踊るだけなら、いいですか?
陽の光が、木々の隙間を抜けて地面に細い線を描く。
猿吉はブルーノの前に立ったまま、尻尾の先を小さく揺らしていた。
胸の奥で、何かが弾けるように鳴る。
ただ、声をかけられただけで。
それだけで、こんなに嬉しいなんて、その理由は猿吉にはわからない。
わからないままだけど、ただただ嬉しい。
「ブルーノさん、こんにちはだッキ! 僕に頼み事って何なんだッキか!?」
声が、弾むように出る。
猿吉の瞳が、期待で輝く。
ブルーノは、いつもの穏やかな笑みを浮かべて、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「あのさぁ? 猿吉、うちのライブをよく見に来てくれるじゃん? 猿吉、音楽好きなんでしょ?」
「うん! 僕、音楽、大好きだッキ!」
即答だった。
言葉にできない好きさを、ただ叫ぶように。
ブルーノの目が、少し細くなる。
優しく、しかし確かな光を宿して。
「だから、猿吉にうちのバンド手伝って欲しいんだよ。一緒に音楽やらない?」
その一言が、猿吉の胸を強く突いた。
「えっ!? 本当っだッキか!? 」
大好きな音楽を、大好きな人と一緒に。
そんなことが、あり得るなんて。
胸の奥で、温かな波が広がる。
弾む。
弾みすぎて、息が少し苦しい。
でも、すぐに。
現実が、冷たい指で猿吉の肩を押さえる。
「あっ……でも、僕、ブルーノさんみたいに楽器出来ないッキ……」
声が、急に小さくなる。
表情が、翳る。
頭の悪い猿吉でも、この程度の現実は見える。
指先で弦を弾くことも、鍵盤を叩くことも、できない。
自分は、ただの猿。
モンキー。
音楽の輪の外側にいるだけの、役立たず。
ブルーノは、表情を変えない。
変わらぬ穏やかさで、猿吉を見つめる。
「あ〜、大丈夫。猿吉は楽器はしなくていいのよ。猿吉には踊って欲しいのよ。踊るだけだったら、楽器出来なくても大丈夫でしょ?」
「僕、踊るッキか?」
猿吉は目を丸くして、ブルーノを見上げる。
踊る。
その言葉が、頭の中で反響する。
自分にはブルーノの考えていることが、わからない。
頭が悪いから。
何を、どうして、自分にそんなことを頼むのか。
理解できない。
それでも。
それでも、胸の奥で、何かが疼く。
興味が、ゆっくりと芽吹く。
わからないまま、惹かれる。
ブルーノの瞳に映る自分が、少しだけ大きく見える気がした。
風が、木の葉をそっと揺らす。
猿吉の尻尾が、もう一度、小さく揺れた。
まだ、わからない。
でも、もう少しだけ、近づいてみたい。
そんな気持ちが、静かに、猿吉の心に根を張り始めていた。




