第32話 第一王子と無法者の町
ルミナとアレクが町の外に出ている頃______。
日も傾き始めた時間に町にやって来る影が幾つか。一番町の外に近い所に住む町民が訝しげな顔する。冒険者でもある彼は、いざという時の為に腰に携えていた剣に手を伸ばす。
影は一見旅人の一団の様だった。中心に立つ男は同性でも見惚れてしまう様な美形だった。仕草や纏う雰囲気も含め、到底元無法者達が集うこの町に相応しくない、絵画か何かから出てきた様な人間。
「おや、移動しているね」
彼_____第一王子カイン・アースランは懐から追跡の魔道具を取り出す。ここに来る前まではグライスの方角を示していた針が今は反対方向___町の外へと向いている。
既に町を出た後なのだろうか。それにしては先に進むのではなく、まるで道を戻るかの様な方角を示しているのが気になった。今までこんな事は無かった。偶に右方向や左方向を示す事はあれど、基本的には真っ直ぐ前へ進んでいた。
「もう町に居ないとしても、追い掛けるのは明日になってからですよ。そろそろ日も落ちる。今日はここで休みましょう」
「そうだね」
町から居なくなっていたのは残念だが、かといって時間的にも体力的にも今から追い掛けるのは難しい。カイン達はグライスで一夜を明かす事にした。
手近な所にいた町民___先程カインを見ていた男性だ___に宿屋の場所を尋ね、教えられた通りに進む。
「ここは無法者どもが興した町と聞きます。何があるか分かりませんので十分ご注意を」
騎士団の1人が周囲を睨みつけるように見回す。今ではロナルドのお陰で改心した町民達だが、元々は行くあての無いならず者ばかり。グライスに対して、彼の様に良くない印象を持つ者は少なくない。
しかし町民からすれば面白くは無いわけで、厳しい目を向けてくる騎士団員に警戒を強める者、敵意を強める者が出てくる。先程より緊張を孕んだ空気を感じたカインは、場を宥める様に言う。
「印象や噂だけで判断するのは良くないな。さっき宿の場所を教えてくれた彼も悪い人間には見えなかったしね」
「そうそう。警戒するのはいい事だけどな、そんな顔してちゃ町のヤツらも気分悪ぃだろ」
ペシと騎士団員を頭を軽く叩いてヴァンも諌める。騎士団員は不服そうな顔をしながらも「申し訳ありません」も頭を下げた。
さて、数分歩いて目的の宿屋に着いたカイン達は手早くチェックインを済ませる。使う名前は勿論偽名だ。
聖女探しに行くに当たってカインが考えた設定は、〝気ままな貴族の三男坊の冒険とそのお供を命じられた護衛達〟だ。カインは男爵家の三男坊〈アース〉。家禄を継ぐ事もない、スペアのスペアである気楽な立場の彼は、見聞を深めるという建前をもって旅に出る。1人での旅は流石に両親からの許しが出なかったので、屋敷で護衛を務める人間や、信頼出来る冒険者を護衛として伴にしている、という設定だ。
馬車を引いていた馬を厩舎で休ませてもらい、カイン達は宿屋で一番ランクの高い部屋へ。念の為危険がないかチェックする。特に罠や魔法が仕掛けられている様子は無し。荷物を置いて、漸く一息つける。
「さて、この後は各自私の事は気にせず、ゆっくりすると良い」
「しかし……」
「今の所この町に危険な様子は無いから平気さ」
「ま、いざとなりゃあ冒険者ギルドにでも駆け込めばなんとかなるでしょうよ。確かここのギルドマスターは元Sランクだった筈だしな」
「そうなのか、それは会ってみたいな」
“Sランク”の言葉にカインが反応する。出来ればその人も王宮へ勧誘したいところだが……。
「じゃあ私は冒険者ギルドへ行こう。ギルドマスターの話も聞きたいからね」
「それなら安心ですかね」
「俺も興味あるから付いていくさ。お前らはちゃんと英気養っとけ」
「ありがとうございます」というお礼の唱和の後、騎士団員達はそれぞれがやりたい様に動き出す。飲みに行く者、剣の手入れをする者、鍛冶屋に行く者___そんな彼らを尻目に、カイン達は冒険者ギルドへと向かった。
・・・・・
ギルド内は活気に溢れていた。冒険者は勿論のこと、ただの町民らしき人の姿もある。皆、クエストを受けに来たというよりはただお喋りに来ているといった様子で、賑わいに反して受付場は混んでいない。
これ幸いとカインは受付へ向かう。ギルドマスターの事を知るのならギルド職員に話を聞くのが一番だ。
「少し良いかな」
「はい、依頼の受注です、か……」
カインを見た受付嬢___マナリスが目を見開く。カインは彼女の反応に一瞬訝しげな顔をするものの、直ぐに気を持ち直して微笑みを浮かべる。
「驚かせてしまったかな」
「い、いえ!申し訳ありません。あまりに素敵なお顔立ちだったので驚いてしまって……」
照れた様に頬を掻く彼女の言い分に、カインは納得する。自分が所謂美形の範疇に入る事は知っていた。
「___それで本日はどの様なご用件でしょうか〜?」
「あぁ、実はここのギルドマスターが元Sランクだという話を聞いて、興味が湧いてね。彼と話がしてみたいんだが、良いかい?」
「そうですか〜。でしたら、マスターの許可が降りましたら、お声掛けさせて頂きますので、少々お待ち下さい〜」
「よろしく頼むよ」
ニコニコと人好きのする笑顔を絶やさないマナリス。そんな彼女に対して、カイン達は特に警戒心を抱く事もなく、言われた通り近場の椅子に腰掛けて返答を待つ。
「さて、待っている間に“あの2人組”についての情報を集めようか」
「了解」
あまり受付から遠くに行ってしまえば受付嬢が自分達に気付きにくくなる。なるべくここから動かずに、近場の人間から話を聞くだけに留めよう。
カインは2つほど席を空けた場所に座る冒険者に目を付け、彼に近付く。ヤマアラシの様に逆立った髪型が特徴的な彼は、隣に座ったカインに一瞬だけ怪訝そうな顔をする。
「やぁ、突然すまない。私達は今、とある冒険者を探しているのだが、何か知っていることは無いかい?」
「冒険者ぁ?どんなヤツだ」
「男女の2人組、少なくとも上位種のドラゴンを一撃で倒せる程強い魔法が使える、光属性の魔法を使える、身体能力も高い、この町に来たのは恐らく最近……。我々が提供出来る情報はこんな所かな」
「…………さぁ?そんなヤツら覚えがねぇな」
「本当に?」
「少なくともオレは知らねぇ」
そう言い切ると彼はそっぽを向く。その態度は『早く話を終わらせたい』という思いが感じられる。
もう少し踏み込んでみるか、とカインが口を開きかけたその瞬間、マナリスの声が響く。
「お待たせしました〜。ギルドマスターからの許可が降りたので2階へどうぞ〜」
………そう言われてしまえば、2階へ向かうしかない。カインは大人しく追撃を止め、立ち上がる。
「こちらにギルドマスター、ロナルドがいらっしゃいます」
「ありがとう」
ギルドマスターの部屋に案内して貰い、カインは扉を数回ノックした。直ぐに入室の許可が降りたので、「失礼致します」と言って扉を開ける。
「よう、アンタらが俺に用があるって冒険者か?」
「初めまして、私はアース・カイザイン。本日はお時間を頂きありがとうございます」
「坊ちゃん__アース様の護衛を務める、ヴァンです。どうも」
「カイザイン___確かそんな名前の男爵家があったような…」
「ええ、私はそこの三男坊になります。何分、爵位を継ぐ事もない気楽な身分なもので、こうして冒険者として遊ぶ余裕もある、という訳です」
「成程な。
___そっちの護衛は王国の騎士団長と同じ名前だが、何か関係があったり?」
「まさか。俺はただの元孤児です。縁あってカイザイン男爵に拾って貰って、“強くなる様に”と願いを込めて騎士団長様の名前にあやかって名付けられただけで」
「そうかそうか。しかしその効果はあったようだな。若いのに中々腕が立ちそうだ。
っと、立ち話させちまったな。どうぞ座ってくれ」
カイン達はギルドマスター___ロナルドが示したソファーに腰掛ける。世間話もそこそこに、早速ロナルドの冒険者時代の話を聞かせて貰う。
「Sランクに認定された理由?俺は魔法はあんまりだが、剣には自信があってな。それが世界にも認められたってだけだ」
「どんな戦いをするかって?アレコレ考えるのは他に任せて、とにかく俺は突っ込んで斬る、それだけだ。ウチには優秀な僧侶も居たからな。多少の怪我なら直ぐ治る。お陰で遠慮なく突っ込んでいけるってもんよ」
「冒険者を辞めたわけ?まぁ色々理由はあるが……この目も理由の一つだな。そうだ、こっちの目は魔物との戦闘で抉られちまってな。片目じゃ感覚が狂ってマトモに剣が振れなかったもんで。ま、今では大分慣れたけどな」
「復帰?それは考えてねぇな。何だかんだとギルドマスターの仕事は悪くねぇし、後進を育てるってのも良いもんだ。若い冒険者を見てると昔を思い出して懐かしい気分になるよ」
「__は?貴族の護衛になる気は無いか?何だスカウトか?悪いが遠慮しとくよ。今の立場が気に入ってんだ」
___などなど。カインの質問にロナルドは全て答えていく。一通り話を聞き終わったカインは、もう一つの話題を持ち出す。
「ところで、私達はある冒険者を探しているのですが、ロナルドさんにもご協力頂けますか?特徴は___」
「待った」
先程ツンツン頭の冒険者に聞いた時と同じ様に、カインが知る限りの情報を言おうとした所でロナルドから止められる。カインは一瞬驚いた後、ロナルドに対して探る様な目線を送る。
「___どうかしましたか?」
「悪いが、俺はギルドマスターとして冒険者の個人情報を明かす気は無い。例えアンタが探してるっていう奴らがウチのギルドに来ていても、教える気はない」
「………情報を頂けたら、相応の対価はお支払いしますが」
「そういう問題じゃない。ボンボンだったとしても、冒険者ギルドがどんな所かぐらいは知ってるだろ。
___ここには行き場のない奴らや、劣悪な環境から逃げ出して来た奴もいる。冒険者っていうのはそういう連中にとっての最後の砦だ。だから俺はギルドマスターとして、そいつらの居場所を守る。そういう責務がある。
たとえアンタが誰だろうと、いくら金を積まれようと、ギルドマスターとして、そして元冒険者だった男として、俺はあいつら冒険者の居場所を奪いたくない」
ロナルドの目からは確固たる意志が感じられた。もし、ここでカインが素性を明かし、〈男爵家の三男坊〉としてではなく〈第一王子〉として命じても応える気は無いだろう。
「………分かりました。出過ぎた真似をいたしまして、申し訳ありません」
「いや……こっちこそ悪いな。
ま、それ以外の事なら俺が話せる範囲は話してやるさ。次は___そうだな、俺が緊急の依頼で行ったおかしなダンジョンの話でも___」
気まずい雰囲気を掻き消すように、極めて明るく冒険者時代の事を話すロナルドに、カインは思わず笑みを零した。
実力も責任感もあって、性格も好感が持てる。是非とも王宮に欲しい人材だが、さてはてどう口説き落としたものか___。
そんな事を考えながら、カインはロナルドの話を聞いていた。
・・・・・
カイン達は知らなかった。既に自分達の素性がギルドにバレている事を。
マナリスは第一王子の顔を知っていた。いや、マナリスだけではなく、ロナルドやメリアン、リリカもだ。ルミナを匿うと決めた時から、王宮の人間については調べていた。だから直ぐにピンと来た。
とはいえ、普通なら『第一王子がこんな所に居るはずが無い』と他人の空似と思うだろう。実際、カイン達もそう予想していたからこそ、下手に姿を変える事はしなかった。
だが、マナリス達にはたとえ他人の空似だとしても無視出来ない。万が一にも本物であればルミナに累が及ぶ。
マナリスは即座にロナルドに報告し、ロナルドがカイン達と話をしている間にメリアンやリリカとも協力して、町民に指示を飛ばした。ルミナとアレクを見つけ、彼らにこの事を伝えるように。
どうにかロナルドが足止めしている間にルミナ達が隠れ場所へ移動出来れば良いのだが……。
祈りながら、自分達もルミナを守る為に動き始める。




