第36話 ヤンデレ幼なじみは一人町を歩く
カイン達を始末し、アレクは清々しい気分でシーガイドへ戻る。
剣が汚れてしまったから、後でちゃんと手入れしないと。ダンジョン攻略の前にメンテナンスにも出したいな…。
なんて考えながら、予約していた宿へと戻る。部屋に着くなりアレクはベットに倒れ込んだ。
「……流石に少し疲れたな」
先程まではハイな気分だった事もあって疲れは感じなかったが、拠点への戻ると一気に疲れが襲ってきた。
グライスからシーガイドまで徒歩で___しかも強化魔法も使って遠慮なく飛ばしたので馬車以上の速度だった____移動。シーガイドに着くなり宿だけとってカイン達が来るかどうかの見張りをし、その後はカイン達との戦闘。流石のアレクとて疲れは隠せない。
アレクはベットに仰向けになり、片手を天井に向かって上げる。照明にルミナのミサンガが照らされる。
あの時、ヴァンの命乞いを受け入れたのは紛れもなくルミナのお陰だ。このミサンガを見て、ルミナの顔を思い出したアレクは戦闘中にも拘わらず和やかな気持ちになった。
それと同時に、こう思った。
___もし第一王子の訃報をルミナが耳にしたらどう思うだろうか、と。
第一王子の死は国にとって一大事件であり、大々的に報じられるだろう。それこそどこに居たって耳に入ってくる。……そのニュースを聞いた時、ルミナはどう思うか。
『アレクが殺した』とまでは思うまい。何せルミナはアレクの事を信じ切っている。アレクが人を殺す___それも自分の為に___などとは欠片も思っていない。
しかし、ルミナはカインが“聖女探し”の為に王宮から旅立った事は分かっている。そして旅には危険がつきもの。それはルミナ自身、故郷を立って思い知っただろう。
ルミナは第一王子の死は冒険中の事故又は事件によるものと考える。
魔物に襲われたにしろ、盗賊に襲われたにしろ、はたまたダンジョンでトラップを踏んでしまったにしろ、どれもカインが“聖女探し”に赴かなければ起きなかった事だ。大人しく王宮に居ればカインは死なずに済んだ。
そして、カインが“聖女探し”へと赴く事になった原因はルミナにある____そういう風に、彼女が気に病んでしまう。第一王子の訃報にルミナは心を痛め、あまつさえ自分を責めてしまうかもしれない。
___それは、良くないな。
アレクはそう思った。ルミナの心に傷を残したくない。しかもそれが自分では無く第一王子の傷だなんて許せる筈がない。
どんな形であれ、ルミナの心にカインの存在を残したくなかったアレクは、結局カインを殺す事を止めた。とはいえ、次会ったら容赦しないが。忠告したのにまだ“聖女探し”を続けるつもりならこちらも一切の手加減はしない。
まぁ、あれだけの目に遭って性懲りも無くやって来る程愚かじゃないでしょ。追跡の魔道具は破壊したから追っては来れないし。
今の所、残る懸念はファンくらいか、とアレクは彼の顔を思い浮かべる。
ファンの隠密能力は高く、アレクとて見破るのは容易ではない。ただ、彼については今の所問題ないだろう。グライスのギルドに居ればロナルドが情報をくれるので、少なくともグライスのギルドには顔を出していない。冒険者ならば町に着いてギルドに行かない訳が無いので、グライスには居ないと考えていいだろう。
そもそも、カインは追跡の魔道具のお陰でアレク達を追えていた訳で、魔道具と同レベルの追跡魔法でも使えない限りファンがアレク達を追い掛けるのは不可能だ。そして彼がそのレベルの追跡魔法が使えない事は鑑定魔法で知っている。
ダンジョン攻略が済めば、安全に船を出せる。コタローの準備も近い内に出来るだろうし、この国を立つ日が見えてきたね。
国から出てしまえば、安全を確保出来る。そしてのんびりルミナと一緒に暮らせる。
___その時を迎える為にも、まずはさっさとダンジョンを攻略してしまわないと。
気合いは十分。だが、まだ招集が掛かっていない以上、残念ながらアレクに今出来る事はない。
……仕方ない。今回の件で大分疲れたことだし、招集が掛かるまではゆっくりしよう。
ベットに横たわったまま、アレクはミサンガに軽く口付けをする。そしてそのまま目を閉じて、眠り落ちた。
・・・・・
アレクが目を覚ます。時刻はまだ朝方。いつも早く起きてルミナの寝顔を見つめていた癖で、1人でも、疲れていても、自然と早くに目が覚めてしまった。
二度寝をしようかともう一度目を瞑るも、頭は徐々に覚醒へと向かっていく。仕方なくアレクはその身を起こして大きく伸びをした。
ベットの側へ放り投げていた鞄から、携帯食として持って来ていた干し肉を取り出し、行儀悪くベット上で齧る。いつもなら美味しく感じる干し肉が味気ないのは、ルミナが居ないからだろう。
手早く朝食を済ませ、アレクは剣を手入れする。錆びない様に血だけは落としたが、くすんでいる。鞄から用具を取り出して磨いていく。
剣の手入れが終わると、次は魔道具と魔法薬のチェック。グライスを出る時は急いでいたのもあって適当に詰めてしまったので、改めてダンジョン攻略に使えそうな物を厳選する。
とはいえ、今回の様なギルドが主導する大規模なダンジョン攻略では大抵ギルド側から必要な道具が給付される。給付される物だけで十分ではあるが、万が一にも怪我をして帰ってルミナに心配をかける訳にはいかないので、念の為幾つか回復・防御系の道具を持っていく。
「そろそろ鍛冶屋に行こうかな」
道具の厳選も終わり、そろそろ鍛冶屋も開いているだろう時間になった。認識阻害マントを被り、急ぐ必要も無いのでゆっくりと歩いて向かう。
適当な鍛冶屋に入り、サッと展示してある武具を見る。認識阻害のお陰で職人がこちらに気付いていない事を利用して、作業場も覗き見る。
展示されている品物も、職人の手際も悪くない。ここで良いか。
「すいません」
「うおっ!?アンタいつの間にそこに……」
職人の作業が一段落したタイミングでアレクは彼に声を掛けた。アレクの存在に全く気が付いていなかった職人が驚いて振り向く。
「驚かせてしまってすいません。剣のメンテナンスをお願いしたんですが」
アレクが剣を差し出してそう言うと、職人は直ぐに切り替えて「分かりました」と剣を受け取った。
職人は鍛治職人にしては細身でまだ若い。頭に付けたゴーグルが特徴的だった。
職人は剣を受け取り、鞘から引き抜く。まじまじと刀身を見つめ、「……なるほど」と呟いた。
「確かに最近激しい戦闘があったみたいっすね。血で汚れた跡がありますし、何か硬いものを斬ったのか刃毀れも少し」
磨いた筈なのに血の跡を見破られ、アレクは少々驚く。若いが腕は確かなようだ。
「えぇ。昨日、洞窟で厄介な敵と戦いまして」
「ダンジョンの影響で魔物も増えましたから。普段は見ないようなヤツも居るでしょ」
「そうですね、普通じゃ出会わない奴でした」
アレクの言う“普通じゃ出会わない奴”というのが、この国の第一王子と騎士団長だとは、当然ながら露ほども思わず、職人は「冒険者も大変ですね〜」と軽く流した。
「じゃ、メンテナンス依頼、承りました。閉店までにまた店に来てくださいっす」
「よろしくお願いします」
鍛冶屋に剣を預け、アレクは立ち去った。
「さて……これからどうしようかな」
町中の適当なベンチに腰掛けて、アレクはポツリと呟いた。メンテナンスが終わるまで時間はある。ダンジョン攻略に備えて身を休めようかとも思ったが、如何せんアレクはジッとしているのが少々苦手だった。
強くなる為、ルミナに相応しい男になる為鍛錬しまくっていた反動だろうか。何もしない時間というのは何だか落ち着かない。
勿論、ルミナが一緒なら別である。のんびりとベンチに座るのも、昼寝をするのも、ルミナと一緒なら大歓迎だ。
また、ルミナを見守る為にジッとしている事や、ルミナを待ち伏せするのも当然苦ではない。
ただ、1人だとどうも落ち着かない。かといってこれといってやる事もない。町の観光だってルミナが一緒じゃなければつまらない。
___仕方ない。ジッとしているのも落ち着かないし、適当に町を歩くか。
アレクはベンチから立ち上がり、宛もなく歩き出した。
「あ、あそこに売っている干物、ルミナが好きそうだな」
ふと、香ばしい匂いがアレクの鼻を通り抜ける。匂いの方向を見れば、干物を焼いている露店が目に入った。
港町と言うだけあって海産物が豊富なシーガイドであるが、今はダンジョンの影響で中々漁にもいけず魚が捕れないので、生の海産物より干物などを売っている店が多い様だ。
ダンジョン攻略が終わればまた漁にも出られるだろうし、今度ルミナと来る頃にはもっと色んな海産物が並んでそうだな。
そこまで考えて、アレクは思い付く。
____そうだ、今度ルミナの来た時に案内出来る様に下見をしておこう、と。
シーガイドにはこの国を出る為に行くとはいえ、少しくらい観光している時間はあるだろう。もう二度と来ないだろうし、最後にルミナにも満喫して貰いたい。その為に、彼女好みの場所をリストアップしておこう。アレクはそう思い付いた。
となれば行動力の化身とも言えるアレクだ。直ぐに先程の露店で干物を購入し、味見をする。
____パリッと焼かれた皮に、ふっくらとした身は旨みが凝縮されている。うん、美味しい。きっとルミナも気に入るだろう。
店主に話を聞くと、普段は捕れたての魚の串焼きを売っているそうだが、やはりダンジョンの影響で魚が不漁なので、今は代わりに干物を焼いているらしい。
ルミナと来る頃には串焼きになっているだろうが、干物も美味しかった事だし串焼きも美味しいだろう。アレクはこの店をメモに書く。
さて、この調子でルミナ好みの店や場所を見つけていこうか。
アレクはメモを片手に町を歩く。
・・・・・
____こんな所かな。
町を歩き、食堂や酒場で町の人や冒険者からオススメのお店や場所を尋ね、実際に足を運んで……を繰り返していれば、あっという間に日が沈んだ。そろそろ鍛冶屋に行かなければ閉まってしまうので、アレクはびっしり書かれたメモを仕舞って鍛冶屋へ急ぐ。
「ごめんください」
「うぉっ!?……あぁ、アンタか。相変わらず気配が無いっすね」
朝と同じ様にアレクに声を掛けられて驚く職人。気配がないも何も、認識阻害を発動させているのだから、アレクが声を掛けるまで気が付かないのは当たり前である。
「メンテナンスは終わってますよ。
……はい、コレ」
職人がアレクの剣を持って来て手渡す。アレクは剣を鞘から引き抜き、マジマジと見つめる。
「___ありがとうございます」
輝きを取り戻した剣を確認し、アレクは職人に礼を言う。剣を腰に仕舞うと、ジャラジャラと硬貨を取り出す。
「お代はこれで十分ですか?」
「あぁ___って何か多くないか!?ウチの代金、こんなに高くないっすよ!?」
店に貼られた代金表を指さして職人が喚く。アレクは「まぁまぁ」と笑顔を浮かべて彼を宥める。
「チップって事で、受け取って下さい。
それじゃ、お世話になりました」
ペコリと頭を下げて、アレクはそそくさと立ち去った。背後から「ちょっと!?」と叫ぶ職人の声が聞こえた。
____今日は存外いい一日になったな。
剣は腕の良い職人に見て貰えたし、何よりルミナを想って町を歩くのは思った以上に楽しかった。あれを見たらルミナはどんな顔をするだろう、なんて彼女の反応を想像するだけで心が弾んだ。
結局ゆっくりする事は出来なかったけれど、十分にリフレッシュ出来た。アレクは楽しそうに宿の部屋でリストアップしたメモを片手に効率よくルミナを案内する為の計画を組み立てていた。




