自然に踊っていた、僕
森の午後の光が、木々の間を優しく縫うように差し込む。
猿吉はブルーノの言葉を、胸の奥で反芻していた。
踊る。
その響きが、まだ頭の中で小さく回っている。
わからない。
でも、わからないまま、胸が温かい。
ブルーノの瞳が、穏やかで、しかしどこか熱を帯びている。
猿吉は、ただ見つめることしかできない。
「あの、ここ最近さ? うちのバンドメンバー増えて、いつも後ろで踊ってるダンサーの人達いるだろ?」
「うん! 踊ってる人達いるッキ!」
猿吉は即座に頷く。
記憶はいつも、ライブの光景で満ちている。
最初は三人。
ブルーノのギターと歌が、ベースとドラムに支えられて、会場の空気を震わせていた。
やがて四人になり、五人になり。
ギターが増え、キーボードが増え。
猿吉には、何故増えたのかわからない。
ただ、増えるたび、音楽が少しずつ大きくなって、胸に届くものが増えていった。
それだけで、十分だった。
もっと好きになる。
理由など、必要なかった。
そして、数ヶ月前から、後ろで四人の影が踊り始めた。
猿吉は、ただ見ていた。
最前列で、体が勝手に揺れるのを、許していた。
「それでさ? 猿吉はいつも、俺達のライブに来てくれて最前列で猿吉も踊ってるじゃん?」
ブルーノの目が、優しく細まる。
猿吉は、ぽかんとする。
「えっ? 僕、踊ってるッキか?」
自分では、そんなつもりなどなかった。
音楽が体を通り抜けるたび、足が勝手に動き、手が空を掴むように揺れていただけ。
それが、踊りだったなんて。
「えっ? 猿吉、自分で気づいてないの? 猿吉も踊ってるよ? じゃあ、あれ自然にやっちゃってるんだ?」
ブルーノが、笑いながら言う。
猿吉の頰が、熱くなる。
顔が、真っ赤に染まる。
自分でやったことすら、覚えていない。
それを他の人に指摘されると、恥ずかしさが胸を突き刺す。
でも、その恥ずかしさは、どこか甘い。
ブルーノの笑顔が、優しくそれを包む。
「まぁ、でもさ? 俺、猿吉の踊り見てて、思ったんだよ。あぁ、こういう踊りこそが今の音楽に必要なんだよって思ったの。今の俺達の音楽には猿吉の踊りが必要だって確信したの」
言葉に、熱がこもる。
ブルーノの瞳が、燃えるように輝く。
猿吉には、その熱の意味がわからない。
何故こんなに真剣なのか、何故自分を必要とするのか。
頭が悪いから、疑問はすぐに霧散する。
「なぁ!? だから、頼むよ、猿吉! 俺達の音楽に協力してくれ! 俺、お前と一緒に新しい音楽がやりたい! 俺達のメンバーになってくれ!」
ブルーノが、頭を下げる。
その仕草に、猿吉の胸が、どくんと鳴る。
疑問は、もうない。
残っているのは、ただ一つの、大きな喜び。
大好きな音楽を、大好きな人と出来る。
猿吉は、満面の笑みを浮かべて答えた。
「うん! 僕、踊るッキ!」
その声は、森の木々を震わせ、どこか遠くまで届いた気がした。
尻尾が、興奮で大きく揺れる。
わからないまま、でも確かなもの。
猿吉の心に、新しい音が、静かに響き始めた。




