幕間 とある親友はヒロインにエールを送る
ルミナ達が村を出た次の日の朝。聖女が消えたという事でにわかに騒ぎになったものの、直ぐに神父から「彼女は教会で修行をしている」との通告がなされ、直ぐに落ち着いた。
アシュリーという名の村の少女は、ルミナが教会に居ると信じて疑わない村人達を可哀想なものを見る目で眺めていた。彼らはもう既にルミナがこの村に居ない事を知らない。ルミナが立派に聖女の使命を果たすと信じて疑わない。
___そんな事、いくらあの子が望んでも、彼が、アレクが許すはず無いのに。
アシュリーはルミナとは親友と言える間柄であった。ルミナがアレク共にこの国から逃げる事を決めたのも、朝投函されていた彼女からの手紙で知っている。
けれど、たとえその手紙が無くとも、近い内にルミナが村から居なくなるだろうという事は分かっていた。聖女として王宮に赴き、そこで過ごす……なんて事、あのアレクが許すはずがないと分かっていたからだ。きっと王宮からの使者が着く前に、ルミナを拐って閉じ込めるだろうと思っていた。
アシュリーは、この村で唯一、アレクがルミナへ向ける狂気の愛を知っている。アレクがルミナを好いているというのは、村人の多くが知っている事だし、その恋心が通常より重いという事も、数人は分かっていた。しかし、その重さが想像を超えている事を、彼がルミナに歪んだ想いを抱いている事までは知らない。彼の両親ですらわかっていないその狂気を、アシュリーだけは知っていた。
・・・・・
それは今から5年前。
その日、アシュリーはルミナと一緒に遊んでいた。アシュリーの父は3日ほど前に村の外へ出稼ぎに行っており、その出発の直前、父からお守りとして貰った細かな意匠が施されたブレスレットを自慢げにルミナに見せていた。
すると突然、上から現れた影がアシュリーの手からブレスレットを奪った。驚いて顔を上げると、そこには冒険者の格好をした3人の男がニヤニヤ笑ってアシュリー達を見下ろしていた。
「ガキのクセに良いもん持ってんじゃん」
「売ったらそれなりの金になりそうだな」
「かえして!!」
平然と人の、それも子供の物を盗って売り払おうとするタチの悪い男達に、アシュリーは必死に噛み付いた。ルミナも親友の宝物が盗られた事に憤っていた。2人でブレスレットを取り返そうとするも、子供と大人、その力の差は歴然で、男達はゲラゲラ笑いながらアシュリー達を揶揄う様に「返して欲しけりゃ取ってみろよ」とブレスレットを高々と掲げる。
泣きそうになりながらもジャンプして果敢にブレスレットを取ろうとする。勿論届かない。ルミナが我慢の限界と言わんばかりにブレスレットを持つ男の腕に噛み付いた。「イテェ!」と驚いた男が手を離し、ブレスレットは地面に落ちる。アシュリーは素早くそれを拾い上げた。
「このガキ!!」
激昂した男が拳を振り上げる___ルミナに向かって。アシュリーは親友の身を庇うことも出来ず、恐怖からキュッと目を瞑る。バキッと大きな音がした。同時に、「ぎゃああああ」と男の叫び声。
アシュリーが目を開けると、そこには腕を抑える男と、呆然とするその仲間達が目に入った。何が起きたの?何でルミナを殴ろうとした男の方が痛がっているんだろう。
困惑する場に、声変わり前の、幼い男の子の声が響いた。
「大丈夫?ルミナ」
そう言ってルミナを庇うように前に立つのは、アレクだった。アレクは男達を見据え、酷く冷たい声で言う。
「___よくもルミナに手を出したな」
その瞬間、一陣の風が吹き、男達の身体を切り裂く。痛みに悲鳴を上げる男達。アレクが風魔法で男達を攻撃したのだ。まだルミナに相応しい男になる為の鍛錬の最中とはいえ、アレクはこの頃から既に大人顔負けの力を持っていた。
男達はアレクの力に気圧された様に、「覚えてろ!」とお決まりの捨て台詞を吐いて逃げていった。ホッとしたのも束の間。アシュリーは直ぐにルミナに駆け寄った。怪我の有無を確かめようとして、アシュリーはふと気付いた。______アレクが、殺意に満ちた、深海の様に暗く冷たい目で去って行く男達を見ている事に。自分に向けられた訳ではないのに、アシュリーは恐怖に包まれ、何も言えず、指一本も動かせずにいた。
アレクは直ぐにいつも通りの笑顔を浮かべるとルミナとアシュリーを労ったが、アシュリーはアレクのあの目が脳裏に焼き付いて離れなかった。
そしてその日の夜。アシュリーは中々寝付けず、こっそり家を出て散歩していた。目を瞑るとアレクのあの目が浮かんできて眠れない。当てもなく村を彷徨っている内に、村外れの森まで来てしまった。流石に夜の森は危ないから、と家へ戻ろうとしたアシュリーの耳に、微かに人の声が聞こえた。もしかして誰かが森で迷っているのかも。アシュリーは恐る恐る声のする方へ向かう。辿り着いたそこで目にしたのは_________
アレクが、昼間の男達をボコボコにしているシーンだった。
「ごめんなさい」「許してください」自分よりも小さい男の子に情けなく命乞いをする男達を、ハイライトの消えた目で淡々といたぶるアレク。悪い夢かと思う光景に、アシュリーはただ立ち尽くす。
「ルミナに手を出すからいけないんだよ」「二度とルミナに近付くな」「明日またお前らの姿を見かける事があれば今度こそ殺してやる」
そんな事を呟きながら男達を剣で、魔法で傷つけていく。
ふと、アレクが顔を上げる。物陰から見ていたアシュリーと目が合う。______アレクは笑った。いつも通りの笑顔で。まるで挨拶でもするかの様に。
アシュリーはたまらずその場から逃げ出した。一目散に家へ帰り、母に気づかれない様に、家を抜け出したのがバレない様に静かにする事も忘れ、騒音をたてながら急いで部屋に戻るとそのままベッドに潜り込む。布団に包まったまま、アシュリーは夜明けを待ち続けた。
次の日、男達は村から姿を消していた。単にアレクから逃げたのか、それとも………。アシュリーは考えるのをやめた。
・・・・・
あの日から、アシュリーはアレクの狂気を知っている。けれど、誰にも話していない。アレクに口止めされていた訳では無い。下手な事を言えばあの男達の様な目に遭うのではないかと思ったからだ。それでも、親友の身を案じてルミナにはそれとなく伝えようとしたが、全く伝わらなかった。アレクの事を“優しくて頼りになる幼なじみ”として認識しているルミナはアレクが病んでるなんて考えた事すらなく、全く伝わらない。アシュリーはもう諦める事にした。
そして月日が経ち、現在。アレクの狂気に気付かぬままとうとう彼の手に落ちたルミナに、アシュリーは同情する。
______まぁ、アレクはルミナに危害を加える訳じゃないし、地雷さえ踏まなければ幸せにやっていけるんじゃないかな。アレクに監禁されない様に頑張れ、ルミナ。
空を見上げ、アシュリーは親友にエールを送る。
もしまた会う事があったなら、その時は2人の目にハイライトが入っていますように_____。




