿吉の足取りは、重い。
尻尾が、地面を擦るように垂れている。
森の奥、いつもの木の下に着いた。
ブルーノが、明るく声を上げる。
「ハハハ、猿吉。ダンス見たけど、いい感じだったよ。俺の理想の感じだった」
ブルーノの声は、喜びに満ちている。
満面の笑み。
でも、猿吉の心は、暗い。
胸の奥が、鉛のように沈む。
「……」
沈黙が、落ちる。
ブルーノが、気づく。
「……ん? 猿吉、どうしたんだ?」
猿吉は、ゆっくりと顔を上げる。
声が、震える。
「……本当に良かったと思うッキか?」
ブルーノは、即座に頷く。
「あぁ、凄く良かったよ! 俺の理想だったよ! あれ、絶対にライブで盛り上がるよ! 皆、絶対に楽しんでくれるよ!」
満面の笑み。
純粋な喜び。
でも、猿吉の思いは違う。
ブルーノは『皆が楽しんでくれる』と言う。
でも、自分自身が、楽しめなかった。
苦しかった。
胸が締めつけられ、体が重く、鏡の中の自分が惨めに映った。
楽しむどころか、ただ耐えていただけだ。
猿吉の目に、涙が滲む。
頰を伝う前に、声が零れる。
「ブルーノさん……やっぱり、僕には音楽は無理だと思うッキ……」
ブルーノの目が、大きく見開く。
「えっ……!? 猿吉、なんでだよ!?」
猿吉は、言葉を絞り出す。
声が、途切れ途切れになる。
「だって……僕、他の人みたいに上手に出来てないッキ……僕、他の人みたいに上手く出来てないのはわかるッキ……でも、何処が違ってて、何が悪いのかわからないッキ……」
わからない。
わからないまま、遅れていた。
わからないまま、苦しかった。
頭が悪いから。
それが、すべてを説明している気がした。
ブルーノは、大慌てで手を振る。
「猿吉はそれでいいんだよ! あのさぁ!? お願いだから、手伝ってくれよ! あの曲は猿吉が主役の曲なんだよ!?」
その言葉が、猿吉の胸に落ちる。
主役。
自分。
わからないまま、涙が一筋、頰を伝う。
森の風が、静かに木の葉を揺らす。
ブルーノの瞳が、必死に猿吉を捉える。
猿吉は、ただ立ち尽くす。
涙が、止まらない。
でも、心の奥で、何かが小さく、震え始めた。




