第45話 隠しキャラクターと愛弟子達
ルミナと出会い、彼女に修行をつけ始めたキース。
まだ始めたばかりの修行であるが、流石聖女というべきか、ルミナは中々優秀だった。
魔力量は申し分なし。魔物にも臆する事なく向かっていける。しかし無鉄砲という訳では無く、相手を観察して戦う冷静さも、無闇に突撃しない慎重さも持ち合わせている。
「ギミック見極めるのは大事ですから」
冷静さを褒めたら帰ってきたその言葉の意味はよく分からなかったけれど、冷静に、慎重に動く事は冒険者にとって大切だ。冒険者、特に初心者の死亡理由の大半は慢心である。大して強くない魔物だから、戦闘に慣れてきたから……そういった思いで雑に戦えば、命を落とす。まぁ、アレクの様なチートともなれば話は別だが。
問題は魔法のコントロールと魔力調節だ。兎に角魔法の使い方が雑過ぎる。
急所を狙えばより少ない魔力量で敵を倒せるのに、特に狙いをつけず、雑に相手を焼き払う。これでは周囲に人が居たり、壊してはいけないものがあった時に巻き込んでしまいかねない。
それに加えて、魔法を使う時に通常より多くの魔力を消費している。その分威力は増しているが、ガス欠も早い。
そんな訳でキースの修行は専らコントロールと魔力調節を鍛えるメニューだ。的当てや、“標的を壊さない”ギリギリの威力で魔法を使う特訓、などなど。どれも新米魔法使いが行う訓練だ。
ルミナは特に文句も言わずメニューをこなしており、初心者向けの訓練内容も相俟って、キースはほのぼのとした気持ちで彼女の修行を受け持っていた。
以前の弟子___即ちアレクの時は、彼が優秀過ぎてキースが教えられる事も少なく、殆ど手合わせばかりしていた。悪戦苦闘する弟子を応援する事も、上手く的に当てられて喜ぶ弟子を見て心が癒される事も無かった。
____師匠役、引き受けて良かったかもね。
「今上手く出来た気がする!」と喜ぶ弟子を見ていると、心の底からそう思った。
…………そう、思っていたのだが。
「キースさん!アレクが帰って来ましたよ」
「やぁキース、久しぶり。折角再会した事だし積もる話でもしようか」
笑顔でかつての師匠を迎えるアレクだったが、その目は『覚悟は良いな』と語っていた。
『逃がさない』と言わんばかりに渾身の力で腕を掴まれたキースは、「ハハッ」と乾いた笑みを浮かべ、遠くを見つめる。
………やっぱり止めておけば良かったかな。
・・・・・
「で、僕のルミナに近付いた事について弁明はある?昔のよしみで聞くだけ聞いてあげるよ」
チャキ、と剣の切っ先が喉元に向けられる。予想以上のバチ切れっぷりに、キースの額に冷や汗が浮かぶ。
「ボク、ルミナちゃんに請われて修行をつけてるんだけど。修行は彼女の望みだよ?それを否定するの?」
しかし流石というか、キースは表面上は冷静に対処する。アレクが、なるべくルミナの望みを叶えたいと思っている事を利用して、“修行を望んだのは彼女”と主張する。
「そうだね。でも修行をつけるにしても何でルミナと2人っきり??」
「いや…意図して2人っきりだった訳じゃ。リリカちゃんはギルドでの仕事もあるし、自由に時間が取れないからってだけで。手が空いた時に時々様子見に来てくれるし、ずっと2人な訳じゃないよ」
ロナルドに憧れているリリカは、物理型であり、魔法の修行は必要ない。加えて、彼女は魔道具の件もあって下手に魔法を使って魔力を消費すれば周囲にどんな影響を及ぼすのか分からないので、そもそも魔法の使用を禁止している。いくらなんでも、仕事を休んでまでする必要も無い修行に付き合わせる訳にもいかない。
それはアレクも分かっている。分かっているのだが。
「言い訳は要らない。なんと言おうと2人っきりだったのは事実だ」
当然、アレクにそれが通用する訳がなく。彼にとって見過ごせないのは〝ルミナとキースが2人っきりだった〟という事であり、たとえどういう事情があろうが、その事実だけは変わらない。
そしてアレクはそこにキレている訳で。ルミナが修行を望んだとか望んでないとか、それすらも彼が剣を収める理由にはならない。
どうしたものか。キースの背中に冷たい汗が伝う。
アレクの言う通り意図した訳では無いとはいえルミナと2人っきりだったのは確かだし、それは誤魔化しようがない。そしてその事実がある以上、如何なる弁明を連ねようと意味が無い。
____ここでボクの人生終わりかなぁ。
キースは全てを諦めた顔で虚空を見つめる。
しかし、そのまま問答無用で振るわれるかと思われた剣は一向に動かず、代わりにアレクがポツリと言った。
「___何で、ルミナの修行を引き受けた」
「え?」
問いかけの理由が分からず、キースは虚空からアレクに視線を戻す。彼の顔は真剣だった。
「彼女が、“聖女”だから?」
深海の様に冷たく、暗い瞳がキースを射抜く。
___あぁ、そうか。だから彼はこんなに怒っているのか。
アレクには以前自分の過去について話した事がある。だから、キースがかつて“聖女”という存在に心を寄せていたのを知っている。
アレクは、ボクがルミナと“あの子”を重ねていると思っているのだろう。
アレクからしてみれば、ただでさえルミナに近付く存在___特に異性___は気に食わないのに、ソイツがルミナを通して別の人間を見ているとなれば、それは気に食わない所の話では無い。
全て理解したキースはフッと微笑んだ。未だ剣を突き付けられたままだとは思えない程穏やかな声で言う。
「違うよ」
アレクは何も言わない。剣も収めない。ただ続きを促す様にキースを見つめる。
「そりゃあ聖女であるルミナちゃんに思う所がない訳じゃない。でも決して“あの子”___セリアに重ねてはいない」
確かに、ルミナの修行を引き受けた理由として、セリアと同じ“聖女”だったからというのもある。
けれど、別の人間だということは十分分かっている。
「ボクが彼女の修行を引き受けた一番の理由は___キミ達2人には、幸せになって欲しかったから」
キースの言葉に、アレクは不意を突かれ、動揺を表すかの様に剣の切っ先が揺れた。
「……ボクは結局、セリアと一緒になれなかった。あの子が王宮に行くと決まった時、ボクは彼女を引き止める事も、彼女に付いて行く事もしなかった」
いつかまた会える。人間にとっては長い時間でも、エルフにとってはほんの僅かな時間待つだけだ。
たとえ戻ってきた彼女がしわくちゃのお婆さんになっていたとしても愛せる自信がキースにはあったし、それならば彼女との思い出の場所で、ずっと変わらないままの姿で、彼女を待っていようと決めた。
今思えば、なんとも楽観的だろう。セリアが自分の元へ帰って来てくれる保証も無いのに、子供みたいに“運命”というものを信じていたボクは、当たり前のように『彼女はボクの元へ帰って来る』と思っていた。
王宮で良い人と出会って添い遂げる可能性も、彼女がボクの事を忘れてしまう可能性も、
____彼女が、命を落とす可能性だってあったのに。
キースは自分が最愛の人を失ったのは自業自得だと感じている。どうしようもない程馬鹿だった自分が、とんでもなく楽観的な思考回路で彼女を失っただけだ。
____けれど、アレクは違う。彼はちゃんと愛しい人を自分の腕の中に引き留めた。
その腕の中から理不尽に“大切なモノ”が奪われるなんて事はあってはならない。
「でも、アレクはボクと違ってちゃんと大切なモノを手放さなかった。
ボクは、手放してしまったが故に自分の大切なモノを失ってしまった。キミに、あの喪失感を味わって欲しくない」
アレクは強い。それはキースも十分知っている。けれど、ほんの少しの綻びが、腕の緩みが、彼から宝物を奪う事になりかねない。
実際、今回の様にアレクがルミナと離れざるを得ない状況だってある。その時に、自分を守れるだけの力がルミナには必要だ。
___だから、『強くなりたい』という彼女の想いに応えた。
「同じ“聖女”を愛した者として___そして何より、師匠として、ボクはキミ達の幸せを望む。
……ルミナちゃんの修行を引き受けたのも、それが理由だよ」
アレクは暫く無言だった。何かを考える様に目を伏せる。
やがて、アレクは目を開ける。剣を突き付けたまま、強い瞳でキースを見据える。
「一つ、約束して欲しい。僕とルミナの不利益になる事はしないと」
「勿論。ボクはキミ達の幸せの為、行動すると誓うよ」
強い意志を宿した瞳でアレクを見返せば、彼は漸く剣を下ろした。
「その誓い、忘れるなよ」
「忘れないよ。破ったら命の危機だしね」
キースが笑って軽口を叩くと、アレクもやっと笑みをみせた。貼り付けたものでも、恐怖を感じるものでもない、満足そうな笑み。
久しぶりに見る愛弟子の顔に、キースの口角も自然と上がった。




